悲しい部員とわからず屋
時間は前にしか流れない。取り戻すことはできないんだ……。
だから、時間を無駄にしないためにも、常に早め早めに行動していた。でも、一つだけ僕にはできないことがあった。
それは、退部をすることだった……。
「え? ちょっと待てよ。辞める?」
足立悠が僕に聞き返した。
「あぁ。そうだ。もう、あの部活を続ける意味が見出だせなくなったからな」
そう。私立の中高一貫校の学校に通っているせいで三年も無駄にあの部活に捧げてしまった。
中学一年生のとき、頑張って練習すれば二年生でレギュラーになれると思って一生懸命やった。しかし、僕が二年生になったとき、顧問は僕らの一つ下の代――つまり、新一年生をレギュラーにし、僕の一年間の練習時間を無駄にした。
たしかに、新一年生は強かった。でも、だからといって僕らの学年の半分以上をレギュラーから切ることはないじゃないか。いや、それをやるなら、むしろ全員を切って欲しかった。僅かな希望さえも断ち切ってくれればよかった。僅かな希望があったから、僕は今までの努力を無駄にしないように頑張った。頑張ってしまった……。
「僕ももう、高一だ。これ以上やって何になる? いっそ、ここでスパッと辞めてしまった方が残りの高校生活を楽しめそうだ」
無駄にしたくない。たった一度の高校生活。楽しまなくて何になる? ただでさえ、男子校なのに……。もう、既に半分くらい青春を失っているのに……。
「まぁ、それもそうだよね。でもさ、本当に諦めるの?」
「あぁ。そのつもりだ」
「じゃあ、ショウの……橋利翔太の部員としての今までの努力はどうなるんだよ」
「だったら、逆に聞くが、このまま続けて何も起きなかったら、それこそ、その間の努力はどうなる?」
悠は黙ってしまった。
「僕は時間を無駄にしたくないだけなんだ」
「オレは……」
悠が呟く。
「ショウのボールを追っかけてる姿が大好きだった」
「………………ごめん」
悠と話していて、僕は部活を辞める決心がついた。僕はきっと、最後に誰かに引き留められたかったのだと思う。
だから……ありがとう、悠。僕を引き留めてくれたのは君だけだ。
退部届を先生に提出するために、僕は教室を出ようとした。
「なぁ、ショウ」
悠に声をかけられた。その声は心なしか少し震えている気がした。
「なんで、時間って前にしか進まないんだと思う?」
「急に何だよ」
「オレはこう思うんだ。流れた時を惜しむため。無駄にした時間を、過ごした時間を振り返るため。そのために、時間は進んでいる。本当に時間を無駄にしたくないなら、自殺するべきだと思う。だって、生きていることそれ自体が時間を浪費する原因なんだから」
悠の真剣な声を聞いて、僕は悠の方に向き直った。
「時間なんて、死ぬまであるんだぜ? その中のほんの二、三年無駄にしたところで、どうってことないよ」
悠は笑った。見てるとこっちが安心しそうな顔で。
「死ぬまで……か。たしかにそうかもな」
きっと、こう言っている僕も笑っているのだろう。
悠。彼の言葉は不思議だ。何でも正しいことを言っているように聞こえる。
「悠……ありがとう」
そう言い残して、僕は教室を後にした。
『無駄にしたところで、どうってことないよ』、か。
僕は手に持った退部届を鞄にしまった。
「もう少し、無駄にしたっていいかもな……」
僕は誰に言うでもなく独りで呟き、下駄箱へと向かうのだった。
――――
ショウが出ていった後、オレはある場所に向かっていた。
「なんとか引き留められたみたいだね。これでいいんでしょ? 君たち」
「はい、ありがとうございます、足立先輩」
「橋利先輩が辞めちゃうと、僕たち凄く困るんです」
ショウのテニス部の後輩たちが口々に言った。
ここはテニス部の部室。オレはショウの後輩たちに橋利先輩が退部しそうだから止めてくれと頼まれたのだった。
「フフッ、ショウも愛されてるな。後輩たちにここまで、辞めないでって思われてるんだから」
ショウの後輩たちはニコニコと笑いながら言った。
「そうですね。あんなにいい先輩は他にはいませんよ」
なんで、ショウはこんないい後輩たちに恵まれているのに辞めようとするんだろう?
――――
「せんぱーい、球拾ってください」
「お、おう」
テニスコートに転がるボールたち。それらを拾う僕たち。そして、それを突っ立って見ている後輩たち。少し馬鹿にしたようなニヤけ顔がムカつく。
やっぱり……無駄なんじゃないかな。
「パシリ先輩。こっちもお願いします」
「おい! お前、今、パシリって言ったろ!」
「言ってませ~ん」
やっぱり……辞める。