21:前哨戦
さて、予定していた前哨戦の日の朝だ。
久しぶりにちゃんとしたベッド(森では魔法で作った植物性)で寝たため、かなり目覚めが良かった。おまけに昨日はこの部屋から出ずとも生活できたのでもうこのままここに住み着きたい。
食事はうまいのが勝手に運ばれてくるし、風呂は備え付け。唯一残念なのは暇をつぶせる娯楽がないことだ。養われるようになったら、頼んでおこう。
余談ではあるが、昨日は寝巻きが用意されていたのだが、いつもの装備のほうが動きやすいし、快適だし着替えの手間が省けるので寝巻きには着替えていない。自動修復とか浄化とかほんと便利だね。
朝食を運んできてくれたメイドさんによると、カーマインの推薦した魔法使いとやらがここに来るまでもう暫くかかるらしい。なので、それまでの間俺は一人この部屋でゆっくりさせてもらおうと朝食を終えてすぐにベッドに寝転がった。
もう決闘とかどうでもいいからこのままだらっとしていたい。
だがそううまいことはいかないようで、また夢のかなたへと旅立とうとしていた俺をいきなり開いた扉が現実へ引き戻した。
「起きてるわね!」
「・・・寝てます」
やってきたのはPさんである。
Pさんだとユリウスやアリエッタも対象になるんだが、俺の中ではPさんはこのアホ少女一人なので問題はない。Pさん=Pさん。単純でわかりやすいな。
「まだ寝てたら諦めるつもりだったけど、起きているなら問題ないわね!」
「寝てるっていったんだけどなぁ・・・」
いつの間にそこに居たのか、Pさんは俺が寝転ぶベッドに腰掛けていた。
珍しくクェルの姿が見当たらないと思って探してみたが、部屋の入り口付近で佇んでいる。視線に気づいたのか、Pさんには見えないように苦笑いを浮かべていた。
どうやら、俺一人で対応しなくてはならないようだ。
「で? 何の用だ? 時間はまだあるんだ。ゆっくりさせてくれ」
「相変わらずマイペースね。緊張してるかと思ったわ」
「しても仕方ないだろ。・・・で? 用件は?」
ここに来た理由は俺にも良くわからない。できるなら、帰っていいよといってほしいところである。
なお、帰りは送ってもらう。
「用件、というか何と言うか・・・その、悪かったわね。面倒なことになって」
面倒なこと、というのはあの海藻類との今日の一件についてなのだろう。
意外にも申し訳なさそうに顔を俯かせるPさん。俺はもっと自信満々に負けたら許さないからね! とか言うもんだと思っていたんだが。
「まぁ、確かに面倒だな。そもそも嫌々受けた話しだし、挙句なんか面倒な奴には絡まれた」
俺のそんな呟きに、Pさんの体がピクリと動き、次には肩を震わせた。
「本当に面倒だ。俺としてはこのままこうして怠けていたい。・・・が、このまま帰っても多分じいさんに説教(物理)を食らう羽目になる。ま、その相手の貴族との決闘はやってやるさ。勝てるかわかんないけど」
「・・・っぷ、そこは勝つとか言うんじゃないの?」
「おい、相手は炎使うんだろ? 花なんか相性最悪じゃねぇか」
だいたい、俺の魔法のこと聞いて勝手に気落ちしてたのはこいつが先だろうに。なぜ今になって勝てるみたいな話になるわけ?
