そうして彼女は決意する。
目を覚ますと知らない天井だった。まぁ予想通りというとこか。SSとかラノベでよくある【目を覚ましたら知らない天井】ってのが初めて自分の身に起こったことにちょっとした感動を覚えつつ、そういやここどこ?っていう1番最初に出るべき疑問が今更感を出しながらもハヤテの体を起き上がらせた。
辺りを見回すと普通の家となんら変わらない家具や電気がある。実は今までの異世界チート的なのは夢だったんじゃね?という若干の期待を抱きつつ、
「……どこだよ、ここ」
「シュタインだよ、ついでにいうとあたしんち」
「ーー?」
部屋の奥の方から声が聞こえてくる。そういえばさっきから紅茶の甘く爽やかな香りが漂ってきていた。
「やっと目覚ました、体の方は大丈夫?」
そこに現れたのは、茶色で少しウェーブがかった髪型、手足はスラリと伸び体型は一部が大々的に主張されている(お腹ではない)。そして何と言っても整った顔立ち、茶色の少し地味な髪が青い目を際立てる。外見から察するにハヤテと同じぐらいの年齢だろうか。しかしエプロンをした彼女は少し大人っぽく見えた。
「そ、そういやあいつは……」
「あー、あの赤髪の子?彼女なら大丈夫よ、隣の部屋で寝てるわ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「いいよ、タメ口で。どうせ歳変わんないし」
「…わかった。とにかくありがとう」
「相当心配してたみたいね」
「別に、ほっとけない性分なだけだ」
彼女が無事だと知りほっと胸を撫で下ろす。しかし異世界チートは夢だったんじゃね?という希望が完璧に打ち砕かれたのは置いておく。
「あ、自己紹介してなかったね。あたしはクイラ、よろしくね」
「お、俺はヒイラギハヤテ。ハヤテでいい」
「なにビビってんの?キモいよ?それと目も腐ってる」
「ほっとけ、あと目は関係ないだろ」
この世界にも『キモい』というワードがあったことへの驚きよりも前に、悲しみが襲って来る方が早かったことは言うまでもない。やっぱり冒頭で街行く人に怪しまれたのはこの目だったのか……
「あ、今更だけど助けてくれてありがとう」
「別にいいよ、森の中で2人が倒れてるとこをたまたま通りかかっただけだし」
「……え?」
「ん?どうしたの?」
「いや、俺達があの砂漠で力尽きたところをあんたが俺たちを抱えながら飛んでいったんじゃねぇか」
「飛ぶ?あははははっ!そんなことできるのはごく限られた人だけよ」
「いや、でも……」
ハヤテは必死に記憶を辿るが飛んだ以降の記憶は全くない。しかしあの光景が夢とは思えない。助けてくれたあの女は別人なのだろうか。
「ま、何があったか知んないけど今はとにかくゆっくり休みな」
「あ、あぁ、それとここのことについて教えてくれないか?」
「ここ?シュタイン城のことかい?」
その時クイラの顔が一瞬苦笑じみたものになったのをハヤテは見逃さなかった。
「いや、そうじゃなくてだな……あ、なら世界地図、とかあるか?」
「うん、あるよ」
そういって引き出しから取り出したのは大きな茶色の地図。覗き込んでみると、
「うわっ!」
その瞬間地図に描かれていた図が模型のように浮かび上がって来た。
「魔法か?」
「魔法?なにそれ。マホじゃなく?」
「マホ?」
「え、うそ、まさかマホ知らないの!?」
「え、あ、あぁ」
「……嘘はついてなさそうね。ほんと変な子」
「わ、悪い」
「なんで謝んのよ、ま、いいわおしえてあげる。マホっていうのは周りにある自然物が持っている力のことよ。それから空気中にも漂ってる。あたしはそれを取り込んで放出する力があるの。これは別に珍しいことじゃないけどね」
クイラはでも、と続けた。
