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①話 『占い師』

・ゆっくり更新

・ゆるーく展開


 ベル………ベル……ほら…起きて……もう朝ですよ……王様なのに困ったお父さんね…メリエル……


 ん、ああ。もう起きてるよ、今日も大臣と朝から国の話だ。俺はそんな頭良いわけじゃ無いのにな――


 どうした?フラウ?どこに行くんだ?メリエル―――


 エーベル……生きて…生きて帰るって……そう言ったのに―――


「フラウ!――あいたっ!」

 痛みは頭から来るものだった。痛いと言っても傷ができるほどじゃなく、寝ていた自分が驚いた拍子に発した言葉。

 目を開けると体を起すことができない状況が視界に飛び込んでくる。

 視界の右側で揺れる空色のカーテンから朝日がこぼれるその先で、首元まで伸ばした髪の毛が揺れると笑顔で挨拶をする。

「おはよう、お寝坊さん」

 自分の体に跨った少女を見ながら、ついさっき感じた虚無感が無くなっている事に気付く。起すことのできない体をそのままに挨拶を返す。

「おはよう……ヒナタ――て、重くなっ、が!」

 頭に頭突きを食らったのは悪魔騎士と戦った時以来だ。さすがに2回も頭突きをして痛かったのか額をさすりながら物言う。

「ヒナは、重く?―――重く?―――重―く?」

 彼女が要求しているものがすぐに分かる。が、こちらもさっきの痛みがまだ残っていて言葉がでない。

 何とか言葉を口から吐き出す。

「ない――」

「よく言えました」

 言わせておいて頭を撫でてくる彼女は従兄妹のヒナタ。歳は同じなのに少し遅く生まれた自分は妹だと言い張る。

「そろそろ起きたいんだけど…」

「おはようのキスはいらないの?」

「や、いつもそんなことしてないだろ」

 冗談だと言う彼女がカーテンを開けると、あまりの眩しさに瞼が落ちる。

 窓の外は草原が広がりベットから起き上がると城下街が見える――という訳ではない。電柱、それから伸びる電線。コンクリートの道路に車が数台通る。

 子供が農作業を手伝っていた『向こう』とは違い、学校で誰でも教育を受けられる。字が読めない子供がいないくらい。

 道中の警護なしに目的地まで行けるのは魔族がいないから。突発的な危険は少なからずあるが、村一つ町一つなくなるより被害は少ない。

 平和とはこんなに素晴らしいものなんだな、といつも実感できる。しかし、こっちの人々はこれを当たり前だと感じている。それが何より素晴らしい。

「そういえば、また言ってたよ。兄さんの夢の中のフラウさん?だっけ」

「また言ってたか……こればっかりは直んないな」

 『向こう』を頻繁に思い出すのは赤ん坊の時から変わらない。生まれてすぐに自我があったことで色々と苦労した。いきなりぺらぺら喋ったりすると面倒だし、これまで歳相応を演じてきた。

 いつだったか、アレは自転車初めて乗った日。つい夢中になって一回で乗れてしまったことがあったが、母が『この子天才よ』と大騒ぎして危うく体操選手にさせられそうになった。

「兄さん、早くしないと冷めちゃうよー朝ごはん」

「ん、そいつは勿体無いな。冷めても美味いは美味いが暖かいうちに食べないとな」

 暖かい料理は『向こう』でも食べていたが、いかんせん食料不足だったことで贅沢な食事はとうとう王になっても食えなかった。

「フラウが作るベシュのスープはそれなりに美味かったがな…」

 独り言を言い終えるとベットの横の壁にかかっている制服を手に取る。この制服はすでに三年目の付き合いで、適当な着方をするのはこの服の作り手に対する無礼と思えるほど良くできた一品だ。

 シャツに袖を通しネクタイを締めジャケットを羽織ると完全に『向こう』の正装に思えてくる。

 ふと足元に目をやるとゲシュディス――蜘蛛がいるではないか。咄嗟に神聖技法で焼き掃おうとするが「エブート!」と唱えても何も起こらない。

 こちらでは『向こう』の技法の類が一切使えない。大体『向こう』でのゲシュディスは体長3mの巨大体で毒を吐いく強敵だったが、こちらの蜘蛛にそんな大きさも毒もないため警戒するほうが間違っている。

