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1.旅立とう、世界の果てから

 俺には親友と呼べる友がいる。


 淡い金色の髪と深い青の瞳をしたそいつは、幼い頃から可愛いだの綺麗だの愛らしいだの言われながら育ってきた。つまり幼い頃は間違いなく女の子に間違えられるような容姿だったわけだ。

 幸いにも俺らが暮らす村は田舎も田舎、隣村まで大人の足でも朝早くに発って日が沈む頃にやっと着くといった辺鄙な場所にあったから、村がひとつの家族みたいなもんで村中がそいつが男だと知っていた。

 外の世界と隔離されたような村で、新しく入ってくる者も出て行く者も滅多にない。そんな村だから俺もそいつも、なんの疑問もなく家の仕事を継ぐもんだと思っていたわけだ。



 が、転機ってやつは突然訪れた。



 俺とそいつが六歳の時、村外れの森に魔物が現われた。それも一頭や二頭じゃなく、群れて。聞いた話じゃ、三十頭は軽くいたらしい。

 しかもその魔物の群れが現われた原因は、魔族が呼んだからだというし。


 魔物に対する対策なんて何もしてなかったうちの村はありったけの木材で簡単だけども柵を作り、居なくなるのをただ待つという日々が暫く続いた。

 そんな俺たちの村を救いに来たのが、勇者様御一行。まぁ後で知った話じゃ、そもそも魔族がうちの村に来たのは彼らが仕留めようとしたけど力足らずに逃した、ってのが事実らしいけど。


 それはともかく、勇者様御一行はその魔族を討ち果たし魔物の群れも駆逐した。

 勇者様、この村を救ってくださってありがとうございます。

 事実を知らなかった俺たち村人はそう言って勇者様御一行に村をあげて感謝した。で、飲めや歌えやの大騒ぎ。



 で、そんな中で起こったのが転機。



 勇者様御一行の中でも一番年下の、なんとかって神に仕える神官が酒が入った勢いで言ってくれたのだ。


 君がもう少し大人だったら口説いて都に連れて帰るのに、と。


 言った相手は俺の友人。つまりは男。神官も男。

 村人は一斉に黙り込んだね。何言ってんだこの阿呆って、俺は幼心に思ったね。

 それに本当は女の子だったとしても、六歳だよ? 明らかに怪しい趣味としか思えないし、一番若いっていっても二十代半ばくらいの年だったし。


 だけど勇者様御一行は酒が入っていたためか村人の様子が変わったのにも気付かず、大きな声をあげて神官を叩いたり冷やかしたりと忙しい。

 子供を持つ親はもう遅い時間だからって、それとなく子供たちを家に帰し始めた。それにも気付いてないみたいだった。



 最初意味がわからなかったそいつは自分が女の子に間違えられたということに気付くと、顔を真っ赤にして涙を堪えてその場を逃げ出した。

 自分の容姿の美醜なんて気にしたことがないそいつでも、自分が女の子みたいな容姿だってのは理解してたんだと思う。童顔で可愛らしいっておばさんに良く似てたから。



 逃げた先は広場から一番遠い俺の家。


 納屋で稲藁に埋もれながら涙を堪えるそいつ。一緒に風呂に入った仲だからそいつが男だってのは百も承知なんだけどさ、ほんのちょっと、女の子だと勘違いした気持ちもわからなくもないなって思ってしまって――心底反省した。

 隣に座って、背中を撫でながらそいつを慰める。


 お前は立派な男だ。その内お父さんみたいになるさ。あの神官が馬鹿なんだ。


 思いつく限りの慰めの言葉を言ってる内に俺らは眠くなって、気が付いた時にはベッドの中にいた。いつの間にそうしたのか、手を繋いで。そのままってことは、どうやら俺たちは手を離そうとしなかったらしい。

