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なっちゃんはどれだけ私を照れさせたいのかな?

 凛がテニス部へ廃部通告をしにやって来た翌日の昼休み、沙耶はいつも通りにクラスメイトの霧崎棗と星瀬川瑠衣と一緒のランチタイムを過ごしていた。

 沙耶は登校中に購入したサンドイッチを、沙耶以外の2人は手作り弁当を広げているのもいつも通りである。


「そういえば、2人のお弁当ってかなり似通った内容だよね」


 この形式で昼食を取り始めてから2週間。

 沙耶は疑問に思っていたことを口にする。

 2人の弁当はぱっと見でもかなり同じように見えるのだ。

 弁当箱は違うが、入っているおかずが同じなだけでなく配置もほぼ変わらない。

 量産されたコンビニ弁当と例えれば聞こえは悪いが、そう例えてしまいそうなほどそっくりだった。


「同じ人が作れば確かにそうなるわよね」


 棗は箸でミニトマトをつまみながら当たり前のように言った。


「同じ人?」

「私のはもちろん、なっちゃんのお弁当も今日は私が作ったんだよ」

「うそっ、2人分もお弁当を作る時間ある?」


 あなたにとって引っ掛かるのはそこなのね……と棗が若干失礼な視線を向けたが、沙耶は気が付かない。

 沙耶にとって朝はどれだけ惰眠を貪れるかを極める時間であり、決して意味もなく早起きはしないのである。

 進んで起床して昼食を準備するなんて考えられなかった。

 ちなみに、今朝も見事な駆け込み乗車を決めて、偶然同じ車両に居合わせた歌穂に呆れられた。


「昨日の晩からある程度は用意していたからね。結構容器に詰めるだけって感じ」


 あと、かなり冷凍食品に頼っているしね、と瑠衣は恥ずかしそうに付け足した。


「それでも私の分まで作ってくれるのはありがたいわ。瑠衣、ありがとう」

「へ、あっ、うん……」


 ストレートな棗の物言いに瑠衣は更に赤面して、誰とも目を合わさずに弁当を口へ運ぶ。

 それでもその顔に浮かぶ笑みを隠せているわけではなかった。


「霧崎さんは料理しないの?」

「あまりしないわ。瑠衣の手伝いはたまにするけど」

「そっか、2人は家が隣同士なんだっけ」

「えぇ、加えてお互いの両親が忙しいから2人だけの夕食の日も多いわね」

「良いなー、楽しそう」


 仲の良い友人と2人で食事を作ったり、長い時間を過ごしたりするのは沙耶にとって憧れだった。

 そう言えば歌穂の家はどこなのだろう。

 今度家の位置を聞いてみよう、あわよくばお邪魔したいと思う沙耶だった。


「実際に楽しいわよ、瑠衣と一緒に過ごす時間は」

「なっちゃんはどれだけ私を照れさせたいのかな?」


 小声で呟いた瑠衣の顔はもう真っ赤だった。


「別に本当のことだもの。何も言葉を着飾っているわけではないし。でも──」


 そこで棗の言葉と箸が止まった。


「?」


 首をかしげる沙耶と瑠衣。

 それを見て棗は目を閉じて首を横に振った。


「いいえ、なんでも無いわ。瑠衣、今日は部活が無いから一緒に買い物へ行きましょう」

「あ、うん。良いよ。夕食のメニュー決めてないから一緒に選んでくれると嬉しいな」


 棗は首肯しながら食事を再開した。

 何だったのだろう、今の間は。

 しかし棗は既に元に戻っていて、それをわざわざ問うことが沙耶には出来なかった。

 仕方がないので、今度は沙耶が自分の話題を切り出す。


「あのつかぬことをお聞きしますがお2人さん」


 そう言って棗と瑠衣に昨日未来から託された、もとい押し付けられたチラシを差し出す。


「テニス部に入部──」

「しないわ」

「早くないかなぁっ!?」


 見事な棗の即答に思わず沙耶は叫んだ。


「私が吹奏楽部に所属しているのは知っているわよね。自分で口にするのも何だけど結構練習は厳しいし結構忙しいのよ」

「確かに、そうだよね……」


 沙耶もまさか吹奏楽部の棗が入部してくれるとは思ってはいなかった。

 本命はその親友である。


「星瀬川さんはどうかなっ!」

「うーん」


 勢いで何とかならないかと出来るだけ明るく勧誘してみる。

 しかし、瑠衣は明らかに乗り気では無かった。


「運動はちょっと……苦手で」

「初心者でも大丈夫だよ。私自身がそんなに上手くないしっ」

「それは誇ることじゃないでしょう……」


 棗が冷静に指摘するが沙耶は気にせず粘る。


「やろうよ、テニス。ねーねー」

「ごめん……私の辞書に運動部って言葉は無いから」

「瑠衣も結構なこと言うわね……」


 しっかりとした拒絶に沙耶はうなだれた。

 そこまで言われては無理矢理自分の都合を押し付けるわけにもいかない。


