第五話「ななばた」
「王様、実家に帰らせていただきます」
リーシェが自分の倍ぐらいの風呂敷包みを肩に背負って広間にいた俺の元に
やってきていた。
……開口一番それですか。
「ちょっ、ちょっと待って! ど、どうして!?」
「実は明日、『ななばた』の日なんですよ」
「な…ななばた?」
「はい」
ななばた……? 七夕じゃなくて?
「えっと……七夕じゃないの?」
「七夕? なんですか? それ?」
う〜ん? アリシュレードでは七夕の事をななばたなのかな?
「えっと、七夕って言うのはね、笹に願い事を書いた短冊をくくれば
願いが叶うって行事なの」
「す、すごいですね! それなら、あっという間に人間を滅ぼせるじゃ
ないですか!」
リーシェの驚き具合からして、どうやら全く違うみたいだな。
あと、そんなの願わないでくれ。
「じゃあ、リーシェのななばたはどんなの?」
「ななばたはですね、どんなに忙しくても年に一度のこの日は
必ず実家に帰るっていう決まりになってるんですよ」
「へぇ〜、ちょっと違うけど織姫と彦星みたいだな」
「オリヒメ? ヒコボシ?」
「そう。向こうの世界じゃ、織姫と彦星はいつも離れ離れなんだけど
七夕の日だけ一緒になれる星の事なんだけどね」
「うわぁ〜ロマンチックですね〜」
「そ、そう?」
「はい、出会えたら何を話すんでしょうかね? やっぱり、給料が安いとか、
浮気はしてないかとか?」
目を輝かせて話すリーシェ。
ロマンチックのかけらも無い事いわないでくれ。
「それでは王様、明日は王様一人ですが、あさってには帰って
来ますので〜」
そういって、手をブンブン振って城からリーシェは出て行った。
……明日は俺一人か。
--次の日。
城内は、ななばたの為もぬけの空も同然だった。
いつもなら、色んな使い魔や魔族がドタバタしてるのに…。
「…う〜ん、仕方ない、あそこに行ってみよう」
実は以前、城内をリーシェに案内された時に行きたかったところがあったのだ。
あそこならいい暇つぶしになりそうだ。
俺は城の地下へ地下へと降りていく。
そして、目的の場所へとたどり着く。
目の前には大きく分厚い木の扉があった。
俺はそれを両手で思いっきり押す。
すると、扉が開いた先には見渡す限りの本棚の山があるではないか。
そう、ここは城の中の図書館なのだ。
向こうの世界でも本ばっか読んでたから、俺にとってはいい暇つぶしだ。
俺は適当に本棚から本を何個かチョイスして椅子に座る。
「何々…」
『誰でもできる心臓の抜き方』
『魔族200種類あなたも魔族マスター!』
…なんか凄いタイトルばっかりだな。
「おっ…これは」
タイトルは『歴代魔王について』…これにしとくか。
俺はペラペラとページをめくる。
『魔王は今まで数え切れないぐらいの魔族がなっていたが、
その中でも群を抜いていたのが、初代魔王「ルシフェル」である…
彼はそのずば抜けた魔力でこの世界、「アリシュレード」を作ったと
されている。それから2代魔王「ベルゼルフ」が他の魔族を束ねた。
それ以来、魔王が魔族を束ねる事になった。
しかし、4代魔王「バリス」の時人間と魔族の大戦争が勃発。
それ以来、人間と魔族が離れて暮らす結果になる』
ふ〜ん、なるほどね……
「……こんにちは!」
「えっ!?」
俺は声のした方向に目をやると、そこには短い髪で金色、体は華奢。
そして、なぜか縦じまのストライプの水色パジャマを着た少年がいた。
見た感じ小学生か? 小さい身体で無邪気な顔をしていた。
「お兄ちゃん、魔王さんだよね?」
「あ…ああ、まぁ」
おかしいな? 今日は皆ななばたで帰るって言ってたのに。
「君は帰らないのか?」
「えっ?」
「いや、今日はななばたで皆実家に帰るって筈じゃ……」
「ないもん……家」
あ、そういうことか……しまったな。
「わ……悪い、変な事聞いちゃったな」
「ううん、あんまり気にしてないからいいよ」
とは言うものの、何か悪いな……よし!