 びっくりだ。



 勇者様御一行が旅立った後、そいつは俺に宣言してくれた。


 お父さんから剣術を習って男らしくなるんだ、と。


 おじさんは一度村から出た人で、なんでも冒険者をしていた頃があるらしく、村じゃ唯一と言っても間違いじゃないまともに戦える人だった。

 俺たちはおじさんの冒険の話を聞くのは好きだったけど、俺たちは村から出はしないんだろうって思ってた。だから鍛える必要はないと。おじさんもそれでいいと言っていた。

 だけどあの神官のひと言で考えは変わったらしい。身を守るためには最低限の力も必要だと。

 大人になれば少しはおじさんにも似てくるだろうけど、このままおばさん似だった場合も考えたんじゃないかって、今の俺なら思う。ついでにその心配も。



 そんな訳で剣術を習い始めたそいつ。


 おじさんの子だけあって素質はあったらしく、十二歳になる頃にはおじさんから三本に一本は取れるようになった。その頃には可愛い綺麗とはいっても女の子に間違えられることもなくなり、それなりに男らしくなった。

 あんな一件があったにも係わらず、性格はまっすぐに育ったし。むしろ自分が嫌な目にあったせいか、そういう目から人を守ろうとする正義感の強い性格に育った。



 俺としてはそんなそいつが親友だってのは誇らしい限りなんだけど、素晴らしすぎるのも考えものなんだって事に、今更ながら気が付いた。




     *




「ユーニス、お前はこの村の誇りだ。この村の出であるということを念頭において、恥じぬ行動をとってほしい」

「はい! 心得てますっ!!」


 そいつこと親友――ユーニスは期待と希望に目を輝かせながら、村長むらおさの言葉に大きく頷いた。

 ユーニスもユーニスなら、村長も村長だ。ユーニスの性格がわかってるんだから、あんまり言うと逆効果だってわかってるだろうに。

 それともそれすら忘れるくらい、村長も高揚してるとか?


 ……ありえそうで嫌だなぁ。


「ニック、お前はユーニスの共として行くんだ。

 それを忘れずに、ユーニスの足枷になることなく支えてやるのだぞ」

「……はいはい、わかってます」


 対する俺は、未だにこの状況を理解したくなくて少し投げやりに返事を返す。

 気が付いたら自分の部屋のベッドで目を覚ましてて、ああ最悪な夢を見たんだって笑えるんじゃないかって気がしてる。

 そのくらい、今の状況は俺にとっては不本意だった。


「アドじーちゃん!

 ニックにその言い方はないよ。ニックが俺の足枷になることなんて、絶対にないんだし!」


 俺が気のない返事をした理由を、村長に言われた内容を気にしてだと勘違いしてくれたらしいユーニスが声を荒上げて言う。

 ユーニスはどうも、俺のことを過大評価してるらしい。村長の過小評価とどっちがマシかって悩むところだけど、無理難題を押し付けられる可能性のない過小評価のほうが俺としてはありがたい。


「ニックは確かに運動神経はすこぶる悪いけど、それを補って余りあるだけの頭脳の持ち主なんだって知ってるだろ。クゼじーちゃんのとこだけじゃなくてもっと知識が豊富な場所――ムロウゼがサヴァに行かせたほうがいいって相談してたことは俺だって知ってる。

 俺がニックを従者に選んだのは、ニックを王都に連れて行きたいってのもあったんだし」

「それはそうだが……」


 ユーニスの言葉に村長は口ごもる。


 ムロウゼもサヴァも、この村から結構離れた場所にある都市の名前。

 ムロウゼは薬師の街として、サヴァは医師の街として知られている。更に遠い王都とは比べ物にはならないけれど、この辺りの人たちからすれば最高の治療が受けられる場所。


 俺を育ててくれたじーちゃんが薬師だってのもあって、俺も薬師になるだろうことを期待されてた。俺も薬師になってもいいかなって思ってたし。

 で、じーちゃんの知り合いに預けて修行してきたらどうだって話があがってた。


「俺について王都に行ったなら、ニックには最高の教育をさせてやれる。剣を振るうだけしか能のない俺と違って、ニックには才能があるんだし」

「ユーニス、俺は気にしてない。それに俺はそんなに頭がいいわけじゃない。

 薬師の件ならじーちゃんが元気な内に戻ってこれればいいんだし、じーちゃんなら余裕で二十年は平気だ」


 語気を荒上げながら語るユーニスを宥めながら、その過大評価を否定することも忘れない。


 俺が坂道を登れば転げ落ちるとまで言われる運動オンチなのは本当だけども、それを補えるほど頭がいいとはさすがに思えない。物心ついた時から叩き込まれてる薬草の知識だけは一人前だとじーちゃんに認めてもらえてるけど、なにぶん経験が少なすぎる。

