第十八話「前兆」
あの悲劇の毒物チョコ事件より一週間が経過した。
何とか回復できたものの、一歩間違えればあの世に直行だった。
最近、何かと死ぬ一歩手前が多いな〜。
しかし、そんな悲劇も時間が経てば忘れてしまうもの。
今日もいつもどおりの朝を俺は迎えていた。
「うう〜ん」
のびのびと体を伸ばす。
窓から差し込んでくる朝日が力を与えてくれる。
いや〜、元気っていいものだ。
「よし、今日はちょっと早起きしたし、俺が朝食を作るか」
そして、てきぱきと私服に着替えようとした時。
「ん?」
奇妙な事が起こった。
腕輪を付けている方の手が一瞬透明になったのだ。
目の錯覚か? と目を擦り再び目を見ると、元に戻っていた。
「……疲れてるのかな?」
もしや、以前のチョコの毒が抜けてなかったか?
まぁ、手の方は元に戻っていたので、さして深く考えるものでもないな。
そうして、俺は台所へと向かい朝食を作るのであった。
しかし、この時既にある事件へと近づいていた事を知る由もなかった。
「「ごちそーさまー」」
二人仲良くハモるリーシェとウィル。
目の前のテーブルには綺麗に平らげていたお皿がならんでいた。
こうやって綺麗に食べてくれると、作った方も嬉しいものだ。
しかし、我ながらやけに料理の上達ぶりが凄いな。
前はカップ麺が限界だったのに、今では朝食のメニューならお任せあれと
言わんばかりの腕前。
「王様、私が後片付けしますから、ゆっくり休んでてください」
「えっ? いいの?」
「はい。だって、朝食を作っていただいた上に、片付けまでさせるのは
さすがに……」
そういって苦笑いするリーシェ。
むっ、そういう事なら後は任せよう。
折角のご好意なので甘える事に。
「じゃあお兄ちゃん、遊ぼう!」
「よし、じゃあ何する!」
「異種格闘技戦! 反則あり、武器ありの何でも有りの電流デスマッチが
いいなー!」
「ハッハッハ、こいつ〜、そんなの頼まれたってゼッテーしないからな。
素直に庭でボール遊びか鬼ごっこぐらいで我慢しなさい」
「えー、つまんない!」
「つまんなくて結構。そんな死ぬ事前提みたいな遊びに比べれば」
俺はウィルを肩車して庭まで運ぶ。
なんだかんだ文句を言いながらも、それで納得するウィル。
俺達は中庭でキャッチボールをすることにした。
「それじゃあ、行くよー」
「よし来い!」
えい! と元気良く叫ぶウィル。
ふわりと舞う白球。
それは俺の胸元にスッポリと納まる。
「よし、それじゃあいくぞウィル!」
「バッチコーイ!」
などと、腰を低くして取る気満々の態勢をするウィル。
俺はウィルめがけて思いっきり投げた……のだが。
俺の目の前にポテンと弱々しくはねる白球の姿があった。
「あ、あれ?」
「どうしたの? お兄ちゃ……」
ウィルが目を丸くして何かに驚いていた。
俺はウィルの視線を頼りに自分の片手を見ると、片手が姿を消したり現れたりの
点滅を繰り返していた。
「ど、どうなってるんだ? これ?」
何回か点滅を繰り返すと、また普通に戻った。
それを見たウィルは何処と無く雰囲気が変わっていた。
俺は落ちた白球を拾い上げる。
「悪いなウィル。それじゃあ投げるぞ?」
「いや、いいよ。それより、ちょっと場所変えようよお兄ちゃん」
「? あ、ああ」
突然のウィルの態度の変化に驚いた。
無邪気なウィルが、以前の時と同じような冷たい目をしていた。
俺とウィルは自分の個室へと場所を移した。
「どうしたんだウィル? さっきから恐いぞ?」
ウィルは個室に移る前からずっとブツブツと独り言を言っていた。
そして、個室に移ってからも何か落ち着かない様子。
「お兄ちゃん、その症状は何時から?」
「ん? 多分今日の朝からかな?」
「そっか……となると、やっぱり……それしかないか」
一人自己完結しているウィル。
少しは何を考えているのか俺にも教えて欲しいものである。
「おーい、ウィル?」
「お兄ちゃん、こっちの世界に来て何日目?」
「えっ? たしか、一年ぐらい経つかな?」
むぅ、一年とはこんなに早いものだったのかと、しみじみ感じる。
毎日がハプニングの連続だったからな〜。
「そっか、やっぱり」
「えっ? 何か関係してるのか?」
「うん。お兄ちゃんの魔王としての期間が切れるんだよ」
「おお、そういえばそうだったな!」
ポンと手を叩く俺。
確か一年間は魔王として働かないといけないってリーシェに言われてたな。
すっかり忘れていた。
ん? でも待てよ?