 しかもこいつはハエを取って食うだけの蜘蛛だ。

「ヒナタに見つかる前に逃げろ、一瞬でペシャンコだぞ」

 理解できたか分からないが早々とタンスの後ろに潜り込んだ。奴からすれば化け物は人の方だからこちらが怯むこともない。

 愛用の勉強机の上には3万円で買った帆船の模型が飾ってある。大きさのため本来の勉強ができなくなったが、『向こう』で乗ったものに良く似ている為、今でも時々はそれを眺めて過去に浸っている。

 部屋を出ると正面にヒナタの部屋があり、ドアに書かれた『ヒナタの部屋』の下に要ノックと書かれているのは、何度かノックせずに入って下着姿の彼女を見た兄に対する警告だ。

 階段を下りると何やら朝からいい匂いが漂って寝覚めの空腹感が一層ます。

「ヒナバーガーかな」

 それはヒナタが得意とする我が家の朝食の定番メニュー。初めて作ったときのものは、焼いた食パン二枚でレタスとレトルトのハンバーグを挟んだものだったが、兄の為に作った初の手料理と言うことで今でも自分の中では三本の指に入る美味さだった。

 常にオープンなリビングに入ると、左側にあるキッチンでヒナタがコーヒーを入れてくれている。自分でも自称する『コーヒー好き』な兄にベストなものを入れてくれる。

 ブラックと少しミルクが入ったものをテーブルへと持ってくると、「入れたてのヒナブレンドですよ兄さん」と言って兄の席に置く。

「多分、今まで飲んだ中でヒナタが入れてくれるのが一番おいしいよ」

「愛情がいっぱい詰まってますからね~」

 若干テレ気味に言うヒナタは照れ隠しにかヒナバーガーに大口でかぶりついた。すると口元にソースが付いている。手元にあるティッシュでそれを拭ってやると「ど~もです」と笑顔が返ってくる。

 こんな日常は『向こう』ではあまり体験したことの無い日常で、平和すぎて時々『夢なんじゃ』と自分の頬を抓るくらいだ。

「兄さんおいしい?」

「ああ、すごくおいしい」

 食事を済ませ食器を洗っているいるとヒナタが後ろから抱きついてくる。

「兄さん、アキナさんが今度の休みに帰ってくるって言ってたよ」

「母さん帰ってくるのか?家にも寄って行くって?」

「言ってた」

 家庭は円満だけど母はいつも仕事柄世界中を飛びまわっていて、ほとんど家にはいない。父は単身赴任先のアメリカで1人で暮らしている。

 だから、この家には2人で暮らしているけど今まで特に困ることも無かった。なぜ従兄妹のヒナタが家で暮らしているのかというと、彼女の両親はすでにこの世にいないから。


 母アキナはヒナタの母親の姉で10年前までは一緒に暮らしていた。ヒナタの父親はヒナタが生まれてまもなく病気でなくなっていて、叔母ハルナは働きながら家でヒナタを養っていた。

 母と叔母はとても仲のいい姉妹で母の海外での仕事を叔母は応援してた。父はその頃東京に単身赴任していたので、叔母はヒナタの母をしながら自分の面倒を見てくれていた。こちらも、もう1人の母として接していた。

 その日はいつもと変わらない日で夕飯の買い物を終えて、三人で帰宅途中信号待ちをしていた時だった。

 人が跳ねられるのを視界の端に捉えた。大型のトラックが青信号で渡っている人の中を突き進んでくる。咄嗟だった。

 ヒナタを安全な所に突き飛ばし叔母もそうしようとするが、子供の体では大人の人間を押すことはできなかった。その時ほど『向こう』の力――技法が使えればと思ったことはなかった。

 叔母がようやく近づくそれに気が付くと、自分の体を押す子供の腕を持ち力いっぱい投げ飛ばした。

 宙に浮いた体は突進してくるトラックの前面から体半分出たくらいで接触。それは、昔自らの命を奪った魔王の一撃に勝らずとも劣らずのもので、約15mほど飛ばされ信号機の後ろのビルのガラスに激突した。