「中には自分の体でマホを生成して放出できる種族もいるって話よ。もしかしたらあなた達を助けたのもその種族の人なのかもしれないわね。空が飛べるのはその人達だけだって聞いてるわ。あたしもその種族は一度しか見たことないんだけど」
「へぇ……」
しかしハヤテが驚いたのはマホの存在だけではなかった。地図に浮かび上がった模型の形に見覚えがあったからだ。
「……龍、か?」
地図は明らかに龍の形をしていた。しかしそこには境界線がいくつもあり、文字が読めないため断定はできないが恐らく大陸そのものが龍の形をしているのだ。
「えぇ、この龍の名前はウルド。救世神とも呼ばれているわ。世界はこのようにウルドの形をしてるんだよ」
にわかには信じがたい話だがこのチート世界のことだ、本当なのだろう。
「この所々光ってるとこは?」
「あぁ、これは封印の泉」
「封印?」
「えぇそうよ。四龍のうちの三体が封印されているわ、それで最後の一体はこのウルドなのさ」
「ウルドは救世神なのに他の三体は封印されてる、ってことか?」
「えぇ、大昔から伝わる伝説よ」
「それってーー」
どんな話なんだ、と尋ねようとした時不意に隣のドアが開いた。
「え、えっと、」
「あ、起きたんだ。思ったよりも早かったね」
「あ、はい。えっとここは?」
「シュタインだよ。それからあたしんち」
「私、どうなって……」
ついさっき目を覚ましたであろう赤髪の少女はクイラの横に座る俺に気づいたようで、
「ああぁぁぁぁーーー!!!」
ハヤテを指差して謎の絶叫をあげた。
「君、アラインにいた、」
「うっせぇな。そんな驚くことねぇだろ」
いちいちリアクションの大きい彼女に軽く不快感を覚えながらも、無事だったことに今更ながら胸をなでおろす。この謎のテンションで無事なのかはさだかではないけれど。
「頭でも打っておかしくなったのか?」
「ちょっと、失礼じゃない?」
ほとんど初対面のはずなのに冗談を飛ばせるなんて俺も成長したな。なんてぼっちには縁のなかった会話に花を咲かせながら(?)クイラが俺たちを助けてくれた経緯についてもう一度説明してくれた。
「そ、そうだったんですか。ありがとうございました」
そう言って彼女はクイラに頭を下げた。しかし俺の功績を考えれば物申したいものだ。
「何か言いたそうな顔してるわね」
「……別に」
「ふふっ、このハヤテって子があなたのことを助けてくれたそうよ」
「え?そうだったの?」
「ま、まぁな」
「あ、ありがとう」
「お、おう」
付き合いたてのカップルかよ、というクレームーー意見は受け付けません。
「あ、私アイリス、っていいます」
思い出したかのように彼女ーーアイリスは自己紹介を済ませる。
「あたしはクイラ、よろしく」
「……ヒイラギハヤテだ」
「えっと、2人ともありがとうございました」
「ううん、いいのよ。それより何があったのか聞いてもいい?」
「……はい」
アイリスは苦虫を潰したような顔をしたが、ハヤテが最初に召喚された街ーーアラインで起こったことを簡潔に説明した。街一つが壊滅したという噂はさすがにクイラの耳にも届いていたようだった。
「そう、それは、大変だったわね。ごめんね無責任なことしか言えないけど」
「いえ……」
それからアイリスは少し俯いて黙っているだけだった。やはりアラインは彼女にとって大切な街だっただろう。そこが壊滅し、今でも気が気ではない様子が十分見て取れる。
「で、これからどうすんだよ」
「……え?」
「俺もお前もずっとここにいるわけにはいかねぇだろ」
「……うん、そうだね」
アイリスは再び俯いた。長く垂れた赤髪が彼女の顔を覆いハヤテからは表情が見えない。深く考え込んでいるのか、はたまた項垂れているのか。しかしものの数秒でアイリスは顔を上げーーその顔は何かを覚悟したように凛とした表情だった。
「私、アラインに戻るよ」
そう宣言したのだった。