第8話 砦の長い一日
召喚の館に、一番近い砦。
この砦には現在、アストレイア王国第八師団、第2大隊と第4大隊の合計二千人が、赴任している。
各大隊の駐屯期間は1年間だが、一つの大隊が、半年毎に順番に入れ替わるローテーションが組まれている。
そのため、二つの大隊は、常に半年間の赴任期間が重なる形になっている。
第2大隊は、後一か月で赴任期間が終わるところであった。
赴任期間が長い大隊の大隊長が、砦長となる習わしがあったため、現在は第2大隊の隊長――ライナー・バルツ――が砦長になっていた。
◆◆◆
ライナーは、子供の頃から腕白で、お山の大将だった。
乱暴者というわけではなく、弱い者を助け、自分の矜持に沿わない者をいくら強い相手であろうが、それに立ち向かっていく姿が、周囲からの信望を集めた。
ある時、たまたま入った酒場で、騒いでいる男たちがいた。
他の客たちは、関わらないようにしていた。
中には逃げるように帰っていく人もいた。
ライナーは気にせず酒をあおっていたが、その男たちが、嫌がる給仕の女性の手を掴んだ瞬間、席を立ち、殴り倒した。
その後は、1対3の大乱闘。
店もグチャグチャにしてしまった。
更に悪いことに、相手は軍属だった。
“荒くれ者の集まり”という噂の、第八師団の所属だ。
一晩、牢屋の冷たい床で寝た次の朝。
ライナーは、第八師団の詰所に呼ばれた。
殴り殺されるなら、何人か道連れにしてやろうと、意気込んで行くと、師団長とかいうおっさんが、一人しかいない。
机を挟んで座ると、酒を勧められた。
「昨日は、呑めんかっただろ。これは詫びだ」
ライナーは、毒気を抜かれてしまった。
お互い酒を吞みながら、色々な話をした。
ライナーは自分の矜持、軍団長のおっさんは魔物との戦いの話など。
酔いが回ってきた頃、おっさんが言う。
「お前の度胸と腕っぷし、この国の民ために使ってみないか?」
ライナーは、頷いた。
おっさんは、続ける
「よしよし。第八師団、入隊おめでとう!」
酒の入った木のコップをふたり掲げる。
「あとな。あの店の修繕代と賠償は4人で割るから。お前3か月給金なしな」
そんな言葉が聞こえたが、酔いが回ったのだろう…。
◆◆◆
あれから何年か経ったが、“おっさん”にはいつもいい様にやられてしまう。
第八に所属してから、おっさんに「師団長って呼ぶのか?」と聞いたら、「呼び方なんざ、どうでもいい。どう呼ばれようが、俺は俺だ。呼ぶ方が、品位を問われるんじゃねえか?」
カカカと笑った。
ライナーは、そのまま“おっさん”と呼んでいる。
別の隊員は“親父”や“オジキ”と様々だ。
おっさんの名前が、“ブルー”から、“ブーさん”と呼ぶ強者もいる。
そんな昔を懐かしんでいると、執務室の扉が乱暴に叩かれた。
「なんだ!入れ」
扉が、勢いよく開かれ、中隊長の一人が入ってくるなり話し出す。
「第一師団、中隊長シュメル殿より報告!召喚の館で非常事態発生!」
「何?続けろ」
「はっ。報告では、召喚で巨人の化物が発現。リリアーナ王女殿下並びに、カリス最上位魔術師が、その巨人により拉致。二名の生死は、不明。その後の展開、不明。」
ライナーの顔が、白くなる。
「まさか、サイクロプスでも召喚されたのか?」
嫌なことが思い出される。
昨年、西の防壁にサイクロプスが現れた。
勇者が居ない、最悪の時期に。
第八軍団は、大きな犠牲を出し、追い払うことができた。
また、大きな犠牲が出る。
「いえ。シュメル中隊長の報告では、全長不明ながらも、30mはあるとのこと。また、単眼ではなく、人間と同じ容姿であり、衣服も着用していたとのこと」
ライナーは、固まってしまった。
「大隊長。応援要請です。正式ではありません。どういたしますか?」
ライナーは、我に返り、
「この報告を知る者は?それと、シュメル中隊長はどこだ?」
「はっ。報告を聞いたものは、私を含め10名ほどです。口外しないよう、指示してあります。シュメル中隊長は、王都へ向かい出立いたしました。砦の馬、四頭を貸し出しました。事後報告、申し訳ありません。尚、彼の部下が1名、残っております」
