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8.遭遇しちゃった★

「早々に片をつける。きつめのいくから、呪いを始めたら引け」


 巻き込まれたところでカーンに問題がないことはわかってるが、万が一にもカーンに何かあっても面倒だと、声をかけた。

 心の隅のところで、カーンの性格がアレなのは精神が負に傾いているからで、呪いで傾きを直せばまっとうな性格になるんじゃないかと……少し思ってしまった。だから巻き込んでしまえと。

 尤も、カーンが嫌味のひとつも言わない紳士になったら、それはそれで不気味だろうが。


 徐々に近付いてくる声の主たちが俺が片をつけるよりも早かった場合を考え、背嚢から外套を取り出して被る。顔の輪郭すらわからないように、しっかりと。

 それから一緒に取り出していた道具を腕に嵌め、小振りの輝石がはまった短刀を手に獣魔族に近付こうとして――対峙しているカーンの格好に気付いた。


「……カーン、その格好をなんとかしろ。

 身元も素性も、暴いてくださいと言ってるようなもんだぞ?」


 ユーニスとこのおじさんに聞いたり、旅の詩人に聞いたりしたのだが、カーンは実は結構有名らしい。ものっそい、有名らしい。一部では、遭ったら生きて帰れないとまで。

 そんなカーンを見られるのは、都合が悪い。

 ユーニスのことだ、台所に現れる黒い昆虫や食糧庫に現れる鼠を見つけたかのように、剣を構えて始末にかかることだろう。


「仕方ありませんねぇ」


 手にしていた剣を大きく振り上げ獣魔族を強く弾き飛ばして間をとったかと思えば、踊りの一場面のように優雅に一回転。次の瞬間には俺同様にすっぽりと全身を被う外套を纏った姿のカーンがいた。

 ただし、俺が着ているような粗末などこにでもある旅装束のそれではなく、同じ旅装束でも明らかに仕様の違う高級そうなそれだ。

 まったく、いらんところで拘るやつだ。


 俺は深く息を吸うと、トウヲの枝代わりに使う短刀を振り上げた。それと同時に、腕に嵌めた道具が揺れてぶつかって音を立てる。

 ルーリェが居たなら、鈴鐘の薬師だとでも言うだろう。そんな感じだ。

 残念ながら俺はその鈴鐘の薬師じゃないし、その人と会ったことはない。だけど、実を言えば知ってはいる。それを話すつもりはないが。


 世界に助力を請う。心の天秤の傾きを、正すように。

 世界に安寧を願う。その御霊が、安らかに還れるように。


 そんな思いを込めながら、歌……というより、うたを口ずさむ。音痴ではないが決して上手いと言えない――この辺りも、鈴鐘の薬師に似ているだろうか。

 運痴なうえに音痴でなくてよかったと、これをする度に実感する。


 どうやら俺の予感はあたったらしく、逃げるに逃げられない状況のここに、ユーニスたちの足音が背後に聞こえた。

 後は仕上げを残すだけだというのに。思わずついた悪態は、心の底に押し込める。


 再び俺が短刀を振り上げる動作で道具のぶつかる音が響くと、カーンは心得ているのか、三度剣を大きく振るい獣魔族にたたらを踏ませると背後に周り俺に向けて押しやった。

 理解出来ないままに目を見開き俺に圧し掛かるように倒れてくる獣魔族に、俺は構えた短刀を胸にある模様に突き立てた。

 ――還れ、あるべき姿に。

 そんな小さな呟きと一緒に。




     *




 崩れるという表現が正しいだろうか。獣魔族は俺に圧し掛かることなく、小さな塵となって消えていく。残される拳大ほどの鈍く光る赤い石だけが獣魔族が実在したのだという証拠だというように、跡形もなく。

