②話 『団長』
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陛下――我々もお供いたします!我らグロークス騎士団は陛下とともにあります!どうか、陛下のともを!
ならんと言っている!騎士団とは王の為に有らず!民の窮地にこそ必要なもの、それが騎士団ではないのか!
しかし、民は王を、王は騎士を、騎士は民を、それぞれ導けるのです!王なしでは騎士は成り立ちませぬ、どうかお考え改めていただきたい!
民は王と騎士を、王は騎士と民を、騎士は民と王を、そうやって助け合うことこそ国であると知れ!ヴォル・ハンデガス騎士団長!
「久しいな……ヴォル…」
「おやおや?今日はフラウさんじゃないですね…」
目を覚ますといつもの様にヒナタが何やら不思議がっている。
「どうした?何かあったのか?」
「あ、おはよう兄さん。それがさ、今日フラウさんじゃなかったんだよね」
フラウとは『向こう』で自分の妻だった人のことで、いつも決まって寝言でそれを呼ぶことから"今日フラウさんじゃなかった"ということなのだろう。
「誰か別の人でも呼んでいたかい?」
「うん、ヴォルって人呼んでたよ。初めてフラウさんじゃなかったね、しかも多分男の人だよ」
ヴォル…ヴォル・ハンデガスは自分が王になって始めて任命した騎士団の団長。元々は五千人隊の隊長だった男を兵士長を飛ばして団長に指名した。
騎士の反発は強かったものの、彼の類稀なる人徳と魅力溢れる勇ましさで騎士たちを束ねていった。
決戦の折、付いて来ると聞かない彼を5人の兵士長たちによって何とか止めることができた。
「できれば、夢ぐらい女性に出てきて欲しい所だけどね」
「ヒナとか?ヒナとかだよね~」
うん、という言葉を要求されている。ここで要求された言葉を出さなければ、かなりしつこく説教される羽目になる。
「うん」
「ですよね~」
何やら満足げな表情をするヒナタはベットから跳ねるように降りると「朝ごはんを食べましょう」と言った。
いつものように制服に着替えて、いつものように朝食を食べ終えた頃、家のチャイムが鳴り響いた。
「誰だろ?こんな朝早くから」
「きっと、回覧板とかじゃないかな?」
「ヒナがでるね」
スキップで玄関に向かうヒナタの姿が見えなくなって、数秒後駆け足で戻ってきたその顔はやけに深刻そうだった。
「どうした?」
「大変だよ、あの人が来てる!」
「あの人」
ヒナタがあの人呼ばわりする人間に心当たりの無かった自分は、自ら玄関の扉を開けて外にいる人物を確認すると「なるほど」と納得する。
待っていたのはイヨリ。
ヒナタからすれば、昨日あったばかりのほぼ初対面近い相手が玄関先にいたら「あの人」と言わざるを得ないだろう。
「学校までお供します、アサヒ様」
美少女が満面の笑みをこちらに向けるが、そんなことよりも…。
「おはよう、ヒヨリ…どうして家に?」
彼女にはまだ住所などは教えていないはず、だがすでに彼女は家に来ているとなれば、それは――。
「ナオトか……」
「さすが、アサヒ様。ボクがどうしてここにいるのか一瞬で推察しましたね」
どうやら情報の元はナオトらしい。
曲がりなりにもイヨリは美少女だから、あのナオトから情報を得ることなんか造作もない事だろう。
「教えろと言ったら教えてくれましたからね、彼には個人情報は教えない方がいいですよ。間違いなくその辺の変体さんにもすぐ話してしまいそうですから」
とりあえずナオトへの今日の挨拶はタックルに決定した。
「まぁいい、少し待っててくれるか?仕度を済ませてくるから」
