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4.怪我人と病人と

 ひと言で表すなら、危惧するようなことは何もおこらなかった。


 ユーニスがいて、ついでにクルヤやそこそこ腕のたつ護衛の人たちがいて何か起こる方があり得ないわけだが、世の中に「絶対」はあり得ない。

 手引きしたあのおっさんが、ちょっと普通じゃなかったからそれなりに心配したんだが……それは杞憂だったようだし。


「怪我をしたやつは、その怪我の大小に係わらず火の側に。

 大事だいじないとは思うが、見過ごして大事おおごとになってからじゃ困るからな」


 詳細を吐かせるためにわざわざ生かして捕らえた賊から、獲物に毒を塗っていなかったと聞いてもやはり鵜呑みにできることじゃなく。

 なぜかこの場を仕切ることになったクルヤの声にそろそろと集まる。


 その大半が護衛の人たちで、ちらほらと奉公人の姿もある。おそらく賊との交戦に驚いたりで怪我したんだろうな。


「若旦那、怪我人の手当の指揮をお願いしても?」

「あ、はい。でも……」


 交戦の間は落ち着かない様子で、怯えて震えていた若旦那。

 奉公人に聞いた話じゃ、賊に襲われるのも初めてだってことだから仕方ないのかもしれない。


 でも、クルヤたちが息のある輩を縛り上げていく時には随分と落ち着いてきてたはず。

 落ち着いたら何か心配事でも思い出したとかか?


「実は、この一行でまともに治療の心得があるのはオルキのみなんです。

 腕もかなりのもので、オルキがいるならと他はつれてこなくて……」


 なるほど。それであれば、あのおっさんが手遅れだと判断したなら周囲も認めるな。そこまで考えて同行者を選んだのだとしたら、アレのせいだけじゃないのかも知れない。

 厄介だなぁ。


「でも、あんたもそれなりの知識はあるんだろ、若旦那?

 その腕の治療をしたのはあんた自身なんだろ?」


 クルヤは頭が痛いとでもいいたげな表情を浮かべ若旦那に問うが、若旦那は「商いをする程度の薬の知識はありますが、治療となると……」と言葉を濁し、それから俺を見た。


 仕方ないか。


「俺がするよ、こう見えても薬師の駆け出しだからね」


 王都まではまだ距離がある。

 次に何か起こった時に、どうしてあの時は治療をしなかったんだと責められるのは遠慮したい。治療出来そうなのが俺だけだととなればなおさら。


「言っておくが、俺はまだ半人前なんだってこと忘れないでおいてくれな」


 完璧なものを求められても困ると前置きして、それからクルヤと若旦那を見ると、問題ないという風に頷きが返ってきた。

 なら、気楽に行こう。


「若旦那、この隊商の薬箱を。さすがにそれほど多くの持ち合わせはないから。

 クルヤは怪我人を外傷の軽傷者とそれ以外とに分けて。転んでついたような外傷で、なおかつ軽傷なら俺じゃなくても治療は出来るだろうから。

 ユーニスは俺の手伝いを」


 小さく深呼吸して、それから指示を出すと三人は三様に動き出す。

 自分も怪我人である若旦那は近くを通りかかった奉公人に指示を出し、クルヤは火のそばに集まった人たちに声をかけていく。


「やっぱりニックはそうやって動いている方がニックらしいよ」


 背嚢から敷布を取り出し、そこに治療に使う道具を広げているそこでユーニスが嬉しそうにそんなことを言った。


 付き合いが長いだけのことはあって、意味は通じた。

 俺としても、策を練ったりなんてのは俺の柄じゃないと思う。

 俺の希望としては、村で自分のための畑でも耕しながら村の薬師をやっていければいいと思ってる。


 そうもいかないのはわかってるが、希望を持つくらいは構わないだろう。


「俺もそう思う」


 笑い返したそこに、奉公人のひとりが薬箱を持ってきた。

 中身を確認して――極々普通の薬箱だと判断して、これなら問題ないと治療に移ることにする。


「それじゃあ、傷の重い人からこっちに連れてきて。

 軽傷者はユーニスが見るから、そっちも順に」


 今じゃ傷ひとつ負わずにおじさんと打ち合いをするユーニスだけど、習い始めの頃はそれなりに怪我もした。

 当時は深い裂傷はじーちゃんが治療して、軽い怪我は俺が治療。次第に怪我全部が俺の治療になって、どんな治療をしてるのか――薬草は何を使うんだとかを、ユーニスに聞かせながら治療するのが日課だった。


