始まりの終わり
2話です。思ったよりサクサク書けたので投稿します。今回からバトルが始まります。
走る。はしる。無我夢中で。頭が回らない。かろうじて刀を持って逃げることができた。スズヤを追ってドアへと逃げこんだが、外は広大な庭園となっており隠れるにはうってつけの建物、植え込みによる緑の迷路があった。ただ、土地の外まで逃げることが出来れば、助かるという考えを潰す鳥籠と形容するのがふさわしい、とても大きいドーム状の檻が周囲を囲っていた。それについて考える暇もないほど死が背後へ迫っている。共に逃げたはずの6人ともはぐれてしまった。
ー いざとなったらこの刀で死ぬか?
一瞬バカな考えが頭をよぎる。それはダメ。それだけはいけない。助かるために頭を回す。だが、逃げる赤髪の青年、アカシ・ソウイチには鬼が迫っていないことを確認するだけの余裕が残っていなかった。
「アカシちゃん!!こっちっス!」
「キジマ!」
自己紹介したばかりの仲間が声をかける。
「いやぁ、1人で心細かったんすよー。」
おどけて見せるキジマだが、顔は蒼白で手も震えていた。恐らく、アカシも同様なのだろう。
「他のみんなは?」
「チラッとしか見えなかったんスけど、シムラちゃんが鬼に立ち向かってたっス。あと……悲鳴も聞いたっス。多分、ヤマブキちゃんかと……。」
全員が逃げおおせたと思っていたのに、ヤマブキが犠牲になり、シムラに至っては鬼と戦っているとはアカシには信じられなかった。いや、信じたくなかったというのが正しい。
「ホールに戻ろう。」
「何言ってんスか!?シムラちゃんが1人で、鬼と戦ってんスよ!」
「だからだよ!オレは嫌だ。さっきまで喋って、お互いのことを少しだけど知ってしまった。オレはアイツらと一緒に生き残りたいんだ。そのためにはあの意味わかんない声に従うしか方法が思いつかない。」
「確かにそうっスけど……」
「無理について来いなんて言わない。だからオマエはモリヤマ達を探すなり、隠れるなりすればいいさ。」
「わかったっス。生きてくださいよ?」
アカシがキジマに背を向け走り出す。
ー 生きててくれよ、シムラ!
幸い植え込みはアカシの背丈より高く、鬼の背丈より低いようでアカシの身を隠し、鬼の頭が見える。今は近くにいない。植え込みの間を縫い、ホールの方へと向かう。その途中、目の端に変わり果てたヤマブキが一瞬うつる。胸の奥からせり上がって来るものをなんとか飲み込み、ホールに転がり込む。
「あ、来たんだァ。」
血塗れのシムラが佇んでいる。その足下には右脚と左手を切り落とされ、もがく鬼がいた。
「ガッカリしたよ。はやぁい鬼だなんて体に書いてるのに、速いしか取り柄がないんだから。」
そう言いながらシムラは、手にした刀で鬼の右手の指を1本ずつ切り落としていく。
「ぐおっ……!うっ……!がぁ……!」
鬼が苦しみ、うめき声を上げる。シムラの顔には笑顔の他に恍惚の表情を浮かべていた。
「狂ってる……。」
「かもね。」
ただただ、そう感じる。『狂気』という単語が彼のためにあるかのように、笑顔で鬼をいたぶる。憎しみの感情や、目的があるのならば、ここまで凄惨な行為をするのは思うより容易いのかもしれない。しかし、シムラは鬼を玩具のようにしか扱っていない。その行動には目的がない。欲望のままに刀を振るう。足を切り、指を削ぎ、皮を剥ぎ、目を刳り貫く。鬼はもう声すらあげない。飲み込んだものがまたもや、せり上がって来る。
ー 気持ち悪い……。
それでも、鬼を倒すという条件はクリアしたはずだ。仲間が一人死んだという現実と、生き残れた嬉しさ、安堵、アカシの心の中がグチャグチャになる。
「シムラ!アカシ!無事かぁ!」
「もう鬼を!?」
モモタと、スズヤが2つあるドアにそれぞれ立っていた。しかし、
「モモタ、後ろ!」
スズヤが叫ぶ。
「うわぁぁぁ!!」
いつの間にか後ろにいた鬼が、手でモモタを薙ぎ払う。骨の軋む音の後、吹っ飛んだモモタの体が床に転がる。アカシの目の前でモモタが死んだ。みんなを助けると口にした彼が、死んだ。
「まだいたんだァ……♪」
「我はつよぉい鬼なり。」
悪夢はまだ終わらない。
ー どうすればいい?
