第十六話「決行!N作戦(後編)
俺達は夜の山を越えようとしていた。
暗く視界も悪い上に、草木が遠慮なしに生えている。
これでは進むのも大変だ。
付け加えて、チビッ子悪魔の容赦ない罠がそこらじゅうに
仕掛けられてるときたから、さぁ大変だ。
無事にポイントに辿り着けるか? と言うより、無事に
生還できるのか? 俺達。
「魔王君! 何をボーっとしてるんだ!」
「動きが遅れとるぞ!」
「あ、ああ悪い」
身を低くして素早く走るゼロとモンタ議長。
どこでそんな特殊訓練受けてるんだよ……。
「ん?」
ゼロとモンタ議長があるポイントで固まる。
見てみると、なにやら地面にワイヤーらしきものが張られていた。
ウィルもまだまだ子供だな。
こんな分かりやすいトラップ仕掛けるなんて。
俺はひょいっと、そのワイヤーをくぐろうとしたら。
「馬鹿もん!」
「えっ!?」
イキナリ首根っこつかまれて引き戻される。
そして、モンタ議長に胸倉を掴まれ、凄い形相で。
「お主は何をしにここに来たんじゃ! のぞきにきたんじゃ
ないのか!? そんな軽はずみな行動をするんじゃない!
死にたいのか!」
などと、お叱りを受ける。
いや、真面目な顔してそんな事言われても。
「よく目を凝らして見よ!」
「えっ?」
モンタ議長が指差すところに、分かりやすいワイヤーのすぐ後ろに
極細のワイヤーが仕掛けられていた。
「二重トラップじゃよ、トラップを潜り抜けて安心したところに
本命のトラップでドン! 初歩中の初歩じゃ」
フフッと笑うモンタ議長。
というか、これでウィルの本気具合が分かったな。
今度からはウィルをのけ者にしないでおこうと心に誓うのであった。
それから、俺達は山の中腹に差し掛かる。
残り時間は30分。
数多の罠を潜り抜ける勇敢な戦士達。
「よし! このまま行けば間に合うよ!」
「本当か!? ゼロ!?」
「ああ、中々味のあるトラップばかりで少々手間取ったけど、
もう品切れかな?」
いや、今までのが凄かったからね。
赤外線センサーやら、落とし穴、果てには地雷なんか仕掛けられて
ましたから。
しかし、煩悩で最強の兵士に進化したアホ二人の前では
そんな凶悪な罠も霞んでしまう。
あれよあれよと、解除していくではないか。
「よし! このままいくぞい!」
「おおっ!」
ゴーゴー! と破竹の快進撃で突破していく。
だが、俺達の考えが非常に甘かった事を痛感する。
山の中腹を越えて、頂上に差し掛かった。
後は下れば終りなのだが、突然足を止めるゼロとモンタ議長。
「? どうしたんだゼロ?」
「……マズイね。どうやら、ウィル君を舐めていたようだ」
「そうじゃな」
額に汗を垂らして突然銃を構える二人。
なぜそんな行動をとったのかはすぐに分かった。
周りの草むらからうなり声が聞こえる。
「な、なんだこの声?」
「どうやら、魔獣の類だね。大体数は40体ほどだ。どうやら
ウィル君は実力行使も用意していたみたいだね」
「……ここはわしが引き受けよう」
「えっ!? モンタ議長?」
両手に銃を取り、どっしりと構えるモンタ議長。
「それだったら、俺が残った方が!」
「ワシは足がもう限界じゃ、それにお主たちには大事な使命が
のこっておるじゃろ」
ふっ、と僅かに笑みを見せるモンタ議長。
なんだ? この展開は。
「ゆけい! ワシの屍を超えて! そして見事に使命を全う
するのじゃ! のぞきという名の大事な使命を!」
「も、モンタ議長!」
「行くぞ魔王君! モンタ議長の死を無駄にするんじゃない!」
そして、草むらから一斉に飛び出てくる魔獣が!
……ん? あれ?