 トラックもビルを囲うように置かれた花壇に衝突してようやく止まった。

 気が付いたときには病室のベットの上だった。

 宙に浮いていたことや、飛ばされた先が内側にカーテンがあるガラスだったことから、頭部の強打と数箇所の骨折で幸い命に別状は無かった。

 隣に座っているヒナタに精気がほとんど感じられないことを心配したが、喋りかけることもままならない状態だった。

 叔母はというと、体はほぼ無傷でトラックの下をくぐる形だったかららしいのだが、衝撃の強さで後頭部が地面に叩きつけられたためその場で死亡が確認された。

 その日の夜、医者が『もう安心』と言っていた自分が様態が急変し昏睡状態に落ちるとは夢にも思わなかった。

 暗い闇の中で『生きて……生きて』と聞こえた気がした。フラウの言葉を思い出し何とか目を覚ますとそばにはヒナタがいて『生きて』と手を握ってくれていた。

 父が来る頃には峠は越えていて、母が来る頃には喋れるまで回復していた。

 そして、謝った――叔母を助けられなかったことを。涙した、自分の不甲斐なさを。

 母が言った言葉を今もはっきりと覚えている。

 『誰も悪くない、誰のせいでもない。ただハルナはきっと安心しているわ、あなた達が無事だったから』

 この事故で亡くなったのは叔母と運転手。運転手の死因は心臓発作だった。責める対象のいない事故で両親はヒナタのことをとても心配して、一度家に帰るがすぐにまた病院に戻ってきた。

 家に帰ったヒナタは発作を起した。パニック発作で、住み慣れた家に叔母と兄のような立場の自分がいない状況が事故の映像をフラッシュバックさせることで引き起こしてしまうらしい。

 その後、しばらく入院している部屋でヒナタは過ごすことになり、入院生活をしているときはいつもヒナタがそばにいて見守ってくれた。

 少しでも痛みを訴えようものなら『大丈夫?ねぇ大丈夫?』ととても心配そうにする。その姿で彼女の心の内が読み取れた。

 失う恐怖を知ってしまった彼女は、もう失うまいと必死だったのだ。

 無理にでも笑った。痛くても笑った。『ほら、大丈夫』『いなくなったりしないよ』と何度も繰り返し聞かせた。

 退院する頃にはヒナタはようやく落ち着いていた。

 事故を乗り越えた後の変化という変化は、以前よりもヒナタと一緒にいることが多くなったことぐらいだ。


「兄さんはどっちがいいと思う?すき焼き?ヒナカレー?」

 すき焼きは母さんの好物でヒナカレーはヒナタ特製の甘口カレーのことである。

「多分、すき焼きは帰ってきたときに父さんと食べてるだろうから、ヒナカレーのほうがいいんじゃないかな」

「ん、そうだね」

 エプロンを外しながらリビングに向かうが、今も胴体を力強くロックする腕を見てヒナタに問う。

「いつまでこうしているんだ?」

「ずーっと。って、言いたいけど、学校に行かなきゃだね」

 玄関にある靴箱の上に写真立が置いてある。母と父それに叔母さんが写っている写真もちろん小さな2人も一緒だ。

「行ってきます」

「行ってくるね」

 玄関を開けると少し肌寒くなってきたのをその身に感じ、体を密着させてくるヒナタの暖かさが心地いいものに感じる。

 学校への道中で人目を引くのにももう慣れた。原因はヒナタと恋人のように腕を組み合っていること。

 最初は興味の視線で、それも今では微笑ましいと言ったものに変わっているように思える。

 噂では恋人兄妹と呼ばれていて、この近辺では知る人ぞ知る2人ということらしい。

「ねー兄さん今度買い物行こっか、肌寒くなってきたし秋物と冬物と春物をまとめてね」

「そんなことを言って、また冬には冬のを、春には春のを買いに行くんだろ――父さんが悲鳴を上げるぞ」

「高い買い物じゃないです。むしろセールスを狙って買いますから、お値段も抑えられてお得なんだもん」

 家から道沿いに歩いて行くと遠めに水平線が窺える下り坂に差し掛かる。少し下って喫茶店「青空」の前を過ぎると中学への通学路にはいる。

 根豆ねず中学校。公立の中学でヒナタと2人で通う学校。来年はその隣の学校、根豆高等学校に通うこととなるだろう。

 『向こう』では戦ってばかりだったがこっちでは勉強の毎日だ。すでに頭の中に『向こう』の知識が詰まっていた分今の所勉学では困ったことが無い。

 校門から校舎までは10mほどで校舎を挟む形でグラウンドがある。この学校にも通い始めて早3年目になり、最上級生という立場になるまでにトラブルというトラブルも無かった。

