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凛は何故煽られることに対しての耐性がこんなにも低いのですか?

 沙耶はその言葉を飲みこみ脳で理解して、次の言葉を発するまでに10秒使った。


「ど、どういうことでうか」


 よく分からない言葉を発してしまったことに照れることもなく、ただただ驚きに支配される沙耶。

 一方、歌穂はポカンと口を開けたまま固まっていた。

 とにかく理由を聞かなければならないと、沙耶は説明を求めた。


「理由は何ですかっ。そんな、いきなり廃部だなんて……」

「理由は簡単です」


 頭で話す内容が上手くまとまらない内に、凛に付き添っていた眼鏡の女生徒が口を開いた。

 リボンの色から察するに、1つ上の学年である。

 よくよく見れば、中学生に見えない凛もリボンの色は同じで1つ上の学年を示している。

 その女生徒は身長が凛の背の高さと頭一つ分違う要するに普通の背の高さで、事務的な印象を受ける女性だった。

 

「理由は単に部員数によるものです。白百合学園における部活動の成立人数は5名。現在、テニス部は2年生の赤羽根未来、芹沢菫、そして1年生の早見歌穂、天谷沙耶の4名。この意味がお分かりですか」


 あくまで事務的に告げる口調に沙耶は押し黙ってしまう。

 代わりに、歌穂が反論した。


「それでも、いきなりっておかしくないですか! ちょっとは猶予があってもっ」

「そ、そうですよ。ゆーよです」


 何とか反論してくれた歌穂に便乗して沙耶もそれに続く。

 それでも、相手の表情は崩れなかった。


「猶予ならありました。去年からテニス部は人数が足りておらず、その数は現部長と副部長の2人だけ。4月にこのことは通告されています。もし、来月になっても成立人数に達していなければ、テニス部は廃部であることを」

「そ、そんな……」


 既に決定事項のような口ぶりで話す口調に、沙耶は言葉が続かない。

 それは歌穂も同じだった。

 何か言いたそうにしているが、上手く言葉が出ないことが隣にいる沙耶に伝わってくるようだった。


「あら、どうしたの。さーやん、かぼちゃん」


 変なあだ名が付いていることは別として、その声は沙耶にとってとても心強いものだった。

 先程話題に出た部長の未来と副部長の菫が来たのだ。

 このまま2人が来なければ、とんとん拍子でテニス部が廃部になってしまうところだったのかもしれない。


「ぶ、ぶちょー!」

「ん? どうしたの、さーやん。そんなに私を尊敬しているのかしら――――あ」

「久し振りだな、赤羽根未来」


 目と目が合う。

 確かに未来と凛の視線は合っていた。

 まるで前世からの宿敵のように鋭い眼光を飛ばし合う2人にただならぬ何かを感じる沙耶と歌穂。

 辺りを緊張感が包み込んだ。

 沙耶はなんとなく今日の3時間目の歌穂と桜子を思い出していた。


「えーと、どこの中学の子かな? お姉さんの制服を勝手に着てきちゃ駄目だぞ?」


 しかし、未来は笑顔で言ってのける。

 恐らく相手にとって一番のコンプレックスであろうことを的確に攻撃しながら。


「なんだとっ」

「どこから入ったのかなー? きっと塀をよじ登って来たんだね? 名前は何かな、お姉さんが白百合にいるんだね?」

「ふざけるなーっ!!」

「うんうん、やっぱり子どもは元気が一番だね!」

「殺すっ、こいつ殺す!!」

「凛、落ち着いて下さい。いつものことですよ」


 今にも飛びかかりそうだった凛を止める眼鏡の少女。


「止めるな静香! こいつだけは殺す!」

「女の子がそんな言葉を使ってはいけません。毎回赤羽根さんに煽られて怒るとは成長が見られませんよ?」

「そんなことを言うが、いつも悪口だらけの未来が悪いに決まっているだろ!」

「確かに赤羽根さんは悪口だらけです。いつも凛のことを中学生だとか、バスとか映画とか安く利用できていいねとか、時には机の上に牛乳を大量に置かれて煽られていますが」


 普段からそんなことやっているのかと沙耶と歌穂は苦笑いを超えてドン引きしていたが上級生たちの会話は続く。


「それでも無視すればいいのです。どうしてそれが凛に出来ないのですか?」

「そ、それは……」

「そうだ、御津。いちいち相手をしていたら疲れるぞ。取り敢えず、同じテニス部として謝る。すまなかったな」

「お、おう……」


 その菫の一言に、恐らく納得していないが凛は落ち着きを取り戻す。

 先ほどまで物騒な言葉を吐きながら暴れていた彼女はどこにいったのだろうか。

 それにしても静香と呼ばれた少女は背丈の差や話し方も相まって、本当に凛の保護者のようである。


「ほんとに、菫が部長をやれば良かったんだ。それだったら凛も……」


 ほとんど聞き取れないような声で彼女は呟いた。

 その言葉を歌穂は聞き取ることが出来なかったが、彼女がどこか寂しげな眼差しを携えていることには気が付いた。


「ところで、今日は何の用で? 白百合学園2年で生徒会役員の御津さん?」

「つ、つっこまないからな! 分かってるんじゃねーかとかつっこまないからな!! そしてどこまでとぼけるつもりだ? まさか4月に交わしたあの約束を忘れたとは言わせんぞ」

