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7.魔障と魔性

「――と、いう事があったんです」


 ルーリェの話が終わるなり、俺は立ち上がっていた。

 精霊。怒り。それから、鈴鐘の薬師。それらの単語が呼び水となって、俺の頭の中でひっかかっていたモノが嘘みたいに綺麗に整列されていった。そして俺が結論を導き出すのと、ルーリェの話が終わるのは同時だった。

 ユーニスが声をかけたのには気付いたが、それに答えてる余裕はなかった。

 足早にオムロさん一家が休む馬車に向かう。どうしてこの可能性を考えなかったのか、その自分の間抜けさに苛立ちながら。


「鎮まりたまえ、治めたまえ」


 向かう途中に摘んだトウヲの枝先に、ほんのちょっと俺の血をつけたものをその声と共に馬車の周りに刺して回る。トウヲは別名を精霊樹とも呼ぶ広葉樹で、どこにでもある種ではあるが精霊に近しいものとして呪いによく用いられるものだ。

 最初に三角形を描く様に三本、次いでその点の周りに小振りなものを四本ずつ。


「ニック、これって……」


 俺が何をしようとしているのか気付いたユーニスが不安そうに聞いてきたのに頷くことで返事にすると、最後の一本となった一番枝ぶりのいいそれを持って馬車の中に入る。

 起こしてしまったのか俺が入ってきたことに気付いたオムロさんに問題ないというように頷いてみせると、三角形の中心辺りにその枝を突き刺した。


「鎮まりたまえ、治めたまえ」


 仕上げのひと言にトウヲの枝は養分を吸い上げるかのようにどす黒く染まっていった。

 簡易だとはいえ家族五人でこれだけ集まるとなると、本体はいったいどれほどあることやら。そんな不安がよぎったが、俺の与り知らぬところと気にしないことにする。


「ニック君、今のは……」

「俺の村に伝わる鎮めの呪いです。

 オムロさん、あなたたち村の方が罹っていたのは病ではなく、祟りや怨みと呼ばれる類のものです。しかもこれは魔族に寄るもの。

 何か心当たりはありませんか?」

「魔族っ!?」


 呪いによって調子を戻したオムロさんが悲鳴にも似た声をあげた。


 まあ、普通に生活してりゃ魔物はともかく魔族なんてもんと係わり合いになることなんて滅多にないもんな。仕方ないのことだとは思う。

 だけど現実問題として、彼らの身を襲ったのは魔族によるそれ――魔障ましょうだ。

 普通知られてはいないが、普通の魔族は何の理由もなしにこんなことをしない。となれば原因が何かしらあるはずだ。


「例えば……村の子どもたちが倒れる前に何かを壊したとか、酷く落ち込んだ様子のひとがいたとか。そんな些細なことでもいいんです」


 魔族が魔障を残す時は、己の大切なものを壊された時か約束を破られた時が殆ど。それは精霊と違わない。それ以外となると愉快犯である可能性が高いが、その場合は標的となった個人が罹るだけで大人数が罹ることはないときく。


 それと、魔族と断言したのには理由がある。オムロさんたちが暮らすテデオの村の辺りに、下位ではあるものの魔族が暮らしていると聞いたことがあった。その辺りに名のある精霊がいないということも。


 嘘みたいな話だが、魔族が狂う原因を作るのは人間だという。それは精霊の場合と変らない。


「旅人がひとり、村を訪ねてきました。人を探している、と」

「それはどのような?」

「わかりません、直接会ったわけでもないので。

 ああ、でも、旅装束をした大男だったと聞きました」


 旅人、か。

 魔族も精霊も、執着するのはその土地の場合がほとんどだ。だから村近くにいる魔族で間違いないと断定して呪いを行ったし、魔族によるもので間違いはなかった。

 なのに旅人? その旅人が原因となった魔族なんだろうが……くそ。形が見えたと思ったのに、根本的なところが間違っていて最初からやり直しをさせられた気分だ。




     *




「ニック! 大変だ!」


 何か見落としてるものがあるんじゃないかと、もう一度情報を整理し始めた俺のもとに、ユーニスの鋭い声が響いた。

 酷く慌てたその声に慌てて馬車の外こ顔を出すと、ユーニスとミーゴ、ラテさんが剣を構えている姿が見えた。


「ユーニス、何があった!?」

「魔物だ! 群れて襲ってきた」


 その声に俺も周囲を見渡せば、囲む木立から出た一頭が見えた。

 狼よりはひと回りは大きいだろう、四足の魔物。目は人間を捉え爛々と輝き、口からはよだれが垂れている。

 群れじゃなければ、守るものがいなければ、ユーニスの相手にもならない魔物でしかない。


 満月から新月に向かう月齢とは逆に、新月から満月に向かう月齢は月が細くても魔物の襲撃に遭うことは滅多にない。

 だから気を抜いてしまった俺らにも非はある。

 それにしたって、ユーニスが慌てるほどの魔物の数だなんて。あり得ない、普通なら。


「――普通じゃない、なら?」


 ああ、普通じゃなければあり得る。


 魔王は勇者の手によって倒された。だというのに、なぜあの使者の男は俺らの村近くの森で行き倒れていて、ユーニスを王都に誘った?