「はい、アサヒ様」
一旦扉を閉めて家に入るとヒナタが裏への出入り口の窓を開いている。
「何してるんだ、ヒナタ?」
「兄さん、今日は気分を変えてこっちから出ましょう。あ、玄関の鍵閉めとかないと…」
どうやら、ヒナタは是が非でも2人で学校へ行きたいらしい。
鍵を閉め裏の戸を閉めると外から鍵がかけられないことに気が付くヒナタ。
突如何かを閃いたらしくもう一度1人で中に入る。しばらくすると二階のベランダに出てそれを乗り越えて下を見ると「こっち見ないで受け止めてください」と無茶苦茶なことを言う。
そこに安全マットが敷いていると思わせるほどのダイブで、完全にこちらに任せた体は信頼の現われからだろう。
「う、本気か?」
受け止めた体はとても軽くて難なく抱えることができた。抱えたヒナタと顔を見合わせる形になり――。
「危ないだろヒナタ」
「受け止めてくれるって信じてましたから」
一歩間違えば地面に落ちるかもしれなかった状況なのに、そんなことはありえないと自分でも思えた。受け止められないはずがない、と――。
「さすが、アサヒ様ナイスキャッチですね」
いつの間にか裏手に回っていたイヨリがそれを見て拍手をしている。
降ろしたヒナタが苛立ち交じりに挨拶をする。
「イヨリさん、来てたんですか?おはようございます」
「はい、おはようございます。アサヒ様の"妹君"のヒナタ様」
「おほほほほ、従兄妹ですよ、い!と!こ!」
2人の間は何やら怪しげなオーラに包まれているようで……これ以上は近づきたくない。
「どうして裏から出ると分かったんですか?イヨリさん」
「アサヒ様は今日はこちらから出ると星が申しておりましたので」
「星?」
イヨリはその場でスカートを右手で軽く持ち上げおじぎしながら言う。
「ボクは星を読む占い師、天候から前世まで何でもござれの占い師、あなたの明日見る占い師」
「占い師?手相とかの?星だから…星占いとか…」
こちらの占い師と『向こう』の占い師は、はっきり言って別物だ。戦においての力は神聖技法で真価を発揮するが、占い師は神聖技法を扱わせると必ず一番秀でる。
「なんなら2人の今日を見て差し上げますが?」
そう言ったイヨリはジト目でヒナタを見つめる。
「これは……」
「…なんですか?」
「ただ見つめているだけなんです…けどね」
一瞬空気が凍ったような気がしたのは、たぶん気のせいではない。
「ば、馬鹿にしないでください!」
「いやですね、さすがに"ウィットに富む"とは言えませんがジョークですジョーク」
次こそはと、イヨリが目を瞑り両の手の平をヒナタに向けると、自分の目には神聖技法を扱う時のような光が微かに見えた。
「…これは――」
まるでイヨリが光を放っているようにキラキラと煌いている。間違いなく神聖技法を使った時に起こるものだ。
シュアが体の周りを飛び回っている。
『向こう』では毎日目にしていた空中に漂う神聖力の粒子――シュア。長い間目にしていなかったが間違いない。
「星は目では見えません、心で見るのです。あなたの星…あなたにとって今日は…新たな恋敵が現れるでしょう――」
言い終えたイヨリの体からシュアのような光が散っていく。
「恋敵って、それは一体誰の事なんですか?まさか、目の前にいるあなたってことではないんですか?」
「はて、何のことやら…私はヒナタ様と争う気はありませんよ。なにせ…ご兄妹ですから」
「い!と!こ!って言ってますよね!ね!」
その言い合いに終止符が打たれることはついになかった。