 知識量だって、頭の回転だって、田舎なこの村じゃ一番でも世の中にはもっと上がいるっての知ってるし。


「ニックはもっと自分に自信を持っていいんだ。

 都から来た使者だって、お前の知識量と頭の回転のよさは都でもじゅうぶんに誇れる程度だって言ってたじゃないか」


 頬を膨らませ、年相応の表情を浮かべて拗ねるようにユーニスが言う。


 ああ、そうだ。あいつを助けたりしなけりゃ、ユーニスが王都に行くことにならなかったんだ。ただの旅人じゃなくて王の使者だとわかってたなら助けたりしないで獣の餌にしてやったのに。

 思い出したらムカついてきた。


「アッフェ、オーリル、ミズリカ、シズリ……」


 気持ちを落ち着かせるために、筋肉弛緩効果のある薬草の名前を呟く。

 多くを摂取すれば身体の自由を奪い死にも至るそれらを、どの割合で混ぜるのが一番効率がいいか考えながら。


「ニ、ニックや。

 お前がユーニスの足枷になどなるわけがないのはわかっているとも。お前も村の誇りだとも」


 俺の様子になにを勘違いしたのか、村長は慌てた様子で俺を宥めてきた。その顔が青褪めている気もする。

 村長も年だからな、じーちゃんに薬を処方してくれるように伝えておいたほうがいいかも知れないな。


「俺のことは気にしないでいいんで。

 マゼルカ、モールト、それからビルシア」


 精神を安定させる効果のある香草マゼルカ、安眠効果のある薬草モールト、それから栄養剤として知られるビルシアのエキス。村長に薬を処方するならこんなところかな。

 ああ、どれも毒薬として有名なものばかりだから量に注意するためにも定期検査が必要になるか。


「ユ、ユーニスっ!」


 更に慌てたようすの村長がユーニスの名を呼ぶと、何かを心得た様子のユーニスが俺の顔を覗き込んできた。


「落ち着け、ニック」


 深い青の瞳が俺を見る。澄み切った空の青じゃなく、海という塩水で出来た巨大な湖の青だという瞳。それが俺の目の前にあった。


「サードニクス《・・・・・・》、答えろ。

 ルセニ草の効能は?」

「ルセニ草。

 そのまま生葉を傷に張っても止血効果があるが、揉んで患部に貼れば汁が皮膚から吸収されて筋肉の疲れにも効果がある」


 ルセニ草はこの辺りにでは普通に自生している野草で、この村の住人なら子供でも知ってる生活に密着した薬草。面白いように皮膚にくっつく性質があるから、ぺったり草と子供の頃は呼んで、遊んだ記憶もある。

 俺もユーニスも――。


 そこでやっと、はっと我に返った。ユーニスの顔を見つめたまま幾度か瞬きを繰り返すと、それにほっとしたのか笑顔を浮かべて俺から顔を離す。


 愛称じゃなくて本名をユーニスが呼んだってことは、また、やってしまったってことだろう。

 最近感情が高ぶると自制が利かなくなることが多い気がする。一見して異常だとはわからないんだが、とことん非情になれるらしい。……反省しなければ。


「ユーニス、済まない」


 小さく謝ると、気にするなとでもいう風にユーニスは微笑んでくれた。


 じーちゃんの言葉をそのまま使うなら、真っ直ぐ過ぎて融通の利かないところのあるユーニスを抑えるには俺が一番だし、感情が高ぶって自制が利かなくなった状態の俺を鎮めるにはユーニスが一番らしい。

 俺とユーニスは薬瓶の瓶と蓋だと、仲の良い夫婦を示す言葉まで使って説明してくれた。


「ふたりとも済まなかったな。

 ニックや、王都に行けばムロウゼやサヴァとは比べ物にならない知識と物があることだろう。それを吸収してくるといい。

 それからユーニスをよろしく頼むな」

「はい、ユーニスは俺がしっかり見張っておきます」


 ユーニスの件に関しては俺に異論はないから素直に頷く。

 迷惑度で言えば俺の自制が利かなくなった状態よりもユーニスが猛進するほうが被害が大きい。俺のは所詮、悪人に人権はないだとか不相応な優しさを振りまかないといった程度だし。