 だからユーニスでも軽い怪我なら問題ない。


「賊と揉みあった時に、賊の短刀にやられたんだ。

 ……坊ちゃま、本当に大丈夫なのか?」


 護衛のひとりが俺の前に座り、怪我の状態を言うなり……軽口を叩いてくれた。


 怪我は二の腕、短刀に寄るもの。血はそんなに出ていないようだし、傷口も毒で侵されていることもなさそうだ。その手も問題なく動くようだし。

 普通なら薬を塗って自然に傷が治癒するに任せて問題ない程度のそれ。だけど今回は――、


「坊ちゃま言うな。

 傷が心持ち深いから、自然治癒を待つより縫った方がすぐに仕事が出来ていいたろう」

「げ。

 それって俺に対する嫌味かよ、坊ちゃま!」

「そんな面倒なこと誰がするか。

 自然に傷がふさがるのを待つなら二週間、縫えば一週間。それが薬師として剣を振るえる許可を出せる時間。お前らなら後者を選ぶだろ?」

「……よろしくお願いします」


 護衛を仕事にする人にとっちゃ、剣を振るえないなんてのは食えないってこと。

 だからか、説明した俺にスッパリ態度をひっくり返したそれはすがすがしいほどだ。


 傷口を消毒し、神経を鈍らせる薬をその周囲にぬる。


「ユーニス、五分くらいしたらこっち手伝って。縫うから。

 薬が効くまでそこで座って待っててくれ。それじゃあ、次」


 その間、時間を無駄にするのもと待っていた次の人に声をかけた。




     *




 新月闇の襲撃から早三日。隊商はなにもなかったかのように装ってサヴァに向い、サヴァまで半分というところまで進んでいた。

 これも、賊の襲撃で重症を負った者がいなかったからだろう。もっとも賊を乗せているから人数は増えているし、歩みも遅くなってるが。


 若旦那はまだ鈍い痛みはあるものの、傷はふさがりかけている。首謀者のおっさんと生き残った盗賊たちは薬で眠らされ大人しく荷台でゆられている。その他軽い怪我を負った人たちも快癒に向かっている。


