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③話 『魔王』

・ゆっくり更新

・ゆるーく展開


 横たわる体はもう動かず、我が首は胴と切り離され、天を仰ぐ頭は雨に祝福されている。


 勇者を殺した、我の目的を遂げた、我は死ぬ、生まれて間もない我が死ぬ。


 いやだ、死にたくない、勇者を殺しても、我が死ねば意味がない。


 我は、我は、もっと、生きたかったのだ。


 目が覚めると、頬に残る感触から自らが泣いていたことに気付く。体を起すとさすがに寒くなってきたことを実感する。

 何せ我は服を着ていないから。朝起きてまず部屋にある大きな鏡の前に立つ、これが我の日課だ。

 鏡は8万円もしたがこれ以外にないという代物だった。

 そして、鏡に写る我は――――美しい!

「なんなんだこの美しさは!人間に生まれ変わっただけでなく!これほどまでに美しい姿を得られるとは!神よ!感謝します!」

 我は、こちらの世界ではない『向こう』の世界で、美しさの欠片もないただ不細工なだけの魔王として生きていた。

 勇者を殺すことしか考えられずに戦いに赴きそして死んだ。もちろん勇者も殺したが、そんなことは些細なことだった。

 勇者を殺すこと以外何の願望も欲望もない人生。勇者を殺すことが生きがい?そんなわけがないだろう!我は我としていきたかったのだ!

 ゆえに、嬉しかった。

 こちらで人間として生まれることができた上、こんな美人でナイスバディーな姿を手に入れられたのだから。

 さらに、金髪でしかも青と金のオッドアイなんて……。

「あ~神よ!感謝します!あと、父と母も感謝します!」

 母がフィンランドから日本へ留学して父と出会い私を授かった。そして、日本で暮らすことができた日本最高!

 治安の良さ、人柄、国の補償、銃の無い生活、マンガ、アニメ、ゲーム……素晴らしすぎるぞ!日本!

 あえて悪い所を上げるとなるといい男がいないくらいだ。

 強く、気高く、我の前に立ち、強敵に1人で立ち向かうような、多数を助ける為自らを犠牲にするような…そんな男。

「草食系など!みな、チ●こもげてしまえばいいんだ!」

「アンナちゃん!はしたないわよ!慎みなさい!」

「はい!すみません祖母殿!」

 いかんいかん、ついつい熱くなってしまった。我の生きがいは自らの美とそれに相応しい男を見つけること!

 待っていろまだ見ぬ我の旦那様!

「フ!はっはっはっはっはっはっはっはっは!フ!はっはっはっはっはっはっはっはっは!」

「アンナちゃん!」

「はい!」


 根豆高校の文化祭がいよいよ明日開催される。

 去年はヒナタと2人で色々見て回ったが、今回はかなりの人数で見て回ることになるだろう。

「そやしウチは、もうヴォルじゃないて言うてるでしょう」

「そんなこと言わないでよヴォルちゃん」

 今さらながらナオトの中で、ミオのことをヴォルちゃんと呼ぶのが流行っているらしい。

 なぜ、ヴォルが自分に対してお嫁さんにして欲しいのか聞いたところ。元々、入学してすぐに見かけて一目惚れしたとのこと。

 転生する前に男だった自身が、自ら一生かけても男を好きになるはずが無いと考えていたミオにとってそれは初恋だったらしく。

 この間、初めて紹介された時に怯えた小動物のようになっていたのも、初恋の相手を目の前に緊張していたからなのだそうだ。

 だから、その初恋相手がまさかの転生前の主で自らと同じく転生したことをしって、あとは勢いに任せてしまった結果がプロポーズになってしまったという訳だ。

 ミオはあの後、イヨリがユナイの転生後だと知って、細い腕を必死に振って可愛らしいパンチを繰り出して。

 イヨリは、「よかったですね、ゴツイ筋肉ヤローではなくロリっ子巨乳になれて」とからかっていたが、その表情からはうれしさが滲み出ていた。

「今日は兄さん魔王、魔王って言って起きたんですよ」

「とうとう魔王まで出たんですか!いったいアサヒ先輩は夢の中で何をしているんでしょう?」

 いつものように昼食を食べ終えたヒナタは、ミズナに今朝の事を話しているようだ。

 メイは、なにやらナオトとミオを見て頬を染めながらノートに書き込んでいる。彼女がぶれることはない。

 変わった事といえば、イヨリがノートPCを扱っているぐらいだ。インターネット環境はこの教室には無かったが、イヨリが先生に頼むと簡単に繋がるよう手配してくれた。一体、イヨリはどうやって説得したのか…。

