第60話 王国のネズミと帝国のネズミ
アストレイア国王のエリック皇太子は、テツジシティーとルイーゼ辺境伯領の視察を終え、王都への帰路にあった。
揺れる馬車の中で、ひとり考えに耽っていた。
巨人勇者。
年齢は同じくらいだろう。
知識が豊富で、時折、子供のような態度を取る。
隷属の首輪で管理しているわけでもないのに、魔物領の開拓や、魔物の駆逐も率先して行っている。
街の開発も目を見張る勢いだ。
あの体躯にあの力、そして、あの知識。
王国に留まってもらえれば、自分の世代は本当に安泰だろう。
しかし、優しいだけではない。
王国に牙を向ければ、王国はひとたまりもない。
父上は軍備増強を考えているが、無駄な悪あがきに過ぎない。
そして、何より驚いたのが、植物紙の作り方を簡単に教えてくれたことだ。
タヌキと呼ばれる辺境伯から、どう聞き出そうと頭を悩ませていたが、巨人勇者はあっさりと教えてくれた。
しかも、材料や器具、作り方を植物紙に書いて渡してきた。
巨人勇者は、この国の文字が読み書き出来ない。
代わりに、立候補した妹のリリアーナが書いてくれた。
植物紙の重要性を、今一分かっていない妹に、残念な思いはあったが、可愛い妹だ。
巨人勇者とも良い関係を築いているようで安心した。
知識を独占することなく、皆で分かち合う。
この世界では、あまりに歪だ。
巨人勇者の世界は、余程、発展し平和なのだろう。
帝国のスパイは、第八師団に王都へ運ばれ、王都で拷問の後に処分される。
巨人勇者は気付いていないようだった。
魔術大臣も軍務大臣も、余計なことは言わないであろう。
ただ、あの後聞いた話をまとめると、魔物領に行き、魔物を触った者たちが発症したようだ。
さらに、キングボアの肉を食べた何人かが、同じ症状を起こしたらしい。
“魔素酔い”とは何なのか、ヴァレルもあまり詳しく分からないそうだ。
もしかすると、シギリード資料にあるかもしれない。
驚くことばかりだが、あの乗り物も凄かった。
木材を組み合わせただけの武骨な乗り物。
巨人勇者が牽くことで、早馬以上の速さだった。
揺れもそれほどなく、滑るように走って行く。
ただ、あの風と体にかかる圧だけは勘弁願いたかった。
胃の中のものが、全部出そうになってしまった。
街道の整備、馬車の高速化。
軍にとっても重要なことだ。
巨人勇者に聞けばよかったと後悔している。
ただ、とても聞ける状態ではなかったが……。
タヌキは、タヌキだった。
自分では、腹を探れないであろう。
ただ、巨人勇者から貰った植物紙を見せた時の顔だけは、一生忘れないであろう。
青ダヌキと呼ぼう。
学校も考え方によっては、面白いかもしれない。
読み書き、計算だけではなく、専門的な学校でもいい。
エリックはひとり笑った
「フフフ、私も巨人勇者に毒されたか」
父上には、良い土産話が出来そうだ。
エリック皇太子は、揺れる馬車の中、そっと目を瞑った。
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アリーシア帝国西部の街。
重厚な石造りの建物の中。
帝国軍の西部軍団のタカ派が集まっていた。
「巨人のネズミの報告は?」
一人が苛立ちを隠しもせず言う。
「“魔物領に水道を作っている”との報告から一切報告はない」
冷静な声が答える。
「どういうことだ?」
「突かれた可能性がある」
「全てか?」
「不明だ」
「巨人はデカいだけじゃないのか?」
驚きが声に乗る。
「ああ。かなり曲者らしい」
違うものが発言をする。
「王都のネズミの連絡も途絶え始めている」
沈黙が室内を満たした。
■■■
ルイーゼ辺境伯は、皇太子が王都へ発つと直ぐに、哲治の元へ向かった。
馬車をすぐに用意させ走らせる。
老骨に鞭を打つとは、まさにこのことだ。
哲治のおかげで、街道はよく整地されている。
おかげで、馬車は驚くほど快適に進んだ。
皇太子が持っていた植物紙は、辺境伯領で試作している紙よりも、はるかに質が良かった。
哲治自身が製作した物なのか。
製紙担当は、何をしていた?
もう聞き出すことは無いと、全て領都へ戻している。
……不覚だ。
あの街には、リリアーナ王女殿下がいらっしゃる。
そこから漏れたか。
少し侮っていた。
哲治の元へ着いた。
哲治は、木の棒で何か叩いている。
その音が街中に響いていた。
近づくと、哲治が気付いて振り返る
「あっ、スポンサー」
スポンサーの意味は分からないが、"サー"が付いているので、敬称だろう。
「辺境伯、どうしました?」
哲治が向き直り聞いてきた。
「テツジ殿。植物紙を作っておるのかの?」
「はい。紙が入り難くなったので、自作しています」
「かなり品質が良いじゃの。それは、どう作ったのかの?」
「竹から作ったのと、魔物領の木で良いのがあったんです。魔力が通り易いとルヴァンからも好評で……言ってませんでした?」
哲治は、リリアーナ王女が書いたマニュアルを辺境伯へ渡す。
「公開しているのかの?植物紙は、わしが……」
「独占は駄目ですよ。独占禁止法です」
ビシッと音が鳴りそうな勢いで、哲治は指差す。
ルイーゼ辺境伯は、なぜか罪悪感が胸に湧いてしまった。
「皆で、共有すれば、もっと良いものが出来るかもしれない。一人でやっていれば、後につながりません」
先輩の言葉を、さも自分の言葉のように、自慢げに話す哲治であった。
その後、2、3の言葉を交わした後、辺境伯はマニュアルを大事にしまい、馬車へ戻る。
便利なものは、共有する。
それが、後世に繋がっていく。
そして、少しずつ発展していく。
哲治の人となりは、分かっていたつもりだった。
だから、契約書なども交わさなかった。
……わしも、そろそろ潮時かの。
ルイーゼ辺境伯は、快適に走る馬車の中、静かに目を閉じた。
皆様、お読みいただきありがとうございます。
今回の話タイトル「王国のネズミと帝国のネズミ」、実は自分でも「良く思いついた!」と自画自賛しています。
少しドヤ顔で語らせていただきますと…… 「ネズミ」はスパイ(密偵)を指しています。
帝国のネズミは、まさにその通りですね。
ですが、実はネズミには「金運アップ」「子孫繁栄」「新たな始まり」といった良い意味もあります。
王国の「ネズミ」たちは、スパイ的な動きをしつつも、この国を新しく変えていく……そんな「新たな始まり」を象徴させてみました。
「もっとこんな解釈もできるよ!」というご意見があれば、ぜひ教えてください。
よろしくお願いいたします!