学校へ向かう道中、いつものように左手にヒナタが腕を絡めて歩いている。いつもと違うのは、反対側にも腕を絡めてくる少女がいるからで。
正直――とても…歩きにくい。
「イヨリさん!兄さんが歩きにくそうなので離れてあげてください!」
言ってやりなさい妹よ。
「なら、ヒナタ様がお放しになられればいいではございませんか」
さすがは元大臣、正論で返した。
「ヒナはいつもこうやっているからいいんです!イヨリさんはだめです!」
子供のような反論だな。だが、がんばれ妹よ、兄は応援してるぞ。
「では、こういたしましょうか。恋人のように、指を絡めて、手を繋ぐ」
確かに歩きやすくはなったけど、左腕の血流が止まってしまいそうなんだが――。
そのまま睨みあいは学校に着くまで続いて、これから毎日これか――などと思うとドッと疲れが出た気がした。
教室の前でヒナタと別れるときにまた一騒動あった。
「どうして、イヨリさんが兄さんと同じ教室に行くんですか!」
イヨリを引き剥がそうとするヒナタ。
「どうしてと聞かれましても、ボクは今日からこのクラスに通うので」
「はい?」
「先生に授業に出るからクラスを変えてくれるように打診した所、喜んで変えていただきました。なにせ、ボクが授業を受けることなど3年間で初めてのことですから」
突然に登校拒否が直ったのだと思ったら…そんな裏工作をしていたなんて。
「そんな無茶苦茶な……」
イヨリは「でわ」と言って後ろからついて来ると、教室の奥側の端から2番目の列前から4番目の席に座るを確認し、その右側の席の女子に変わるよう要求する。
「キミ――私はそこに座りたい、ぜひとも変わってもらえまいか。変わってもらえるならタダで占ってあげよう」
そんなことで変わってもらえるわけがない。と、思っていたのに「本当ですか!」と意外なほど簡単に食いついた。
「占いってお金とっているのか?」
「はい、これぐらいです」
細い指が三本綺麗に立っている。
「3百円か安――」
「諭吉さんです」
……ボッタクリだー……。
そうこうしている時、教室の扉が開き奴が入ってきた。そう、今日は一つ学校で重要なことをやろうと決めていた。
挨拶は――ちゃんとしないと――いけない。
「おっス!今日もいい一日に―――わ!――がぁふぅ!」
助走をつけた、いい挨拶ができた。
我ながら大人気ないことをしてしまったが、まだ大人ではないのだからかまわないだろう。
「つぅ、いきなり、何するんだアサヒ!」
「朝の…挨拶だ、知らないのか?」
「昨日のネタまだ引っ張てたのかよ」
「自分の口の軽さに言っておけ、個人情報もあったもんじゃない」
言われている意味が理解できない様子のナオトは、イヨリを見てようやくそれを悟る。
「あーなるほどね」
そして、何事もなかったようにイヨリに挨拶をしに行くナオト。
「おはようイヨリン。珍しいねテストでもないのに学校に来るなんて。てか、イヨリンって3‐2じゃなかったけ?」
「さぁね、どこのクラスだったかは分からないが、今はこの教室に通うことになった」
「登校拒否のイヨリンが学校に通いたがるなんて……まさか、俺のこと―――」
「ありえんよ、ボクがキミの様な人間に興味を持つはずないだろう、鏡を見てから出直して来るんだな。アサヒ様がここのクラスに通っておられるから、今日からこの不毛な所に通ってやるのだよ」
その有無を言わさぬ態度に肩を落としたナオト。さすがの彼も美少女にあそこまで言われるとダメージが通るのか…。
「……なんでメル友の俺が"キミ"なのに、昨日あったばかりのアサヒが"アサヒ様"なんだ!こんなの…アンマリダ―」
そこなのか?
