第50話 かいせん
哲治は、とにかくクラケン号を目指し、浮上することにした。
クラケン号に辿り着き、竿は持ったまま、両手で乗り込む。
上手く乗れない。
焦れば焦るほど、クラケン号が海面を叩く。
サメは音に敏感だと聞いたことがある。
哲治は、焦りながらも、クラケン号を抑え乗り込む。
上半身が、海面から上がり、クラケン号に身を委ねようとした瞬間、何かが左足を掴み引っ張った。
噛まれたと、一瞬思ったが、痛みは無い。
無痛状態は初日だけで、今は普通に痛みを感じる。
両手でクラケン号に掴まるが、クラケン号ごと海中に持って行かれそうだ。
左足首付近を掴まれている。
右足のスパイクの裏で蹴る。
スパイクの歯が、ぬかるんだグラウンドを蹴るような、柔らかいものに刺さった感覚があった。
左足の拘束が無くなった。
哲治は、すぐにクラケン号をビート版のように使い、岸に向かうように泳ぎ出す。
しかし、クラケン号の両脇の海面から、沢山の吸盤の付いた触手が伸びてきた。
タコやイカの足のような触手。
哲治の腕よりも太い。
二本の触手にクラケン号が挟まれ、ギシギシと音を立てる。
クラケン号が海へ引きずり込まれる。
哲治は、意を決し、クラケン号から手を放す。
相棒を囮に、泳いで逃げようと考えた。
海に潜る。
相棒を沈める犯人が見えた。
タコだ。
哲治よりも大きなタコ。
陸地でも、勝てるか分からない。
まして、海中では十中八九、死が待っている。
あの吸盤の付いた足に絡め捕られたら終わりだ。
引き込まれるクラケン号のすぐ後から、キラキラと光を反射した4番アイアンが沈んでくる。
咄嗟に哲治は、折れた4番アイアンを掴み、両手で持って、大タコへ突っ込む。
強靭化のおかげか、バタ足が凄いスピードを上げる。
クラケン号を掴んでいた大タコの足の付け根に、タックルする勢いで、鋭利になっている4番アイアンをブッ刺した。
ターンをする要領で体を捻り、スパイクで大タコを蹴りつける。
大タコは、墨を吐いた。
タコやイカが墨を吐くのは、外敵から逃げる時と聞いたことがある。
哲治は、そのまま逃げてくれと祈った。
4番アイアンは大タコに刺さったままだ。
諦めるしかない。
相棒は、大タコの触手から逃れ、再浮上中。
釣り竿は、目の前に沈んでいた。
釣り竿を掴み、海面へ上がる。
大きく息を吸い込み、クラケン号に上半身を乗せ、バタ足で岸を目指す。
海面が腰の高さになってから、クラケン号から降り、相棒を引っ張って走る。
岸に無事に戻ってこられた。
皆、何事かと集まってくる。
この世界に来て、初めて肩で息をする。
釣り竿も無事……ラインが引っ張られ、竿がまた海に持って行かれそうだ。
哲治は、竿を掴み、リールを巻いていく。
釣り竿がしなる。
ラインが張る。
強靭化の魔法を信じて、哲治は力を込める。
重いが、力任せに巻いていく。
ラインは切れる気配はない。
永い死闘が繰り広げられる。
大きなタコが釣れた。
4番アイアンのシャフトが深々と刺さっていた。
海戦で得た海鮮は、たこ焼き何人前なのでしょう?
皆の顔は見ないことにしました。