「さて、約束ってなんのことかしらね」

「ふっ、そうやってとぼけていれば良いさ。あとで、泣き着いて来ても知らないからな」


 その言葉にはいつでもテニス部を廃部に出来るという凛の余裕が表れているようだった。


「あれれ? あの時、泣いていたのはどこの誰だったかしら?」


 何のことかは詳しく分からないが、未来が凛のことを煽っていることは沙耶も歌穂も理解出来た。

 少し顔を赤くして凛は未来を睨みつける。

 犬猿の仲というのは恐らく2人のような仲を指すのだろう。


「とにかくっ、部員の関係でテニス部は廃部なんだからなっ!」


 未来を指差しながら勝ち誇ったように凛は宣言し、テニスコートから去って行った。

 静香は深くこちらに一礼したが、顔は全くの無表情である。

 その姿を、歌穂は微妙な顔をしながら見送ることしか出来なかった。

 しかし、心には確かな怒りがふつふつと湧いてきていた。


「どういうことが説明してもらいますよ!!」


凛たちがテニスコートから去った後、すぐに白百合学園テニス部緊急会議が開かれることになった。

全員が着席するやいなや発せられた歌穂の声はかなり怒気を帯びていた。

沙耶が落ち着いてと声を掛けても意味はなかった。


「落ち着いて? 逆に沙耶はどうして落ち着いていられるの? この女はあたしたちにあんな大事なことを隠していたのよ!?」

「隠してなんかいないわよ。言ってないだけで」

「それを隠してるって言うんですっ!!」


もう少し言葉を選べば良いのに火に油を注ぐようなことばかりを言うから、歌穂も余計にヒートアップしてしまう。

沙耶は人と人の争いにあまり慣れていないので、どうすれば良いのか分からなくなっていた。

 助けを求めてチラリと菫を見れば、沙耶の意図を感じ取ったのか2人の仲裁に入ってくれた。


「未来、新入生が怒るのも無理はないだろう。確かに大事なことを言っていなかったからな。だかな、私もそれは先輩として同罪だ。早見さん、天谷さん。申し訳ない」

「あ、謝られたってそんな……とにかく説明を……」


菫の謝罪はきちんと誠意がこもっていたことが歌穂にも通じたようで。

先程の凛の件もだが、菫は謝り上手なのかもしれない。

こんな風に謝られるとは思っていなかったのだろう、歌穂はどぎまぎしていた。


「未来、私が説明をしても構わないか?」

「お好きにどうぞ。ただし、嘘以外ならね」


意味深な目配せをして未来は許可を出す。

 この人の場合、全ての行動に意味があるのではないかと沙耶は勘繰ってしまう。

 未来の許可も出たところで菫による正しいテニス部事情の説明が始まった。


「まず、5月末までに部員が5人にならなければ廃部、これは本当だ」


もう薄々本当のことだと分かっていたが、改めて言われると沙耶は少し悲しかった。

このままではせっかく一緒になった部活動を辞めなければならないのだから。


「しかし、言い訳をするようだが私たちが何もやってなかったわけではないことを分かって欲しい。2人が入部してからも勧誘は続けてきた。それでも、前に言った通りテニスをするために白百合学園へ来る学生は少ないんだ」


少し自嘲気味に菫は言う。

彼女に何かがあったのかもしれないと沙耶は想像を巡らせた。


「これも前に言ったが、去年は私と未来の2人で部活をしてきた。御津が言った通り廃部の通告も受けていた。だが、そもそも彼女、御津凛もテニス部だった」

「御津……凛……みつ、りん…………密林」

「ぶはっ!」


 沙耶が凛のフルネームを聞いた時に思ったことを口にすると、一応は真面目な顔をしていた未来が吹き出した。

 もう真面目ぶるのは止めて、ケタケタと机を叩きながら笑っている。

 歌穂が一睨みすると、おーこわ、と言いながら未来は舌を出した。


「こほん、ちなみに御津のことをそのイントネーションで呼ぶと滅茶苦茶怒るので気を付けるように。“つ”に強調を置けば大丈夫だ」


 菫が凛の呼び方講座をしながら場を落ち着かせる。

 あんな風に笑っているのを見ると、わざと“密林”のイントネーションで呼んでいるに違いないと沙耶は思った。

 呆れた表情の歌穂もきっと同じことを思っているのだろう。


「あれは去年の今ごろのことだ。去年の夏前に転校した福井先輩しかいなかったテニス部へ私と未来、そして御津が新しく入部した。3人とも別々の中学を卒業していたからその場が初対面だったわけだな」


未来と菫が高校からの知り合いだということは意外だった。

小中と同級生でもおかしくないほどの仲の良さだったからだ。

沙耶は1年でここまで深い仲になれるのか、自分も歌穂とあれだけ仲良くなれるのかと話の流れに関係無く期待してしまう。


「部員4人とはいえ私たちは一生懸命頑張っていた。団体戦は人数の関係で出場することは出来なかったが、個人戦で勝てるように練習を頑張っていたんだ。しかし、ある日事件は起きた」


