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4.君へと拝謁する回

 

 降り立った足元からは微振動と機械音がさんざめき蠢く、磨き抜かれた鋼鉄と希有金属で造られた廊下を、甲高い音を鳴らし滑らかに歩いて行く赤髪の少年の後ろから、初めて訪れた広大な城の場内を物珍しげに見廻しながら進む。


「少しだけ待って頂けますか?」


 時空を割入り込む衝撃に悪酔いし、その上目新しい城内を歩く興味と興奮で逆上せた頭がくらくらしていた。


「あー、ごめん、大丈夫?はじめての人にはキツかったよねー?」

「ーーはい、こちらの空間転移術とはだいぶ異なりますね。仕組みを伺ったことはありましたが、実際にはとても不思議で」

「理解出来ないから、怖いかなーと」

「はい、不安になります」

「こっちからすれば、そっちの精霊やら神々やらの方がよほど不思議で不安になるんだけどね〜って、ま、お互い慣れの問題だよね」

「そうですね。そうかもしれません」


 永く永く途方も無い時間を経てきた精霊の支配する優しい世界、其処から零れ落ち隔絶された歴史を刻んだ魔導機械帝国。

 その昔、同じ世界だったこの国を抉ったのは、ひとりの大いなる古い魔女の怒りだったと云われている。


「ーー魔女の怒りに染められた大地は、精霊や神への祈りが発現し得ない」

「おー、姫さんは博識だねー、ちゃんと知っていて信じてる人少ないよ〜」

「王国に住まう人が此方に来られる事はまず無いですからね、攫われたりしなければ」

「それはごめんって、たぶんちゃんと謁見終わったら辺境国へ無事に送るよー、たぶんだけど」

「たぶんなのですか?」

「うー、うちの皇帝陛下気紛れ極めちゃってるからねー」

「…」

「待たすとまた面倒だからもー行くよー」


 堅牢と機能性に特化した外観からは推し量り難い想像を絶する豪華さで謁見の広間は訪れる者を怯懦させる。そしてその最奥へ罷る御姿に追い打ちを掛けられ、訪れる総ての人は心胆寒からしめるのが常であった。


  重厚な両扉を押し開き、第三軍隊長の後ろから入室すれば人払いをしたのか、唯一至高の御方が玉座に寛ぎ、待ちくたびれ寝惚けて半眼になった眼差しを此方へ寄越す。

 一見して取り立てて特筆すべきもない凡庸な外形、市井に降りれば容易く人波に紛れて消えてしまうだろう。しかし彼こそが、歴代最高にして最強最悪の狂王と名高きブルック・テイラー・キッシュ・ゲヴァルトライヒ皇帝陛下である。


「遅い。いらん、面倒だから傅くな」


 臣下の礼を執ろうとしたのを咎められて、急いで背筋を糺す。


「なんでおまえとあいつ組ますと、いつもこんななんだよ、任務失敗なんだか達成なんだか、こりゃもうわかんねぇな」

「返す言葉が御座いません、けど責任は連帯で〜」

「いや、只の愚痴だ。今回は他が出払ったんだから仕方あるまい、しかもお土産付きだ。褒賞希望出しとけ」

「御意に」


 そう言って一礼し彼が下がれば、皇帝陛下の身前に姫君は拝謁する。


「かーっ、くっそイイ女になったな。レディ・ナインチェリア、もちょいこっちこい、もっとよくその姿を見せてくれ」


 ニヤリと笑い、気安く手招く皇帝に動揺し思わず後退されば後ろに控えた少年に抱き留められる。


「陛下、それめっちゃ怯えてます」


 臣下に咎められて威厳を改めようと無理矢理顔を顰め、静謐を閉じ込めた暗褐色の瞳で見つめる。


「辺境伯共々御健勝か?姫君よ」

「それもちょっと怖いかも〜」

「じゃ、どーしろっての⁈」

「その、もっと自然体で〜」

「ん、俺の自然体って?」

「怖いです」

「じゃどっちにしろダメだろうがよ」


 少年に凹まされがっくりと肩を下げる、そんな遣り取りに和まされて、ようやく彼に真っ直ぐ向かい合う。


「父や私と会われたことが…」

「ああ、憶えてはおらんか。赤児だったもんな、シエラが幸せそうで心底安堵したものさ」

「母上をご存知で?」

「ご存知もなにも、あいつとはほとんど一緒に育ったからな。横から掻っ攫われて貴女の父君を縊り殺そうと幾度挑戦した事か」

「かっ母さまは帝国出身の高位貴族だったのですか?」

「知らなかったのか?薄っすらとだかナインチェリアと俺も血が繋がってる。でなけりゃ城の中枢部までひとっ飛びで転移は無理だろうよ」


 今更ながらの衝撃の事実に眩暈が起きる。


「ヘンドリックは何も話さないのか?」

「父は何も、末姫を産んで亡くなった母のことは何も話しません。話すどころか、今では目を合わす機会もありません」


 自嘲する姫君を痛ましく見守る。


「私はそんなに母さまと似ていますか?視界に入れば喪った悲しみを思い出し煩わしくなるほどに?」

「辺境伯は奥方を亡くして壊れたのか?」

「わかりません。何も、誰も何も教えてくれないのです」


 質問に質問で返した皇帝に積年の鬱屈を吐くかのようにまた問いかける。


「父は母を死なせた原因が憎くて、ダリルハンナを森へ遠ざけたのでしょうか?憎くて悲しいから私たちを見ないのでしょうか?」

「ーー少なくとも、そんな男にシエラを譲ったつもりは無いよ」


 気が付けば、問い掛ける毎に距離を詰めて、手を伸ばせば触れられるほどの近くに立っていた。


「私はたったひとりの妹を守れなかった。あんなに大切で愛しかった妹を守れず、為す術なく暗黒の森へと囚われてしまった。

 そんな者にどうして、どうやって領民を守れと、護る責務を果たせると思うのか、どれだけ考えても、それを容認することも従うことも叶わなかったのです。

 既に私には何の価値も意味もない、けれども、もしこの身に流れる精霊との契約があの歪んだ国を揺さぶる切っ掛けとなるのであれば、どうとでもお使いください」


 ーー連れ去られた異国の地で、誰にも裁けない私の罪を赦す術を持つ最上の人


「あなたにしか出来ないのです。ーーどうか私を踏み砕いて」


 姫君は滲んで行く視界をそのままに、静かに皇帝の手を取り頬に惹き寄せ、その存在を確かめるように押当てる。

 ゆっくりと微笑みながら、記憶の奥底に眠るあの人と少しも違わない姿で。




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