第十話「今日は何の日?」
「王様! 準備はいいですか!?」
「……えっ?」
突然俺が台所で飯を一人寂しく作っていると、何やら甲冑に
身を包んだリーシェが現れた。
「……まぁ、食べる準備はできてるけど」
「違いますよ王様! そんなのどうでもいいですから、広間に来てください!」
「あっ! り、リーシェ痛い!」
有無を言わさずリーシェは俺の袖を引っ張る。
俺の飯がどうでもいいとは酷い……。
広間に連れて来られると、王座に座らされる。
そして、リーシェが目の前で腕を組んで俺を睨む。
「王様、今日は何の日ですか?」
「えっ? や、休み?」
「それもあります」
「じゃあ、やっぱり勉強?」
「何を言ってるんですか、今日は『勇者の日』ですよ!」
……はい?
俺は一瞬思考が止まってしまった。
勇者……? いやいや、そんなの知らない。
「リーシェ、勇者の日って何?」
「えっ!? 知らないんですか!?」
「いや、初耳だけど……」
リーシェは一回ため息をつくと、腕を背中に組んで広間を歩き出した。
「いいですか王様、この日になると魔王を倒しに勇者が来るんです」
「えっ? なんで今日だけ?」
「それはやっぱり暇だからじゃないでしょうか?」
とんでもない理由だ。
暇だから殺しに行くか! なんて理由あっていいのか!?
「だから、こうして私と魔王城のしもべが王様を守るために
戦う準備をしてるんです!」
あー……だから今日の飯当番居なかった訳ね。
その時、突然電話の音のような物が広間に響く。
天井のモニターが俺達の前に下りてくる。
そして、一匹の猫の姿をした使い魔の姿が映し出される。
「どうしたの!? ニコル曹長!」
「リーシェ隊長、現在屋敷上空に正体不明の物体が近づいてきますニャ」
「正面モニター出せる?」
うわ、なんかドキドキしてきた。
こう、緊迫感が伝わってくる。
しかし、何時こんな訓練してたんだ? リーシェ達は?
そして別のモニターが出てくる。
モニターの画面には何やらヘリのようなものが近づいてきているのが分かる。
「あっ! あれは」
「どうした? リーシェ?」
「いえ、あれはゼロの私用ヘリですね」
「えっ? ゼロ?」
むむむ……セキュリティを強化しても屋敷に潜入してくる理由はコレか。
確かに空から来るのは盲点だったな。
「ゼロなら別に構いませんね……」
ほっとするリーシェ。
しかし、このままあっさり来られるのも……そうだ!
「リーシェ、あれはゼロじゃない……!」
「えっ!? ど、どうしてですか?」
「考えてみてくれリーシェ、普通に入り口から入ってくればいいのに
なんでわざわざヘリを使う必要があるんだ?」
「! な、なるほど! さすがです王様!」
「ああ、だからあれはゼロと偽った勇者なんだ!」
無論、そんな訳は絶対無い。
ゼロは何時も自分をアピールしたいはずだからこっそり潜入して
俺達をビックリするような登場がしたいはず。
リーシェは猫の使い魔に命令をする。
「ニコル、屋敷上空のヘリに向けてこれより地対空魔法を発射。そして、
第1小隊から第3小隊が屋根裏で待機。もし、パイロットが生存していた
場合、捕獲。抵抗すれば抹殺も許可します」
「了解ですにゃ!」
……まずい、面白くなってきた。
さて、ゼロの奴どうするんだろ?