 そんなイヨリがPCを見ながら、「アサヒ様、これ見てください」と言うので体を寄せて画面を見る。

「隣町の中学のSNSか?ふむ、これは、確かに気にはなるがありえるのだろうか?」

「ありえない、と言い切れない所ですね。自分を魔王と名乗る女子生徒がいて、しかもクシャレビア大陸という『向こう』を知らないと出てこない単語を使ってます」

 ここ最近、イヨリがネットで調べていたのは自身を『向こう』の人間だと名乗る者がいるかどうか。

 結果、隣町の中学に魔王を名乗る女子生徒が見つかった。

「ここ見てください。その子、ハーフみたいなんですよ」

「金髪のオッドアイ?両目の色が違うのか?」

 もし本当に魔王がこちらに転生しているなら、きっと善からぬことを企んでいるに違いない。

「金髪の女子……が、魔王か…」

 まずい、全然想像が付かない。

「また、いずれ確認に行きましょうか。アサヒ様」

「ああ」

 根豆中学は3年間体育際で高校は3年間文化祭をする決まりがある。中高と階段を上るように続いていて、中学で選択した専門科の授業を引き続き学ぶことができる仕組みもある。

 文化祭の話に戻るが、文化祭は中学生も楽しみにするほど気合の入っているもので、自分も1・2年と欠かさず行っている。

 卒業した先輩と会うことができるのもあって楽しみも多い行事なのだ。

 また、先輩たちに会えるな――。

 普段会おうと思えば会えるのだろうが、こちらから出向くこともあちらから来ることも早々ない。もちろん、町であった時には挨拶はするのだが。

 そんなことを考えながら窓の外を見ると、木々が綺麗な秋景色に彩られていた。


 文化祭は我の中学も毎年行っていたが、大して盛り上がることの無いものだった。

 映研の自作映画はつまらな過ぎたが、その後食べたたこ焼きはとても出来が良かった。

 ついつい、校舎の内の階段にあった大きな鏡の前で自らの姿を確認してしまう。

 我は美しい。が、中学時代はその行動の一部が他人に受け入れられなくて友達と呼べるものもできず。

 言い寄ってくる男は全て軟弱で、我にあう者が現れずついに恋人もできなかった。我は、高校こそは華々しい学園生活を送ろうと画策している。

 その一歩が今日の根豆高校文化祭!隣町だが、今通っている中学よりもこっちの方が祖父母の家から近いため来年からはこちらに通いたいと思っている。

 だが、懸念に過ぎんが…この高校の近くには勇者と同質の力量を持った存在がいる。こちらでも『向こう』と同じくシュアが扱えるが、それを扱うほどの知識が我に欠けている。

 他にも似通った存在がいくつか感じられる。と言っても、もう我も人の身、逃げ隠れする必要は無い。

 流行に乗ったワンピに、ホットパンツとアンクルブーツで寒くても美脚を際立たせる。総額約7万円だが、美しさのためには少ない出費と言っていい。

 見ろこの我を!美しいだろ!綺麗だろ!我が今日の文化祭の主役なのだ!

「キミかわいーね」「マジ半端ねえ!金髪!肌白!」「キミ、有名な隣町の中学生だよね」

「………」

 チッ!こういうやからはどこでも湧くから草食系よりタチが悪い。どう見ても一人でいる女に男が複数人で話しかけることは礼儀知らずというもの。

 懲らしめてやりたいのは山々だが…、実のところ我の戦闘力は皆無に等しい。

 美しさを追求する上で筋力が付きすぎるのは好まないゆえ、腕はほっそりとして殴った拍子に逆に腕を痛めてしまうかもしれないほどだ。

 しかも相手に暴力を振るわれると、きっと数分も持たない。

 だからこそ、戦略的撤退!―――

「ちょっ、無視しなくてもいいだろ!」

「ひゃん!」

 う、腕を掴まれた!あまりに突然だったせいで変な声も出してしまった!

