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序 仮面と仮面

──ダークワンって知ってる?

 他愛もない会話の一節が、無意味に頭の中を反響する。

──正体不明の黒い怪人、だから黒いモノ(ダークワン)。首から上は人間じゃないんだって。

 噂好きの友達が口にした都市伝説のひとつ……だと、今の今までは思っていた。


 距離にして数メートル。

 人の形がひとつ、行く手をふさぐように立っている。

 黒い体には肘から先と膝から先がなく、うっすらと夜の闇を透かす金色の炎が四肢の形で吹き出している。腰の辺りからも同様の金色の炎が、獣の尻尾にしか見えない造作で揺らめいている。

 信じられないことだが、炎そのものでできた脚で体を支え、確かに立っているのだ。

 肩と肩との間には首がなく、代わりに金色の炎が吹き上がっていて、黒く硬質なイヌ科……狼のような仮面が、何の支えもなく顔の位置にある。

 炎を素通しにするがらんどうの目から、感情を読み取ることはできない。

 暗がりにいる存在の輪郭がこうも詳しく判るのは、言うまでもなく炎で出来て(もえて)いるからだ。


 ダークワンの仮面が動いた気がしたかと思うと、その体がわずかに沈む。

 跳びかかってくるのだ、きっと。

 総毛立つ、という言葉の意味を、思い知った気がする。自分は食われる側……弱い生き物なのだ。現実味も生き物らしさも薄いけれど、これは確かに恐ろしいモノ。人の勝てないモノ。

 できることがあるわけでもなく、私はバカみたいにぼうっと目の前を見ている。鼻先に大きく開く、ご丁寧に牙まで作り込まれた仮面を前に、明日の昼には何を食べようか、と本当にどうでもいいことが頭をよぎった。

 激突音。一拍遅れて風。

 背中に気付いた。

 黒い背中。鎧のような硬い質感の肩の辺りからは金色の、薄い一対の(はね)が下向きに生えている。その後頭部は金色の炎。裏側をこちらにさらしている黒い仮面からは一対の長い触角がこちらへしなるように伸びている。まるで等身大の飛蝗(バッタ)だ。

 別のダークワン。

 その背中越しに、さっきのダークワンが膝立ちで身構えているのが見えた。

 飛蝗のダークワンが踏み込み、狼のダークワンが一瞬前までいた場所を蹴る。粉砕されたアスファルトと土砂が弾け飛び、真上に跳んで難を逃れていた狼が牙を──むかず口を閉じて真上を向く。狼の顎をかすめて、飛蝗の膝蹴りが通過して行ったのだ。あのまま咬みつこうとしていたら、狼は顎を丸ごと破壊されていたに違いない。

 互いに空中で体をひねり、向かい合ったままダークワン同士が着地する。

 冗談のような威力の蹴りを連続で繰り出す飛蝗。流れるような攻撃を瞬時に悟りかわしてのける狼。そして彼らの四肢を形作り砂利を踏みにじる「固い」炎。

 まっとうな人間の知らない世界が、当たり前のような顔で居座っていた。

 じり、と半歩、狼が後ずさる。飛蝗は腰を落として身構えたまま、それには反応しない。

 束の間にらみ合い、狼は後方に大きく跳んだ。そのまま飛蝗に背を向け、闇の中に後ろ姿が消える。

 警戒を解いたのか、飛蝗がゆっくりと直立する。それでも、こちらに背を向けたまま振り返る様子はない。

「助けて……くれたの?」

 微かに、飛蝗のダークワンはこちらへ首をひねった。普通の人間なら、振り返っていることにもならないほど小さな動き。けれど、それでちらりと見えたのは、ドクロに似た飛蝗の仮面の……蜂の巣状に素通しになった複眼の端。それだけで私のことは見えているのかも知れない。

 飛蝗のダークワンは何も言わない。そして再び正面を向くと、大きく真上に跳び上がった。

 急な動きに目が追いつかず、見上げたときにはもう、視界からその姿はなくなっていた。

 思わず、その場にへたり込む。

「何なの……?」

 都市伝説だと思っていたものが、目の前に現れ、あげく襲われ、助けられた。緊張感と、急展開。無意識ながらこの心労、初めて臨んだ就職活動の面接なんて比較にもならない。

「ダークワンって、何なの……?」

 今度、友達にもう少し訊いておこう、と思った。

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