12:花園からの旅立ち
さて、そんなこんなで出発の時間である。何それはやい。
いつの間にか周りを囲んでいた虫たちは姿を隠してしまったようで、この場に残されたのは俺とじいさん。そして森の外からやってきた二人のみ。
クェルほうもすでに気絶状態から回復しており、今はPさんと共に俺の準備を待っているようだった。まぁ待っている、とはいっても、クェルはじいさんをよりいっそう警戒しているようではあるが。
あれだけやられてもまだ抵抗の意思があるのは立派なことだとは思うのだが、じいさんがいい顔して笑っているのが逆に怖いのでやめてくださいお願いします。
「…はぁ、行かなきゃダメかぁ……」
ボソリ、と誰にも聞こえないように愚痴を吐く。
頭ではどうしようもないことだとわかっているのだが、如何せん、体とやる気が追いつかない。今からでもどうにか中止にして止めたいことこの上ない。
……体調がよくないんだ、とかいって延期にできるか? それならばまた今度、ってなってそれを続ければうやむやにできるのではなかろうか。…体調、悪くなったことなんかないけど。
一般の日本人が何の知識もなく森なんかで暮らし始めたらそれくらいはある気がするんだが…あれか、またこれも青林檎なのか。
「……行かなきゃダメかぁ…」
「はよ行かんかい」
渋ってたらじいさんに急かされた。このまま行きたくないオーラを全開にしておけば、ワンチャン中止になるんじゃないかと思ったんだが、やはりだめだったようだ。
取りあえず森の外に出る準備はできている。入念な準備(行きたくないからできるだけ時間をかけた。でも中止にはならなかった)によって、忘れ物はない。というか、もともと持ち物がない。せいぜい作り置きしていた飴くらいなものである。あとは着の身着のままだ。アイテムボックスなんてなかった。
一応のことながら、誰がここの管理(主に皆への飴の配布やらハニービーたちとの青林檎のやり取りなど)をどうするんだ、俺じゃないとできないから俺がいなきゃだめでしょ、と説得を試みたんだが、虫たち曰く世話になりすぎてるくらいだから心配しなくても大丈夫、とのこと。あと、絶対にまた会いに来てという感情も感じ取れた。
感動で泣きそうである。あと、そこは引き止めてほしかったでござる。
多分、森の絶対の主であるじいさんには逆らえないのだろう。花園の虫たちは知能が高いため、なおさらだ。だから、これはじいさんってやつの陰謀なんだ!
言ったところでしょうがないので言わないが。
念のため、といってはなんだが、今ある青林檎の畑はそのまま残しておくことにする。おなかがすいた時にまた食べてくれればそれでいい。収穫さえしなければ長い間大丈夫なはずだ。もう三年ほど毎日食べ続けた実である。俺の魔法さえあればいついかなる場所でも余裕で育てられるので持っていなくても問題なしだ。
「……行かなきゃダメか?」
「お前さんも渋るのぉ。ほれ、餞別をやろう。これで少しはやる気になるじゃろうて」
その言葉に、チラリとじいさんの方を見ると、またまたいつの間にか持っていたのか、俺の身長くらいある、なんか翠の玉みたいなのが埋め込まれた木製の杖と指輪だった。
「我の宝物庫の中から、お前さんに合うものを選んでやったんじゃ。感謝してもよいぞ?」
荷物が増えるだけなので結構です
そんな俺の考えがわかってしまったのか、じいさんは一瞬ムッとして俺を睨んだ。威圧がヤバイ。
だが、そんな威圧も次には露散し、呆れたようにため息を吐く。
「そう無下にするでないわ。杖は魔法を使う補助には持ってこい。この指輪も荷物いれにできる優れものじゃぞ?」
「ほぉ?つまり、アイテムボックス、と」
「そのあいてむぼっくすとやらはわからんが、異空間に持ち物をしまえるのは便利なはずじゃろ。念じれば使えるじゃろうて。後は虫どもが残した貨幣も入れてある。我には無用じゃしの」
金入れてくれたのか、なんて事を思いつつ、指輪を右手の人差し指にはめた。なんか運気アップとかそんなんだった気がする
