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未来の見える女よ

「未来が見える……?」

「そうよ、天谷沙耶さん」


 沙耶は未来と目を合わせた。

 綺麗だが、それだけではなくしっかりとした瞳だった。

 その大きな瞳に何もかも見透かされた気がして、少し怖い。


「そんな理由じゃ納得できません。何故、あたしたちの名前を知っているんですか?」

「だから、私は未来が見えるからよ」

「ふざけないで下さい。どうしてですか!?」


飄々(ひょうひょう)と質問をかわされ、歌穂は苛立った。


「信じられない? なら、もっと面白いことを言ってあげる。早見さん、1人で食べた今日のお弁当は美味しかったかしら?」

「え……なんでそれを……」

「天谷さんって室内でペットを飼ってるでしょ。多分、犬かな?」

「わ、当たった!?」

「ふふふ……どや」


 腰に手を当てて偉ぶる未来に、ただただ驚くしかない2人。

 お互いに未来とは面識が無かったが、彼女の言ったことは当たっていた。


「もっと言ってあげましょうか? ほらほら」

「調子に乗りすぎだぞ、未来」

「あはは、ゴメン菫」


 挑発を重ねる未来をようやく菫と呼ばれた部員が止めた。

 どうやら、菫は未来の手綱を握っているらしい。


「すまなかったな、2人とも」

「いいえ、気にしていませんから」


と、言いながらも機嫌が悪そうな歌穂だったが、沙耶はあえて突っ込まないことにした。

 余計な一言で、また彼女を怒らせるのも悪い。


芹沢菫(せりざわすみれ)だ。テニス部の副部長をしている」


 口数の少ない手短な自己紹介は、見た目と相まって菫のクールな性格を表している。

 着ているTシャツもグレーの地味な色合いだった。

 引き締まった体型は俗に言うアスリート体型と呼べるか。


「未来の言うことは大体下らないから気にすることはない。聞くだけ無駄だ」

「これまたバッサリと斬るわね……」


 若干ヘコんでいる未来を菫は完全に無視する。

 歌穂もそれは同じだった。

 沙耶は少し可哀想に感じたが、かける言葉が見つからず結局は放っておくことになった。


「それより、今日はどうしたんですか?」


 歌穂は不思議そうに辺りを見渡す。

 テニスコートは一応ボロボロながら2面あったが、未来と菫以外には誰もいない。

 そもそもこのテニスコートの周りに活気が無く、白百合学園から隔離されているようだった。


「先輩方だけなんですか。他に部員の方が見えないんですけど」


 その言葉に、先輩2人は笑顔のままで固まる。

 少し引きつった笑顔の2人は新入生たちの質問に、苦笑いになってしまうことを隠せていない。


「仕方無いな」

「そうね。絶対に避けられない話題だもの」


 やがて覚悟を決めたように2人は、


「ようこそ、テニス部へ」

「2人しかいないけど歓迎するわ」


と、精一杯の明るさで振る舞った。

 しかし、その明るさは完全に無駄になり。

 その場の空気が凍った。

 新入生たちは自分が3年間過ごそうと考えていた部の現状にどう反応して良いのか分からなくなっていた。

 一時の沈黙、そして春の風が吹く。


「ふ、ふふ……」


 やがて、壊れたラジオのように歌穂の口から言葉が漏れ出す。


「ふ?」


 横にいた沙耶が首を傾げた瞬間────


「2人ってどういうことよぉーー!!!」


 壊れたラジオは絶叫した。





 白百合学園はそれなりに名の通った私立女子高である。

 偏差値もここら一帯の高校では上位。

 部活動の設備も、私立らしく整っている。

 その上、理事長の方針なのか学費が他の私立高校より安く、制服も可愛いとなれば毎年人気なのは誰もが頷けることだろう。

 さて、その白百合学園で有名な物と言えば、100人に100人が吹奏楽部だと答えるのではなかろうか。

 全国大会の常連で最近では金賞も獲得している。

 部員は全学年合わせると三桁を超えており、白百合学園を志望する生徒の多くは吹奏楽部目当てであるのだから恐ろしい。

 最近は部長の────


「って、話を逸らさないで下さい!」


 歌穂が注意すると、未来は説明を中断した。

 4人はテニス部の部室にいた。

 部室、といっても長机が中心に1つ、周りにパイプ椅子が4つあるだけで、残りは隅にロッカーが2つとホワイトボードがあるだけの部屋である。

 部室というよりは、会社の中の小さな会議室と呼んだ方が正しいかもしれない。


「説明してください、何で2人しかいないのかを」

「説明って言っても……ねぇ、菫」


 そう誤魔化そうとする未来に、


「どうやら正直に話さないと納得してくれなさそうだぞ、未来」


 菫が釘を指す。

 嫌なら私が話すぞ、と付け加えた。


「はぁー、仕方無さそうね」


 歌穂の真剣な顔を見て観念したのか少し肩を落としながら、未来は説明を再開した。


「続き。そんなもんで、白百合に入学してくる子って大体吹奏楽部希望なのよねー。それが理由1」


 未来に促され、菫がホワイトボードへ“①吹奏楽部”と書く。


「もう1つ、これが最大の理由になるわけなのだけれど」


 菫からペンを受け取り、未来は“②他校(特に城西学院!)”と書いた。


「この辺りに住んでいる子でテニスするっていうと、大体他校、特に城西学院に行くのよね」

「城西学院ってあの……」


 沙耶が呟くと、未来がそれに継いで説明を続けた。


「そう、あの城西学院よ。テニスの全国大会超常連校。割合的に言えば、白百合の吹奏楽部員より、城西のテニス部員の方が多いほどテニスが盛んな高校よ。テニスがやりたいってなると、やっぱり盛んな所に行きたいわよね」