 それと、カーンが俺の前に現れた理由はなんだ? それは若旦那の命を狙ったおっさんのせいだと思っていたが、こっちが本命だった?


 ああ、くそっ。情報が足りない。


「オムロさん、ここはさっき俺がした呪いが残っているので、他よりとりあえずは安全です。

 ここで大人しくしていてください」


 安心させるように俺は笑みをつくると、荷台馬車から降りて空を見上げる。ラテとミーゴはそんな俺の行動に興味を持ったように視線を向けたが、直ぐに魔物に向き直っていた。


 クォウの姿は見えない。夜を苦としないクォウなら来てもいいはずなのに、来ていない。

 そのことが余計に不安を煽る。


「ユーニス、ルーリェたちはオムロさんの馬車の傍に」

「そっか。呪いの効力が残ってるね」


 襲撃されて後手に回るという始めてのことに、さすがのユーニスも混乱していたらしい。俺がした呪いの種類がわかっていたのに行動を起こさなかったなんて、普段のユーニスじゃありえない。

 こっちの話を聞いていたらしいラテさんと目があって頷くと、すぐさま火の傍にいた居残り組を魔物に注意しながら馬車の傍に移動させていた。


 俺のした呪いは言葉こそアレだが、やったことは何にでも効く万能薬を使ったようなものでしかない。

 じーちゃんが言うにはだ、精霊も人も魔族も、その根本は変らない。

 世界の柱となる神がいて、その神が世界の全てを創った。だから全ての生き物が仲良くあるべきだなんて偽善を言うわけじゃないが、根本は良く似ている。全てはその内に〈天秤〉を持っていて、その天秤が負に傾くと――狂った状態になる。

 小さきモノなら魔物であり、魔族であるなら、精霊であるなら、人であるなら……と、名がつく。


 とにかく、その天秤が正常になるようにという呪いがさっき俺がしたもの。魔族が撒き散らした負で傾いたオムロさんたちの天秤を、強引に元に戻した。

 その影響は暫くもつだろう。そしてその正常な場所に狂った魔物は近づけない。


 そこに、甲高い人の叫び声が響いた。

 もちろん居残り組のものじゃない。これは――、


「腐肉鳥っ!」


 その鳴き声に誰かが声をあげた。その声は怯えが含まれていて、混乱してしまうと手がつけられなくなる可能性が高い。

 クルヤでもいれば別だろうが、護衛としているのは若いユーニスに、軽く頼りない雰囲気のミーゴと強面で口数の少ないラテさん。腕は確かなんだろうけど、頼るに頼れないひとばかり。