 還すことしか出来ない俺の無力加減に、情けなくなる。本物の鈴鐘の薬師なら、ルーリェの話のように還さずに戻すことも出来ただろう。


「何者だ」


 ちぐはぐな俺とカーンが一緒にいて、その上獣魔族を還した光景が妙でないわけがない。


「それを貴方にお話しする義務はわたくしにはございませんかと」


 顔は見えていなくても紛れもない笑顔だってことは、俺にはわかる。

 カーンの立場上、ユーニスに冷たく当たることはわかってた。だから本人も会おうとしなかったんだろうし、俺もじーちゃんも会わせようとしなかった。

 なのにこんな風に顔をあわせることになるとか。もう、なんの冗談かって話だよ。


「話したくないのなら、無理にでも聞き出すだけだ」


 平坦な口調ではあるものの、長い付き合いの俺には怒りを孕んでいると分かるユーニスのその言葉に鯉口を切る音が続き、剣が鞘を滑る音が響く。

 無駄にやる気なユーニスに頭が痛い。


「力尽くとは。なんとも嘆かわしい。

 わたくしはともかくこちらのお方に剣を向けるとは、その命、露と散っても文句はいえませんよ?」


 比例するように、からかいを含んだカーンの声がユーニスに言葉を返す。平常心を崩し激昂するように煽るような、そんな最悪の言葉だ。

 相手がユーニスじゃなけりゃ、今すぐにでもこいつの頭を殴ってやりたい気分だ。

 胃がきりきり痛む気がする。間違いなくカーンのせいだ。


「カーン、ユーニスで遊ぶな。

 それよりここから早く」


 抱えた赤い石が熱を持って脈動をはじめたのに気付いて、俺はカーンに小声で求める。早々に片付けるつもりで、ちょっとやりすぎたのかも知れない。

 コレが孵る前にユーニスらを撒けないと厄介なことになる。


 しかたありませんねぇ。

 言葉とは裏腹に満更でもない調子で答えたカーンは、何を思ったのか俺の腰に腕を回してくれた。女性を守る騎士か何かのように。

 それが様になってるだろうことがわかるだけに、無性にむかつく。


「失礼させていただきます」

「待て」


 カーンの冷静な声に、ユーニスの慌てた声が続く。

 目の前が暗くなった……と思った次の瞬間には、俺たちは川辺に立っていた。




     *




 促されるままに岩に腰掛けた俺は、血を得るために自分で切った腕をカーンに治療されていた。

 叶うなら自分でしたい。普通に治療したい。でもユーニスのところに戻るには、この怪我があると非常にうまくない。

 そんな訳で、非常に不本意だが俺はカーンに治療されている。


 舐める。という、なんとも言いがたい方法で。


「――っ」


 音を立てながら肉を舐めとるように舌を傷口に這わすカーンに、思わす声を堪えた。


「声を我慢なさることはありませんよ? ここには、他に誰もおりません。

 その声を聞かせてください」

「誤解を招くような言い方をするな!」


 甘ったるい口調で卑猥にも取れる調子で言うカーンに思わず怒鳴るように言うが、カーンの舌が止まる様子はない。

 徐々に痛みが薄れていくのがわかるから、大人しくその好意に甘んじる。


 カーンの趣味趣向はわかってはいたが、いままでそれが俺に向けられたことはなかったから、すっかり油断していた。

 いままで仕度が足らず力押しで片付けることがなかったためでもある。


 自由になる手で、獣魔族の残した赤い石を顔の近くまで持ち上げた。

 脈動が徐々に激しくなってきただけでなく、持っているのが辛い程に熱を放ち初めていた。


「……そろそろ、か」

「そのようですね。

 どうぞ、この世界に形を成す手伝いをしてさしあげてください」


 治療を終えたカーンが名残惜しそうに俺の腕から顔を退け、うっすらとも痕の見えない腕を持ち上げ手を石に添えさせた。

 還した者の責任として、仕方ないから孵すところまで責任を持つとするか。カーンに押し付ければそれで済むんだろうが、押し付けられてくれる気はなさそうだし。


「魔の者よ、汝らが同胞の誕生ぞ」


 大きく息を吸うと、呼びかけた。

 するとそれまではなかった気配が一斉に生じ、俺とカーンを囲む。それもすべて魔の気配が。

 害をなそうというのではないとわかっているから平静でいられるが、初めて孵る場に立ち会った時は知っていても平静ではいられなかった。情けないことに、カーンに抱きついてしまった。……縋るように。

 俺の一生の汚点だ。


「己が名を識れ、己が命を悟れ」


 ひと際大きく震えたかと思うと、赤い石にひびが入り、石は細かい欠片となって崩れて消えた。石のあった場所には、淡い赤の光の珠がある。無事に孵った、魔族の――魔の者の素だ。