「緊急事態だ。お前の判断は正しい。その、シュメル中隊長の部下を呼んでくれ。あと、話を聞いた全員集めろ。それと、第4大隊隊長を…いい、俺が行く。会議室へ集まってくれ」
ライナーがそう言うと、部下は敬礼をし、駆け足で出ていった。
ライナーは、今、鎧を着ていないが、錘の鎧を着たような感覚に襲われた。
重い体を引き摺るように部屋を出て、第4大隊の大隊長がいる場所を目指す。
砦の会議室では重い空気が流れていた。
ライナーと、第4大隊長のジョン・ルーコリルは、腕を組んで、シュメル中隊長の部下の話を聞いていた。
内容は、先ほど聞いた報告と同じだった。
今から、監視を強化すること、明日の朝、この砦からも何人か王都へ報告に向かわすことと、召喚の館に、偵察へ行くことは決まったが、それ以外が決まらない。
大型魔物に有効なバリスタはこの砦には無い。
西の防壁近くに保管されている。
往復で二日はかかるが、取りに行かせるべきか。
そもそも、30mもある巨人に有効なのか、判断がつかないのだ。
また、王女の生死不明が、判断を鈍らせた。
第2、第4の中隊長を何人か呼んで、監視の強化を指示した。
異変があれば、些細なことでも報告するように徹底させる。
会議室で、ライナーとジョンが、どこまで情報を公開するか、また、偵察要員の人選で悩んでいると、会議室の扉が叩かれた。
「「何だ!入れ」」
二人同時に言う。
扉が開き、兵士二人が、泥だらけの下着姿の男性の肩を支え入ってくる。
「王宮近衛兵ピピン殿です。召喚の館より、至急の報告があるとのこと」
ライナーとジョンは、顔を見合わせる。
「椅子に…」
どちらともなく言う。
「ピピン殿。何が、あったのですか?どうして、その様なお姿で?」
ライナーが、なるべく優しい口調で語りかける。
普通に話していても、以前の上司や部下から“横柄”に見えると言われていたので、近衛兵士――すなわち貴族相手に気を遣った。
泥だらけの下着姿で、貴族には見えなかったが…。
「馬が…居なくて…走って…きた。よ、鎧も…脱いで…、少しでも早く…ああ。水を、水をくれないか…」
震える声で、ピピンが言う。
ライナーは、顎で兵士に指示を出す。
ピピンは、コップの水を一息に飲むと、すこし咽、喋り出した。
「召喚の儀で…巨人が…。巨人は…リリアーナ殿下を…人質に交渉を…」
「王女殿下は、無事なのか?」
口調は素になってしまったが、誰も気にならなかった。
「ああ…今は、御無事だ…ただし…条件を飲まねば…明日…殺すと言っていた…王国を潰すとも…」
「会話が出来るのか?」
「ああ…先を…続けていいか?」
「おっおお。頼む」
「条件は…明日の昼までに…食糧と飲み水…持っていくこと。…巨人だから…どれだけ食べるか…。毒は…入れるな…王女殿下を毒味役にすると…」
ピピンは、泣き出してしまう。
「明日の昼まで?もう夕刻だ。時間がない」
ライナーは、ジョンに向き直り
「とにかく、食糧と水を用意しよう。念のため、明日の朝一番で出る。とりあえず、30人前、いや、50人前用意しよう。明日、俺が運ぶ」
ジョンは、驚いた顔をしたが、
「そうだな。頼む。どんな奴か見てきてくれ」
そう、ライナーに言った後、ピピンの方を向き
「ピピン殿。ご報告、ありがとうございます。今日は、ゆっくり休んでください。湯浴みの準備もさせます。明日、王都に向け、砦からも何人か出しますので、ご同行お願いいたします」
と、頭を下げる。ライナーも慌てて頭を下げる。
ライナーは、食糧と水を馬車に積み込んでおくよう、指示を出した後、自室に入った。
会話が出来るのは、僥倖かもしれない。
ピピンとかいう近衛の話を聞く限り、知性もありそうだ。
「第八の中じゃ、俺も知性派だぜ。知略勝負は…無理だねぇ」
まだ見ぬ巨人に、思いを馳せ、この国のことよりも、好奇心に捕らわれた男は、コップ一杯の酒を一気に飲み干し、眠りに就いた。
ありがとうございます。
引き続き、宜しくお願いします。