どうして片言なのかはさておき、イヨリがクラスメイトになった。
『向こう』ではいつもユナイがそばにいた所為でフラウの機嫌が悪い時があった。フラウがやきもちを妬くほどいつも近くにいたってことは自分では気にしていなかった。
お昼になるといつものようにあの場所に行く。
三階の空き教室では、8つの同じ高さの机を並べている所でいつも食事をする。後ろ側に美術の画材を置いている所にはあまり触れない、後は何かが入った段ボールが2つ置いてあるだけ。
「はい、アサヒ様、お昼のお弁当です」
差し出されたのはイヨリの手作り弁当で、手間と時間のかかっているのが見てとれた。
「兄さんにそんなものは必要ありません!ヒナの弁当があるんですから!」
まるでユナイに苦労させられるフラウを見ているようだった。
「アサヒ様…ボク、朝早く起きて作ったんです。それに、味も悪くないですよ、女子力の高さに自分でも驚いたぐらいですから」
ヒナタをなだめつつその弁当の卵焼きに箸をつける。
「ん、美味いな、いい味だ」
「お褒めいただき光栄至極、何か胸がキュンキュンします」
頬を赤らめるイヨリに一瞬ドキッとして、隣で睨むヒナタにドキッとして、ドキドキが止まらなかった。
「じゃ俺、このきんぴらもらい~と――ぎゃ!」
きんぴらをとろうとしたナオトがイヨリの全力であろうボディブローに阻まれる。
「これは、アサヒ様に召し上がっていただく為のもの。キミのような犬には、ほれ…これをやろう」
そう言ってイヨリがナオトに弁当からあるものを取り出して渡す。
「これって………"葉らん"じゃ!ねーか!」
教室に"葉らん"がこだました。
「手作りには違いない、遠慮せず食べて構わんぞ」
「食えるか!こんなもん!ヒナちゃん俺におかずちょう~だい」
「どうぞ――」
「ありがと――――って!"笹"じゃ!ねーか!」
今度は"笹"がこだました。
「じゃ、これをどうぞ――」
そう言ったのはミズナでナオトの弁当に何かを入れた。
「こ!これは!―――――――大量の――ピーマンじゃ!ねーか!」
そんなやり取りをしながら昼食は進み、食べ終えると話題は今朝の寝言に移った。
「そうなの兄さんね、今日はヴォルって言う男の人の名前出したのよ」
「まじですか?男ですか?やばいですね、どんな夢だったんですかね」
そんな会話が聞こえるとイヨリがコソコソと話しかけてくる。
「ヴォルとは、ハンデガス騎士団長のことですか?」
「ああ、今朝夢にでたようだ」
少し体の距離をつめてくるイヨリがスッと太ももに左手を這わせてくる。
「ば!何お―――」
「お静かに、大丈夫あちらからは絶対に見えませんよ」
何が大丈夫なんだか。
先から付け根に向けて、付け根から先へと交互に繰り返される中、イヨリの言葉を耳元で聞くのは男としてかなりまずい。
そう思う心を知ってか知らずか話の方は気になっていた内容だった。
「今朝、見せましたとおりにこちらでもシュアがあります。ですが、その扱いは『向こう』に比べて三十倍は難しいものになります」
「さ、三十倍…」
「星読み程度なら扱えるようになりましたが、神聖技法となりますと簡単にはいきません」
イヨリはユナイ、イヨリはユナイ、そう繰り返し頭の端で思いながらシュアを手の平に集めることを試す。
『向こう』では子供の時からシュアを操る訓練をして、ある程度の神聖技法なら数ヶ月で扱えるようになる。
しかし、数分間シュアを集めようとしてみたが気配すら感じ取れなかった。
すると突然並べた机の反対側で話をしていたミズナが、「呼んできます」と言って走ってどこかへ出て行く。
「どうしたんだ?」
「や、なんかミズナのクラスにヴォル~ハンデ、ガスって人がいるんらしくて、呼びに行っちゃいました」
「なんだって!」
大声を出したイヨリはこっちを向くと「まさか…」と言う。