 放っておいても自分で最適な場所に行き体を得るのだが、それには少々時間がかかる。カーンが自分でやらなかった理由はきっと、面倒だという理由だけでなく、これが最たるものだと信じたい。

 俺であれば、少々反則的な手法が使える。


「この者を、あるべき地へ」


 声に応じるようにもやで出来たような鳥が現れ、頭上を緩やかに旋回したかと思えば、その光の珠を銜えてどこかに飛び去った。

 それと同時に魔の気配も消える。


「疲れたぁ」


 肩を下ろしため息混じりに俺が呟けば、隣からは楽しそうな笑い声が響いただけ。労いの言葉のひとつもないとか。

 釈然としない。


「何か俺に言うことないか?」


 だからつい、そんなことを言ってしまった。

 言ってからしまったと後悔した。まさしく「後から悔いる」だ。


「先の魔王陛下の唯一の子にして、精霊の加護を受けし癒しの乙女の子。

 狂ったモノを還すのも、また、孵すのも、それは世界の歯車たるあなた様の仕事でもありましょう?」


 ああ、そうだ。それは確かに、俺が背負って生まれてきた〝仕事〟だ。

 どこでどうやって知り合ったと小一時間は問い詰めたくなるような両親の間に生まれ、それとはまた関係なく面倒な〝仕事〟を背負わされて生まれてきた俺。そのために俺は物心つく前にじーちゃんに、母親の薬師の師匠に預けられた。

 カーンは気軽に動けない父親の代わりに俺の世話を任された魔族で、やはり忙しい母親に代わって高位の精霊が顔を見にきていたから精霊に顔なじみも多い。


 数年前に父親が勇者に倒された関係で俺は魔族じゃないというのに妙な輩は湧いて出るし、鈴鐘の薬師などという二つ名を持っていた母親のせいでじーちゃん仕込みの調剤はおおっぴらに行えない。

 面倒臭いことこの上ないのに。

 だというのに、その〝仕事〟のせいでひっそり隠れて暮らすこともままならない。


 六歳の時の魔族と魔物の群れだって、実を言えば俺がいたから起こったことだったりする。


「わかってる、別にそれが嫌だとか言うわけじゃないんだ」


 しなきゃいけないというか、そういう状況に直面すれば自然とそういう行動をとらざるを得ないというか。

 還す方法も、孵す方法も。文字通り誰に教えられることなく、俺は知っていたしすることが出来た。身体能力がついていっていたかは別問題として。

 俺の〝仕事〟について知ってるのは、村じゃじーちゃんくらいで、ユーニスは知らない。これからも言うつもりはない。


「ただ……ね」


 ちょっとくらいは労いの言葉が欲しいと思っただけのことだ。


 現在、世界の三柱たる魔と聖と無の「王」は存在しないようなもの。

 俺の父親でもある先代の魔の王――魔王は勇者に倒され不在で、次は孵っているもののまだ魔の王の仕事をこなせるほどでない。

 聖の王――信仰される神々の王とされるその人は、実は現在、睡眠期間中だ。老いたから眠って若返るのだという。

 更にいえば、無の王のようなものである賢者どのは、育児で手一杯で世界を巡ってる暇などないと仕事放棄中。精霊が賢者が仕事をしないと俺のところまで愚痴を言いにくるほどだ。


 そんな訳だから、俺の〝仕事〟は山積みといってもいい。俺同様に世界の歯車である人物が過労で倒れたという話も、よく聞く。

 狂ったものを還すことは出来ても孵すことは出来ない、精霊の加護を受けた人まで借出されるというんだから、俺はまだましなほうなんだろう。


「……ユーニスのところ戻るよ。オムロさん一家の様子も心配だし」


 ため息混じりに呟いて、岩から立ち上がる。

 何も言ってこないところをみると、もう俺に用はないんだろう。


「我らが王に代わり、お礼申し上げます。歯車のお方」

「俺に対してそんな殊勝な態度とるな。裏がありそうで怖い」

「おや、心外ですねぇ」


 森に住む精霊にユーニスたちの居場所を尋ね歩き出した俺に、カーンがいつもの慇懃な調子で声をかけてきた。

 それに俺は振り返らず答え、カーンも茶化すような言葉を返しただけ。

 でもそれでいい、それで問題ない。

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