20:ユリウス
「では改めて自己紹介といこうじゃないか、【花園の賢者】君。私はユリウス・P・アリエリスト。このアリストの街を治める領主であり、君を連れて来たアーネストとさっきまで君と楽しそうに話をしていたアリエッタの父でもある。よろしくね」
「・・・どうも、【花園の賢者】とかいう身に覚えのない変な名前がつけられた、哀れな森育ちのカオルといいます」
そんな俺の変な自己紹介に対面のソファーに座る男性は、そうかいそうかい、と何故か楽しそうに頷いた。
なんてことはない。ただ、あの困ったお嬢様であるアリエッタに、森での話を聞かせていたらノックもなく突然部屋に入ってきたのがこの人だったのだ。
突然の登場に、唖然とした俺であったが、アリエッタ曰くこの人はそんな感じだから大丈夫、とのこと。
何を根拠に大丈夫といったのかはまったくの謎である。それでいいのか貴族。
ちなみに、部屋はアリエッタが出て行ったとき元に戻した。
「それで? 話とは?」
「まあまあ。そんなに急かさなくてもいいじゃないか」
そういって彼はテーブルに置かれていたベルを鳴らす。
すぐにメイドさんがやってくると、彼は追加のカップと、紅茶。それから茶菓子を持ってくるように伝えた。
少ししてからそれらが運ばれてくると、目の前のテーブルに並べられた。茶菓子はクッキー。
彼はそのうちの一枚を手に取ると、君もどうだ、と俺にも食べるように促した。
では、と俺も一枚とって食べる。紅茶に合うように作られたのか、甘さは控えめ。
だが一つだけ言わせてもらうなら、俺は紅茶よりも緑茶派だ。紅茶も嫌いというわけではないが、悪いね。
「おいしいかい? 口に合えばいいんだが」
「おいしいですよ。ありがとうございます」
「そんなに畏まらなくてもいいんだよ? さっきのアリエッタの時みたいな感じで問題ないんだ」
「・・・じゃあそうさせてもらう」
口調を崩すと、ユリウスは嬉しそうに笑う。
貴族としてなめられるんではないかとも思ったが、俺が気にしても仕方ないことなので早々に考えるのをやめた。俺は俺を養うと約束してくれればそれでいい。
「いやしかし驚いたよ。街で噂されてた賢者君が君みたいに若い子だったとわね。・・・実はエルフだったりしないのかな?」
「ちゃんと人間だよ。これでも二十は超えている」
エルフってのは確か耳の長い魔法に長けた種族、だったか? 寿命が長くて見た目がいいという話をじいさんから聞いたことがある。
他にも、ドワーフや獣人なんて種族もいるらしいが今は関係ないので気にしなくてもいいだろう。
「それで、だ。俺としては面倒な話し合いは早く終わらせて休みたい。内容は?」
「ずいぶんと急ぐんだね。まぁいいさ、こっちもそのつもりで来ているんだ」
カップを置いて佇まいを直したユリウス。
たったそれだけのことではあったが、それだけで彼の雰囲気がガラリと変わる。
先ほどまでの見た目イケメンの軽い男、という印象が今のこの男には似合っていない。
「カーマインが連れて来た魔法使いとの決闘は明日の昼過ぎに行われる。これに勝ったほうが当家の代表としてフルフート家との決闘に出ることになる。それで構わないね?」
「俺は構わない。それと確認しておきたいことが一つ」
「何かな?」
「俺が代表となって、更にそのフルフートとかいう奴に勝ったときの報酬の件についてだ」
そこまでいうと、ユリウスの碧眼がスッと細められる。
「報酬については娘の・・・アーネストから聞いているよ。・・・しかし、君のその望みは、何を意味するのかわかっているのかい?」
「ああ。それくらいの覚悟はあるさ。誰になんと言われようとも、俺の意思は変わらないし、変えるつもりもない」
報酬。それすなわち、この家のヒモ、すなわち穀潰しとなることである。当然ながらそれを聞いていい顔をするものはいない。文句だって出るだろう。
だがしかし、そんなことで諦めてしまえるほど俺のこの望みは軽くないのだ。
ついでに言えば、わざわざ森の外に出た意味がなくなってしまうではないか。
俺の言葉を聴いたユリウスがククッと笑う。