よく見れば、細かい加工のされた指輪だ。素材も銀のようにも金のようにも見えるが、たぶん違うだろう。この世界の金属なんかあんまり知らないからわからないが。
「で、この杖は?」
「人間の魔法使いは杖を使うようじゃしの。お前さんは使わんでも使えるじゃろうが、下手にそれが世に知られれば注目になるだけ。見た目だけでも合わせてよかろう」
なるほど、確かにそれはじいさんの言う通りだ。下手なことで注目なんか集めたら面倒この上ない事態になりかねない。
楽して生きたいのに騒動の中心になるなんざ御免だ。もうすでに巻き込まれてるけど。
とりあえず、杖を持っての移動は面倒なので指輪の方に入れておく。
使い方は念じればいい、とのことだったが、果たしてできるのだろうか。
………入れ
「………入ったな」
「まぁ我を討伐しに来るほどの虫が着けてたもんじゃ。性能がいいのはあたりまえじゃろ」
かなり昔の話じゃが、と付け加えたじいさんである。
果たして、その虫とやらがどんな人なのかは想像できないが、今の俺には全くもって関係ない話なので特に気にする必要はないだろう。
俺が楽できるならそれでいい。
「ん?」
残念なことに、もうすぐこの森を出なければならない。そんなときになって俺はふと、何かに見られているような気がしたのだった。
気になって辺りを見渡してみるが、特にこちらに視線を向けている人はいない。
……訂正。人ではなかったがちゃんといた
「しーちゃんか……」
少し離れた場所にあるジャイアントアントの巣の穴。
今までの俺の住みかとなっていた部屋。そこへ続くその穴からこっそりとこちらを伺うように見ていたのは、これまで俺のお世話をしてくれていた一匹のジャイアントアントだった。
「じいさん、ちょっとの間でいいからここから離れてくんね?」
「まぁ我がいると他の魔物が怯えるからのぉ」
そう言ってじいさんは俺のいる場所から離れていった。
多分、しーちゃんへの挨拶が終わるまで花園の外で待っていてくれるのだろう。
「おいで、しーちゃん」
「……ギッ」
辺りを確認して、恐る恐ると言った様子で巣穴から出てくるしーちゃん。
やがて、危機が去った(じいさんのこと)のを確認できたのか、いつも通りの様子で俺のもとまでやって来た。
「ギギッ」
「ごめんな。俺も不本意なんだが、どうやら森の外に行かなきゃいけないらしい。帰ってこれるかわからないんだ」
本当に? といった感情がしーちゃんから伝わってくる。
「本当に。というか、じいさんが暫くは世界を見てこい、ってさ。いい迷惑だよ。暫くはあの貴族のPさんの家で世話してもらうことになる。だから、ここでお別れだ」
「ギィ………」
悲しい、という感情がありありと伝わってくる鳴き声である。
だが、俺だって嫌なのだ。しーちゃんのところでの生活は、ほぼ俺の理想の生活だったのだから。
「まぁでも、なんかあったらすぐここに帰ってくるよ。俺のことだし、案外すぐかもだ。だから、それまでの辛抱ってことで」
「……ギッ」
「ありがとうな。やる気はないけど、やるだけやるよ。………そうだっ」
ふと思い付いた考えがなかなか良さそうだなと思ったのですぐに実行に移す。
俺はしーちゃんからトレードマークであった白いカスミソウを取るとそれをローブの胸の部分にくくりつける。
しーちゃんにつけてからもう一年以上経つが、未だに劣化する様子はない。というのも、俺が魔法で咲かせた花であるため、そういう風に調節してあるのだ。
「咲け」
続けて俺は足元の地面に花を咲かせる。咲かせたのは真っ白な花。
名をダイヤモンドリリー。ネリネ属のこの花は五センチほどの花を球根一つで十ほど咲かせる。
花言葉は『また会う日を楽しみに』
俺は咲いたそれを根本で切り取ると、先ほどまでカスミソウをくくりつけていた場所に再度くくりつけた。
「ギィ」
「また会おうな。約束だ」
くくりつけ終えると、俺はすぐに立ち上がる。
多分、このまましーちゃんといても行きたくない俺の気持ちがますます行きたくないと思ってしまうだろう。
………いやまて、今ここでこのやり取りを続ければ同情を誘って行かなくて済むのでは……?
俺、ひょっとすると天才………?
