2.君の事情を見守る会
「あ、制御装置征圧された〜」
ひと抱えある鉄の箱を組んだ胡座の上に乗せ、反応の無いダイヤルやスイッチをカチャカチャ押したり回したり観察する側から、計器の継ぎ目に細く煙がたなびきポンとひときわ間抜けた音を立てる。
「は?ホントに?どーすんデスか」
問い詰める言葉とは裏腹に、煙吹く箱を抱える赤毛の少年の後頭部を、飄々とした狐面の男が、斜め頭上からスパコンとのんびり良い音を立て打ち鳴らす。
少年は三つ編みにした後ろの毛をしっぽみたいにピクンと揺らし、がくりと落ちた頭を戻すと、左目に黒革で覆った眼帯をずり上げて、その虚ろな眼窩を埋めている光化学レンズがキリキリと遙か先に浮かぶ飛空艇の上へと焦点を合した。
「あ〜、けっこうな大物釣れちゃった〜」
「まぁ、ココまで来たらどっちも総力戦デスしね」
最早、作戦の失敗は明確なのにも関わらず、草原でピクニックするようなのどかさを醸し出すふたりに、射かける程のきつい眼差しを深いアメジストの瞳に浮かべ、プラチナブロンドに輝く腰までの長い髪を風に躍らせながら、美少女から美女になったばかりの憂い顔を引き攣らせ、動揺し震える捕縛された両手の平を握りこむ。
「失策はその命で贖うのではないのですか?」
「…いつの時代の話デスか?ンなことしてたら軍師なんて居なくなりますよ」
「そだよ、それに今は辺境伯のおっさんに第四師団から第八まで、ほぼほぼ全壊滅状態なんだからね〜。ましてオレらにゃ、あんたと言う人質が居るんだし〜」
「ソーソー、こんなに見事で美しく美味しそうな獲物、嬲レルだけで士気も爆上げ、それから辺境伯と引き換えするも良しデスし」
真っ赤な舌をぺろりと出して、ほんとうにいやらしい笑みをその狐面に浮かべると、一見して中肉中背な、その内実は鍛えに鍛えた刀身の如き体躯でジリジリとにじり寄ろうとすれば、間髪入れず、胡座からバネ仕掛けの如く跳ねあがり、少年は小柄な細膝をエロキツネの土手っ腹へ叩きこんだ。
「ゲフッ」
「我慢してよ〜、気高き我らの皇帝陛下から、無傷で御連れしろとの至上命令だよ〜、この場合心の傷もその範疇」
「ちっ、ちびっこいのにしっかりしてマスね。ちょっとだけ味見するのダメ?ちょっとだけだから?」
「ちびっこいゆーな!ダメに決まってるだろうが、契約精霊保護術が自動展開して消し飛ぶぞ」
「ご存知なのですか?」
少年の意外な言葉に優美な瞳を瞬けばその姿を、男は舐め上げるように凝視して残念無念と肩を落とす。
「そういう事件あったからね〜。その身を持って思い知るみたいにね」
世界を統べる大精霊の加護厚い中央公国は、その恩恵が支配する端々の国にまで現れる。
ひとつに領地を継承する可能性のある青き血の者を、婚姻の契約を結ばずにその身を交接すれば四肢が弾け飛ぶ、連綿と続く国を守る命の盟約である。
「まぁ、絶世の美姫と名高かった辺境伯の奥方に生き写しと語られる貴女に、我が身を突っ込んで爆散しても本望デスがね」
「だから、心の傷になるっての。もー、フォックスがそんなになるの珍しいね〜大丈夫?」
「常日頃、地下やら屋根裏やら男所帯で這いずり廻っている身の上デスよ。美女と美少年引き連れて飛空艇見物なんて、興奮値振り切れるも当然です、浮かれ切ってマス」
きりりと表情を締めアイスブルーの瞳を覗かすと何食わぬ顔で片手を姫君に伸ばせば、直ぐさまべちんと叩き落とされる。
「おやまぁ、アインだっていつもより厳し目では?珍しいコトです」
「散々みんなでがんばって根回した作戦しくじってんだよ〜。さすがにこれ以上やらかせないっしょ」
「アレが来たなら末姫君の暴走も望み薄デスしね」
飛空艇上から掻き消えたきららかな存在を、真実遠い目で眺めて、降参するように両手を軽く上げる。
「まぁ、貴女を拐かせたので意気揚々と大手振って帰れマスから。辺境伯掌中の珠、ナインチェリア・プラウス姫」
「些少なる私では、よもや父上を阻める手札に成り得ませぬよ」
虫けらを見る眼差しで傲岸に吐き捨てる。
「謙遜も過ぎれば傲慢デスね。フフ、そんな顔されても下半身にグッとくるだけデスよ」
「変態だ〜変態がいるよ〜大変だ〜」
やってられないとばかりに頭を抑えて嘆く隻眼の少年の様子に、姉姫はくすりと微笑んでしまう。
「事実、私が無くとも兄上が居りますし、元から国の護りと天秤に掛けられるような命ではありません」
「ふ〜ん、家族なら替えはないと思うけど?その辺はオレ奴隷上がりだからよくわかんないや」
「コチラも貧民窟出なので門外漢デス」
「え?貴方たちは軍部の上官ではないのですか?」
ふわりと尋ねる姫君に、両者姿勢を正し即時敬礼する。
「申し遅れました、第三軍隊機甲師団隊長アインオーガです。只今より御身を帝国皇帝陛下の御前に罷り越しますので暫くよろしくお願いしまっす」
「申し遅れました、第九軍隊特務師団隊長フォックスでありマス。只今よりコチラ別行動に移りますので…良かったら結婚して下さい!」
「良いわけあるかぁ〜っ‼︎」
どさくさで求婚する同僚に一撃を加えるが軽々と躱され、隙を突いてがっぷり四つに組む。
「今生の別れかも知れんのデスよ、少しくらい良いじゃないデスか」
「ンなことゆってるけどさ〜、国が亡くなろーがのんきに最後まで絶対に生き残ってるだろ〜」
「そんなに誉められたら、さすがに恥ずかしいデス」
「ほめてね〜し、恥ずかしがるとこ違ってっから〜」
またもや漫才の様相を呈して行く二人に堪えられず、くすくす笑う姫君の馨しい美しさに、双方共々心を撃ち抜かれ赤顔しそのまま硬直した。
「この様な方々が師団長だなんて、皇帝陛下は随分と大きな器の方なのですね、好きになってしまいそうです」
「え、オイラを⁉︎」
「おまえじゃねーっ!ちゃんと聞いてる⁈」
「ちょっとは夢見させて下さいよ、この後また溝鼠状態なんデスから」
「キツネなのにね〜、ってもう行けよ。本来の仕事しろっしーごーとー」
少年に追い払われる直前、男は姫君の髪を一房掬い素早く口付けると、実に狐らしく軽快に駆けて消えた。
「は〜、やっといなくなった〜。それでは、さあ、さあ、御立ち会い」
そう戯けながらハメ殺してある左の腕環をガチャリと回すと、同時に時空がぐらりと歪んでその狭間へ、姫君の腕を掴んで自らの体を押し込んだ。