それが何の笑みなのか、俺には理解できなかったが、次には堪えられなかったのか、明るい声で笑い声をあげた。
「・・・フゥッ。いや、すまない。笑うつもりはなかったんだがね。・・・しかし、それほどの覚悟があるとは驚いたよ」
「それはどうも」
「だが、そんな君ならアーネストのことも任せられるよ。あれは時折考えるよりも先に行動するちょっと困った娘だが、心根は優しい。どうか頼むよ」
「? 俺が世話をされるんだが・・・」
「なるほど、支えあって、か。すばらしい考え方だ」
それだけ言うと、ユリウスは席を立つ。
「報酬の件は期待しておいてくれ。周りがなんと言おうと、この私が黙らせるさ。もっとも、決闘に勝ったらの話にはなるがね」
「それは助かる。・・・あぁ、それと一つ、聞いておきたい。何でこんな意味のない決闘なんてやるんだ? 相手がいちゃもんつけてきただけだろ?」
「あぁ、フルフート家のことかい。・・・なに、簡単な話だ。先代ならともかく、身近な敵は排除するほうがいいだろ? それに、だ・・・」
ユリウスは部屋から出る直前、ニコリと笑ってこちらを向いた。
「私の娘を物の様に言ったんだ。お灸は据えてやらないとね」
それだけ言って部屋から出て行ったユリウスに、俺は何も言葉を返せなかった。
「・・・俺、別に来なくても問題なかっただろ・・・・・・」
恨むぞ、Pさん。
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「それで? 彼はどうだったかな? ウィリアム」
部屋から出た男、ユリウス・P・アリエリストは、そのまま自室へと向かう。その途中で彼は人の名前を呼ぶのだが、その周りには人の気配はない。
「はっ。申し上げます。彼の男はそれほど戦闘には長けていないように感じられます」
がしかし、ユリウスが自室へと入った途端、その男は現れた。
全身を真っ黒な衣装で包み、顔でさえ目の部分以外を覆いつくしている。
まさに黒尽くめ。カオルが見れば忍者という言葉が思いつくだろう。
「ふむ、具体的には?」
だがそんないかにも怪しい男に、ユリウスはまったく動じない。
それもそのはず。なんせこの黒尽くめの男は、このユリウスに仕える護衛であり、汚れ仕事を請け負うユリウスにとっての暗部である。
もちろん、先ほどのカオルとの話の間にも部屋に初めから潜み、カオルについて調べていたりする。
「身体能力についてはよくわかりませんでしたが、身のこなしは素人のそれです。近接戦闘に長けたものであれば、容易く仕留められましょう」
「それは仕方ないだろう。彼は魔法使いだ。・・・で? そちらについてはなにかわかったかな?」
「・・・魔法使いとしては一級かと。詠唱もなく、無言で魔法を発動させていました。実力は確かかと」
「君よりも強いか?」
「・・・そこまではまだわかりません」
「君が断言できない、か。・・・ふむ」
ウィリアムと呼ばれた男の言葉に、ユリウスは自室のイスに腰を下ろした。
当初の予定では、このウィリアムを決闘に出す予定であったユリウス。
ウィリアムは元々、ユリウスが買った奴隷であったのだが、意外にも魔法の才能があり、ユリウスの指導もあって、今ではかなりの使い手となっている。その存在をしるのはユリウスと妻であるアンリのみ。雇ったということにするつもりだったのだ。
が、娘の一人であるアーネストが魔法使いを連れて来た。それも、街の冒険者の間で噂であったという【花園の賢者】と呼ばれる魔法使いとのこと。
何より驚いたのは、決闘に出る条件がアーネストを妻として、貴族になることであった。
「・・・本当に優秀なら、後継者にするのも悪くない、か。人柄も私好みだ」
「よろしいのですか?」
「ああ。まぁ、ふさわしいかどうかは、決闘の結果次第、ということにしておこうじゃないか」
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「・・・なんか、話がややこしくなっている気がするんだが・・・考えるのはよそう。もう疲れた」