 未来は赤ペンを持つと、ホワイトボードに書かれた城西学院の文字をぐるぐると囲んだ。


「それでも、2人って少なすぎじゃ……」

「勿論、常に勧誘活動はしているんだけどね。中々上手くいかなくて」

「唯一いた3年生の先輩は親の仕事の都合で転校してしまったしな」

「そもそもこんなところにテニスコートが隔離されているのだもの、無理ないわよねー。全く、学園創始者を恨みたいところだわ」

「ちなみに、5月末時点で部員が2人だとテニス部は廃部だな」

「は?」


 事態はかなり逼迫(ひっぱく)しているようだ。

 そう考えると、いきなり入部届けにサインさせられたことも納得してしまう沙耶だったが、歌穂はそうは思えないようで。


「だからって、無理矢理騙して入部させるなんて酷いです!」

「そんな、無理矢理だなんて人聞きの悪い」

「勝手に名前を書かせて、どこが無理矢理じゃないんですか!」

「まぁまぁ、早見さん。悪かったよ、許してくれ」


 ヒートアップする歌穂を菫がなだめる。


「だが、テニスがやりたいから見学に来たんだろ? 今までのことは謝るから、もう少しだけ見学していかないか」

「結構です」


 歌穂は勢い良く立ち上がると、学校指定の鞄を手に取り、部室のドアを乱暴に開けた。


「は、早見さん!?」


 慌てた沙耶が追いかけようと声をかけたが、歌穂は黙って出て行こうとする。


「あーら、もう行くの?」

「未来が悪いと思うぞ……」

「失礼ねー」


 慌てる沙耶とは対照的に部員たちは落ち着いていた。

 廃部の危機の中、新入部員候補に逃げられているのにどうして2人とも落ち着いていられるのか、若干腹が立った沙耶だが、自分が怒っても仕方無い。

 今、自分に出来ることはなんだろう。

 すぐに答えが出た。


「私は早見さんを追い────」

「待って、早見さん」


 未来が発したその声は決して大きくはない。

 しかし、室内の空気を引き裂くように鋭く、思わず歌穂も足を止めてしまった。


「な、何ですか……」


 歌穂は沙耶たちの方は見ていなかったが、声は少し震えていた。


「いいえ、1つ提案があるのだけれど」

「提案? 何ですかそれは」

「もちろんテニス部のことについてよ」

「あたしは入部するつもりは無いですけど?」

「えぇ、それは分かっているわ」

「じゃあ、何を──――わ」


 そう言って振り向いた時、目の前にいた未来に歌穂はたじろいだ。

 その距離の詰め方に歌穂だけでなく沙耶も驚いていた。

 彼女はいつの間に移動したのだろう。

 沙耶は気配を感じなかった。


「こうしない? 私とあなたでテニスの試合をするの。私が勝ったら早見さんはテニス部へ入部する。早見さんが勝ったら、好きな部に入部するの。この条件でどう?」


 突飛な提案に歌穂は気圧されたが、すぐに持ち直し、


「そんな安い挑発になんてのりません。大体、先輩にはメリットがあっても、私には無いじゃないですか。そんなの前提からして成立しない賭けです」

「そうね。確かにこの勝負、早見さんにメリットは無いわね。でも、勝負を受けないとデメリットならあるんじゃない?」

「デメリット?」


 歌穂は怪訝な顔をして、首を傾げた。


「えぇ、あなたが勝負から逃げたという事実がこの地球の歴史に刻まれるというデメリットよ」


 内心、何を言っているのだろう、と沙耶は思った。

 安い挑発にのらない、と宣言されたばかりにも関わらず、全く訳のわからない理論を展開する。

 未来の真意がどこまでも見えなかった。


「あたしが……逃げる?」

「そう、敗走者になるってことね」


 きっと同じ言葉で沙耶を挑発したところで効果は無かったのだ。

