第十三話「解放」
あれ以来、ウィルとは出会わなかった。
ウィルは本当に大晦日の日まで姿を現さないのだろう。
俺に与えられた選択肢は二つ。
俺が残ってこの世界を救うか。
俺が帰ってこの世界は消えるか。
微かに、もしかしたらウィルはそんな事しないのではと
期待を抱いてしまう。
だが、もし本当なら取り返しのつかないことになる。
なにより、あの時の目と笑みを思い出せばそんな期待も消えていく。
大局で事を見ればどちらを選ぶべきかは火を見るより明らか。
それでウィルもこの世界も万々歳。
しかし、向こうの世界で俺を待っている両親や友達はどうなる?
きっと今も心配しているに……うーん、心配してるか?
いや、きっとしてるに違いない!
もしかしたら、ほのかに俺に恋心を抱いている女性も居るはず!
そして、俺がいない事に今も悲しがっているはずだ!
よーしいいぞ、俺の都合の良い思考回路。
こうでも思わないと自分が挫けそうだ!
「王様? 何一人でブツブツ言ってるんですか?」
「うわぁ!? り、リーシェ何時の間に?」
「さっきからいますけど?」
「き、聞こえてた?」
「いえ、何を言ってるのかはわかりませんでしたけど」
その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす。
リーシェは俺の仕草に不思議そうに首をかしげていた。
今日は12月30日。
ウィルの言っていた日まで後1日。
時間が無いというのにもかかわらず、まだな〜んにも決めていなかった。
人生最大にして最悪の選択に俺の頭はオーバーヒート寸前。
「王様、顔が青ざめていますけど?」
「あっ、気にしないで。大丈夫だから」
「何言ってるんですか、王様の体調が悪いのに気にしない訳
無いじゃないですか!」
リーシェは俺の方をまじまじと見つめる。
その表情は真剣そのものだ。
これほど心配してくれる人が隣にいる事は大変嬉しい事だ。
リーシェの心配に俺の心も多少安らぐ。
「だって、今日は庭掃除、廊下磨きの当番は王様なんですよ?」
……そっちの心配か。
俺は掃除道具一式を持って渋々廊下に出る事にした。
まぁ、体を動かせば何かいい考えでも思いつくだろう。
--3時間後。
全く思いつかなかった。
結果、鏡のように光る廊下と落ち葉一つ落ちていない庭が出来ただけだ。
結局時間を浪費するだけになってしまった。
まぁ、喜んでいる方が一名存在しますがね。
「さすが王様ですね! プロ並みじゃないですか」
そんな事言われてもあんまり嬉しくないやい。
しかし、喜んでいる顔を見ると掃除をした甲斐があったものだ。
……ハッ! 一瞬この世界に居ても良いかな〜などと思ってしまった。
俺は王座に再び座って考える。
結局3時間前と同じだ。
ウィルもこの世界も救う方法は無いものだろうか?
「王様、どうぞ」
リーシェは金の装飾が施されたティーカップを盆に乗せて
持ってきてくれた。
ティーカップには澄んだ紅い色の紅茶が入っていた。
気持ちを落ち着かせる良い香りが辺りに漂う。
俺はそれをありがたく受け取る。
「なぁ、リーシェ」
「はい? 何ですか?」
「もし、もしもの話なんだけど、世界を取るか恋人を取るか
尋ねられたらどうする?」
「えっ……」
俺の言葉にリーシェは何故か俺の顔を見つめる。
ん? 確かに変な質問だと我ながら思ったが、これは
大事な事なんだよ、リーシェ。
「そ、そうですね私なら」
「私なら?」
「……ど、どっちも選びます!」
いや、それは無理なんだけど。
リーシェの顔がほのかに赤く染まっていた。
「リーシェ、それは無理なんだよ」
「だ、大丈夫です! 何とかできるんです」
うん、そうだ! できるんだ!
などと何回も自分に言い聞かせるリーシェ。
「王様はどうするんですか?」
「えっ?」
「私と世界どっちを取るかって言われたらどっち取りますか?」
思いもよらないリーシェの反撃。
今そういう類で俺は迷っているのにリーシェが知る由もない。
こういう場合、やはり世界なのだろうか?
しかし、ここで世界と言ったら俺の無残な屍が出来かねない。
「でも、王様の事ですからやっぱり両方ですよね?」
「えっ?」
「だって、魔王様なんですよ? 欲張りじゃないと」
魔王だから欲張りなんていうのは通用するのか?
俺は笑い飛ばそうとした時。
あれ? でも待てよ?
何かが思いつきそうだ。
俺は必死に記憶を手繰り寄せる。
すると、一つの可能性が思いついた。
「そうか」
「? 王様」
「うん、いけるかもしれない」
「オーイ、王様?」
「ありがとう! リーシェ」
「えっ?」
「もしかしたら上手くいくかもしれない!」
リーシェは訳がわからないといった様子。
だが、それでいい。
明日にはその結果が分かるのだから。
--早朝4時。
12月31日になった。
いまだ陽が昇らぬ暗い外へと足を運ぶ。
ウィルはアリシュレードの人がいれば姿を現すことができない。
俺一人でなければならない。
外に出ると、肌に刺すような寒さが俺に襲い掛かる。
吐く息は白く、指は思うように動かない。
「ウィル! 出てきてくれ!」
日が経ったとはいえ、外は真っ暗闇。
俺はまだ月日が経ったとは見なされてないのか些か不安に駆られた。
だが、そんな不安もすぐに消えることになる。
微かに暗闇から歩く音が聞こえてくる。
ゆっくりと俺のほうに近づいてくる。
そして、天使とも悪魔ともとれる子供は現れた。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ウィル」
「意外と早かったね? てっきり夜まで待たされるかと
思ってたんだけどな」
ニコニコと笑いながら俺に話しかけるウィル。
早く決まったのが嬉しいのだろうか?