 ユーニスは……頭ん中〝正義の勇者サマ〟になるからなぁ。


「ニック、俺はもう子供じゃないんだけど」

「だったら後先考えずにほどこしをしたり、自分のやらなきゃならないことを放って人助けに走ったり、自分の力量を過信したりするなよ。

 後は物事を断るときは相手を傷つけることは仕方ないと諦めてはっきりと拒否の旨を伝えること。でないと相手に期待を残すことになるんだからな。

 それから……」


 ああ、多すぎてどれから注意すべきか悩む。

 俺が言ってるこの全部を、ユーニスは既に実行済みだってんだからやるせない。


「わかってるよ。

 でもさ、俺が施しすることでその子は一時でも助かるんだし、もしかしたら俺のすべきことよりもその人のことのほうが重要なことかも知れないし。

 それから男には無謀だとわかっててもやらなきゃならないことがあるって父さんは言ってたし」


 口ごもるようにユーニスは反論してくる。


 こういうときばかりはユーニスの容姿もこれでよかったと勝手に思う。

 これが鍛冶屋のオルドみたいに筋肉隆々の男だったら、問答無用で毒を盛ってただろうから。まだ美少女の面影が残るユーニスだから我慢できるんだよな。


「ユーニス」


 ため息を隠しながら、俺は手をユーニスに突き出す。


 俺の行動の意味を正確に理解したユーニスは腰の皮鞄から小銭が詰まった皮袋を俺に差し出した。

 いつも以上にずっしりとくるその袋の中から、数枚の硬貨を残して後は抜き取る。残ったのは軽く飲み食いしたら無くなる量。これ以上をユーニスに持たせると、ろくなことがない。

 この金で王都まで馬車を乗り継いで行く間食いつながなきゃならないんだ。だからユーニスの悪い癖で失ってしまうわけにはいかない。

 足代が無くなったって、王都に行かなくてすむならそれでもいいんだけどさ。そうなるわけがないのは想像がつくし。


 王都に行くことは未だに納得出来てないけど、ユーニスひとりで行かせなくて済むことはほっとしてる。

 運動オンチな俺が一緒であればユーニスはあまり無茶はしないし、財布を俺が握ってれば無駄な出費も抑えられる。


 もしユーニスひとりで王都に行く、なんてことになってたらと思うと胃が痛い。


「ユーニス、ニック、村長との話は終わったかい?」


 後でマゼルカを混ぜて作った飴を舐めておくべきだろうか。

 なんて俺が思ってるそこに、ムーロおじさんが顔を出した。ムーロおじさんは工芸品を作る傍ら、近くの町にこの村の工芸品や作物を納めた帰りに町から荷を仕入れて来てくれる――田舎すぎて行商が滅多に来ないこの村では欠かせない仕事をしてる。

 今日はそのついでに、ユーニスと俺を荷台に乗せてくれることになっていた。大人の足でも日中全部かかる距離でも、馬で行けば早い。日が高くなりかけた時間だけど、日が暮れるまでにはたどり着ける。


 俺とユーニスがちらりと村長を見ると、村長は頷いて見せた。

 もう話は終わったということだろう。まぁ、これまでも散々話を聞いてきたわけだし、今日は出立前の激励だけの予定だったんだし。


 もう十分だよな。


「はい、終わりました。ムーロおじさん、よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げたユーニスの隣で、俺もつられて頭を下げる。


「ついでだから気にすることはないよ。

 外じゃみんなが今か今かと待ちくたびれてる」


 苦笑混じりにムーロおじさんに言われ、きっと総出で見送ってくれるつもりでいる村のみんなを想像してこっそりため息をつく。


 ユーニスはともかく、俺にも過剰な期待を寄せてくれるんだ。

 まったくもって嫌になる。俺は普通に暮らしていければそれで十分なのにさ。


「ふたりとも、身体には重々気を付けるんだぞ」


 戸口をくぐろうとしたユーニスと俺に、村長は最後とばかりに声をかけた。




 そんなこんなで、俺とユーニスは生まれ育った村から出ることになった。十五歳の、春のことである。

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