「じゃーお昼にね」

「ああ」

 ヒナタと分かれたのは3‐3の教室の前。彼女は3‐1で、学ぶ教室は別々なのでお昼には空き教室で一緒にご飯を食べるのが日課。

 教室の扉を開いた瞬間左の端から紙を丸めたゴミが飛んでくる。それは決して自分に投げられたものではなく、その先のゴミ箱に向けられたもの。

 避けることもできるが、面倒なので左手で掴みそのままゴミ箱に投げ込むと目の前の教卓から女子がバランスを崩して倒れそうになっている。

 そっと背中を右手で支えると今度は左手から「おはよう」と言って突っ込んでくる男子。左手のカバンから手を離しその肩を支点に扉側に逸らすと床につく前にカバンを拾う。

 女子生徒が「ごめんなさい」と言う言葉を聞いてから、彼女が自らの足で立っているのを確認してその手を離す。

 教室の奥側の端から2番目の列前から4番目の席に座ると、今しがたかわした男子がこちらに来て文句言う。

「おいおいおい、よけることないだろー。ただの朝の挨拶じゃないか」

「初耳だな、"タックル"はいつから朝の挨拶の一部になったんだ?」

「なんかこう、男と男の挨拶っぽくていいだろ?」

「お前のその筋肉思考はやめた方がいい、される側の事も考えてみろ」

「こんなことはアサヒにしかしないさ」

「それは、私がお前と同類だといっているのか?冗談じゃないぞナオト」

 この男は友達のナオト。この通り暑苦しい人間だが根はいい奴だ。

「男なら裸で殴り合えば全員同類だろ?」

 悪い奴ではないが…頭の方は悪いかもしれない。

「その意見は却下させてもらおうか」

 一つ前の席に座るのは、そこがナオトの席だからである。すると唐突に話題を変える彼の言葉はかなり興味をそそられる話題だった。

「実は今日保健室に例の前世を見ることのできる女子が来てるぞ。いつもは登校拒否で学校には顔を出さないんだが今日はテストらしい」

「前世…興味深いな。だけど、会えるのか?その子と」

「俺、メル友だから問題なし」

 このポジティブ一直線と登校拒否がメル友…どういう交友関係だ。

 ポップな音がケイタイから流れてナオトが見るとシメシメといった顔を浮かべて。

「昼飯の時にいつものとこで待ち合わせたぞ」

「行動が早いな。登校拒否って言ってたけどそれは別に対人関係じゃなさそうだな。理由を聞いてもいいか」

「ん、知らな~い」

 こいつはこうゆう奴、『向こう』にはこんなやつはいなかった。酷くくたびれるという意味では、クスティヴィガという『向こう』の触手が多いスライムみたいだ。

 授業中も気になって仕方が無かった。『前世を見る少女』か本当に本当なら自分を見てなんというのだろうか。

 その日はいつもより『向こう』を思い出した。


 昼はいつもの場所。3年の教室のある階は3階でその上の階が2年の教室がある階だが、その階のグラウンドから見て左端の教室の空き教室。そこがいつもの場所。

 元々は先輩が使っていた教室なのだが、分け合って1年の頃からヒナタと一緒にそこでお昼を食べている。

「兄さん兄さんどっちがいい?ベーコンアスパラ巻きか、ベーコンエッグサンド」

「ベーコンエグサンドかな」

 ピクニックのような弁当箱に入っていた、肉厚なベーコンで卵焼きを挟んだものが手元の取り皿に運ばれる。

「ヒナタ先輩、それとこっちのから揚げ交換してください」

「うん、いいよ」

 から揚げを持ち上げヒナタの事を先輩と呼ぶ少女はミズナ。クラス対抗の体育際で同じチームの応援団をしたことがきっかけでこうしてお昼を食べるようになった。

「今日は"アーン"しないんですか?"アーン"って」

 なにやらヒナタに"アーン"を要求する少女はメイ。ミズナと同じ学年で同じクラスの親友なこの子も体育祭がきっかけでここにいるが、どうやら前々から兄妹のことを見ていたようで今もこうしてヒナタが"アーン"するところを待っている。

