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第十七話「パンドラの箱(?)」

前回の事件より一ヶ月が経った。

あの時のリーシェの顔が目蓋に焼き付いている。

例えると「鬼」だな、うん。

今回ばかりは本当に殺されるかと思った。

その後、なんとかリーシェの機嫌も直ってほっと一息。


そして、今日は俺にとって待ちかねた日だった。

そわそわと広間を歩き回る。


「お兄ちゃん、どうしたの? そんなにそわそわして?」

「フッフッフ、ウィル、今日は何の日だ?」

「えっ? 今日? ……あ、もしかして」

「そう、今日は「バレンタイン」なんだよ!」


ニコニコと笑顔で話す。

なぜなら、今日の朝早くからリーシェが台所に立っているからだ。

俺が何事かと台所を尋ねた時。


「だ、駄目です! 王様は広間で待っていてください!」


と、追い出される始末。

その時に見えた材料はまさしくチョコ!

ほぼ確実に渡してくれると俺は踏んでいる。

毎年この日は辛いモノだったが、今日ばかりは違うようだ。

ああ、この日がこんなに嬉しく感じるのは初めてだ。


「お兄ちゃん嬉しそうだね?」

「勿論。だってリーシェのチョコだよ? あの料理の腕で手作り。

 きっと、あまりの美味しさに心も身体もホットだよ」


ムッ、いかんな、あまりの嬉しさに言葉がおかしくなる。

今、俺はしあわせの絶頂にいた。

……にも関わらず、やけに気になる奴が一人。


「おい、何でそんな隅で震えてるんだよ?」


部屋の隅でガタガタと震えているゼロがいた。

その様子は凍死寸前のお方のようだ。


「ま、魔王君、君は本気でそんな事言ってるのかい?」

「? どういう意味だよ? あっ、さてはチョコもらえないのか?」

「ハッ、それは無いよ魔王君。リーシェからは義理だけど、

 チョコを貰っているさ」

「むっ、だったらなんでそんなに震えているんだよ」

「君は本当の地獄を知らないからそんなのんきな事いえるんだよ」


ハッハッハ〜と、歯をガタガタと震わせながら笑うゼロ。

なんだ? 今日はどことなくテンションがおかしいぞ?


「失礼な、俺は地獄なら何度も見てきたぞ? 8話とか、16話とか」

「そんなモノはこの話の為の前菜だよ! 言うだろ? 天国を見てないと

 本当の地獄と言うものは分からないって?」

「むっ、あまり考えたくないが、今回はそれ以上だと言うことか?」

「YES! その通りだ魔王君。リーシェの料理はチョコだけは別なんだよ」



突然涙を流しながら喋りだすゼロ。

ヤバイ。

なんだか良く分からないけど、今回は非常にヤバイのだけは分かる。



「どういう意味なんだよ? ゼロ」

「そうだね、冥土の土産に昔話をしてあげよう」


……ぇ? 冥土の土産? どういう意味ですか?


