第25話 元の世界のこと、今の自分のこと
異世界生活11日目
少し雲はあるが、“本日も晴天なり”…何のフレーズ?思わず出た。
ただ、今朝の気分は少しブルー。
昨夜、と言うか今朝方、夢を見た。嫌な夢だった。
自分の会社のオフィスに居た。
なぜか、万能PPテープで、イスに体を巻かれ、動けない状態だった。
上司の課長から、内容は不明だが怒鳴られ、いつも優しい先輩にも睨まれていた。
急に場面が変わり、今度は、野球場に居た。
PPテープは無くなっていたが、ユニフォーム姿のメンバーの中、ひとり私服で鍬を片手に突っ立っている。
監督が、俺を怒鳴る。
またまた場面は変わり、今度は実家のキッチン。
母さんが泣いている。
その横で親父が怒っていた。
そして、殴りかかってきた。…親父にも殴られたことないのに…あ、殴って来たの親父だ。
殴られると思った瞬間に目が覚めて、薄暗い明かりの中、最近見慣れた天井があった。
こちらに来て10日が過ぎた。元の世界のことを、思わなかったわけではないが、目まぐるしい展開と、生きていくために考えることが多く、その暇がなかったと、言い訳をしておく。
夢の中では睨んでいた先輩が、現実の世界で昔、優しく言ってくれた。
「言い訳はしていいよ。嘘は、駄目だけどね。言い訳を考える時、何を隠そうか考えるでしょ。それが、問題の本質。それと、言い訳も話術が必要だからね」
はい、本質は、サバイバルが少し楽しくなっていました。
会社のことを考える。
先日、初めて任せてもらったプロジェクトのプレゼン資料が、自分のPCに保存されている。
PCの起動パスワード、誰にも教えてないな。
ファイル共有しておけばよかった。
課長に言われてたな~、リスク管理。
課長、部下から“リスク管理官”て、影で呼ばれていた。
まあ、システム管理の人いるし、大丈夫!
草野球のことを考える。
開幕試合勝てたかな。
キャッチャー用具、どうしたかな。相手チームに借りたのか。
あっ、元キャッチャーの細谷さん、前のキャッチャー用具持ってるわ。
あの人が肩壊して、キャッチャーに抜擢されたんだよ。
あの人、キャッチングとインサイドワーク凄かったな。
大丈夫じゃん!
家のことを考える。
母さん泣いてるかな…。
親父は殴るような人じゃないけど、戻ったら殴られるかな。
母さん、ゴメンね。
親父、物置の道具ありがとう。でも、キャンプ趣味にしとけ。
姉ちゃん…何もない!
彼女のことを考える。
いね~わ!
起き出して、バケツの水で顔を洗う。
この水は、雨水ではなく、ライナーたちの提供水。
顔をタオルで拭きながら、色々と考える。
まずは、巨人として、この世界に来たこと。
ルヴァンやクルーガから、魔法陣の話を聞いた。
魔法陣の影響で、巨大化したのかもしれない。
で、あるならば、通常の人間が15倍になるとどうなるか。
確か、身長が2倍になると、体積は、高さ×横幅×縦幅?だったかな。
とにかく、“2”の“3乗”を“かける”ことになるはず。
175㎝で、体重約70㎏の体が、350㎝になると560㎏…。
15倍だと、70×(15×15×15)=とんでもない。
でも、体は重くないし、元の世界と変わらない感覚だ。
こちらの世界の物が、少し軽く感じるけど、“強靭化”の魔法のせいでは、とルヴァンに言われた。
もう一つ考えられるのは、自分のサイズは元のままで、この世界、星の人々が小さいだけなのかもしれない。
ただ、太陽は元の世界と同じように感じる。
元の世界では、地球が太陽の周りを一周するのに約365日、こちらは一年が362日、そう変わらない。
天文学は、全く分からないので、この星の公転速度が速いとか、正直分からない。
それと、目と耳が元の世界にいた時よりも良くなった感じだ。
視力は、矯正無しで運転免許証が取れるくらいしかなかったが、こちらに来てから、異常なほど、遠くが見える。
離れた場所の小さい馬車ですら、はっきりと見える。
夜も、月明かり程度で、かなり見える。
聴力も良くなっていると思う。
小人たちと、ある程度、距離があっても会話は聞き取れるし、魔物領の森では、魔物の足音や、葉が揺れて動く音が鮮明に聞こえる。
この世界で生きていくには、ありがたい高性能化だ。
あと、気になったのは、水のこと。
日本から海外に行った時の注意として、現地の生水は飲まないように言われると、姉ちゃんから聞いたことがある。
何でも、日本の水と違って、飲むとお腹を壊す可能性があるとのことだ。
でも、浄水がどうなっているかも分からない、こちらの世界の水を、どれだけ飲んでも、腹が痛くなったこともないし、毎朝の大仕事は爽快だ。
“環境対応”なのか胃腸まで“強靭化”なのか。
まあ、不思議だけど、“ご都合主義”の一言で、片付けよう。
いよいよ、“返還の館”の建築に取り掛かる。
と、言っても、基礎のため、穴掘り作業だ。大きな石や瓦礫を入れて、基礎にするらしい。
よく分からないので、言われたことをやります。
午後からは、川までの道の整備に勤しみます。
いつものように、切り株を掘り起こし、地面をならしていく。
鍬の側面を地面に当て、グラウンドをならす“トンボ”のように使い、鍬の背部分で圧し固めていく。
鍬、最強だね!
石散弾は弾切れを反省し、毎朝、河原へ行ったときに、大量に拾ってくることにした。
スパイクケースの中に満タンに入れ、パーカーのポケットにも満載させる。
パーカーも、そろそろ洗濯しないといけないが、ポケットの有る上着が、あとはグラコンしかない。
グラコンは布団なので、持ち出しNGだ。
スパイクケースの取っ手部分に、ジュースの景品だった“カラナビ”を付け、カーゴパンツの右腰辺りのベルト通しにつなげる。
西部劇のガンマンスタイルだ。
少し重くて、ベルト通しが切れないか心配だ。
親父、裁縫趣味にしとけ!
カーゴパンツの左腿ポケットに畜魔石を入れて、倒した魔物に翳せるようにしてある。
ただ、むやみに殺していない。
石散弾を投げて追い払うのが、基本だ。
これでは、ルヴァンの言う、“必要魔力”が、いつまで経っても溜まらない。
どこかで、覚悟を決めなければ…まだ、3年ある。まあ、追い追いだね。
夕方前に、物置に戻ると、石大工さんたちが瓦礫を選別し、並べて置いていったり、基礎穴に投げ込んだりしていた。
それを見て、気になったことを聞いた
「建築用の石材はどうするんですか?」
すると、岩ツじゃなく、ガンツが答える
「採石場から、運んでくる予定だ」
どれくらいの大きさの石か、分からないけど、自慢の筏型ソリ(今度、名前を付けよう)があるので、
「採石場から、石運ぼうか?」
って、提案する。
ライナーが走ってきた。
「お願いだから、ここから移動しないでくれ」
「え⁉なんで?」
「街や村の人が見たら、大騒ぎになる!」
えー。アイドル、俺、アイドルなの⁉って、分かっています。
…化け物扱いか…最近、自覚しています。