「はいはい、兄さん"アーン"ですよ」

「ん、ああ、あーん、ん…ん――美味い」

 いつも「これだけでごはん3回おかわり出来ます」と口にするその顔は満足めいている。

「ヒナちゃんアサヒだけじゃなくて俺にも"アーン"してくれよ、"アーン"」

 大口を空けるナオトを見たヒナタはミズナを見て声をかける。

「ミズナ、ナオト先輩がピーマン食べてくれるそうですよ」

「え!マジですか!ナオト先輩ピーマン好きになってくれたんですね!家の両親喜びますよ!」

「えぇ!いや、俺はピーマン無理だか、アグッ!んん!んんんんんんんんんんんんんん………んグッ」

 悶えたナオトはバタリと机に倒れこむと、ピクピクとバックズという『向こう』のトカゲ的な魔族が得意とした死んだふりのようになっていた。

 お前はバックズか、と胸のうちでツッコミを入れて例の話を振る。

「そういえば、前世を見るっていう彼女はまだこないのか?」

 急にバックズの動きをやめたナオトは、立ち上がり教室の入り口に行くとガラガラと扉を開けて言った。

「メンゴ、待たせてるの忘れてたごめんねーイヨっち」

 こいつはこういう奴だ。

「いいよ、きみはこういう奴だからな」

 早速意見があった。すぐ許してしまう心の広さといい、いい友達になれそうだ。


「紹介します、こちらイヨリちゃん。俺的に言うとイヨっちって呼んでます」

「いや、きみがその呼び方をするのは今が初めてなんだが…」

 イヨリは同い年の同級生らしいが今まで一度も会ったことがなかったが、それは彼女が試験しか受けに来ないうえに保健室から一歩も出ないから。

 ヒナタ、ミズナ、メイがそれぞれ挨拶をするが、早々に用件を聞きたがるイヨリ。

「で、なんで今日ここにボクが呼ばれたのか聞きたいんだが」

「ああ、それなんだけどね、イヨっちに彼のことを見て欲しいんだ、ほら――アサヒ」

 ジト目とはこのことをいうのかというほど、観察されてる感じが視線で伝わってくる。

「どうもアサヒだ、よろしく」

「イヨリという…よろしく頼む。で、見て欲しいというのはアレか、前世をか?」

 肯くとイヨリはかけていたメガネを外した。

「その前に、ナオトの前世はなんだったか聞いておきたいんだけど…」

「ああ、彼は"馬と鹿の間"だよ」

「そう俺様麒麟なんだよね、神話の幻獣だぜスゴクね!」

 そう言って走り回るナオト。

「なーイヨリ…それって、"馬鹿"ってことか?」

「……ま、動物だとはボクは言ってない。彼は今も前世も大差ない」

 イヨリはとてもユニークな女の子だった。

「じゃ、早速きみの前世を見ようかな…」

「ああ、頼むよ」

 イヨリと目を合わした数秒後、光のようなものが瞳の奥でうごめいているのが見えて意識が飛ぶ。


 目を開けるとそこは『向こう』で目の前で男がわめいている。

「エーベル!君が行ってはだめだ!星が揺らいでいる!」

 そこにいたのは『向こう』で親友だったユナイ・カルファルファという占い師。

「だが、ここで座しているわけにもいかんだろ。魔王はすぐそこに来ているんだ…ユナイ、後のこと任せた」

「陛下~!」

 そして、魔王との決戦で死んでしまった。ユナイの言っていた星の揺らぎは自分の死を現していたのだ。


 気が付くとこっちに戻っていた。白昼夢を見ていたようだ。

「エーベル!きみもこっちに来ていたんだね。会いたかったよエーベル…」

「な!」

 いつの間にか椅子から倒れて上にはイヨリがいて体をすり寄せている。

 しかし、今確かにイヨリの口から『向こう』自分の名が出たような。

「……兄さん?何やってるんです?」

「え、いや、これは」

 頭上にはものすごく不機嫌なヒナタがいて、メイの「おかわり6回いけます~」の声が聞こえた後、額にものすごい衝撃が走る。

