第24話 軍務大臣
軍務大臣のアウタースは、国王の執務室から出た後、重い足取りで、軍務大臣室に向かっていた。
腹立たしいのは、第一師団長のルーファスである。
報告を怠り、ましてや、国王が嫌悪するシギリード公爵の宴に参加していたなど、自身の監督能力を疑われる行動を取ったことだ。
貴族の宴に、軍部の人間が参加する場合は、2階級上の許可が必要になる。
つまり、大隊長と師団長は、大臣の許可が要る。それが身内の宴でも。
大臣室に続く廊下を歩いていると、前方より兵士が一人駆けてくる。
この兵士は、自分の義理の甥だ。
秘書的な仕事をさせている。
その兵士は、アウタースの前で立ち止まり、敬礼をして話し出す。
「閣下、ルーファス第一師団長がお見えです。火急の報告ありと。今、控室でお待ちいただいております」
アウタースは、自分の顔が熱くなるのを感じる。
唇をきつく結び、鼻から大きく息を吸った。
口を開け、大きく息を吐きだす。
「大臣室へ…いや、このまま控室へ行こう」
甥に当たっても仕方がない。
怒鳴り出しそうな気持を抑え、控室へ向かう。
控室の扉を、甥の兵士がノックする。
「どうぞ」
室内から、横柄な言い方で、返ってくる。
扉を開けてもらい、室内へ入っていく。
三人掛けのソファーが、低いテーブルを挟み、対の状態で置いてある。
上座に、尊大な姿勢で座るルーファス第一師団長が、視線に入った。
こちらに気付き、慌てて姿勢を整え、立ち上がろうとしたところを、手で制止する。
「ああ、挨拶はいい。そのままで」
ルーファスは一瞬、怪訝な顔をしたが、姿勢を正すように座り直した。
アウタースは、その表情の変化を見て、第一師団の質の低下を感じた。
『軍部司令官は、常にポーカーフェイスでいること。恐怖、不安は勿論のこと、喜びすら表情に出してはいけない。腹を見せれば、隙を突かれる』
昔、自身が、第一師団の“いち”大隊長だった頃、当時の師団長に、言われた言葉だ。
つい先ほどの、国王の前での醜態を思い出し、自分が、軍部の質を落としているのかと、可笑しくなった。
その笑顔のまま、ルーファスの前に座る。
「それで、用件は何だ?」
笑顔と裏腹に、冷気を感じる冷たい声色だった。
ルーファスは、気にすることもなく
「はっ。召喚の館より、使者がまいり」
「巨人が、召喚されたか?」
被せるように、アウタースの冷たい声色が響く。
ルーファスは、驚いた顔をして
「だ、誰にお聞きになったのです?」
問いには答えず、アウタースは笑顔を消し、無表情でルーファスを見る。
沈黙が、室内の空気を重くしていく。
堪らず、ルーファスが喚く
「ち、違うのです。今日…」
「何が。違う?報告を怠ったことか?公爵家の宴に、極秘で参加したことか?」
ルーファスは、笑い顔とも苦悶の表情ともとれる顔をする。
「謹慎しておれ。沙汰は追って通告する」
そう言って、アウタースはソファーから立ち上がり、控室を出ていく。
控室に残された男は、壊れたレコードのように
「違うのです…違うのです…」
呟きを、繰り返していた。
◆◆◆
アウタースは、大臣室に戻ると、自身の執務机の椅子に座り、大きく息を吐く。
ルーファスは、軍務規定違反で、処罰されるだろう。
今回は、減俸や降格などの処分ではなく、確実に軍部を追われることになる。
第一師団長の任命は、国王ではあるが、推薦したのは自分だ。
ただ、自身に処罰は下らないであろう。
アウタースは、分かっていた。
内務大臣、魔術大臣、そして、軍務大臣の3人は、他の大臣とは違い、国家機密を知っている。
簡単に、首のすげ替えはできない。
それに、後継者の問題がある。
ルーファスは、後継者筆頭だった。
信頼も寄せていた。
少し、自由にやらせてしまったことが、野心を生む、結果となったのかもしれない。
家柄も、能力も申し分ない男だった。
いつから変わってしまったのか、アウタースには、思い当たる節がなかった。
“家柄”、嫌な言葉だ。
自身も貴族家の出であるが、自分よりも優れた人間が、“家柄”を理由に、上位の役職に就くことが出来ない。
今、巨人の人質になっている、ルヴァン・カリスがいい例だ。
若いころから、魔法陣で王国に貢献してきたが、庶民の出という理由で、第三位止まりだ。
ただ、最上位まで登り詰めたのは、異例と言っていいのかもしれない。
もしかすると、カリスは、今回“わざと”巨人を召喚したのか?
王国を、見返すために。または、王国に復讐…。
“家柄”ということであれば、もう一人の人物が浮かぶ。
今、第八師団の師団長をやっている男だ。
名を、ブルーという。
若いころ、アウタースとブルーは、同じ第一師団に所属していた。
メキメキと頭角を現し、アウタースよりも先に、中隊長となった。
アウタースは、勝手に彼をライバル視していた。
嫉妬ではなく、彼のようになりたいと強く思っていた。
中隊長になって、益々人望を集め、上役からの信頼も厚かった。
しかし、彼は、アウタースが中隊長になってすぐ、転籍希望を出した。
理由を聞くと、彼は
「第一では体が鈍る。第八へ行って、魔物と戦いたいんだ」
そう言って、誉ある第一師団を去っていった。
彼の噂は、よく耳にした。
異世界人以上の働きをしているとか。
尾ひれが、ついているのだろうが、妙に嬉しかった。
あれよ、あれよと言う間に、昇格し、第八ではあるが、最年少で師団長まで登り詰めた。
街のゴロツキなどを自らスカウトし、師団の兵士に育てていると、噂で聞いた。
第八は、魔物との戦いの最前線である。
人員の不足を、補うためかと思っていたが、大臣になって、第八師団を見た時、それは間違いだと気づいた。
粗暴ではあるが、全員がブルーに心酔し、“この人の為なら”と言う思いを持っていた。
羨ましかった。
人を見る目の違いが、今回の事態を招いたのか、自身の求心力の低さが、問題なのか。
彼のように、なりたかった…。