「ごめんね、天谷さん」

「んーん、大丈夫だよ。他を当たってみるから」


 とは言え大したあても無い。

 とにかく声をかけまくるしかないだろうと沙耶は覚悟した。


「それにしても新入早々勧誘だなんて大変ね」

「ちょっと退っ引きならない事情がありまして」


 沙耶がテニス部の現状を説明すると棗と瑠衣は若干引き気味に同情してくれた。


「ま、まぁ頑張って。無責任な応援になるけれど」

「力になれなくて本当にごめんなさい……」

「同情するなら入部してよう」

「「それは無理」」


 声を揃えて拒否されてしまった。


「ですよねー」


 しかし、2人に断られたからといって諦めるわけにはいかない。

 とにかく頑張らなければ、この危機を乗り越えられないのだ。

 そんな運命なのだと沙耶は悟ったのであった。



 その日の放課後。

 テニス部の勧誘を始めた沙耶はあることに気が付かされた。

 それは未来と菫が真面目に勧誘活動をしていたことである。

 棗と瑠衣に断られたので、クラスメイトを始めとして同じ学年の生徒に話を広げていったのだが、全て空振りに終わった。

 既に他の部活動に参加している生徒が多く、参加していない生徒は帰宅部を選択していた。

 瑠衣のように運動部に入りたくない生徒も多かった。

 沙耶が驚いたことは多くの生徒が断る言葉の頭に前にも言いましたが、と付けたことである。

 詳しく話を聞いてみると、入学当初に2人の2年生からテニス部の勧誘を受けたらしい。

 間違いなく未来と菫のことだった。

 菫はともかく未来に関しては何を考えているか分からなかった沙耶だったが、意外にも  真剣に部のことを考えていることを知って嬉しくなった。

 しかし、次の日の昼休みに歌穂へそのことを話しても賛同は得られず、歌穂の顔には険しさが浮かんだ。


「まずいわね、これは本当にまずい……」

「どうして?」

「部長たちは1年生の大半に声をかけているんでしょ? なら、新しく部員を探すのは難しいってことじゃない」


 廊下で話す2人の横を、恐らくテニス部の勧誘を断ったであろう生徒たちが行き交う。

言われてみれば確かにそうだった。

 街の通行人に声をかけるならまだしも、白百合学園の新入生となれば人数の上限が決まっている。

 多くの生徒が声をかけられているのならば、それだけ入部の望みが少ないわけだ。


「それって大変なことだよ!」

「はぁ……だから言ったでしょ?」


 呆れた顔で歌穂は溜め息を吐く。能天気の楽天家である沙耶でも多少焦らなければならないことにようやく気が付いた。



 放課後になりテニス部の部室へ向かう。

 どうやら先輩2人も空振りだったようで。

 そして何故か部室では菫が未来に説教をしていた。


「いい加減にしろよ、未来。強引な勧誘をするなってあれほど言ったのに……」

「あら、そんなに私って強引だったかしら?」

「当たり前だろ!? あ、あんな……あんなやり方……」

「どうしたんですか?」


 菫の顔は真っ赤だった。

 どんなことがあったのかを聞いてもわなわなと震えて言葉にならないほど菫は怒っている。


「いや、菫ったら大袈裟なのよ? ちょっと強く勧誘したら怒るのだもの」

「ちょっと? あれがちょっとなのかっ!」

「芹沢先輩! 落ち着いてください!!」


 沙耶が間を取り持つと、菫は幾分か冷静さを取り戻した。


「芹沢先輩がこんなに怒るなんて……赤羽根部長? 何をやらかしたんですか?」

「やらかしたとは人聞きが悪いわね、かぼちゃん」

「人を野菜みたいに呼ばないでくださいっ」


 そんな突っ込みを無視して未来は、言葉で説明は難しいなーと呟いて、ちょっとやってみるわね、と未来は怒る菫に背を向けて歌穂をターゲットに据えた。


「だからね、こうやって」


 未来は歌穂の元に歩いて行く。

 当然だが2人の距離がどんどん詰まる。


「え、え……っ!?」


 困惑する歌穂。

 2人の身体が密着しても未来は歩みを止めない。

 そのまま押して行って壁まで追い詰めると、歌穂を逃げられなくする、いわゆる壁ドンの体勢になった。

 しかもご丁寧に歌穂の両足の間に足を入れて逃げられないように固定している。

 キスでもするんじゃないかというほどの距離に歌穂はただただ焦っていた。

 端から見ている沙耶も同じである。

 顔を両手で覆いながら、しかし指と指の間からしっかりとその様子を見ていた。


「や、なんで……」

「ねぇ、テニス部に入らない? 私が1から教えてあげるわよ?」


 構わず未来は歌穂のあごを少し持ち上げる。

 ドラマのワンシーンのような完璧な立ち回りに沙耶は胸が強く高なるのを感じた。