 小学生の時に抱きついてきた痴漢に全く抵抗できなかった時の恐怖がよみがえる。

 あの時は、通りかかった女子高生が助けてくれたが…。だめだ、誰も助けようとはしてくれない!

 日本人はやさしいが、そのやさしさは臆病さから来るものだと我は思う。

 誰もこんな危ない連中から知らない我を助けたりしない…。

 だが!誰か、助けて!―――

「痛い!痛い!折れる~折れる~!」

 目を開けたとき、我の手を掴んでいた男が別の男に腕をねじられていた。

「あんたたちは、いつかの――」

「テ、テメー!また出しゃばりやがって!」

「ん?」

「痛い、たい、たい!」

 自分よりも大きな相手に臆することなく挑む。我を助けるために?――。

 助けてくれた男が我を襲った男の腕を放すと「まだ、何か?」と言い、男たちは「くそ!」と吐き捨てて逃げるように去っていった。

 この男から感じる。これは勇者の気配だ!だが、我を助けてくれた。我が美人だからか?

 こちらに顔を向けた勇者の気配を持つ男はとても整った顔立ちをしていた。

 ドクン!ドクン!と胸が高鳴り、秋だというのに全身が焼けるように熱く感じる。

 もしかすると……これは―――


 先輩たちに連れ去られたヒナタ・イヨリ・ミオと別行動をとっていると、男3人に囲まれている長い金髪のモデルのような美女を見かける。

 助けては見たものの…オッドアイに金髪。

 とても中学生には見えないが、おそらく彼女が魔王を名乗った隣町の中学の女子生徒だ。

「大丈夫だった?」

「……………」

 返事が無い。さっきの男たちに驚いたせいか…。

 呆然とした様子の彼女に、自分もどうすればいいのか分からない感じになってきた。

 困ったなと頭を抱えたとき、彼女が言葉を発し話し始める。

「まず、助けてくれたことに感謝する。我が、何者か…分かった上でここに来たのだろう?過去の恨みが無いわけでもあるまい」

 何を言い出すのかと思って聞いていたが、俯いて話す表情は申し訳なさが見て取れるほどのものだった。

「我は魔王で貴様は勇者だったから、戦って互いが死を迎えたのだ。だが、今我は人だ!勇者と同じ人なのだ!償えというなら、この身を捧げてやってもいい。むしろ捧げたい!」