 ともなれば、いつまでも引き摺ってなんていられない。

 あと俺に出来るのは傷口が膿んでいないか気を配り、患部を清潔に保つ手伝いをする程度。


「俺が許可を出すまで腕を酷使するなと言ってるだろ」


 ついでに無茶をしようとする怪我人を止めることくらい。

 こそこそっと俺の視界から消えようとした男――ミーゴに笑顔で声をかける。その手にはクルヤに頼んで取り上げたはずの長剣がある。


「げ」


 長剣を背中に隠し、後退るミーゴとの間を詰める。


 一日動かさないだけで身体が鈍るのはわかる。だから無理をしないという条件で基礎訓練は認めている。

 だが長剣を振り回すなんてものは以ての外だ。


 思い思いに休んでいた人たちから笑いが漏れる。

 不本意なことだが、ミーゴとのこのやり取りは襲撃の翌日からの恒例となってしまっていた。

 もし何かあった場合を考え、ミーゴには鎮痛剤を飲ませた。それがまずかったのか、痛みを殆ど感じないのをいいことにこの馬鹿は剣を振るおうとしたのだ。

 有事であれば黙認もするが、そうでなければ到底無理な話だ。


「で、でもよ、坊ちゃん」


 僅かに修正されはしたがそれでも不本意な呼び名に、俺は無言で半開きになってるその口に飴を放り込む。

 ユーニスを起こす時に使うアレだ。

 当然、ミーゴは呻き声をあげ動きを止める。


 その間に俺はミーゴの背後に回って長剣を奪い取った。

 まったくもって油断も隙もない。


「今回の件での保障はきちんとしてくれるって、若旦那は言ってくれてるんだから大人しくしてろよ」

「まったくだぞ、ミーゴ」


 馬鹿馬鹿しいやりとりに他の護衛から声がかかる。

 怪我がなかったか、軽い怪我だった彼ら。普段通りに仕事をする彼らからすれば、ミーゴはうらやましくもあり哀れでもあるんだろう。


「とにかく、次やったら王都まで睡眠薬飲ませて連れってやるから。

 だからおとなしくしとけ」


 それだけは勘弁してくれ。そう嘆くミーゴを無視してユーニスの隣に座ると、ユーニスは楽しそうに笑っていた。




     *




 そろそろ出立するか。と、仕度を始めた時のこと。嘶き駆ける馬にさせるまま曳かせる馬車が、街道を駆け抜けていった。

 俺たちが向かうほう――サヴァに向かって。


「なんだ、あれ?」

「あっぶねぇなぁ」


 誰となく呟いた非難の言葉。


 それは俺もそうだと思う。

 だけど、ちらりと見えた御者台の男の様子が妙だった。


「ニック」


 許可を求めるように俺の名を呼ぶユーニスに、どう答えていいものかと悩む。

 誰彼構わず施しをするなと、善意をばら撒くなと言ったのは俺。それはユーニスを守るための方便で、あれは多分、俺の領分。だから助けたところでユーニスに害はない。


「どうしたんだ、ユーニス? 坊ちゃま?」


 相変わらず俺を不本意な呼び方をするクルヤを一瞥した後、ため息をついてからユーニスを見る。


「俺の指示に従うなら。言う以上に係わることをしないなら。

 これが守れるなら俺が面倒を見る」


 俺の言葉にユーニスは笑顔を浮かべると、立つ準備をしていた奉公人から馬の手綱を奪うように取ると、裸馬に飛び乗った。


「どうしたんだい?」


 俺たちの普通じゃない様子に、出立の支度をしていた若旦那が声をかけてきた。

 周りの護衛たちも俺とユーニスのやりとりを見守ってたくらいだから、普通じゃないのは見てわかったことだろうし。


「さっきの馬車をユーニスに追ってもらってる。

 たぶん熱病か何かに侵されて、僅かな望みをかけてサヴァに行くところなんだと思う」


 一瞬だけだったが見えた、あの顔色から熱病であることは間違いないと思う。

 さすがにそれが何からかかるそれかは判断つかなかったが、死病と呼ばれるそれじゃないとは思った。

 だからユーニスを追わせた。


「俺とユーニスはここでその人たちを治療して、それからサヴァに向かおうと思う。そこで別の隊商を探すとするよ。

 だから若旦那たちは、ユーニスが戻ったら馬を回収して先に行ってくれ。せっかく休ませた馬を疲れさせてすまない」

「ニック君! いくら君が薬師の見習いだからと言って、薬草も道具もない場所でどうやって治療するつもりだ?

 へたをすれば君たちも熱病にかかってしまう」

「薬草なら村から持ってきたものがあるから、たぶん、足りる。道具はなんとかなる」


 それに俺はそんな軟弱な病にはかからないし、ユーニスも問題ないだろう。

 安心させるためなら伝えるべきなんだろうが、さすがにこれを言うつもりはなかった。ユーニスはともかく、俺のことは特に。


「しかしっ!」

「ああ、そうだ。クルヤ、そこの馬鹿の怪我に塗りこむ薬を処方するからよろしく頼む。

 傷は塞がりかけてるからって塗るのやめると治癒は遅くなるし、痕も残るから。忘れずに塗って清潔な布を巻いておくように。それから王都についたら適当な医者に行って、抜糸するのを忘れるなとも」


 周囲の視線が痛いが、仕方ない。

 ユーニスが戻り次第彼らを出立させないとだし、あまり時間もない。


「他の人は傷を膿ませないようにだけ気をつければ大丈夫だから」


 手早く塗り薬の調合を終えて、それを未だ戸惑ったようすのクルヤと若旦那に押し付けつつ言う。


「坊ちゃま」


 何か言おうとでも言う風にクルヤが俺を呼んだ、その時ユーニスが連れ戻しに行った馬車の音が聞こえて背を向けた。

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