そう聞いてみれば、Pさん曰く「あんたならなんか大丈夫そう」とのこと。何だその妙な信頼感は。
「それで? 今日の決闘は大丈夫なの?」
「さぁ? だいたい、対人戦なんて初めてだからな」
「初めてって・・・戦闘そのものはしたことあるのよね? どんなのと戦ったことがあるのよ」
「何でそんなこと聞くんだ?」
「倒した魔物の強さでだいたいの実力に検討がつくからだ。冒険者ギルドでも、それを基準にして依頼のランクを決めているぞ」
俺の疑問には部屋の隅で待機していたクェルが答えてくれた。
それを聞いて納得すると同時に、何か居たかと記憶を探る。
基本的に俺が戦闘をしたことがあるのはこちらに来てからすぐ位のときのみだ。
あとはしーちゃんや女王を中心とした花園の虫たちが勝手に警備とか撃退とかをやってくれていたので、俺が戦闘をしたことあるかといわれれば疑問に思うところである。
・・・いや、一回だけあったわ。
「倒してはないが・・・あれだ。ドラゴンとなら戦ったことあるぞ」
「・・・はい?」
「ドラゴン。まぁ、倒してないし、本気出されたわけでもないからカウントしていいのかはわからないけど。それ以外だったら、狼みたいなやつだけだな」
そう、あれはあの花園がまだ不毛の地であったときの話だ。あれはマジで死ぬかと思った。
字面だとあんまり実感がわかないかもしれないが、実際に肉食動物が群れとなって襲ってくるあの恐怖。魔法なかったら死んでたな、うん。天使の加護はずっとつけてほしかったぜ。
「か、カオル殿。その話は本当なのか?」
「ん? 狼の話のこと?」
「いや、その・・・ドラゴンと戦ったという話だ」
「まぁ、本当だな。・・・やっぱり、ドラゴンってこの世界じゃ強いのか?」
俺の言葉に、クェルの体がフラフラッと崩れた。
よく見れば、顔の筋肉が強張り、その目も相まって更に怖い。
「強いのかって・・・ドラゴンなんて倒せる人間なんてそれこそ伝説の勇者くらいなものよ? よく生きてたわね」
「お、信じるんだな」
「・・・まぁ、そのそれくらいは当然でしょ・・・これから一緒になるかもしれないのに・・・」
最後のほうだけごにょごにょくぐもって、よく聞き取れなかったんだが、『一生』とだけ聞こえた。多分俺のことを養ってくれるという話のことだろう。
流石貴族。一生養ってくれるってよ。
「ちなみに、そのドラゴンならお前らも見ているぞ?」
「え? 会ってるの? どこで?」
「・・・待ってくれ、カオル殿。もしや、そのドラゴンとはあの御仁のことなのか・・・?」
考え込むPさんとは対照的に、クェルは思い至ったようであった。
ただ、何故その顔が嘘だと言ってくれと言いたげなのかは理解できないところではある。じいさんがドラゴンだと何か都合が悪いのか。
「クェルの言うとおりだぞ? ・・・どうしたんだ?」
正解だったので、親指を立ててやる。しかし、それと時同じくしてクェルの顔からは血の気が引いていた。いくらなんでも、ここまでの反応は流石にまずいのではないだろうか。
「ちょ、ちょっと、クェル!? どうしたのよ!?」
「具合でも悪いのか?」
「・・・いえ、大丈夫です、お嬢様。ただ、カオル殿の話に驚いただけですので」
明らかに、人の話を聞いただけで起こる反応ではなかったと思うのだが。
「驚いたって反応じゃなかったわよ・・・何かあったの?」
「・・・いいですか、お嬢様。知ってのとおりドラゴンというのは力の象徴と言われるほどの魔物です」
「それくらいは知ってるわよ」
クェルの言葉に、怪訝な表情を浮かべるPさん。だが、クェルは違うのです、と否定の言葉を挟んで続ける。
「お嬢様、もしカオル殿の言うとおり、あのご老人がドラゴンだとすれば、そのドラゴンは人化が可能ということになります。そして、この世界でも人化が可能とされているのは世界に認められた属性竜のみ」
そこまで話せばPさんでも理解できたらしい。
クェルの言葉にPさんの息を飲む音がかすかに響いた。
ちなみに、俺はこの話をその後ろで聞いていたりする。なんか、じいさんにつて色々話しているようだし、この際知っておくのも悪くはないかなって。
「・・・つまり、あのおじいさんは属性竜・・・ってことになるの?」
「恐らく、そうなります。そしてカオル殿はそれを相手にして生きていることになります」
二人の視線がこちらを向いた。
そしてその視線が、まるで人じゃない者を見ているような目であった。やめぃ。