複雑な気持ちでゼロの乗っているヘリが映っているモニターを見る。
『第一小隊から第三小隊、配置つきました』
「よし! ニコル曹長! 全砲門発射!」
「ラジャー、あっ、ぽちっとにゃ」
リーシェの命令の後、屋敷の周りから凄まじい轟音が鳴り響く。
モニターを見ていると、ヘリに向けて隙間の無い光が襲い掛かる。
……あれは死んだな。
俺はモニターに向かって合掌した。南無。
しかし、ヘリから飛び降りて屋根に着陸する影が確認される。
「第一小隊は屋根の後方、第二、第三小隊は前方から挟み撃ち!」
『了解!』
リーシェの指示でゼロを包囲する。なんと修練された動き。
そして、ゼロはあっさり確保された。
『こ、これは何のドッキリだい!? ぼ、ぼかぁは死ぬところだったんだよ!?』
モニター越しにガタガタ震えているゼロが見て取れる。
うーん……ちょっとやり過ぎたか。
『リーシェ隊長、誰かが屋敷に近づいてきますにゃ!』
「モニター出して!」
すると、そこにはモンタ議長の姿があった。
なにやら紙包みを持ってこっちに向かっている。
「あっ、あれって『ロッテ』の苺マフィンじゃないですか!」
リーシェが嬉しそうな顔をする。
モンタ議長もなかなか気が利いてますね。
すると、モニターからモンタ議長の声が聞こえてくる。
『ほっほっほ、リーシェの奴は苺マフィンが好きと言っておったからな。
これは密かにワシら男だけで食べるとするかのぅ。リーシェの奴は
最近、本当に太ってきておるみたいじゃからのぅ。ホッホッホ』
おやおや、誰も居ないからと言って独り言が大きいモンタ議長。
口は災いの元と言いますよ?
そして、その災いは隣のお方からモンタ議長に対して降り注ぐでしょう!!
「全軍、正面玄関から入ってくる勇者を攻撃……」
「えっ? でもリーシェ、あれはモンタ……」
「あれは勇者ですよね? 王様?」
「は、はい! おっしゃる通りです!」
まぁ、リーシェに対して、あんな発言できた時点で勇者であろう。
しかし、当の本人は知らないのである。
「後、勇者の持ってる紙包みは必ず確保。危ないかも知れないから
私のところまで持ってきて! 絶対よ!」
「…………」
そして、モンタ議長が正面玄関に到着した瞬間。
四方八方からリーシェの特殊部隊がモンタ議長を拘束する。
『な、なんじゃこれはー!? な、何をするか! ああ!?
わ、わしの苺マフィンがー!』
問答無用で苺マフィンを奪われるモンタ議長。
そして、追い返される勇者ことモンタ議長。
「ねぇ、リーシェ」
「はえ? にゃんですか?」
「ま、まぁ取りあえず口の中のマフィン食べて」
「んぐ……。はい? なんですか王様?」
「……勇者こないね?」
「……そ、そうですね」
ゼロとモンタ議長がこっぴどくやられて3時間ほど経過した。
しかし、問題の勇者が全く現れない。
「ど、どうしたんでしょうね?」
「んー……もしかして、もしかするとだよ?」
「はい、なんですか王様?」
「勇者も暇じゃなくなったとか?」
「……ま、まさか〜」
すると、一人の猫の姿をした使い魔が一通の手紙を持ってやってくる。
「リーシェ隊長〜、お手紙です」
「送り主は……勇者!?」
「えっ? どれどれ?」
そうして、俺達は手紙の封を開けると。
『こんにちは憎き魔王、今日はそっちに行く予定だったけど、
友人の結婚式のスピーチを頼まれました。
結構悩んだんだけど、結婚式の方に行くことにしました。
だから今日は行きません。また後日伺うことにします。
では。 勇者より』
……俺を退治するのと、友人の結婚式が同じレベルな訳ね。
この文からして、この人俺を憎んでないよね?
「お、王様どうしましょう?」
「まぁ、これないんだから仕方ないよ」
「はぁ……」
「どうしたの?」
「いえ、何か一気に力が抜けてしまって……」
でも良かった。やっぱり、闘わないのが一番だよ。
そう思いながら、俺はゼロやモンタ議長の心配をしていたのだった。
あれは……結構トラウマになるよな。うん。