「ウィル、この手が消えかけになる症状と関係あるのか? それ?」
「大有りだよお兄ちゃん。お兄ちゃんが魔王の期間が切れればこっちの世界には
いられない。お兄ちゃんは自分がいた元の世界に戻るんだよ」
「えっ?」
突然の宣告。
元の世界に戻れる? いや確かに嬉しいのだが……なんだろう?
この複雑な気持ちは?
確かに、今までは元の世界にすごい戻りたかったが、突然戻れますよと
言われると、少し心が揺らぐ。
更に、一年間の勉強のブランクに、他の皆は二年生。
ぬぬぬ……結構痛いな。
「お兄ちゃんが来た日は何時?」
「えっと、後10日後の朝だな」
「じゃあ、その日にお兄ちゃんは帰ってしまうんだ」
寂しそうな顔をするウィル。
そんなウィルの頭を俺は撫でてやる。
「もう俺がいなくても大丈夫だろ? ウィルなら友達は一杯できる。
寂しくないだろ?」
「そんな事無い! お兄ちゃんいなくなったら寂しいに決まってるじゃない!」
むっ、嬉しい事言ってくれるじゃないか。
うちの親もそんな風に思ってくれていると願っている。
帰ってきて、『あれ? 帰ってきたの?』みたいな反応だったらどうしよう。
「それに……」
「ん?」
「リーシェお姉ちゃんの事はどうするの!?」
「えっ!? い、いやどうするって……」
「お兄ちゃんはリーシェ姉ちゃんの事好きなんでしょ?」
はっきりと痛いところを突いてくるウィル。
俺はあたふたと戸惑いながらも、ウィルの質問に答える。
「あー、うん。好きだよ?」
「愛してるって事だよね?」
じっと見つめてくるウィル。
俺はその眼差しにごまかせないなと判断。
「……ああ」
「お姉ちゃんに告白しないの?」
「こ!? 告白!?」
「そうだよ! もう会えないのにここで告白しないとおかしいでしょ!?」
「い、いや、その」
俺は告白と聞いて口を濁す。
そんな事考えても無かった。
突然のタイムリミットにこれからする事も考え付かない。
俺は、リーシェやウィル達と楽しく過ごして、この世界の平和にしていければ
万事おっけーと、思っていたから。
「なんなら僕からリーシェお姉ちゃんに話をつけようか?」
「い、いや、それはやめてくれ」
「じゃあ、早く」
「だけどリーシェが俺の事好きじゃなかったら? 残りの十日間は普通に
過ごせないぞ?」
「そんな事考えてる場合じゃないって! 玉砕覚悟で告白だよ!」
玉砕! 玉砕! と、コールを巻き起こすチビッ子。
他人事と思ってか、楽しんでいる様子もある。
だが、俺もタイムリミットがある以上白黒付けておきたい……が。
「ウィル、やっぱりだめだよ」
「な〜に言ってるんだよお兄ちゃん! くよくよしてても始まらないよ!?」
「そうじゃないんだよ、ウィル」
「えっ?」
「もし万が一、億に一でリーシェが俺の事が好きだったとしよう」
「いいじゃん! それでハッピーエンドだよ!?」
「本当にそう思うか? ウィル?」
「えっ? ……あっ」
ウィルはどうやら俺の言いたいことに気づいたようだ。
ふられたらそれでお終いでいいが、もし好きであればそうは行かない。
十日過ぎたら俺はいなくなる。
好きだと分かっていればなおさら別れというのは辛いものだ。
それが二度と会えないと分かれば。
「お兄ちゃん……」
「俺の思いはリーシェには言わない方がいいんだよ」
ウィルは黙っていた。
俺の気持ちを分かっているからだろう。
この後、皆に俺が十日後にいなくなる事を告げる。
刻々とアリシュレードの最後の日が近づいていく。