「落ち着いてくれ。とりあえず場所を変えよう」

 さっきの騒ぎで人が集まってしまっている。

 落ち着いて話のできるところと思い、一つ下の階でお化け屋敷をやっていたのを思い出して移動する。

 廊下にはカップルの列が数組並んでいる。ここならこちらを気にする人も少ない。

「私が勇者だとどうして分かった?」

 まだ何も話してなかった。

 なのに、自分の『向こう』での立場を知っているという事は彼女は本当に魔王なんだろう。

 彼女は、そのオッドアイをこちらに向けてその言葉に眉を少し持ち上げる。

「何を言っている。貴様から漏れているシュアを見れば一目で分かる」

「シュアが?今も見えるのか?」

「うむ」

 シュアは自分も見ることができる。それはイヨリが星を読んだときに分かっている。

 だが、今は周りに漏れているシュアが見えない。

 量の問題か或いは質の問題なのか。目の前の魔王だった女の子には自分の見えていないシュアが見えている。

「そんなにはっきり見えるのか?シュアは…」

「見えるといっても左目だけなんだが。はっきりと見えるぞ」

 そう言いながらゴールドの瞳を指す彼女。どういう訳かは全く分からないが、彼女の左目はシュアを見るのに特化したものらしい。

「もっと、近くで見ても良いのだぞ。勇者――」

 顔を突然近づける彼女。とても美しい左右の瞳、整った顔立ち、さらさらの黄金に輝く髪。気が付くとその距離は2㎝ほどに近づいていた。

「勇者になら…この身を好きに扱われても構わない」

 そっと瞳を閉じる彼女の唇に塗られたルージュが淡いピンク色で、吸い寄せられるように――――。


「兄さん!こんなところにいたんですか。勝手に歩き回らないでください」

 危うく唇を重ねる所にヒナタの声で我に返る。

「もーまったく、兄さんたら……そちら、どちら様?」

 兄の隣にいる金髪の美女を見て表情が曇るヒナタ。

 ただありのままの事実を伝えると、「そっか、それは恐かったですよね」と納得してくれた。

「まったくだ。この人が助けてくれなかったら、多分泣いていたと思うぞ」

 結構普通に会話をする彼女に驚き、"泣いていた"の言葉に二度驚く。

「そういえば、まだ自己紹介がすんでいなかったな。我はアンナだ、よろしくたのむ」

「ああ、アサヒだ。よろしく」

 アンナは笑顔で微笑むと肯きながら。

「アサヒ……うむ、いい名だ。覚えておく。ありがとう、アサヒ」

 別れ際、「そうだ!」と何かを思いついたアンナは、廊下のホワイトボードに張ってあった紙を破り何かを書き込むとそれを手渡して階段を下りていった。

 紙には数字の列とメールアドレスらしきもの、さらには《我、思う、汝のものであると》と書かれていた。

「それ、ケイタイ番号とアドレスだよね兄さん。

 あと、ワレ――思う――なんじ?のものであると――?どういう意味だろうね」

「多分なにかの"詩"じゃないかな」

 それは、『向こう』では有名な人間の詩でこちらの文字で書くと不恰好になるが、《私はあなたが好き。私の心はあなたのもの》という意味を持つ。

 なぜそれを魔王だった彼女が知っているのかは分からないが、この詩はイヨリあたりには見せられないと思い。

 そっと千切りとって財布に入れた。

 イヨリとミオと合流すると「大変な目にあった」と言って、相当疲れていたらしく会話もそこそこに二人とも足早に帰っていった。

 ちなみに先輩たちの文化祭での出し物は『コスプレ喫茶』だった。相変わらずな様子がとてもうれしく思えた。

 危うくヒナタにアンナの連絡先を燃やされそうになったが、なんとか説得してそれだけは免れた。


 文化祭を終えて秋も足早に去るとイルミネーションが街路を彩る。

 冬休みを向えて中学生活も残すところあとわずか。

 クリスマスを迎えようとする日――イブ。

 家で開催することになったクリスマスパティーの参加メンバーは――。

「ちょっと、イヨリさん!から揚げばっかり食べないでください!」

 従兄妹のヒナタ。外見は大人しそうな彼女だが時々驚くほど恐い表情をする。

「ヒナタ様、骨がないのでパクパク食べてしまうんですよ」

 同級生のイヨリ。メガネをかけている頭のいい彼女だが『向こう』でユナイだった頃の癖、他人をからかうことが抜けていなくて時々周りが振り回されている。

「ウチまだ、から揚げ食べてへんのやけど~」

 一つ下のミオ。小さい体はさながらマスコットキャラのようで、実は金持ちの孫娘らしい。そのためなのか礼儀作法はシッカリと躾けられている。

「ほら、ヴォルちゃん俺のから揚げあげるからさー。ねーねー無視しないでよ」

 ナオトは、紹介するまでもないか…。

 実はもう1人参加予定のメンバーがまだ来ていない。バイトをしてるとかで遅くなっているのだ。

 手元のチキンを頬張ると、『向こう』の神聖祭みたいだなと過去の記憶を思い出す。

 王の剣を掲げる前、近所の子供たちを集めて行ったパーティーで大量のフルッパーという鳥を焼いたものを机に並べ、フラウと一緒に神聖祭を祝った。

 やたらとフルッパーが無くなるのが早いと思ったら、ヴォルのやつが出されるたびに平らげてしまっていたんだ。

 ユナイはそんなヴォルの横でフルッパーの骨を細かく取り除いていて、フラウのやつが「何時になったら食べるの?」と声をかけていたな。

 感慨深く思い出していると玄関のチャイムが鳴り『向こう』の記憶から現実へと舞い戻る。


「誰か来たよ?」 「誰でしょうね?」 「きっとサンタさんだよ!」 「サンタ!ウェルカム!サンタ!」

 やけに女子の声が聞こえてくる。

 集まった人数が全員女子ということはないだろうが、アサヒの周りは女子が多い。それもやけに綺麗な子が。

 ま、我には劣るがな!

