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花を咲かせる魔法使いはとりあえず楽をしたい  作者: 岳鳥翁
アリエリスト領と花の魔法使い
11/76

11:出来れば行きたくない

 「俺を養え」


 俺の望み。それ即ち、俺が苦労せず、働かずとも裕福で安定した自由な暮らしを営むことに他ならない。

 今の暮らしもそれに近くはあるのだが、少しばかり質素が過ぎるのも確かなのである。主に食事の面だ。


 これまで俺の世話をしてくれていたしーちゃんや女王にはもちろん多大な感謝もしているが、如何せん彼女らが持ってきてくれるのは森で採れる果物や豆などの、加工や調理しなくても食べられるものしかないのだ。なお、栄養面での偏りはあるが、そこは万能食の青林檎。じいさん曰く、これ食べてるだけで問題はないらしい。

 青林檎ってヤベェ。


 つまるところ、三年という月日でこの生活にも慣れたことは確かなのだが、もっと人らしい生活をしてみたいと思っていたりするということだ。俺も人間。肉とか食べたいし、遊びたい。まぁ、そう思ったところで実行に移すのが面倒だったし、そうする努力も面倒だし、慣れた状況を変える必要性も感じなかったからやらなかったが。


 だが、今回のこの件で動くことになった(不本意)ため、それならば、というところである。

 

 相手が貴族であるのなら、俺の理想とする(ヒモ)生活にはもってこいの相手だろう。

 なんせ金はある、寝床も用意できる、飯も出してくれる。俺が働く必要はなく、金に困ることもない。俺が懸念していた嫁探しも、甲斐性のある女を貴族の伝で捜して紹介してもらえばいい。というか、それくらいしてもらわないと割に合わない。


 前提条件として、俺が生きてる間に没落しなければ、とつくのだが、その時はその時でこの森にでも戻ってくれればいい。

 

 「……え?」


 一方、Pさんはといえば、まだ俺の言ったことが理解できないらしく、きょとん、とかそんな音がつきそうな顔で聞いてくる。

 仕方ないとばかりに、今度はより詳しい説明をしてやる。


 「お前が俺を養うんだよ。俺の寝床を用意して、俺のために飯を作って、俺に金を貢ぎ、俺が暇ならその相手をしろ。これがその決闘をやってやる条件だ。拒否権はないと思え」


 「……ウェッ!? そ、そそそそれってど、どういう……!?」


 突然取り乱す理由がよくわからないのだが、良く考えてみれば条件にこんなものを提示してくる奴なんてまずいないのだろう。予想していたよりも内容が斜め下だったから驚いたのか?


 「言った通りの意味だよ。で? 受けるんだよな?」


 だが、俺は条件をこれ以外に変えるつもりはない。

 俺が決闘を受ければ、Pさんところの貴族…アクエリアス家? が俺を養う。守らなければ、報復としてアクエリアスを花の養分に変えてやろうとさえ思っている。

 

 「……う、うぅ…わかったわよ…それで姉さんが守れるなら、好きにしなさいよ!」


 「何であんたが怒ってるんだよ……ん?」


 なんか、勝手に怒り出したPさんであったがそこは俺もよくわからないので無視することにした。気になったのは、そのPさんの隣で静かになっているクェル。さっきから主のPさんがこんな状況であるため、何か言ってくるもんだと思っていたがやけに静かすぎる。


 ふと見てみる。その瞬間、俺の腰が引けた。


 だってしゃあないじゃん? 元から目つきが悪いってのに、その目つきが更に凶悪になってるんだもの。あれは人を殺したことがある目だ、何ていわれても俺は納得するね。

 あれか、目で殺すってやつなのか? ビームとか出さないよな?


 「ひとつ聞いてもいいか、花園の賢者よ」

 「な、なんだ?」


 聞いておきながらも、まったくこちらを向かないクェルさん。こちらとしてはその方がうれしいのでどうかそのままでいてください。

 どことなく剣呑な雰囲気を纏わせる彼女は、全く警戒を解こうとはしていない。


 「…あの御老人。いったい何者なのだ? ……とてつもない力だ」


 言われて彼女の視線の先に目を移せば、そこには先程と変わらず、微笑ましい笑顔でこちらを見ているじいさんの姿があった。

 じいさんもそんな彼女に気付いたのだろう。一瞬だけ、俺の方から視線を外したじいさんはクェルを見ると、俺にもわかるくらいにニヤリ、と笑った。


 まるで冷たい氷の粒を背中に当てられたような感覚だった。なるほど、これが漫画でよくある殺気とか言うやつなのだろうか。

 すると、突然隣の方からドサリ、という何かが崩れ落ちるような音が響く。

 見ると、先程までじいさんを警戒して睨んでいたクェルが地面に横たわっていた。よく見ると体の方も痙攣しているようだった。これはヤバイ。


 「クェル!?」とPさんが彼女の名を呼んで駆け寄ると、あわただしく未だ縛られたままだった彼女の手の糸を解きにかかっていた。


 

 「人化している我の実力を見抜くとは、虫の中ではかなりマシな部類じゃの」


 いつの間にそこにいたのか、じいさんが俺の隣に立っていた。


 「だからってやりすぎだろ。俺の方にも殺気が漏れてたから、ちょっと怖かったぞ」


 「ヌハハ、悪いの。………しかし、あの虫の小娘を除いて同じくらいの殺気を飛ばしてたんじゃが?」


 「嘘つけ。それだったらもっと怖いはずだろ。じいさんの………竜の殺気とか冗談じゃねぇからな。勇者だけにしてくれ」


 俺がそう言うとじいさんが呆れたように溜息をついた。

 何故そこで溜息を吐くのか分らないが、ここで何か言っても仕方ないので無視することにする。ちょうどいいタイミングで、クェルも意識を吹き返したらしく、視線の先でPさんが飛びついて喜んでいる様が見えた。


 「カオルや」


 二人のところへ行こうかと思うと、じいさんが俺の名前を呼んだ。

 そこにあるのはいつも通りの穏やかな顔。しかしながら、その雰囲気はいつもとは違っていた。

 

 間違いない。ここにいるのは地竜としてのじいさんだ。その体中から放たれる威圧めいた感覚は懐かしいもので、俺とじいさんが初めて会った時のことを思い出させる。


 「存分に、外の世界を見て来るんじゃ。世界はお主が思っているよりもはるかに広い。ここから出たことのないお主にとって、納得のいかんこともあるじゃろうが、それも経験。面倒臭がらずに乗り越えれば、より一層、お主の糧になるはずじゃ」


 のっけから外に行きたくなくなるような台詞である。だが、この人は…竜であるじいさんは間違いなく俺の身を案じてこう言ってくれているのだろう。それが俺にもわかっているため俺から文句は言えない。言えるわけがない。


 励めよ、若造、と最後に締めくくったじいさんは、その大きな手で俺の肩をポンッと叩いた。


 思えば、俺がこの世界に来てから初めて言葉らしい言葉を交わしたのはこのじいさんだったっけか。そのころはまだ女王も喋ることができなかった。

 人との繋がりというのは面倒なものではあったが、話し相手になってくれていたじいさんの存在は俺の中ではかなり大きいものだったのだ。


 「十分に見聞を広めたのなら、またこの森に戻ってくるがよい。我らはもうすでに家族のようなものじゃ。歓迎してやろう。…孫も含めて、な」


 「…じゃぁ、このまま森にいたいです。面倒なので」


 「却下じゃ」



 今、歓迎するって言ったじゃん!!

 

 


 



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