 恐怖の対象だろうその鳴き声だが、今の俺にとっては待っていた声でもあった。

 俺は慌てて木の幹にぶら下げていた簡易天幕に向かう。中から背嚢を引っ張り出すと笛を取り出して銜え、思い切り息を吹き込んだ。

 赤子の指ほどしかない小さな筒状の笛は、乾いた音を立てる。


 数瞬の後、再び腐肉鳥の鳴き声が響いた。


「ユーニス! 悪ぃ、後は任せる」


 言い訳なら戻ってきてからすればいい。

 そう腹を括ることに決め、俺はその場から駆け出した。


 逃げたと思われるんだろうことは百も承知で、本当ならこの場が治まってから向かうのが正しいんだろうが……早急に物事を収めるには元凶を何とかするしかない。

 全部秘密主義なカーンのやつが悪いことにして、俺は腐肉鳥の鳴き声のするほうへとひたすら足を進めた。




     *




 決して短くない時間走ったのは確かで、途中途中拝借したトウヲの枝が十を超えた頃――開けた場所にたどり着いた。

 そこにはふたり分の人影。

 ひとつは旅装束をした男のもの。もうひとつは肩に大型の鳥を止まらせた華美な格好の、銀髪の男。前者はオムロさんの話に出てきた旅人だろうと、中りをつける。


「ご足労願う事態になってしまったこと、お詫び申し上げます」

「詫びはいらない。

 それより説明を頼むよ、カーン」


 そしてそのもうひとつの人影は、カーンだ。どうしてこんな場所で例の旅人と対峙しているのか、聞くだけ無駄とわかっている。だから聞かない。

 そのかわり、状況の説明を求める。


「哀れな男が、己の天秤を自ら傾けただけのことにございます。

 唯一無二と慕う主を失い、共に魂に還ることが叶わなかったことを嘆き、負の感情を撒き散らしながら次なる主を受け入れることを拒否した。

 それゆえの悲劇にございます」


 慇懃に答えたカーンに、旅人があからさまに怒りを覚えているのが見てとれた。

 理由は、分からなくない。

 でもそれを、分かりたくもない。


「なぜお前はっ」


 低く唸るような旅人の言葉を制するように、カーンの肩に止まる鳥――クォウが鳴いた。

 河原の時のそれとは違う、偽りのないクォウの鳴き声。人の悲鳴に良く似たそれは、人にとって恐怖の対象でもあるそれだ。

 その鳴き声に旅人が怯んだ。


「そのままお返しいたしましょう。

 なぜ、主の最期の願いを拒むのです? 主が守ろうとしたものをその手で壊そうとするのです?」

「俺はただ、ただお傍にっ」

「それが最も望まれていないこととわかってのことでしょう」


 カーンが常と変らない平坦な声音で問いたのとは逆に、男は上擦った声を返した。

 長い付き合いだから声の調子だけでわかるが、カーンのやつは笑ってる。人を魅了するそれなのはユーニスと同じだが、忠誠や敬愛を抱かせるそれとは正反対のそれ。妖艶に、心を堕落へと魅了の笑み。

 男が静かになったのを好機とばかりにカーンはすっと手を伸ばすと、その手で何かうかみ、下に向けて広げた。手のひらから、黒い粉が舞い落ちる。


「わたくしの手で滅ぶか、己の手で滅ぶか。そのどちらを望みます?

 魂へと還り次なる生を望むには、その性根は愚か過ぎる」


 ただ落ちるだけだった黒い粉が一箇所に留まって、形を成した。

 ユーニスが使うものよりも細身で優美な印象を抱かせる、剣。叩き潰すことを目的としたものではなく、突き刺すことを目的としたそれ。施された装飾が優美さなどではなく、肉や神経を傷つける目的だと、俺は知っていた。

 その点でも、カーンに合っている。


「ただっ、滅んで堪るかぁあっ!」


 男は叫んだ。

 次いで獣の咆哮のような雄叫びをあげ、体を丸め力む。

 輪郭がぶれたように見えた次の瞬間には旅装束が破れ、それまでの倍はあるだろう二足歩行の獣の姿があった。

 狼に似た顔の、獣魔族と呼ばれる姿。獣魔族にも様々な種類がいて、中でも狼などの肉食の獣は能力が高く好戦的と、ひとかどの兵士や傭兵でも苦戦する相手。

 一流の腕を持つだろうクルヤでも、ひとりでは難しいかという程度。


 だが、対峙するカーンは笑顔そのまま。

 俺もカーンの心配はしていない。薄情だとかじゃなく、必要ないことがわかってるからだ。


「カーン、滅ぼすな。そいつは還す」

「本気でございますか?」

「わかりきったことを聞くな。

 その阿呆の額と胸、そこに出てる模様をみれば還さなきゃならない相手だってわかってるだろう?」


 諌めるような俺の口調にカーンは慇懃に一礼すると、改めて獣魔族に向き直り三度頭を下げた。まるで淑女を相手に踊りの相手を申し込むかのように、優美に優雅に。


「わたくしが相手では貴方の力不足かと思いますが、仕度が整うまで、わたくしを愉しませてくださいませ」


 剣を構えたカーンから飛び立ったクォウが合図とばかりに空でひと鳴きするのと同時に、カーンは地を蹴って間を詰めた。

 剣を防ぐように鋭い爪の生えた獣の手となったそれを構えたその手を、カーンは易々と跳ね上げた。金属同士をぶつけたような音が鳴り、獣魔族は慌てた様子で後ろに飛び退く。

 逃がすまいとカーンは獣魔族を追い間を詰め、今度は剣を振り下ろした。

 再び、硬い音が響く。


 踊るように動くカーンと、その踊りに振り回されているかのような獣魔族。事実そうなのだろうが、力量の差が哀れにも思えるほど一目瞭然過ぎた。


「……カーンのやつが飽きる前に、準備を終えてしまわないと」


 自分に発破をかけるように口に出して呟いて、手の中にあるトウヲの枝に意識を向けた。その数、十二。

 さっきと同じまじないを使うには数が足りない。こんなこと言っちゃあれなんだろうが、これから探してくる気もない。見つけるより先にカーンが飽きた場合、更に時間を稼ぐように説得するのは面倒だし。

 足りない分は俺の血で補うことにして、小刀を取り出すと利き手とは逆の腕に傷をつける。

 当然のように、痛い。

 これはトウヲの枝を捜してくるべきだったかな。と、ちょっと後悔しつつ呪いを唱えてそこにトウヲの枝を突き刺した。


 カーンの獣魔族が中心になるように円を描くように血を枝先につけたトウヲの枝を指し終え、あとは獣魔族に直接呪いをかければ完了といったところ。

 その時何かを告げるように、クォウが鳴いた。続いて聞こえたのは、俺の名前を呼ぶユーニスと……居残り組のルーリェとサンガの声。


 色々とアレな場所に、思いっきり来て欲しくないユーニスがオマケをつれて近付いてきてるとか。

 思わず頭を抱えたくなった俺を、誰が責めようか。なぁ?

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