草むらから一斉に飛び出てきたのは紛れもない子猫。
ニャーニャーとモンタ議長に飛びかかっていく。
「なにをしとる! ワシがこの魔獣を引き付けてる間に
早くいけい!」
おい、それのどこが魔獣だよ。
ちょっと心配した俺が馬鹿だった。
「じゃあ、モンタ議長。その魔獣と適当にじゃれてて
くださいねぇ〜、後で助けにきますから」
あ〜あと、ガッカリしながら山を下る俺達。
残り15分。時間がない。
「どこが魔獣なんだよゼロ」
「君は分かってないな、あのかわいい子猫を君は殺せるかい?」
「うっ……で、出来ない!」
「そう、可愛さこそが武器! あっちは一方的に僕達を切り刻んでくる。
僕達はそれに耐えるしかないんだ。まさに、魔獣じゃないか」
くっ、不覚だった。
確かにあの可愛さは魔獣の類に匹敵する。
俺ならつい撫でてしまったり、遊んでしまう。
恐るべし! ウィルの策略。
もうまもなく、夢の楽園ポイントに到達する。
罠も全てかいくぐったみたいだ。
浮かれ気分でいた俺達に、ウィルの最後の罠が待っていた。
「おいおい、これは無しだろ?」
「あちゃ〜、ウィル君容赦無しだね」
俺達はそれを見て呆然。
目の前に10mほどの竜が存在していたのだから。
鋭い牙と目、赤い鱗がビッシリと生えている。
時折鳴くうなり声は、目の前の俺達を震え上がらせるのには充分な
迫力だった。
その結果。
「無理無理、ゼロ、帰るぞ。こんな超生物勝てないって」
さすがに諦めました。
踵を返して帰ろうとしたとき、ゼロは俺に何かを投げてきた。
それを慌ててキャッチする。
「こ、これは!? 今ヨツハシカメラで売っている最新型のハンディカメラ!
ズーム10段階可能、手ぶれ無し、従来の3倍の画質(当社比)を誇ると
いわれる優れものじゃないか!?」
「魔王君、ここは僕に任せたまえ」
「ぜ……ゼロ!」
「行くんだ! そして、僕の代わりにそのビデオカメラに必ず
画像を納めてくるんだ!」
ゼロの決心は固かった。
いくら煩悩によって最強の兵士と化したゼロでも、
竜を相手には勝てまい。
ゼロの背中が語っていた。
『時間稼ぎぐらいならできる。だから、君に全てを託す』と。
「ゼロ、本当にいいのか?」
「ああ」
「……良かったら、ダビングしてもらっていいか?」
「勿論だとも」
ゼロは刀を取り出し、竜と対峙していた。
一瞬の隙を突いて、俺は竜の裏へと回る。
「さぁ! 行くんだ魔王君!」
「ああ! さよならは言わないぜ、ゼロ!」
「無論だ。ぼかぁ、こんなところで死ぬわけにはいかないからね!」
アチョーと、竜との戦いの火蓋が切って落とされた。
俺はゼロの方を振り返らずにただひたすら走った。
残り時間は後5分!
俺は懸命に走った。
今までの犠牲を無駄にしない為にも!
そして、ついにあの草むらの向こうが念願のポイント地点!
俺は一気に駆け抜けた。
「ゴール!」
肩で息をしながら、録画の準備に取り掛かる。
待ってろ、皆の犠牲を無駄に……ん?
隣から何やら拍手が聞こえてくる。
おかしいな? ここには俺しか居ないはずなんだが。
横を向くと。
「り……りーしぇ?」
凄い笑みを浮かべて、俺に拍手を送っていた。
「ど、どうしてここに?」
「愚問ですね、裏から凄い音が響いているのに温泉に入る人は
いません。私はここで調査をしていたら突然王様がゴールとか
いいながら駆け抜けてきたんじゃないですか」
リーシェの顔が段々変化してきた。
仏のような顔から、ギロリとすごむお兄さん顔に。
目からビームでも出るんじゃないか? と思わせる眼力。
「一応聞いておきますけど、ここに何をしにきたのですか?」
「あっ、いや〜ちょっとランニングをね、最近運動不足で」
「その格好でですか?」
「えっ?」
リーシェに言われて自分の格好を見る。
迷彩服に首から双眼鏡、片手にハンディカメラ。
うん、弁明の余地なし。
自分の嘘の下手さには参りましたな〜ハハハ。
「あ、あの、りーしぇ話せば分かる」
「話す事はありません。素直に自分の罪を清算するべきですね」
リーシェから何か凄まじい殺気を感じる。
先ほどの竜が、かわいいぐらい。
最後にして最大の恐怖が俺に襲い掛かった。
「王様のーーーーーバカーーーー!」
鋭いアッパーが俺の顎を的確にヒット。
場外ホームランならぬ、場外アッパー。
その後、俺達三人はコテンパンにリーシェに絞られました。