 玄関の前でもう一度自らの格好を確認する。

 グレーのフード付きポンチョにおしゃれな白のセーター、空色のプリーツスカートと黒のムートンブーツの間は白のストッキング、黒のレザー手袋に手製のグラニーバッグもよし!バッグの中から鏡を取り出し髪の毛とメイクの確認よし!

 玄関が開くと第一声は「こんばんわ」と決まっている。アサヒは笑顔で「やあ」と応えてくれた。それだけで嬉しいものなのだなと自分でも驚く。

「おしゃれして来たんだね。すごく似合っているよ」

 それを言われてしまったらうれしくて仕方がない!がんばってバイトした甲斐があるというものだ。

「ありがとう!」

 これだけで今日は満足してしまいそうだ。が、今日はイブだからな!できれば日付が変わってもアサヒと一緒にいたい。

 家に入りスリッパに履きかえる時、他の女子の靴を確認する。どれもこれも子供じみた靴ばかりで我の敵ではないと悟った。

「外人さんだ~ウチ初めてみたかも~」

 リビングに入ると案の定、ちんちくりんの子供服の様な服を着ている女子が一人。

 こやつは1点だ。

「金髪オッドアイ…いつの間にアサヒ様がその人と仲良くなったのか…。ボクはそれを詳しく聞きたいです」

 こやつは、おしゃれな赤のフレームメガネ、ブラウスにピンクのリボン、ショートパンツに白のニーハイ。

 くっやるな…70点以上だ。

「文化祭の時の…アンナさん?だっけ?」

 アサヒの妹――ではなく従兄妹。その格好はズルイ!ミニスカートのサンタの衣装は反則だぞ!

 ――100以上だ!

 こうして見ると、我と同じく転生したのはこのちんちくりんとメガネか…。

 なんだろう…変なやつが我を見ている。アサヒの同級生なのか?