フッとキザな顔に戻るゼロ。

そして、身も凍るような話を語り始めた。


「あれは、僕が学生の頃だった。リーシェに初めてバレンタインでチョコを

 貰ったんだよ、ほんの小さな義理チョコだった」

「へ〜、良かったじゃないか」

「ぼかぁ、感動のあまり直ぐにそのチョコを食べたよ。リーシェにどれだけ君の

 チョコが美味しいのか伝えたくて」

「それで? どうなった?」

「……気づいた時には病院にいたよ」

「…………は?」

「ぼかぁ、チョコを食べてそのまま気絶。二日間生死の境をさまよったらしい。

 わかったかい? 彼女はチョコ作りだけは劇的に下手だという事を」

「じゃあ、なんで今ここにいるんだよ?」

「ハッ、当然リーシェからチョコをくれると連絡が来たからね。如何にチョコが

 殺人級のものだとしても、リーシェへの愛は変わらないからね」


と、いきがるゼロ。

笑っているが、膝も笑ってらっしゃる。

まさかぁ〜と、言いたかったがゼロのただならぬ様子を見る限り、

嫌な予感。

下の台所から甘いチョコレートの香りが広間に伝わってきた。


「あれ? 結構いい香りじゃないか?」


なんだ、どうやらゼロの心配してる程の事じゃないな。

ゼロも香り嗅いで幾らか顔が緩んできていた。

随分と上達してるに違いない。


「ウィルー、ちょっと来てー」


下の階からリーシェの声が聞こえてくる。

それに元気良く返事をして台所に向かうウィル。


「なんだよ、心配して損したよゼロ」

「そ、そうだね、どうやら僕も心配して……」

「−−−−−−−ぁああああ」


……なんですか? 今の悲鳴は?

下の階から聞こえてきたような?

ゼロはその悲鳴を聞いて顔を手で覆い隠す。

まるで、「やっぱり止めるべきだった」と自分の罪を悔いるように。

悲鳴が聞こえて数分後。

広間の扉がゆっくりと開く。

そこから、真っ青な顔をしたウィルが現れた。

すぐさま駆け寄る俺達。


「お、おい! しっかりしろウィル!」


息を荒くしながら何とか呼吸をしているウィル。


「お、お兄ちゃん……逃げて」

「へっ?」

「ぼ、僕が食べたのはまだ完全体じゃなかったから助かったけど、もし

 完全体をたべたら、お兄ちゃん『死んじゃう』よ」


「完成品」じゃなくて「完全体」なの?

ウィル、お前何食ってきた? それはチョコなんだよね?

その後、ガクッと気絶してしまったウィル。

ゼロはその様子を見て、どこかに電話をかけていた。


「あ、僕だ。悪いんだけど、至急「葬式」の準備を手配してくれ。

 えっ? 誰か死んだのか? いや、今から死人が出ると思うから」


おい、そりゃどういう意味だよ?

まさか、チョコで人が死ぬとでも言うのか?

そんな事を考えていると、誰かが階段を昇ってくる音が聞こえる。


「ふふふ、今日はすごく良く出来たな〜、喜んでくれると嬉しいな〜」


などと、幸せ一杯の声が聞こえてくる。

そして、運命の扉が開かれる。


「王様〜、おまたせしました〜」


ニッコリと満面の笑みを浮かべて広間に入ってくるリーシェ。

手には綺麗にラッピングされたハート型のチョコ(?)を持っていた。


「はい、王様どうぞ!」


少し頬を紅く染めて俺に両手でしっかりとハートのチョコ(?)を

渡してくれた。

そして、リーシェはゼロにも違うチョコレートを渡していた。

俺はゼロの方をチラリと見る。

顔が真っ青で、引きつった笑いを見せていた。


「王様、開けてみてください」

「えっ? あ、ああ」


ラッピングされたチョコ(?)に手をかけると、何故か手が止まる。

俺の本能が危険を察知したのか、これ以上手が進まない。

開けてはいけない。

これは、さながらパンドラの箱だと。


「王様?」

「えっ!? あ、いや、今はお腹一杯だし、後で食べるからこのまま

 置いておくよ」


我ながら、ナイスな切り返し。

これならリーシェも仕方ないとあきらめて……。


「王様、もしかして食べたくないんですか?」

「えっ!? そ、そんな事ないよ! 食べたいけど、今はお腹が……」

「食べたく……ないんですね?」

「食べます。今すぐ食べさせていただきます」


確かに、リーシェが俺のために頑張って作ってくれたんだ。

これに応えないのは男としてどうか。

パンドラの箱にも最後には希望が詰まっていたといわれている。

これも同じく、希望が詰まっているにちがいない!

おれは意を決してラッピングを解いた。

するとそこには、可愛らしいハート型のチョコ……に真ん中から亀裂が。

色はつややかな黒、かと思いきや、奇を狙ってか『紫』

紫のチョコとは何事ですか? 

ほのかに刺激臭が……無論、香りは甘くない。

先程の甘いチョコレートの香りは何処に?