アカシが慎重に行動選択をしている中、
「うおりゃァァ!!」
シムラが正面から飛び込んでいく。彼にとって鬼は恐れの対象でなく、自分の狂気をぶつける対象らしい。
「アカシ、来て!」
不意に体を引っ張られる。スズヤだ。
「加勢しなくていいのか!?」
「考えなしに飛び込んでも、アンタじゃ即死だよ。」
そう言いながら、スズヤは紙切れを見せる。
「お札……?」
紙切れには呪文のようなものがビッシリ書かれている。
「そう、これを鬼に貼り付けると、動きを1分封じれるらしい。」
「スゴイじゃん!」
「だからアンタに時間稼ぎをして欲しい。このお札を貼るために。幸い、あの鬼はそんなに速くない。アンタならあの鬼の攻撃を避けるのは簡単でしょ!お札はアタシが貼るから、頼んだよ。」
「わかった、任せろ。」
シムラとつよぉい鬼の戦いに入るスキを探るアカシ。シムラは鬼とほぼ互角の戦いを繰り広げている。だが、シムラの方にはだんだんと疲労の色が見えてきた。シムラが膝をつく。それと同時にアカシが叫んだ。
「鬼さんこちらぁ!!!手の鳴る方へぇぇ!!」
鬼がアカシを見つめる、この視線にも既視感を覚えた。鬼がアカシの方へゆっくり迫ってくる。アカシの頭の中に、映像が流れる。
母の顔、父の顔、初めて彼女が出来た日、卒業の日、鋭い痛みに襲われた瞬間。
「これが走馬灯ってやつか。」
アカシは笑っていた。なぜか笑っていた。これまでの平凡な日常を変えるのだと、全ての細胞が告げている。
「アカシ危ない!!」
何かが風を切る音がしたかと思うと、体が宙を浮いていた。
「スズヤ、何を?」
スズヤもろとも床に転がるアカシ、床には生暖かい感触が広がっていった。
「……血?」
床に流れていく血。スズヤの脇腹に二本の鬼の指が刺さっている。鬼の指には鋭い爪、人体を貫くのにはそれで足りる。
「まさか……!?」
床に這い蹲るはやぁい鬼が、シムラに切り落とされた自身の指を咥え、吹き矢のように発射したのだ。
「まだ生きてたんだァ……♪」
はやぁい鬼がシムラに向けて放った指を刀で防ぎ、それをはやぁい鬼に投げ返した。防ぐことも避けることもできない鬼の眉間に指は刺さり、今度こそ絶命した。
「アカシ、お札……託したからね……。」
「なんで、オレを助けたんだよ!?」
「アンタが……覚えてないとしても、借りは……作りたくないからね……。」
なぜ、どうして、わからない。わからないことだらけだ。でも、だからこそ、その期待に応えなければいけない。
「ありがとう、スズヤ。お前の命は無駄にしない。」
死にゆくスズヤにその声が届いたかはわからない。しかし、アカシはそう言わずにはいられなかった。
「何か秘策がありそうな顔じゃん。ボクにも教えてよ。」
ゆっくり迫るつよぉい鬼に、目もくれずアカシに問うシムラ。
「このお札を貼ると1分、鬼の動きを封じ込めるんだとよ。」
「へぇ♪じゃあボクがスキをつくってあげるよ。」
そう言って、シムラはアカシの数歩先に立つ。刀を構える。鬼の間合いにシムラが入る。鬼が爪を振り上げ、シムラを貫こうとするが、シムラはあっさりそれをいなし……
「何……やってんだよ?」
シムラは自身の体で鬼の爪を受け止めていた。
「スキは作ったからね♪」
意味がわからない。だが、動くしかないとアカシ・ソウイチの体が知っている。
「うおおおおぉぉぉぉ!」
スズヤに託されたお札を貼るために、シムラが作った鬼のスキを無駄にしないために、無意識に体が動く。お札を鬼に貼り、鬼が動けなくなったところで、立て続けに刀で鬼の首を刎ねる。
「はぁ、はぁ。」
「やったね。アカシくん。」
鬼の爪が刺さったままシムラが告げる。
「どうして、そんなことを?」
「一番美しい命の、散り方ってわかる……かい?ボクは……人のために、死ぬ事だと……思うんだ。スズヤさんの死を見て、そう心から思ったよ。だから、ボクも、そんな風に……命を使っただけさ……。」
「やっぱりお前は狂ってるよ。」
「……かも……ね。」
シムラの目から光が消えていく。そして、生命の観測者、シムラ・キリヒコは自分の命を使って、死んでいった。
どれ位の時間がたったかわからない。シムラが死んでから頭の中に声が響く。
「ー こっちへおいでよ。」
声のする方へ歩き出す。鬼が壊した壁の奥へと進んでいく。また鬼が出てきてもおかしくない場所に踏み込む、ただ無感情に進む。先の見えない細い通路の奥、扉にたどり着いた。そこで声が止んだ。
「入れってことか……。」
扉には『1人』と刻まれている。恐らく生き残ったのはアカシだけだったのだろう。
ー 誰も救えなかった。オレは無力だ。
未来とは不平等だ。生きるために逃げ回ったキジマ、モリヤマ、ヤマブキは死に、助けるためにやって来たモモタ、スズヤは殺され、自分のために戦ったシムラは、自ら死を選び。仲間に助けられ、何も出来なかったアカシだけが生き残る。だからこそアカシには生きる義務がある。救われた命を自分のプライド、自己肯定のために使うほど馬鹿ではない。
彼は扉の奥へ進んだ。
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声が聞こえる。
「ソウイチ、気をつけて行ってくるのよ。」
母の姿が見える。
「わかってる。いってきます!」
アカシ・ソウイチにとっていつもの光景が見える。母に見送られ、学校へと向かう。1歩ずつ踏みしめて歩く。隣の家の朝ごはんの匂いがただよう。いつもの光景。いつもの、まさに平凡な日常だ。しかし、通学路の途中でアカシは倒れ込む。そして、全ての五感が遮断された。
まだまだ続きますので宜しくお願いします。
表現の分かりにくい点、アドバイスなどあれば教えてください。