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1.邂逅

 

  次から次へと湧いてきやがる


 煌々と広がり焼き尽くす業火を、漆黒の双眸に映しこみ眇めると、呆れ混じりに笑い棄てる。


 すでに一刻ほど絶え間なく撃ち続けて、その常軌を逸脱した魔力は果てる底も無いが、火炎が吐き出される両腕やら支え続ける肢体は限界だった。


 辺境伯の末娘 ダリルハンナ


 広大な領地の極東、隣接する帝国から守り取り囲むように南へとひた走る暗黒の森、真昼の日差しさえ届かない静謐なるその闇を、まさか掻き乱す事案が発生するとは、この辺境を治める数千の歴史に聞き覚えの無いことであった。



 おそろしいからと避けられた

 危険だからと繋がれた


 暗い大地に押し込められて、命が終えるまで寂寥の孤独に浸からせられるのだと諦念していた。

 しかし光の差さぬ暗闇森は、極彩色に見紛う主、煉獄の闇竜を地に据えて、その魂の恩恵の元、にぎやかに多種多様な生物の楽園であった。

 そして望外にも、その主の児竜が友となり、無限の魔力の器として忌避され、この地へと封印された我が身の、唯一の慰めとなってくれていたのだ。


 それをあろうことか奴等は


 血の涙も流さんばかりに見つめるその先に、鉄杭を打たれ、飛空艇に吊らされた力無き友の姿があった。

 まだ命の波動はあるものの風前の灯、滴り落ちる児竜の血と魔力に、森の最奥で同化し動けぬ身を呪いながら怒り狂う主の波動に怯え、人の住まう領地へとなだれ込まんとする魔物共を崖上から薙ぎ払う些事に追われ、悪化して行く事態に発狂しかける、とそこへ


「ひめさま〜」


 緊迫した空気を撫で切る安穏とした声が響いた、家令筆頭にして辺境安全保障部部長のヘルツである。


「ひめさまお待たせ致し申し訳ありません森側に住まう領民は総て川向こうの城下へ避難完了であります」


 ほぼ一息でそう告げると、走り寄りながらも器用に崩れ落ちる、するとその後ろから見知らぬ者が立ち現れた。


「人外か?何者だ?」


 金色の双眸に同じ色の髪を靡かせ、纏う白銀の甲冑の左肩には、この辺境国の元締めである中央公国の徽章を目視したにも関わらず、あまりにも場違いな佇まいと美貌に、現況を忘れ思わず問うた。


「中央監察官の軍装も知らない、箱入り娘さんかな?」


 友を質に取られ半狂乱になっているとは知らずとも、眼下に広がる大火災を引き起こし、数多の魔物を牽制し続けている人物に投げかけるにはあんまりな態度、辺境伯不在時のありえない緊急事態に疲労困憊し蹲っていた家令は驚き仰ぎ見る。と、その無礼な男に無造作に寄り切り肩を引き寄せ、胸元に顔を突っ込んだ当代姫君の姿に瞠目し硬直した。


「精霊王の気配がする、ほんとに人間か?」


 慣れ親しんだ森の従者達にも似た空気に思わず、張りつめ続けた気配を緩ませ、真っ直ぐに問いかける純粋な黒い瞳に、臨戦に警戒していたにも関わらずあっさり距離を詰められ、為す術もなく間近から絡め取られた金色の瞳は、狼狽を露わに絶句した。


「まぁいい、いやちょうど良い、まさに重畳この上ない」


 無言でいるなら意見は無いであろうと、成人する間際の幼なさが残る顔に不釣合いな艶然とした笑みを浮かべ、逃がしはすまいとその首を腕に巻きつけ抱え込む。


「中央の監察官なら単独転移出来るな、その任務叶えさせてやろう、来い」


  言うや否や、半死半生の友の元へと跳んだ。




 瞬く間に飛空艇の屋根上に転移すると、強制的に連れた存在の事など忘れ、足元の気配を探り奪還へと思案に沈む。


「誰も居ない?どう動かしているのだ?魔導機械操法⁇」


 無人力で動く船内に興味は尽きないが、友の命には変えられない。

 邪魔が無いなら直ぐさま墜とすまでよ、と早速児竜の背中へと移動し、穿っている鉄杭に手を添え、傷が抉られないよう細心を払い粉砕する。が、しかし


 もう、遅いかもしれない


 荷馬車程は悠々ある闇色の巨躯に、久方ぶりに跨がったは良いが少しの反応も無い、ただ重力の干渉を真面に受けて、猶予なく、余力を振り絞り暗黒森最奥の底へと転移する、そして森の主の側にある拓けた苔床へ些かの振動もなく降ろし、憤怒と憎悪に塞がれた眼前へと転がり込んだ。