「君、名前なんていうんだ?」
「……ウィル」
「よし! ウィル、兄ちゃんと一緒に遊ぶか」
「えっ?」
「皆ななばたで楽しんでるのに、ウィルだけ楽しんでないのは不公平だろ?
幸い、今城の中はもぬけの空だし、何でもやりたい放題だ!」
まぁ、俺と遊んで楽しいかどうかは分からないけどな。
それでも、一人でいるよりマシではないだろうか?
「どうだ?」
「……い、いいの?」
「ああ」
「うん! 兄ちゃんと遊ぶ!」
そういって俺に抱きついてくるウィル。
そんなに嬉しいのか? だったら、こりゃ本気で楽しませないとマズイな。
その後の俺は酷いものだった。
この広い城の中でかくれんぼやら、鬼ごっこ。
はたまたボール遊びに、ボードゲーム。
俺は既にボロボロだった。
「タ……タイム、ちょっと休もう」
「え〜、もう休むの?」
「む、無理、これ以上は無理」
俺は玄関のロビーにごろんと横になる。
その隣に座り込むウィル。
「う、ウィルって……もしかして魔族?」
「う〜ん、厳密に言うと魔族かな?」
なるほど、そんなに運動しても平気なのには納得。
あれだけの運動をしたにもかかわらず、
いまだ息切れすらしていないスーパーチビッ子。
「じゃあ、ウィルはどうしてこの城に?」
「それは、お兄ちゃんがいるからきたんだよ?」
「えっ? 俺?」
「そう、お兄ちゃん、この世界はどう?」
「どうって……まぁ、始めは結構不安とか一杯だったけど、今は
結構楽しいかな?」
うん。嘘は言ってない。
だが、人間滅ぼせーとかは勘弁して欲しいが。
「そう、良かった」
「?」
「お兄ちゃんの魔王としての任期は後9ヶ月、有効に使ってね?」
「えっ?」
ウィルはそう言って微笑んだ。
どういう意味だ?
「ウィル?」
「お兄ちゃん、今日は楽しかった」
「そっか、そりゃ良かった」
そういわれれば遊んだ甲斐があったものだ。
「あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
ウィルは照れくさそうに。
「ま……また遊んでくれる?」
「ああ、勿論」
「ほ、ほんとうに?」
「俺でよかったらな」
「うん!」
「よし、それじゃあ今度は何を……」
すると、突然玄関の扉が開く。
「王様ー!!」
「!? リーシェ?」
「はい、リーシェルトルード・パトリオット・ディス・パール・デモント
アルモーディス只今戻りましたー!」
ビシッと敬礼をするリーシェ。
ああ、そんな長い名前だったね。
「あれ? 明日じゃなかった? 帰ってくるの」
「王様一人じゃ寂しそうだと思って直ぐに帰ってきたんです。
王様、ロビーで何してるんですか?」
「あ、いや、ウィルって言う子供と遊んでてね」
「えっ? 子供ですか?」
「ほらそこに……あれ?」
確かにそこにいたはずのウィルは忽然と姿を消していた。
「あれ? どこに行ったんだ?」
「王様〜もしかして、幻でもみたんじゃないですか?」
「いや、そんな訳……」
……また会えるか。
俺は余り深く考えないようにした。
「王様はもう夕飯とか食べたんですか?」
「いや、全然。腹へって死にそう」
「よかった〜、実は実家から…」
後残り9ヶ月で魔王としての任は解かれる。。
ただそれだけ。
それだけだ。