「分からないが…ぜひ会ってみたいな」
グロークス騎士団の騎士団長ヴォル・ハンデガス。鍛え上げられたその体躯は鋼のごとし、その行動は漢義溢れ戦では万人の背を支えた男。
彼がもし転生しているなら間違いなく巨体の大男だろう。
数分後――。
ミズナが戻ってくるといよいよヴォル・ハンデガスを名乗る人物と対面する時。
第一声はきっと高笑いに違いない――。
「連れてきました!この子がヴォルことミオちゃんです」
ミオ……ちゃん?―――
ミズナの姿に隠れて顔を覗かせたのは背の低い少女。140の後半の身長に筋肉という筋肉はないにも等しく、その行動はどこか警戒する小動物のよう。
「なんでウチこんなところに連れてこられたんですか?なんか、悪いことしましたでしょうか?」
膝下のスカートより長い髪の前で細い足がガクガク震えている。
「キミが、ヴォル・ハンデガス?」
そう尋ねられた彼女は、一度ミズナの後ろに隠れると反対から顔を出して言った。
「ウチが、ヴォル・ハンデガス、え、栄誉ある、グロークス騎士団の騎士団長―――ですけど、何か?」
所々威張っている風に自己紹介する彼女は、自分ではきっと分かっていないだろうが、とても可愛らしい。
「すごいねー、兄さん中二病さんだよ、初めて見た」
「中二病とちゃう!確かに中二ではあるんやけど…ウチほんまにヴォルなんですよ」
まるで追い詰められたネズミのようなその姿からは、ヴォル・ハンデガス感が全く感じられなかった。
「あ!キミ、ミオちゃんだっけ?胸大きいね、カップいくつ?」
唐突にデリカシーの無いナオトがミオの体格にしては立派な大きさのそれに食いつく。
「はう、普通ですよ、そないに大きいないです!」
それを聞いたヒナタが気迫のこもった笑顔で彼女に言い放った。
「それで普通なら、きっと世界に"貧乳"なんて言葉は生まれてないよね。だから、あなたのそれは"巨乳"だよね、ね!」
あまりの恐怖からか、ミオは自分の胸をヒナタに向けて頭を下げる。
「は、はう、すいません、ウチは― "巨乳"です~」
話が全く前へ進まない。と思っていると、見かねたイヨリがミオを抱えて「少しの間この子を借りてゆく」と言ってこちらに連れてきた。
3人で何から話すか考えているとイヨリが先に話し出す。
「ミオ、だったか?キミが本当にヴォルなら、ボクが誰か分からないかな?」
それで答えられるはずもないと分かっているだろうイヨリは笑みを浮かべて答えを待つ。
イヨリは、『向こう』のユナイだった頃のようにヴァルをからかっているのだ。
そういえば何かと2人はケンカをしていた気がするが、いつも怒るのはヴォルの方でユナイはよく逃げ回っていた。
「あなたは、…誰なんでしょう?初めましてですよね?」
「仕方ないですね、ヒントを差し上げましょう。昔ヴォルが大事にしていた剣をおったのはボクです」
そのヒントに「あ!」と声を上げるミオ。
「確かに昔、陛下に賜った剣がいつの間にか真っ二つになっとったけど…、結局犯人は分からんかったんですウチ」
昔からヴォルは謎とか推理とか苦手ですぐに考えるのを止めてしまうところがあった。
それよりも自分がヴォルに贈った名剣を折ったというのが少し腹立たしく思うが、その当人は今は女の子な訳で…握った拳をそっと解く。
「では、次のヒントいきますよ。昔、3股をしていたヴォルがある日女性たちにバレて大変な目にあいました。実はそれをバラしたのが、何を隠そうボクです」
「アレは――エライ目にあいました。アレをバラした人がいたなんて…初耳です。一体誰がウチをはめたんでしょうね?」
それは目の前にいる少女の転生前の人だよミオ。
しかし、ミオは本当にヴォルなのだろうか……どこか、日本の由緒正しい家柄のお嬢さんのような。
「イヨリ、このままじゃ埒が明かない。話を進めよう」
「あ、すいません、ついつい遊んじゃいました。ボクはイヨリ、こちらがアサヒ様です」