 ヒナタの頭突きの痛みがようやく引いてきたくらいで高い声での言い合いが聞こえてくる。

「貴様!我が主に何たる無礼か!分をわきまえよ!」

「あなたこそ!兄さんにいきなり抱きついて!誘惑しようなんて!」

 一触即発の2人に今は気絶したふりを続けることにした。しかし、馬鹿は空気が読めないらしく自らその死地を行く。

「なになに!俺を取り合ってんのかい?大丈夫俺はみんなのもの~だぜ」

「すっこんでいろ!」「じゃまです!」

 割って入ろうとするナオトに左右から拳と平手が直撃した。

 その時の一撃は、ベガイタクシュというカニ的な魔物の鋏のそれに見えたのは自分だけだろう。


 落ち着いたのはミズナが『ケンカですか?ピーマンを食べるといいです』と言った頃だった。

 その後、2人はヒナタがヒナティーという紅茶を出して、それを飲んだイヨリが「うまい」と言うと少しだけ場が和んだ。

「ヒナタ殿は陛下の…もとい、アサヒ様の妹君であるのですか?」

「正確には従兄妹なので、そこ重要ですから繰り返し言っておきます。い!と!こ!なので」

 少し離れた所に座っている俺の方をチラチラ窺うイヨリが、制服の胸元からボールペンを取り出して紙に何やら書き始める。

 その視界の中でナオトがバックズのようにピクピクと動いているが今はツッコミを入れる余裕はない。

 何せ自分を『向こう』の名で呼んだ少女の事でいっぱいいっぱいだ。

 喋り方なんかはアイツにそっくりで、今さらその中の存在に気付くのは外見が少女ゆえか。

「これを」

 手渡された紙。その紙を開くと覗き込むヒナタが『なんです、これ?』と言う。ヒナタに理解できないのも無理もない、それは『向こう』の文字だった。

 放課後喫茶「青空」にてお待ちしております、と書かれていた。

 間違いなくイヨリは『向こう』の魂を宿している。

 自分と同じ転生した者だ。


 放課後、一緒に帰ろうと言うヒナタを先に返す為ナオトに協力してもらって何とか先に帰ってもらおうとしたが、あまりに動揺するので一旦諦めて家まで帰ることにした。

 「青空」の前を通るとそこにイヨリがいたが、すでにナオトからの連絡で事情を説明していた為こちらに気付いても座ったまま待っていた。

 ヒナタを家まで送ると1時間ほど出かけると約束して家を出る。

 店に入ると、一番手前のボックス席にポツンと1人で座っていたはずのイヨリの席に何人かの男が合席している。

「キミかわいいね、名前だけでも教えてよー」「根豆中の制服だよね」「チョー好みなんだけど」

 そんな声が聞こえてくる。あまり騒ぎ立てたくないが、彼女も困っているようだったから助けようとしたときだった。

「きみたちの喋る言葉はまるで虫の声だな。いちいち耳障りな事しか言わないのは、そういうキャラを作っているのか?今時ゲームのNPCでもマシなことを喋るぞ」

 彼女のその容姿からして近づいた彼等はさぞ驚いたことだろう。固まる男たちだったが1人が「テメー!」と言って彼女の胸ぐらを掴んだ。

 已む無くその男の手を掴みねじると「痛い痛い」「折れる~折れる~」と喚きだす。

「何だお前は!」

「ん、友達かな?一応」

 手を離すと逃げるように店を後にした。

「大丈夫だったか?」

「何、陛下に助けていただかずとも自ら天誅を下す所存でした」

 右手に小さなカバンから取り出したのは、携帯用のスタンガンだった。

「虫は焼いてしまうのが退治しやすいですよ。ヘブロロムなんかと一緒です」

 彼女が言うヘブロロムとは、『向こう』の蚊的な魔物で魔族に使役される大型の昆虫である。

 注文を取りに来た店員の女性が「マスターからです」とコーヒーをご馳走してくれた。マスターを見ると親指を立ててこっちに向けている。さっきのナンパ男を追い払ったことへの賞賛といったところか。