菫は苦虫を噛み潰したように悲しい顔で呟いた。

今までの懐かしい思い出を語るような口調から一転、雰囲気の変わった様子に沙耶も、歌穂ですら怒りを忘れてゴクリと生唾を飲み込む。


「福井先輩が転校した次の週、私たちは早急に新キャプテンを決めなければならなかった。未来と御津が立候補し、テニスの試合をして勝った方が部長になることになった」

「芹沢先輩は立候補しなかったんですか?」


沙耶が問うと、キョトンとした顔で菫は、


「どうして私が?」


と真顔になった。


「だって、芹沢先輩もカッコいいじゃないですかー。私が初めてテニス部へ来た時、赤羽根部長と同じように芹沢先輩のことも凄くカッコいいと思ってましたよ?」


沙耶の言葉に、一瞬、菫は真顔を通り越して無表情になる。

怖いほどに静かな部室はテスト中の教室のようだった。

やがて、いつも冷静沈着な菫の表情は完全に崩れた。

真っ赤な顔をして口を手で覆っている。


「な、ななに、をバカ、なことを……」


 菫は簡単に言えば照れてしまっていて、同時に焦っていた。

まだ短い付き合いではあるが、こんなにも焦っている菫を見たことがなかったし、どうしてこんなにも狼狽えて顔を赤くしているのか分からなかった。

ピロリン、とどこか間の抜けた電子音が鳴ったことで菫は我に返った。


「私の『菫フォルダ』に、また1枚」

「み、未来っ! 何を撮っているんだ!!」

「えーっと、初めて出来た後輩に褒められて照れまくっている菫ちゃんの赤面顔かしら?」


その電子音は未来が手にしていたスマートフォンのカメラによるものだった。

流石と言うべきか、未来の動きは素早い。

菫が未来のスマートフォンを奪おうと掴み合った瞬間に、沙耶と歌穂のスマートフォンへさっきの画像が添付されたメールが送られてきた。

無駄に解像度が高くしかもかなり上手にその写真は撮られていた。

こんなことはいつものことなのだろう。

既に菫は諦めたようにガックリとうなだれていた。


「あの……すみません、私のせいで」

「良いんだ、天谷さん。いつものことだ」


沙耶が謝ると、菫は自暴自棄に笑った。

それから菫が回復するまで話の続きを待たなければならなかった。

 横でクスクスと笑う未来を見て新入生たちは菫の苦労を察した。

何回か深呼吸をして復活した菫は話を再開する。


「試合は先に2セット取った方の勝ちだった。試合はすぐに決着した。未来の圧勝だった」


未来が軽くドヤ顔をしたが、誰も触れなかった。


「いや、圧勝といっては生温いな。散々、御津を上下左右に振って無駄にラリーを続け、フラフラさせてパーフェクトゲームを決めたんだ」

「うわぁ……」


そんな負け方を最近した覚えがある。

 思わず凛に同情してしまう。


「こうして次のキャプテンが決まったわけだが、ここで1つ問題が起こってしまった。次の練習日から御津が部活動に参加しなくなってしまった」

「それはほとんど赤羽根先輩のせいなんじゃ……」


沙耶が率直に言うと、未来以外の2人も頷く。

ただ、当の本人は納得出来ないようで抗議した。


「私は私なりに頑張っただけよ? それで参加しないのならテニス部なんて無理よ、無理無理」


未来は悪気もなく言う。


「私は部員が少なくても結果は出したいわ」


そして大真面目にそう切り出した。

 その顔が余りにも大真面目過ぎるので、周りの人間は反応に困ってしまう。


「でも、このままだと結果が出るとか出ないとかの話じゃないですけどね。テニス部が無ければ大会に出場することすら出来ないわけですし?」


歌穂が皮肉っぽくそう言うと、未来は不気味に笑った。

それだけで歌穂も沙耶も嫌な予感がした。


「そりゃ、そうよねぇ? 結果が出るとか出ないとかの話じゃないわよねぇ? 早見さんは勿論参加してくれるわよね?」

「な、なにをですか……」


 余りにも邪悪な笑みに、歌穂は気圧されてしまう。

 思わず、歌穂は一歩下がってしまった。


「そりゃもちろん勧誘に決まってるじゃない!」


 未来の手には勧誘用のチラシが握られていた。

 深い緑の色をバックに新入部員募集中という黄色の文字が大きく書かれている。

 テニスコートとテニスボールの色をイメージしているのだろうか。


「2年生だと1年生の教室に入りにくいからね、2人には期待してるわよ。とりあえず、100枚ずつ渡しておくから」

「ちょっ、多くないですか?」


 有無を言わさず、沙耶と歌穂の手には紙の束が握らされていた。


「はぁ……仕方無いわね、沙耶、明日頑張るわよ?」

「そうだね……こりゃ配り終わらないかも……」


 まず手始めに自分の教室から配ってみようと思う2人なのであった。


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