小さく肯いたミオは「ミオ、いいますよろしう」と返す。もしやと思っていたが、若干京都弁が混ざっているようだ。
「アサヒだ、よろしく」
コホン!と注目を集めるイヨリが左手をこちらに向けて。
「では、本題に。――ヴォル・ハンデガス、こちらにおわすお方こそエーベル・スフルベン陛下である」
「え……」
その名前を耳にしたミオは固まって思考停止という状態になった。しばらくすると、彼女は自らのほっぺを摘み引っ張って「痛い」と言う。
痛みからではない涙がポロポロと流れ出すと声を上げて泣いた。
あまりに突然泣くので、ヒナタやミズナやメイがこちらを見る。
「大丈夫ですか?すごい泣いてますけど…」
「心配ないです。うれし泣きですから」
とイヨリがフォローを入れていると、その横にいたミオがこちらに手を広げてダイブしてくる。
已む無く受け止めるとミオは「陛下~陛下~」と声を上げる。
本当にミオはヴォルなのか?という疑問はさておき、泣きじゃくる彼女の頭をそっと撫でた。
「アサヒがロリっ子巨乳を泣かせてるぞー」
と馬鹿なことを言ったと思ったら、ミオが泣きながら「ウチ、ロリっ子巨乳とちゃうもん」と言う。が、すぐに視界にヒナタを確認すると「ウチは巨乳でした」と訂正する。
よっぽどヒナタのことが恐かったのか、顔をこちらに向けて「ウチは巨乳、ウチは巨乳」と繰り返し呟いていた。
「ヴォル、覚えているか…いつかの約束を」
「…約束?」
それは、王になってグロークス騎士団の団長を選んだ時、ヴォルとある約束をした。
「スフルベン陛下!なぜ、私ごとき騎士に騎士団長を任命されたのかお伺いいたしても構いませぬか!」
王室の椅子に腰掛けていると扉が音を立てて開き乱暴な言いようの大男がぶっきらぼうに入ってくる。
「どうした、そんなに大声を上げて」
「我輩は一介の騎士でありますれば、そのような我輩に騎士団長を任命いたしたお心をお伺いいたしたい!」
やけに大げさな動きは彼の特徴と言ってもいいが、今回はそれが極まっているようだ。
「ヴォル、お前とは18の時より共に戦場を駆けた仲だが、私の意図を酌みとってはくれなかったのか?」
「意図!意図と申しますと…どういう意図にございましょうか!」
やれやれと言った溜め息を吐くと、脳まで筋肉になってしまっている旧友に分かりやすく説明する。
「今、この国には権力と武力を持った人間が地位を得るという仕組みが出来上がっている。財力は常に平等を強いて折るがゆえだ。
権力は、大臣たちを指し。武力は、騎士団長を指す。大臣は6人いて権力が分散するのだが、騎士団長はたった一人、その1人に武力が集約される。
6対1の数の割合だが、この6と1は同等なのだ。だからこそ騎士団長は己が意見をしっかりと持つものでなければ勤まらん。今回の任命はそれを鑑みた結果なのだ」
すでに理解に及ばないといった表情をするヴォルに、さらに分かりやすく説明する。
「歩く時、両腕が同時に動いたらどうなる?」
「同時に!…歩きづらくなります!」
実際にその場で足踏みしだすヴォル。
「そうだ。右手が武力、左手が権力と考えるとだな、左手が前へばかり行きたがり右手にもそれを強要する。そうなれば今のように歩きづらくなる。
しかし、左手が己が意思で右手が出すぎた時は引き、右手が引きすぎた時は出ることができればどうだ?」
再びその場で足踏みをすると笑顔を浮かべて。
「おお、とても歩きやすいです」
「そうだ、歩きやすいだろ。右と左が同時でもバラバラでもだめなんだ。交互に動いてこそ進める。
今の騎士団の兵長は、それぞれ大臣に従うものや、大臣の息子、大臣の言うことを全く聞かん奴。そんな奴らばかりだ。
お前ならば、適度に大臣と歩調を合わし、場面場面で均衡を保てる。そう考えたからこその任命だ。それとも私の頼みを聞きたくはないか?」