そうと決まればやることは一つだ。
「さぁ、しーちゃん。もう少し二人の時間を過ご……」
「そんなとこだろうと思ったよ。それ、待たせると悪いぞ。行ってこい」
「んなっ!?じいさんいつの間いっ!?!?」
おかしい、しーちゃんともっと過ごすはずが、目の前に突如じいさんが現れた。かと思えば、今度は見た目に合わない速度と力でローブの襟を捕まれ、未だ待たせたままであった二人のところに投げ飛ばされた。
「プゲッ!?」
そして着地失敗。
「長かったな」
「…顔面着地した奴に向けての言葉がそれかよ」
先に声をかけてきたのはクェルだった。
だが、俺としては先ず心配する様子を見せてほしいものである。
起き上がってローブについた土を軽く払う。すると俺を見ていたのか、Pさんと目があった。
お互い無言の間が続いたのだが、先に耐えられなくなったのかPさんが視線を反らして歩き始めた。心なしか顔が赤いようにも見えるのだが、俺は何かしたのだろうか。
「なあ、クェルさんよ。俺は何かしたのだろうか」
「…本気で言ってるのか?」
疑問に思ったので隣にいたクェルに聞いてみたのだが、そんな言葉を返された。
本気も何も、心当たりがないのでどうしようもない。
「…貴殿が出した条件、わかっているのか?」
「は? 当然だろう。そこまで馬鹿じゃない」
「……本気、なのか?」
何故そこまで執拗に聞いてくるんだろうか。そう疑問には思ったが、まぁ考えたところで答えが出てくるわけではない。考えても無駄なら考えなくていいだろう。
そしてその答えは決まっている。
「当たり前だ」
「…そうか。なら、私からは何も言えない」
それだけ言うと、クェルは先を行くPさんに追いつくためか小走りで後を追っかけて行った。
そして一人残された俺である。
このままあの二人が花園から出るのを待って地下の部屋に引き返したいところなのだが、俺の後方からとんでもない威圧がビシビシと感じられるのだ。
多分、振り向いた先にはいつもの笑顔を張り付けるじいさんがいるのだろう。まぁこの感じから察するに、引き返せば俺とじいさんでの殺し合いが始まりそうな気もするが。そしてやれば俺が死ぬ。
「…へいへい、わかりました行きますよ行けばいいんでしょ」
そんな言葉を最後に、俺は今までの三年間を過ごした場所からの第一歩を踏み出すのであった。
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「うぅ…顔が熱いわよ……」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
さて、今まさしく我らが主人公カオルが第一歩を踏み出したその頃。先に歩き始めていた二人は花園を出た場所でカオルが来るのを待っていたのだった。
「大丈夫じゃないわよ! あんなストレートに迫ってくる!?」
そんな中、アーネスト・P・アリエリストは従者であるクェルの言葉に叫んで返した。
彼女が言っているのは、決闘に協力する代わりに、カオルがアーネストに求めた条件のことである。
『お前が俺を養うんだよ。俺の寝床を用意して、俺のために飯を作って、俺に金を貢ぎ、俺が暇ならその相手をしろ。これがその決闘をやってやる条件だ。拒否権はないと思え』
条件を出した本人からすれば、この要求はただ単に養え、ということに尽き、それ以上もそれ以下も求めてはいない。
だがしかし、アーネストはこの条件を異なる意味で捉えていた。
「そ、それもあんな強引に……ちょ、ちょっとドキッとしたじゃない!! 何よ! 何であんな風に私を! アリエリスト家の次女に『結婚しろ』なんて言えるのよぉ!!」
つまるところ、嫁になれ、という風に拡大解釈しているのだ。
まぁ彼女は14歳とまだまだ若いうえに、恋愛経験も豊富な方じゃない。むしろ、ない、と言った方がいいだろう。学園の友人で婚約者がいる者も確かではあるが、話に聞く程度。そういう話も本などの知識程度しかない。
「ですがお嬢様」
「何よ!?」
「彼に聞いたところ、本気だそうです」
「っ……う、うぅぅぅ~~…!!」
そしてその解釈が従者の言葉によって更におかしな方向へと拡大していく。
多分、後戻りするには少しばかり遅かったのかもしれない。
そんなことになっているとは露知らず、件の人物は文句を垂れながらも二人の元へと歩みを進めているのであった。