「アサヒあの妙な男はお前の友達か何かか?」

「ん、ああ、今から自己紹介させるから、アンナもしてくれ」

 アサヒはそう言うと我のポンチョとバックを預かると言ってシックなコート掛けに掛けてくれた。

「みんな、こちらはアンナ。私の友人で、来年からは同級生として同じ高校に通うことになっている。仲良くしてやってくれ」

 簡略的な自己紹介。友人という立場をいつか変えたいと思ってはいるけどな。

「はじめまして、アンナだ。今はまだアサヒの友人だがいずれは恋人になりたいと思っている」

 そう、我が言った途端に全員の顔が強張った。変な男にいたっては膝から崩れ落ちるように倒れた。

「おっと、思っていたことが口に出てしまった、すまん忘れてくれ」

「な、な、何言ってるんですか!恋人なんて!絶対認めませんから!」

 やはり一番最初に怒鳴ったのは、アサヒの妹だったか。

「宣戦布告とは、なかなか…やりますね。ボクの事はイヨリと呼んでくれて構いませんよアンナ」

 大人の対応だな、元は占い師とアサヒが言ってたか…一番厄介そうなやつだ。

「う、ウチはミオっていいます!ウチは!アサヒ様のお嫁はんですから!」

 このちんちくりんは……まあ気にしなくてもいいか。

「お、俺はナオトっていいます。アンナさん…は、アサヒの事を好きなのでしょうか?」

 まるで、いつかテレビで見た生まれたての子羊のような動きをするな。

「我の一方通行だがな」

 そう聞かせると、「終わった…金髪の日本語を喋る美女」と言って部屋の隅っこで丸くなった。

「彼は傷ついたのか?」

 アサヒに尋ねるとやれやれという表情を浮かべて。

「アイツは、"金髪の外国人が日本語を話せるならその子と付き合いたい"と前々から言っていたからな…、そっとしておいてやってくれ」

 そうか、あの男は我に好意を寄せていたのか…。

「ところで、アンナはアサヒ様といつ会ったのか…それをボクは聞きたい」

 イヨリという奴…ま、いいだろう。

 我とアサヒとの運命と言わざるを得ない出会いをじっくりと語った。

「そうですか…あの日にアサヒ様と…。ボクが屈辱の限りを強いられている隙に、何たる不覚――」

 そう言うとイヨリは話題を我のファッションへと向けた。

「それにしても、アンナは随分と気合の入った格好をしていますな。お金もさぞかし、かかっているのでしょう」

「まぁな。我にしてみれば服は気に入った物でないと落ち着かなくてな。そう言うイヨリも結構かかっているのだろ?」

「それなりに。女子としては当然ですが」

 イヨリの視線がちんちくりんのミオに向くと、「あんな風に子供服なんて着れないのでね」と一言。

「同感だ」

 それを聞いていたミオが頬を膨らまし。

「子供服とちゃうもん!ブランド物だもん」

 まさかと思い、ミオの服のタグを確認すると「~tiruda」と書いてあった。

「ミオ確かにそれはブランド物の服だ。ただし、小学生以下を対象にしたブランドだぞ」

 それを聞いたミオは"驚愕の事実"という表情を浮かべて、すぐさまスマホで確認した。

「ほんま…ウチ子供服着とった――」

 ブァっと涙が両目に溜まりアサヒの方を見て駆け寄っていくと、そのまま慰めてもらっていた。

「あの身長では仕方ないだろうけど、胸が大きくて入んないのもあるのだろ?ボクのお古でよければあげるんだが」

「確かに胸が窮屈そうだな。すぐに別の服を買えるわけじゃないだろうし、我もお古ならくれてやっても良い」

 それを聞いたミオは、「ウチ厳しいから」と泣きながら話す。

「ウチのばあちゃんむちゃ厳しいから、服はここのを買いって言われてるの」

「それは、厳しいばあさんだ」

「自分の金で買うんだから店も自分で選ばないでどうする」

 その我の言葉にキョトンと言う顔でミオは言った。

「みんな服は自分のお金で買うてるん?」

「ちなみにボクは占いで稼いだ金で賄っている。アンナは?」

「我はバイトだ。あとお正月のお年玉とお小遣いで買っている。買えない時は手製している」

 するとミオは、「ウチは厳しいから、バイトはしてはいけへんしお小遣いもないから」と俯いて話す。

 そこで、我にある疑問が浮かんだ。

「なら、そのブランドの服はどうしたんだ?自分では買えないだろ」

「これは、ばあちゃんに買ってもらった」

 その一言で我とイヨリが固まった。

「ばあちゃんが言うには、《女はええ服着てなんぼの生き物どす。何でも欲しい時はいいなさい買うてあげますから》って言うとった」

 厳しい?厳しいってどこがだ?何の経済力も成しにブランド物の服がポンポン着れるなんて――。

「全然!厳しくないではないか!」

「ええ!むちゃ厳しいよウチのばあちゃん」

「孫娘にチョーあまい、あまあまのおばあちゃんだよ!」

 イヨリも我と同じく服を買ってもらえる家庭で育ったわけではないのだろう。

 その時は心のそこから友と思えてならなかった。

「お金を稼ぐ苦労と、その稼いだお金で買う自分へのご褒美!それが服なんだ!」

「その通りだ!働かざるもの!いい服を着るべからずなのだ!」

 ガッシリと肩を組み片腕を上げる我とイヨリは、変なテンションからかヒシっと抱き合った。

 それを見ていたアサヒは「服で全てが決まるものじゃないよ」と言う。

「生まれも育ちも人それぞれだ。服なんかでそういがみ合うな」

 アサヒの言いように、我とイヨリは「しかし!」と声をそろえた。

 その時奥からヒナタが出てきて。

「ウチなんて全部セールス品ですよ。ヒナは家事をしなくてはいけないのでバイトもできないですし。

 お義父さんの仕送りから生活費と雑費をひいて、残った2千円弱を毎月貯めてその次の年の服代にしてます」

 それを聞かされた我とイヨリはそっと手を下ろしその場に正座した。

「そ、そうだな…服でケンカなんて間違っていた。申し訳ない」

「ボクも間違ってました。すいません」

 ヒナタとアサヒが目を合わせて笑い合うところを見ると、長い間一緒に暮らしているという事実が見えてきて。

 少しだけ羨ましく思うのだった。


 クリスマスを迎えるカウントダウンのために、ケーキのロウソク火を点し全員がその時を待つ。

 カウントダウンは、ヒナタが担当しその他はクラッカーを用意する。

 ナオトのやつが、いまだに元気がないようで。

 ムードメーカーな位置にいるナオトがこれでは、少し暗いクリスマスを迎えてしまう。そう考えていたのに―――。


 カウントダウンを終え、クリスマスを迎えた。

 最初はお祝いムードだったのに、いつの間にかお祭り騒ぎになっていた。

「俺は絶対金髪美女と付き合うぞ~!フ~!」

 すっかり元気になりすぎたナオトがしゃもじ片手に、ヘイパーという『向こう』の踊る木のような動きをしている。

 どうしてこうなった?

