第1騎 人間と流騎玩具
西暦2035年。世界はデジタル社会となり、新たな発明により電気による使い勝手は増した。
それはおもちゃの肥大化もそう。
十数年前の時代より加速した玩具ブーム。
ゲームより手にして戦わせたり世話の疑似体験をしたり作ったり、そんな世代なのだ。
「……ここを、こうしてっと」
そんな世の中、僕は自分で玩具……おもちゃを自作するようになった。
「……出来た!」
最後に外付けサブバッテリーをセットして、完了っと。
「これでNo.308、簡単ハッキングくんの完成ー」
「おめでとうございます!マスター!」
「あぁ、さんきゅ。シキ」
僅か18センチ弱の女の子が一声掛けてくれた。
名前はシキ。僕が自作したアンドロイドだ。アンドロイドとしての種別の名前は流騎玩具と言う。
自分でもちょっと微妙な名前だが、それは子供だった自分が付けたから仕方ないと思っている。
それと、名前を変えるのはめんどくさい。
「ま、ハッキングって言っても、使う機会はないと思うけど。ハッキングとか犯罪だし」
「それはそれ、これはこれですよ!発明こそ最大の波風っ、マスターはすごいです!」
「そんなことないと思うけど」
ちょっとした工夫をすれば誰でも機械など操れる時代だ。
こんなの珍しくもないと思うけど。
「それより、アオイとルカは?」
「あの二人はー……その」
「また喧嘩?」
「……はい。電想世界で現在進行中で喧嘩しています。相違の見解だとかで」
電想世界。それは流騎玩具だけが入れる電気の粒子で作り出されたフィールドだ。
「どうせまたくだらない理由だろう。ま、放っておこう」
「え……いいんですか?」
「あぁ。たまには暴れさせておくのもいいかなってね。僕的には喧嘩は見過ごせないけど、今回は特別に保留にしとく」
「……マスター」
「その代わり、一緒にどこかに行くか」
「……マスター!」
「シキもたまには気分転換に外の世界見てみたいだろ?」
「はい!」
「あ、でも。僕がいなくてもどうせ空飛べるし、あまり意味ないか?」
「そんなことありません!マスターと一緒なら、どこなりともお供します!」
「そっか。じゃあ行こっか。準備するから待ってて」
「はい!」
流騎玩具とは所謂電池で起動する人形である。
プラモのように身体の各部位のパーツを組み立てて、塗装で色付け、武器や服装を添えれば完成である。
出来たのは今から5年前、僕がまだ小学生の頃だ。
機械いじりが好きな少年が作ったただの思い付き。
最初はそれだけだった。けど、まだ幼かった僕はそれを世間に発表してしまった。大人という媒介を使って。
流騎玩具はたちまち好評、売れ行きは類を見ない程に伸びた。
今や誰もが持てる手軽な自動人形となっている。
大人から子供まで、誰もが所有することができる。
最初は嬉しかった。自分が作って、仕上げた物が世間で騒がれて身近のものになってゆくのが。みんなが持つようになって、誰もが触れるのことに出来る代物となったことが。
だけど、それは逆に取れば、もはや僕だけの物では無くなっていた。
誰もが手にし、気軽に遊び、たくさんの夢と、希望と、補助をする期待出来る玩具となった。
もう、自分一人の物ではない。
それに対して僕はもう疲れた。
大人達に即興で作った設計図を売り渡し、裏の研究員として世間に売り出すのを手伝っていたが、僕は止めた。
お金がほしかったから作ったんじゃない。憧れを手にしたかったから僕は作ったのだ。
それをおもちゃだからと、世間は軽く見て、遊びが為に売買を行う。
それを見るのは、もう苦痛だ。
「……大丈夫ですか?マスター」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
心配そうな顔をするシキ。
オリジナルはこいつ含め三体。
世話係兼対話用のシキ。
愛玩用兼番犬のアオイ。
戦闘用兼秘書のルカ。
この三体だ。
本来、流騎玩具は特殊なコアを必要とするが、それはオリジナルだけの必需品だ。
劣化の大量生産には必要としない。
世間に出された物と僕の所有する三体の違う所はそこだけだ。
「そうだ、ホビーショップ寄っていい?ちょっと見たい物があるんだ」
「はい。マスターの行く所ならどこまでも」
肩に乗る18センチ弱の女の子は嬉しいことを言ってくれる。
ホビー村井。そこが僕が向かうホビーショップだ。全国からマニア向けのマイナーな部品を置いている小さな良品店だ。
「……えっと」
探し物。それは探すとすぐ見付かった。
「これはなんです?」
「ん、これか?」
手に取って見せてやる。
「チップだね」
「チップですか?」
「そう。それも10年以上前に流行ったものだ」
「そんなに前なんですか?」
「うん。容量が大きいクセに使い勝手が良くて、ゲームとかのチートコードが組まれるのが普通だったんだ」
「なぜそんなものがここに?」
「あぁ、これはその流行った年に廃止になったんだ。理由は簡単」
「?」
首を傾げるシキ。
「チートが一般化されるのを大人が拒んだから」
「……ふむ。なるほど」
考える仕草をしたあと、ぽんっと手のひらを叩く。
「僕的にはこれは改良用だな」
「システムの改変を行う為の専用チップと言うことですね?」
「正解。さすがシキ」
「はいです!マスターに褒めていただき光栄です♪」
喜ぶシキを尻目に数枚手に取って会計に向かう。
「アカネさん、これよろしく」
「あいよ。まいどありー」
かったるそうに接待をして二十代半ばのアカネさんは煙草を吸う。
「僕未成年なんですけど」
「だから何さ。ここはあたしの店だ。あたしが何しようと関係ないさね」
いつも通りの自分ルールだ。
この人はいつも適当なんだよな。
「……お前」
「はい?」
けほっ、けほっ。とシキは噎せている。
「これ、使わないか?」
「これは?」
アカネさんは手のひらサイズの箱を取り出した。
「物置整理してたら出て来たんだ。たぶん、何かのパーツだと思う。けどあたしはたった一つしかないのをおいそれと店内に置くことはしない。結果、誰かに売り付けることになる」
「それが僕と?」
「そうだ。文句あっか」
「いえ」
アカネさんとは幼少の頃からの付き合いだ。
そこら辺はよくわかっているだろう。
「なら買い取ります。幾らですか?」
「あぁ、こんくらいか?」
古めかしい電卓で額を示す。
「……えっと、これ、マジですか?」
「あったりめぇだよおめぇ」
なんか0の数が異様に多いんですけど。
「……これ、学生の買える額じゃないですよね」
「おめぇ、学生じゃないだろ」
「一応高校生やってます」
「そうだったか?」
知れよ!ちょっとした顔なじみだろが!
「あたし最近物忘れ激しくてさ」
老婆かよ!
「それで、買うの?てか買え」
「……命令形」
シキですら呆れて苦笑している。
「わかりましたよ。買えばいいんですよね」
「あぁ。お前さんが物分かりがよくてねぇさん助かるわ」
「これ、僕じゃなければ普通は手ぇ出せる金額じゃないですよ?」
「だからこその金額じゃねぇか」
ですよねー。
「まぁ、パチモンでもこの金額だけど」
鬼だろあんた!
「へぇい。丁度いただきやしたー。まいどあり~」
相変わらずかったるそうな声してんな。
それでも店員か!
「店員だな。跡継ぎの」
しかも心読まれた!
「………はぁ」
店を出て、溜め息を吐く。
「マスター」
「……ん?」
「ドンマイです」
「……おー」
今はシキの励ましが心に染みた。
そして帰るとアオイとルカはボロボロになって倒れていた。