 しかし、それは得てして歌穂には効果抜群の言葉であって。

 “逃げる”という言葉は歌穂の心を激しく揺さぶるワードであったのだ。


「あたしは逃げたりしません。意味の分からないことを言わないでくださいっ!」

「なら決まりね。ラケットあるんでしょ? 3セット先取ね」

「挑むところです!」

「ちょっと待て」


 ヒートアップする2人に菫が割って入った。

 沙耶は1人取り残されていたが、歌穂が勝負に乗った時に、未来が微かに笑みを浮かべたのが目に入った。


「何よ、菫。真剣勝負に水をさすわけ?」

「そういうわけじゃない。時計を見てみろ。あと15分で最終下校だ。施錠もあるし、勝負は明日以降にするんだな」

「えー、せっかく盛り上がったのにー」

「時間は守らないとな。あと、今日は私も用事がある」

「用事……? あ、そういえば先月末から始まったんだったわね……」


 未来は頭をクシャクシャと掻きながら面倒臭そうな顔をした。


「そういうわけだから、早見さん。勝負は明日以降にお預けね」

「ふん、下校時刻なら仕方ないですね。あたしは別に明日でも構いませんよ?」

「もちろんよ、じゃあ明日の──」


 そこで未来は口を止めた。

 視線は今まで蚊帳の外だった沙耶に向けられている。

 何回か沙耶と歌穂を交互に見た後、少しだけ考えて。

 そして、ニヤリと笑った。

 沙耶はそこでとても嫌な予感がした。

 赤羽根未来という人間に出会ってからまだ数時間も経っていないが、あの笑みが出た時は何か悪いことが起こる予感がするのだ。


「せっかくだから、私と菫対早見さんと天谷さんのダブルスにしない?」

「は?」


 未来以外の3人が同じように固まる中、彼女だけが説明を続ける。


「いやだって天谷さんも入部するの迷ってるんでしょ? だったら一緒にテニスやって決めれば良いじゃない」

「わ、わたしもですか?」

「ちょっと待って下さい! 天谷さんは今、関係無いでしょ!?」


 関係無い、の一言が心に刺さった気がしたが、ここは否定しなければならない。

 歌穂にとって重要な勝負を、自分が足を引っ張って台無しにしてしまうのも悪い。

 だが、1度言い出した未来を言いくるめるのは難しそうだと沙耶は感じていた。


「そう、なら仕方無いわね。せっかく言い訳を用意してあげたのに」

「は?」

「だって、勝てない勝負だもの、せめてダブルスだったから負けたんだって逃げ道を用意してあげなきゃ可哀想で」


 その言葉で、歌穂の何かが切れる音を錯覚ながら沙耶は聞いたような気がした。

人間というものは本当に怒っている時は、声も出ないようで。

歌穂はわなわなとふるえながら、拳を力強く握りしめていた。

余りにも強い力なので、爪が白く変色している。


「受けてやろうじゃないの……」

「え?」

「その勝負、受けてやろうじゃないの!! 絶対アンタたちなんかには負けないんだからね!!!」


 もう相手が先輩であることも忘れて、敬語もどこかへ飛んでしまって。

 歌穂の怒りの宣戦布告を沙耶はただただ呆気にとられて見ていた。


「そうと決まれば、日取り決定ね。勝負は1週間後。私と菫、早見さんと天谷さんのダブルス3セットマッチ」

「異論無しよ!! 天谷さん、明日の朝から早速練習するんだからね!」

「ま、まじですか………?」

「集合は朝の6時、河原のテニスコートよ!!」

「は、はいっ」


何か大変な事に全力で巻き込まれているような気がしてならない沙耶であった。





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