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 大輝は自分自身の人格を確かに自覚しながら、その心の中に、もう一人分の人生を共有している感覚を味わっていた。



 給食時の一件の後、顔を洗おうとトイレに入った時のことだった。鏡に写る自分の顔を、身体を見て彼は愕然とした。


 がりがりに痩せた体躯に、ぼさぼさの髪。皮膚の色は不健康に浅黒く、古い痣が着ている服のシミのように、全身にまだらに残る。


 落ち窪んだ眼窩に、ぎょろりとした二つの瞳。


 あの教室で見た少年に、大輝はなり変わっていたのだ。



 少年の名は、『込田こみた純一じゅんいち』といった。大輝は、それを思い出すように知った。頭の中に、大輝自身の記憶の他に、込田純一の記憶があって、彼はそれを容易に引き出すことができた。コンピューターに例えるならば、本体に内臓された記憶媒体を有しながらも、外付けのHD(ハードディスク)をつないだかのように。


 純一の記憶は引き出せば引き出す程に悲しく、救いの無いものだった。幼い純一を残し、一人家を出てゆく後ろ姿が、唯一の母親の記憶だった。働きもせず、借金をしながらも酒浸りになっている、父親のせいであろうと予想がついた。父親について思い出そうとすると、それは全てが虐待的暴力に結びついたもので、大輝は直接味わっていないはずの痛みを思い出した。家は貧乏だった。食べるものもろくに無く、普通の生活すらもままならない。


 家から逃れるように小学校に行っても、彼には友達がいなかった。はじめのうちは皆が彼をいないものとして扱ったが、それならまだ良かった。年齢を重ねるにつれ、彼はクラスメイト達からいじめられるようになった。物を隠されるのは毎日のことで、そのうち理不尽な暴力を振るわれるようになる。


 彼は皆のストレスのはけ口――サンドバッグのような扱いを受けた。つねられ、蹴られ、殴られる。彼が痛そうな素振りを見せると、皆が喜んだ。彼は怖かった。家に居ても、学校に居ても、痛い目にあう。


 ……何も、悪いことなどしてはないのに……。


 六年生に上がった年には転校生がクラスにやってきて、いじめは、暴力は過激度を増した。白井と名乗った少年は都会育ちの少年で、クラスメイト達は彼に期待した。


 彼は、容赦無く純一をいじめることで、クラスメイト達から賞賛された。自分たちでは考えもつかなかったような残酷な仕打ちを、純一にしてみせた。彼はそれによりクラスの人気者となる。純一は日々、身体に新しい痣を作って、心は風化していった。




 純一の身体に乗り移った大輝が教室に戻ると、チャイムが鳴って五時間目の授業が始まった。時間の感覚は、現実のものと変わらない。飛んでくる消しゴムの粒を受けながら、彼は右前方の席に座る『白井』に目を向ける。


 大輝と瓜二つの顔をした『白井』少年は、一体誰なのか。彼はそんなことを思っていると、その向こうにあるカレンダーが目に入った。



『1990年7月』



 ――2003年生まれである大輝にとっては初めて見る、九十年代《・・・・》のカレンダーが、壁には平然と、掲げられていた。

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