「まぁ、結論は聞くまでも無いかも」
「なんでだ?」
「だって、お兄ちゃんの性格考えたらこの世界を
放ってけるわけないもの」
成る程。
だが、俺の答えはその期待にご期待できない。
「ウィル、すまない」
にこやかな顔が一転、不機嫌そうな一文字口になる。
俺の方をジト目で見つめる。
「お兄ちゃん、冗談はやめてよ?」
「ウィル、冗談なんかじゃないんだ」
ウィルは俺の言葉を聞いて目を丸くする。
その声からは一抹の迷いも無い事が分かったからだろう。
途端、ウィルは泣き出した。
「なんで! なんでだよお兄ちゃん!」
「ウィル、お前はそんな脅しをするような子じゃないだろ?
もっと素直で元気だったじゃないか」
「それはお兄ちゃんがいるからだよ!」
大粒の涙がウィルの頬を伝う。
気持ちは分からなくも無い。
3万年も一人ぼっちになれば気が狂ってもおかしくない。
だからと言って、俺がここにいれば大丈夫と言うわけでもない。
俺には寿命が有るし、帰る場所もある。
ウィルは俺のほうをキッと睨みつけた後行動にでた。
「いいよ、お兄ちゃんがそういうなら前に言ってた事を
行動に移すもん!」
「ウィルどうする気だ?」
「簡単だよ、この世界の山全部噴火でもさせれば一瞬だよ
半日もあれば消えるんじゃないかな?」
ウィルの体から光が溢れる。
瞬間、地鳴りが鳴り響く。
「ウィル! よせ!」
「もう遅いよ、やるといったらやるんだから」
べーっと舌を出すウィル。
これ以上は子供でも容赦は出来ない。
俺は考えを実行にうつす事にした。
「ウィル! コレを見ろ」
「?」
俺は右腕に付けられている魔王の証といわれるリングを見せる。
もし、俺が本当に魔王になっているのであれば!
「それがどうしたの?」
「俺は魔王! 魔王「鈴木 修」だ!
魔王の名において命ずる、いますぐその行いをやめるんだ!」
魔王の命令は絶対服従。
かって、魔王ルシフェルの言う事を3万年も守り通したウィル。
同じ魔王として見られているのであれば可能の筈だが!?
その時、地鳴りが一段と大きくなった。
やはり……だめか?
「……あれ?」
それはウィルから発せられた声だった。
えい! と掛け声が響くが何も起こらない。
ウィル自身何が起こっているのかわかっていないようだ。
俺は作戦が成功した事に思わずガッツポーズをした。
「ウィル」
「お、お兄ちゃん? い、いやその」
ウィルは後ろにたじろぐ。
俺はずんずんとウィルのほうに近づいていく。
気迫に押されてか、ウィルはこけてしまう。
怯えるウサギのようにその場でウィルは震えている。
自分でもとんでもない事をしたのは承知しているのだろう。
そして、それ相応の罰が待っていることも。
「ウィル、魔王の名において命ずる」
「ひっ!」
俺はウィルに向かって手の平を向ける。
「今、この時より、『アリシュレードの者と関わる事を許す
そして、調整者としての任を解くことにする』」
「……えっ?」
キョトンとした表情で俺の顔を見る。
そして、俺の言った意味が分かったのか、依然と変わらぬ
笑顔を見せてくれた。
俺はウィルの手を引っ張ってを起こすと、そのまま抱きしめる。
「よく、長い間がんばったな。辛かっただろ……」
ウィルの頭を撫でてやる。
すると、緊張の糸が切れたのか大きな声で泣き出した。
俺に思いっきりしがみつくウィル。
もしかしたら、この世界に俺が呼ばれた理由はコレだったのかもしれない。
この子を地獄の檻から解き放つ為に。
俺はウィルを肩車すると。
「よし、外は寒いから中に入るか」
俺は城へと歩いていく。
そこに、さっきの地震で目を覚ましたと思われる
リーシェが出てきた。
「王様大丈夫ですか? あれ? その子どうしたんですか」
ウィルは酷くおびえるような仕草を取る。
自分の姿が俺以外に見えてるのにビックリしてるんだろう。
「すまないリーシェ、この子を城で保護できないか?
いままで一人ぼっちだったんだ」
「えっ? 私は構いませんよ?」
「だって、ウィル」
恥ずかしそうに頷くウィル。
リーシェがウィルの近くに寄ると。
「初めまして、私はリーシェルトルード・パトリオット・ディス・パール・デモント
アルモーディスって言うの」
「は、初めましてリーシェルトルード・パトリオット・ディス・パール・デモント
アルモーディスお姉ちゃん、僕はウィルって言います」
うおっ!? 一言で覚えれるのか?
その言葉にリーシェもビックリ顔だ。
「ヨロシクね、ウィル君」
「う……うん」
これなら上手くやっていけそうだ。
そして朝日が昇る。
ウィルのこれからを祝福するかのように。