 先ほどまで抵抗していた歌穂も、もう諦めて目を固く閉じて早く終わることを祈っているようだった。


「未来!!」

「と、まぁこんな感じ」


 菫が怒鳴ると、未来はあっさり歌穂を解放した。

 同時に歌穂は背骨を抜かれたようにその場に崩れ落ちる。

 慌てて沙耶が駆け寄った。


「か、歌穂ちゃん! 大丈夫!?」

「は、はは……は、何か大切なものを奪われるかと思った……いや、奪われた…………?」


 実際に何かをされたわけではないのだが、歌穂は死体になっていた。

 だらりと、肢体を投げ出して意味の分からないことをぶつぶつと言っている。


「うーん、最近の流行を取り入れた勧誘方法だったんだけどねー。実際、何十人か落とせていたのに菫がやるなって怒るから」


 未来は全く悪びれた様子が無かった。

 こんなことを今までやっていたのかと、勧誘を真面目にやっていたことに感心した自分が嫌になる。


「そんな脅迫みたいなやり方で勧誘しても意味がないんだよ。もっと相手の同意を得ないと駄目だろ」

「むー、菫は相変わらずお堅いなー。別に恐喝しているわけでも暴力で従わせているわけでもないのに」


 いや、あれは一種の暴力だろうと沙耶は思ったが口が裂けても言えなかった。


「堅いとかそういう問題じゃ無いだろ? こういうことはちゃんとしないと──」

「はいはい、分かりました。もっと違うアプローチを考えるわよ」


 恐らく、代替案もさっきの勧誘方法と何も変わらないような気がしたが、沙耶は突っ込まないことにした。

 今度は自分が被害者になる可能性があるからである。

 その被害者を横目で見ると目の光を失った少女がぐったりとしていた。

 回復までにはまだまだ時間がかかるだろう。


「で、でも、1年生は望みが薄いかもしれませんね。まだ全員に声をかけたわけじゃないですけど何か捕まる気がしなくて」


 この流れを切りたくて話題に出したことが辛い現実を引き戻した。

 沙耶が暗い顔をすると、未来は驚きもせずに嘆息する。


「うーん、やっぱりそうかー。菫と私が大体声をかけていたから薄々気付いていたけど……」


 一転真面目な顔になった未来は1枚の紙を取り出す。

 それは今年度に白百合に入学した1年生の名簿だった。

 大体の名前の横には赤ペンでチェックマークが付けられている。


「何ですか、これは?」

「勧誘リスト。チェックしているのは駄目だった子」


 ぱっと見でも8割以上の名前にチェックがついている。

 それは勧誘の厳しさを物語っていた。


「こ、これじゃあ新たに部員の勧誘なんて、無理じゃないっ」


 話を聞いて復活したのか、歌穂は未来の手からリストを引ったくった。

 しかし、その声とリストを持つ手は震えていた。

 部室に漂う悲壮感。

 誰もが歌穂の言葉に同意せざるを得なかったのだ。

 沙耶はうつむいていた。

 自分の頭と能力ではこの状況を打破することは出来ないと諦めていた。

 歌穂は悔しさに震えていた。

 自分が白百合学園に来た意味がもうすぐ潰えようとしていた。

 菫は静かに目を瞑っていた。

 そこには諦めの色を見て取れた。

 そして、未来は1人考えていた。

 逆境をひっくり返すことのできるシナリオを脳内で創り上げていた。


「こうなったら」


 長らくの沈黙の後、口を開いたのはやはり未来だった。

 この部屋で唯一諦めていない彼女は他の3人を見つめながら口を開く。


「こうなったら切り札を使っていくしかないわね」

「切り札?」


 沙耶は首を傾げた。

 この状況で何か奥の手でもあるのだろうか。


「こういうのは元から原因を絶たないと駄目なのよ」


 そう言って彼女は静かに立ち上がった。

 皆が視線を向ける。

 その先にはいつも通りに不敵に笑う未来がいた。


「でも、準備が必要だわ。計画と準備は入念に行わないと」

「未来……また何か企んで……」

「心配しないで。さっきみたいに無理矢理な勧誘じゃないから。菫が怒るようなことじゃない」

「…………本当か?」

「誓っても良いわ。でも、成功するかは分からない。そのために準備するの。私は明日、ある人に会ってくるわ。多分、部室には来ない。それで上手くいったら明後日に計画の全容を話す。それで納得出来たら来週の金曜日に実行ね」


 来週の金曜日、それは凛が指定した廃部の締め切りの日だった。

 何か悪いことが起こりそうなことを予感しながらも、その切り札で何故か打開出来そうだと考えてしまう沙耶と歌穂なのであった。


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