「・・・でも、それじゃぁこいつ、かなり強いって事になるわよね? ならいいじゃない。むしろ、私の見立ては半端じゃなかったって事になるわ!!」
「そうなります」
そして次には年相応にはしゃぐPさんである。
そんなPさんを見てクェルもどこか嬉しそうにしていたが、俺と目が合うと目を逸らす。
そんな反応をされても、どう対処すればいいのかわからない。が、今回でわかったことが一つある。
やっぱ、じいさんってすげーってことだ。
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で、だ。
昼になった昼食中、メイドさんから相手が到着したことが伝えられた。
Pさんたちはすでに戻って、ユリウスやアリエッタたちと居るのだろう。
「では訓練所までご案内させていただきます」
そういって先に歩いていくメイドさんの後を追う。
訓練所、というのはその名のごとく、このアリエリスト家の私兵が訓練をするための場所であるらしく、魔法使いたちも訓練するので頑丈な造りになっているそうだ。
訓練所は屋敷とは別の別館にある、との事なので面倒だと思いつつもメイドさんについていく。
「あれか?」
「作用でございます」
屋敷を出てすぐに見えた円形の建物。
外から見た感じでは石造りのけっこう頑丈そうな建物だ。
「お、来たね。カオル君」
入り口と思われる扉をくぐっていくメイドさんの後をついていくと、広い空間に出たると、真っ先に俺に気づいたのかユリウスが声をかけてきた。
見ると、ユリウスの傍にはPさん。更にはクェルの姿。アリエッタがいないのは部屋で休んでいるからなのだろう。
そして、その向かい側に、海藻類と見知らぬ黒ローブの男が一人。手に持っている杖からして、あれが今日の相手なのだろう。
「さて、カオル君も来た事だ。早速当家の代理人を決める決闘を始めよう」
さ、と俺に前に出るように促すユリウス。
若干楽しそうな表情を浮かべているユリウスに、俺は昨日のことを思い出して顔をしかめそうになった。なっただけだ。やってない。
「キヒッ、キヒャヒャッ! お前が俺の相手なのかァ・・・若いなァ・・・いい断末魔が聞けそうだなァ・・・」
向こうもユリウスの言葉に従って前に出る。ローブのフードで顔が良く見えないのだが、口元は見えるので舌なめずりしているのが確認できた。
明らかにヤバそうな相手である。すでに台詞がサイコパスだ。誰だあれを呼んだの。
「・・・面倒臭ぇ・・・・・・」
だが残念なことに、俺はこいつの相手をしなくてはならない。
まぁもっとも、まともに相手をするつもりはない。俺が疲労して、更には怪我をするかもしれないのに、わざわざ時間をかけるつもりなど最初から皆無だ。
「それでは、この私、ユリウス・P・アリエリストが審判を務める。お互い、全力を尽くすよう。始め!」
どうでもいい話、ということではないがこの決闘というのはできるだけ相手を殺さないように決着をつけなければならないらしい。できるだけ、というのは事故や不可抗力により相手が死ぬ可能性もあるからだそうだ。俺も昨日知ったんだ。知ってたら絶対受けてねぇよ。
つまり、事故、と言い張って相手を殺すことなんかもできるわけだ。
「斬殺ゥ? 刺殺ゥ? それとも圧殺ゥ? ・・・キヒッ、決ィめた! 刺殺だァ!!」
あんなふうに。
杖を握った相手の手が俺を向く。見ると、水の塊のようなものが形成され、次第にその姿を別の形状へと変化させていた。
「『穿てェ! アク』」
「『咲け』」
必要はないが、それっぽく見せるために杖を構える。
たった一言呟けば、それが引き金となって花が咲く。今では言わずとも発動はするのだが、雰囲気は大事だろうと思って言っておく。
突如、訓練所に地鳴りが響く。
誰かが、なんだ、と叫ぶ前にそれは起こった。
相手の魔法使いの足元。石でできた地面から勢いよく生えてきた花が足から始まり、そしてすぐに相手の体のすべてを覆いつくした。
そこに残ったのは巨大な一輪の花のみ。あのヤバイ魔法使いはこの花の茎の部分に囚われているだろう。
このまま一日そのままにしておけば、体中のエネルギーを吸い尽くされたミイラが出来上がる。
ま、そこそこで辞めるけど。
「で? 終わりでいい?」
「・・・しょ、勝者はカオル君、だ・・・・・・」
突如訓練所に出現した巨大な花に、言葉を無くしていたユリウスであったが、俺の言葉で思い出したかのように宣言をした。
・・・ところで、あの花の中のヤバイ奴、何て名前だったのだろうか。