「殊勝ですね。陛下に献上する品にしては粗末ですが、どれボクが毒味を――ん、不味い」

「コーヒーは嫌いなのかイヨリ?私は大好きなんだけど…」

 その言葉を聞いてサッとこちらにカップを寄せる。

「毒は無いようですが、しかし、ボクの口には合わないようですね」

「なにそんなことはないさ、そこにあるミルクを入れて飲んでごらん」

「ミルク…ですか?」

 イヨリは、促されてミルクを開けて入れると半信半疑な様子で身構えながら口に含んだ。

「なるほど……実に面白い、まろやかな飲み物に変わりました。さすが陛下」

 しばらくコーヒーを飲んでいるとイヨリが唐突に話し出す。

「ボクが誰かもうお分かりですよね?」

 メガネの少女の『向こう』での名前を頭に浮かべて、しばらく彼女と彼を比べる。

「きみは、ユナイ…ユナイ・カルファルファなのか?」

 懐かしい響きを口にすると目の前の少女目から涙が溢れ出した。

「今日は、なんと、よき日にございましょうか。陛下がなくなられたあの時から自責の念で毎日悔いておりました。

 生まれ変わってもなお、過去の意識があったことはボクに対する"罰"なのだと思い、今日まで生きてまいりました」


 ユナイ・カルファルファとは18歳の時に戦場で知り合った。当時は姓を持っていなかった彼は、自分より4歳下で小さな子供のようにしか見えなかったが、卓越した戦術眼の持ち主で占い師として騎士団にいた。

 しかし、彼はその見た目からか騎士団に馴染めずにいて、戦いの際軍師として戦場に立つも言うことの聞かない兵がいたりした所為で苦労をしていた。

 そんな時、百人隊の隊長だった自分が大きな作戦に出るため、その時限りの千人隊を指揮することになった。

 さすがに三百人隊と五百人隊を体験せずに千という兵を扱うのに自信が無かった自分は、優秀な軍師を探すとなった時最初に頭に浮かんだのが彼だった。

 結果は寄せ集めの千人隊を1人として欠かさず勝利を収めてしまうものだった。その後、"天才"の意味を持つカルフと"占い師"の意味を持つファルファを混ぜた姓――カルファルファを指揮官権限で自分が彼に与えた。

 以来、彼は副官として仕えてくれ、王になってからは側近の軍長大臣を勤めてくれた。

 自分にとって親友と呼べる人間は彼ぐらいだっただろう。


 ユナイは細身の華奢な青年で小さい時は少女に間違われることもあったらしいが、今はメガネが似合う細身で華奢な…ただの少女だ。

「ところで、ユナイ、その体は平気なのか?」

「それは女の体はという意味でございますか陛下?」

 肯くと彼は自分の体をマジマジと見て言った。

「夢が叶いました」

「は?夢?」

「はい、ボクはユナイである時に願ったのです。次にもし陛下と同じ時を過ごせるなら心だけではなく身も捧げたいと!」

 こいつは…だめだな。

「待てよ…それは私のことが好きだったと言うことか?」

「現在進行形です!好きです!恥ずかしながら、昨日も陛下に女体になったボクを抱いてもらう、ということを考えながら自慰してました」

 過去の親友が、転生したら痴女になってました――ってそれは笑えない冗談だ。

「イヨリ、その辺にしておいた方がいい。分かっていると思うが、過去は過去、今は今だ。イヨリは正真正銘の女の子なんだからな」

「ええ、分かっていますよ。陛下がお望みとあらばいくらでもどこででもご奉仕します」

 うん、全然分かってない――。

 いよいよ周囲の視線が気になる。

「イヨリ、そろそろ帰らないといけないんだ」

「はい、お供します陛下」

「………その、陛下って言うのやめないか?私はもう王ではないのだし」

「なら、いかようにお呼びすれば?主…主君……ご主人様と――」

「普通でいい!ヒナタと呼んでくれて構わないから」

「では、……ヒナタ…様。これからは、そうお呼びしますね」

 イヨリはとても愛らしい仕草でこちらに笑顔を向けた。


 その日は、やたらとユナイとの過去を思い出していたが、現在のイヨリの姿を思い浮かべると…非常に複雑な気分になった。

 『向こう』の世界の記憶を持つ人間が他にもいるのだろうか…フラウは…どうなのだろうか―――。




・高性能なPCがほしい

・あとバナナ凍らせて食べるとなかなか――硬い!

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