 思い返してみてもナオトがこうなる要因が分からない。

 それに――――。

「我はこうやって服を着ているよりも脱いでいる時の方が!断!然!美しいのだ!」

「それは!ボクラッテ同じレス!ハラカの方が!綺麗れす~」

 まるで酒に酔っている時のような………。だが、家には酒なんか飲む人間はいないから常備してないんだが。

「ヘイカ~ウチが献上した酒は飲んでいたらいたれひょうか?じいちゃんが買うた高級シャンパンらひいれす」

 犯人は貴様か!

 酒を飲んだのかこいつ等はまったく…。

「ヒナタ、みんなに水を入れてやってくれないか?」

「了~かーいです!あれ~、兄さんが~いっぱいいるおー?」

 千鳥足でこちらに来るヒナタ。

「お前まで…飲んだのか?」

 それからはカオスだった――。

「一番、アンナ!脱ぐぞー!アサヒ!見ておれ!」

 その声に視線を移すと、すでの全裸のアンナが立っていた。

 見とれてしまうほど綺麗な体だったが、左側から視界に鮮血が飛び散る。

 何事かと見たそれは、ナオトの鼻から飛び出した鼻血。週刊連載コミックのようなその鼻血はアンナの裸を見たからではなく、見せない為にイヨリが手元にあったリモコンを投げつけたのが当たったためである。

 さすがにあれはやり過ぎだと思い立ち上がろうとした時、膝の上に誰かが飛び乗ってきた。

「ミオ!こら、ナオトのやつが――」

「ヘイカもウチの服子供っぽいと思います?思いますよね…こうなったら」

 そう言ってミオは上着を脱ぎ始めた。

 身長や体格にはそぐわないその胸がブラのフロント ホックが外れて露になると、さすがに自分としても直視できない。なぜか…法律に反してしまいそうで。

「ウチの胸また大きくなったんだよ。ヘイカ~…揉んでもええよ」

 上目使いでそう言われても今だけは見てはいけない。

 そう思いつつも理性と本能の戦いで理性が勝った例がなく…。

 自然に目がそちらに向きかけた時。

「コラ~!ミオさん!兄さんの膝の上はヒナの場所なんで~す」

 右から突撃してきたヒナタにミオが突き飛ばされると、倒れているナオトの腹部に直撃する。

 ミオの次はヒナタが膝に乗り「兄さん、兄さん」と呼びかけてくる。

「ヒナタ、水を飲んだほうがいいと思うよ」

「水ですか~わかり~まし~た」

 四つん這いでキッチンへと行く時、こちらにパンツが丸見えだったから焦って顔を反対に向けると、向けた先には生まれたままの姿をしたアンナとイヨリがいて――。

「あ!我のアサヒよ!どうだ!我の裸は美しいだろ!見ろ!もっと見ろ!」

 仁王立ちで腕を広げるアンナの堂々たるや――全てをさらけ出している。

「アサヒさぁま~。ボクも、見てくラさい。一番綺麗なとこ~ろはぁ~お尻レス!」

 向けられたお尻はとても綺麗な―――。

 突然視界が暗くなると背中に柔らかい感触が伝わる。

「ヒナタ?」

 目を塞いだのが手であることはすぐに気が付いた。後ろに立っているのがヒナタと分かったのは首元に髪の毛の毛先が当たったから。

 吐息が耳にかかり「に~さん」と甘えるような声を出すヒナタ。

 そして、前に伸ばした右手に"誰か"の"柔らかい何か"が当たり「アン」と声が上がり、左手が"誰か"の"何かの間"に挟まれてしまうと「ハァ~ン」と声が上がった。

「い、一体何が!どうなっている?」

 誰か!誰か教えてくれ~!

 今宵はクリスマスの始まりに過ぎず、誰も彼もが色恋に浮かれる…と言うわけでもないが。

 ここは、間違いなく"カオス"だ――――――

「イヨリ?」

「うっぷぅ」

「………………カオス………………………」




・PCがもうね…

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