しばらく難しい顔をしていたヴォルだったが、頭をワシャワシャとかきながら言った。
「わかんねーです…けど、わかりました!引き受けます!その代わり、一つ約束してはいただけませんか?」
「約束?なんだ、言ってみろ」
ぶっきらぼうな笑顔を浮かべると彼は言った。
「何でも1個だけ我輩の願いを叶えてください!」
「何でも……よかろう。できるだけ叶えてやる、で、何が願いだ?」
「今は……特にないですが。いつか必ず!」
「ああ、約束だ」
結局『向こう』で魔王と戦って死を迎えるまで、ついにヴォルの願いを聞くことはなかった。
転生したことでまさか果たせないと思っていた約束が果たせるかもしれない。
時空を超えた魂同士が再び同じ時の中で出会い過去の誓いを叶える――まさに運命。
「覚えていますとも!」
まだ目頭に涙が残る顔でこちらを見上げるミオに昔の、『向こう』の世界での約束を――。
「約束を、今果たそうヴォル」
「我輩の願いですか?」
ミオの小さな口から我輩という言葉を聞くと、やはりミオはヴォル・ハンデガスなのだと実感できる。
「我輩の願いは…もうありません。死んでしまいましたから…、さけにウチの願いを叶えてほしいです」
ヴォルではなくミオの願いを叶えることが、有る意味ではヴォルの願いなのかもしれない。
「いいよ、言ってごらんミオ」
ミオは徐々に耳元に口を近づけるとボソボソと答えた。
「ウチを、アサヒ様の、お嫁はんにして下さい」
…………ん?何かを聞き間違えたのか、いや、でも、まさか――。
「もう一度聞いてもいいかな?」
とぼけたように聞き返すとミオは教室に響くような大声で言った。
「ウチ!と!結婚!してください!」
教室を包む静寂。
頬を赤く染めるミオ、大口を開けてこちらを見るイヨリ。
ものすごい勢いで何かをノートに書くメイ、なぜかケイタイを取り出すミズナ。
完全に固まって頬に手を当てるナオト。そして、なぜか笑顔のヒナタ。
その静寂を破ったのは以外にもイヨリだった。
「この前見たアニメのシーンですね!いや、確かに、アレはいいシーンでした」
突然のことだが、この話に乗ればこの場だけでも有耶無耶にできるかもしれない。
「ああ、た、確かにいいシーンだった。な、イヨリ」
「なんだーアニメの話だったのかよ。あービックリした。まるでミオちゃんが告白したのかと思ったぜ」
ナオトがホッとしたような表情で言うと「私もビックリしました」とミズナも押さえていた胸から手を離す。
メイは「飯うまです、さすがヴォルさん」の一言。
なんとかなった、そう思って安心してるとミズナがヒナタに声をかける。
「本当に驚きましたよね、ヒナタ先輩。…ヒナタ先輩?」
なんと、ヒナタは笑顔のまま気絶していたのだ。
「ヒ、ヒナタせんぱ~い!」
「ヒナちゃん?気絶してんの?マジか…マジだ!」
慌てふためく2人は置いておき、ヒナタのそばに行くと声をかける。
「ヒナタ?ヒナタ?大丈夫か?」
すると、ようやく反応が返ってくる。
「…あ、兄さん、どうしたんです?」
「いや、別になんでもないよ」
今はあまり掘り返さないほうがいい。あまりの出来事に笑顔のまま気絶してしまったヒナタには申し訳ないが忘れておいてもらおう。
「あの、アサヒ様ウチの話聞いてます?」
「はいはい、今は静かにしてようねー」
無理矢理にミオの口を塞ぐイヨリも、やれやれといった表情を浮かべた時、ちょうど昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
一つ忘れていたことがあった…ヴォルが空気が読めないってことを。
とんだハプニングだったが、明日からはこの教室を使うメンバーが1人増えそうだ。
ユナイにヴォル――とても次がないとは限らない。と、考えるのは少し危ない思考なのかもれない。
・PCが……