「エンシェントたすけて、リントヴィウムが死んじゃう」


 万物が畏れ慄く最中で、余りにも無防備に晒け出された懇願に毒気を抜かれた森の主は、人の身には御しきれない力を振るい続け、今やその柔らかな肢体のそこかしこから無数に傷が裂け血塗れになった哀れな娘に同情し、殆ど森へと姿を移したが、未だ壮麗にして堅牢な極彩色に輝く大きな瞳を瞬かせ、彼女の悄然たる様に、胸を打たれ愛おしむように細めた。


「人の子よ、すべては輪の定め」


 激情に身を投げて森を震わせ怒り狂っていた主に、それを言いますかと飽きれて目線を送るが、血を失い過ぎて定まらずふらついた体を瀕死の児竜に添わせる。しかし、堅く目蓋は閉ざされたまま、何の反応も返さない友の姿に怯え、それに飲み込まれまいと顔をあげる。


「私の力は滅びの力、こんなにたくさん魔力があるのに、ほんの少しも癒せない」


 自嘲し両手の平を児竜の傷の上に翳す


「けれど、この命と引き換えたなら、リントヴィウムを救えないかな?」

「出来るかどうかも解らないで、その魂をすり潰すか?愚か過ぎて滑稽ぞ」

「エンシェントが笑えるならそれで良いよ」

「愚か者め、例えそれが成されても、其方の亡骸を見たリントがどうなるか考えろ」


 冗談でも許さないとばかりに柳眉を逆立てる森の主に、それ以外ないと縋り付く。


「だったら死骸をエンシェントが食べちゃえばいいんだよ、そしたらリントヴィウムはわからない」

「大戯け者めが、森に同化した我が身で其方を食せる筈がなかろう」


 呆れと罵声を思念に含ませてぶつけても、少しも堪えずに娘は言い募る。


「どっちにしろリントヴィウムがいなくなっちゃったら、私生きてても仕方ないもの」


 唯一の友を亡くす恐怖に正気を失いかけているものを、如何ともし難いと途方に暮れると、唐突に、きららかな存在が割り込んだ。


「置き去りでは使命を果たせないのですが」


 憮然として現れたが、極彩色に輝く瞳の森の主と満身創痍の娘に、驚き二の句がつげずにいると


「よく付いて来られたね、でも敵国の飛空艇が丸々手に入れられたのに、異議を唱えられるとは心外です」


 少々見当違いな意見を向けられて、ため息を吐きながら小さく震えている姫君を覗き込む。


「あれほど強く引きつけられたのです、貴女が例え海原の向こうに遠ざかっても、簡単に捕らえられますよ」


 造作もないことをと言い捨てられて、金色の瞳をぶつけられると、何やら背筋を寒気が走る。


「ならば私の行く末を見届け、辺境伯に伝えて下さい」


 気を取り直して睨み返し、最後の賭けに命を燃やそうとすれば、震える体をかき抱かれて友の側から離された。


「な、何を⁉︎」


 すでに抗う力なくされるがままに怒れば


「それはこちらの台詞です、いったい何をする気でしょうか?あなたは癒し手では無いと報告書に記載されていますが、魔力を暴走させ、帝国からの護りの要であるこの森を殲滅されるつもりですか?」

「そんなこと」

「思ってもいなくとも、結果がそうであれば敵国の思う壺です。貴方の竜を拐かす為に、どれだけの魔導士の命が費やされたか知っていますか?辺境伯殿を遠ざける為どれほどの奸計を張り巡らされたのか存じておられるでしょうか?」


 低くとも艶やかに響く声で想定外の言葉を次々と浴びらされ、只々立ち竦む。


「何故私がここに来たのか、それならすぐにわかるでしょう」


 ゆるりと視線を傷つき動かない児竜へ映すと僅かに微笑み、その両腕から眩いばかりの光の濁流が溢れその場を覆い満たした。




「これは生命の光、回復魔法ではない?復元魔法?」


 暗闇森はすべての光吸収し、干渉を弾き返すはず、成されるはずのない現象を発現させられ、森の主は興味深気に一息唸れば、それと共に児竜も深く息を吹き返し、収束していく光に反して畳んだ翼を緩々広げた。


「すまぬ、我、失敗しちゃったよー」


 ゆるゆると目蓋を押し上げ極彩色の瞳を覗かしのどかに呻く、安堵し首元に縋りついた友の姿を児竜は見遣ると顎を外さんばかりに驚愕する。


「ダリル⁈な、な、なんで?どーしてそんなズタボロに!」

「よかったリント、起きてくれて、よかった」


 友の瞳に映る自分の姿に、辺境伯の末娘は、何も思い煩うこともなくそのまま意識を手放した。


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