ひとかけらも希望が無さそうな物体が出てきた。

嫌な汗が滝のようにあふれ出す。

目の前には、今か、今かと俺が食うのを待ちわびているリーシェが。


「さぁ、王様。ガブッといっちゃってください」


わくわくと期待に満ちた目で俺を見る。

リーシェさん、ガブッと逝っちゃいますよ? 勿論俺が。

見るからにこれ毒だよね?


「リーシェ、一応聞いておくけど、味見した?」

「ハイ! 勿論です! ウィルにちゃんとしてもらいました」


……つまり、コレがウィルの言っていた「完全体」か。

成る程、的を射ている。

こんな恐ろしいものがこの世に存在していたとは。


「じゃあ、ぼかぁコレで帰るよ」


危機を感じてか、そそくさと帰ろうとするゼロ。

そうは行かない。

旅は道連れだからな。


「いや、ゼロもここで食っていけよ?」

「ぼ、ぼくもかい!? い、いや、ちょっと急いでいるから」

「何だ? リーシェのチョコが食べれないのか?」

「そ、そんなわけないどろ? ぼ、ぼくに限って」


あまりの恐怖からか、ろれつが回っていないゼロ。

自然と逃げられない状況に。

二人ともチョコを手に持ったまま微動だにせず。

その光景にやや怒っているリーシェ。

とりあえず、チョコ(らしき物体)を舐めてみた。

瞬間。


「ふ、フグォ!?」


体がしびれ、全身に鳥肌が一斉に立つ。

意識が飛んでいく。

あっ、死んだおじいちゃんが……。


「ま、魔王君! しっかりしろ!」


ゼロの声でハッとかろうじて意識を保つ。

舐めただけでこの威力。

これは新手の殺人兵器として使えるだろう。


「ぜ、ゼロ助かったよ」

「それほどの威力なのかい?」

「ああ、一瞬花畑が見えるぐらいな」


ぼそぼそと小さな声で話す俺達。


「王様、どうしたんですか?」

「い、いやぁ、やっぱり今日はちょっとやめとこうかな〜って」


いくらリーシェの願いでもこりゃマズイ。

味もさることながら、生命に関してもマズイ。

そんな事を考えていると、リーシェが僅かに涙目になっていた。


「ひ、酷いです。一生懸命作ったのに」


目から涙を流してしまったリーシェ。

そ、そうだよな、俺の為に作ってくれたんだ。

これで食べないのは失礼だ。

俺は、その顔を見て意を決した。


「いやぁ、今から食べるよ! ガブッと行くから見てて?」

「ほ、本当ですか? 王様?」

「勿論」

「ほ、本気かい!? 魔王君!?」


リーシェとゼロのテンションのギャップが激しすぎる。

コレをひとかじりするとどうなるか、結果は大体見えているが。


「じゃあ、いただきまーす!」


ガブッと勢い良く食べる。

その勢いで全て平らげる。

意外な事に、食べた瞬間は何も起こらなかった。

味は……まぁ、あれだけど。


「王様、どうでした?」

「いやぁ〜、とっても美味しかったよ」


と、話していると、突然寒気が。

成る程。あまりの激痛だと、後々痛みが出てくると聞いた事がある。

つまり、これもその類と同じって事ね。

全身から血の気が引いていく。

あっ、ヤバイなコレ。


「リーシェ、ちょっと出かけてくる」

「えっ? あ、ハイ」

「ゼロも来ないか? というより、きてくれないか?」

「わ、解った」


そうして、俺は広間を出た瞬間ぶっ倒れた。

原因は言うまでも無くあのパンドラの中身。

は、腹が……意識が朦朧としてきた。


「ま、魔王君しっかりしたまえ! 今霊柩車れいきゅうしゃを呼んで来る!」


いや、まず救急車を呼べって。

人を勝手に殺すな。


その後、病院に担ぎ込まれた俺は、1週間の入院を余儀なくされた。

原因は、『毒物摂取』と診断された。

普通のバレンタインが欲しいと切に願う俺だった。



 











 











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