第22話 アストレイア国王
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
王都に、穏やかな一日が訪れた。
昨日の雨が嘘のように、晴れ渡った空。
ヴァレルの心には、暗雲が広がっていた。
昨日の密書での報告を、国王へ上げるべきか、迷っていたのだ。
国王へ情報を上げれば、必ず情報源を聞かれる。
監視を付けていたことは言えない。
“噂で聞いた”など論外だ。
朝一番で、軍務大臣に探りを入れたが、何も知らない様子だった。
子飼いの情報屋から、昨日の昼頃、シュメル中隊長と思わしき人物が、西門から第一師団の詰所へ、騎乗のまま駆けて行ったとの情報は得ている。
シュメル中隊長は、今回の召喚の儀の警護責任者だ。
密書に書かれていた内容から、シュメル中隊長と思われる者が、召喚の館から西へ駆けて行ったことも把握している。
まだ、軍務大臣まで、報告が上がっていないだけなのか。
それとも、上げるだけの情報を持っていないのか。
ただ、逃げ帰っただけなのか。
いや、それは無いであろう。
護衛任務が決まった際、彼のことは調べてある。
庶民の出身ながら、勤勉さと努力で、第一師団の中隊長まで登り詰めた。
王国への忠義も篤く、貴族出でないことが悔やまれると、評される人物だ。
対応が一日遅れれば、どれほどの損害が待っているのだろうか。
しかし、自分の持っている情報も“高が知れている”。
現時点では、巨人の性質や考え、能力、それに知性が有るのかさえ不明だ。
シュメル中隊長が、近隣の砦に情報をもたらしているのか。
もたらしているとしても、第八師団がどこまで情報を開示しているか。
第八師団に、配属されている魔術師からの密書も、商人を介して運ばれるため、時間がかかる。
情報の伝達を、もっと早く出来れば…。
◆◆◆
ヴァレルは、結局動けずにいた。
太陽も、高い位置に移動している。
ヴァレルが、手元の書類から頭を上げ、眉間を揉んでいると、扉が叩かれた。
「どうぞ」
扉の向こうへ、聞こえる程度の音量で答える。
扉が開き、魔術師ではなく、近衛兵士二名が立っていた。
「国王が、お呼びです。急ぎ、執務室へお願いします」
そう言い、扉を開いたまま、直立不動で立っている。
国王から、急ぎの出頭命令。
情報が、入ったか?
急いで、白いローブを羽織って、近衛兵に付いていく。
執務室に通されると、すでに内務大臣が居た。
軽く会釈をし、横に並んで立つ。
少しして扉が開き、軍務大臣が現れる。
軽く会釈をして、三人並ぶ。
三人の大臣が、一同に国王へ呼ばれることは、滅多にない。
やはり、召喚の儀の件か。
ほどなくして、国王と宰相が入ってくる。
宰相は、扉を閉めると、無言で鍵をかけた。
国王の顔は、不機嫌を隠そうともしていない。
「…座ってくれ」
国王が、ソファーに座ると、三大臣に座るよう促す。
三人が、ソファーに座る。
宰相は、国王の斜め後ろに立つ。
しばし、無言が続く。空気が重くなる。
しびれを切らした軍務大臣が、言葉を絞り出す。
「国王陛下、何か…」
国王は、手で言葉を制する。
「…召喚の儀に参加した近衛兵から、報告があった」
近衛兵?
軍ではなく、王女の護衛の近衛兵か。
続けて、ゆっくりと国王が話す。
「召喚の儀で、20mを遥かに超す巨人が、召喚されたそうだ」
三人の目を、ゆっくり見ていく。
見透かされているようで、背中に緊張が走る。
「その巨人が、リリアーナを人質に取った」
誰かが、唾を飲み込む音がした。
「巨人が言うには、…その巨人、“テツジ”と、名乗ったそうだ。条件を出してきた」
「リリアーナの命、…実の娘だからな、可愛いが、これは、国にとって重要ではない。それと、王国の安全。…近衛兵が言うには、ほんの一時で、召喚の館周辺を、瓦礫の山に変えたそうだ」
ヴァレルは、“テツジ”という名前を、初めて知った。
名前が有る。
“王国の安全”、つまり、条件を飲まなければ、王国を破壊すると。
「近衛兵と一緒に、第八師団の中隊長が2人来ている。召喚の館近くの砦からだ」
国王は、両腿に両肘を付け、手を組んで話を続ける。
「条件はまず、食糧と水。これは、砦の第八師団が対応している」
「もう一つの条件が、元の世界へ戻れるようにしろと」
ヴァレルは、驚いた。
王女を人質に取って、なお、力を示し、条件を突きつける。
一筋縄では、いかない相手。
しかも、元の世界へ戻す。
無理だ…そんな魔法陣は、描けない。
「ルヴァン・カリスが、約束したそうだ。3年で、元の世界へ帰すと」
ヴァレルは、もう表情を繕ってはいられなかった。
「無理です。そんな魔法陣は、短期間で描けません」
つい、国王に向かい、意見してしまった。
国王は、ヴァレルの顔を見て言う
「そこだ。ルヴァンの才能は知っている。可能性はあるが、生き残りたいがためのブラフだった場合、それが、不可能と分かった時点でどうなるか」
ヴァレルから視線を外し、国王は軍務大臣を見る。
「軍務卿、何か報告はあるか?」
軍務大臣は、目をパチクリさせて、
「…いえ、特には…」
絞り出すように言う。
「そうか。昨日、第一師団の詰所に、召喚の儀の護衛に当たった中隊長が、駆け込んだらしい」
軍務大臣は、驚いた顔で、
「申し訳ございません。何も、聞いておりません」
深く頭を下げる。
「第一師団長は、昨夜、シギリード公爵のパーティーに参加していたそうだ。しかも、軍服ではなかったと聞いた」
軍務大臣の震えが、こちらにも伝わってくる。
よりによって、シギリード公爵とは。
彼は、異世界人召喚に、非を唱える筆頭だ。
“自分たちの国は、自分たちで守る”、そう、標榜している。
公爵家の人々は、優れた魔術師を排出する名門であり、魔術に絶対の自信を持っている。
実際に、最上位魔術師序列二位は、シギリード公爵家の出だ。
「情報が少ない。一度、一軍団を当て、戦闘能力を見るのはどうだろうか」
問いではない。
軍務大臣の口から、「あ、あ、あ」と、音が漏れる。
「まあ、それも時期尚早だ。巨人は、魔物の駆逐と、魔物領の開拓を手伝うそうだ」
今まで黙っていた内務大臣が、言葉を発する。
「国王陛下。その巨人を使役することは、出来ないのでしょうか?巨大な隷属の首輪を作成し、寝ている隙に装着を」
「使役は、無理だろう。その巨人は、巨大な建築物と一緒に、こちらへ来た。近衛兵の話では、巨人が寝転んでも、余裕のある大きさらしい。つまり、隙が無いようだ」
国王が、今度は、内務大臣の目を見て話す。
「内務卿。3年で、軍部を増強させたい。王都の防備も強化しろ。増税もやむなしだ。貴族どもからも、むしり取れ。いいな」
今度は、内務大臣の顔が青くなる。
国王は、組んだ手を解き、ソファーの背にもたれ、
「この話は、公にしない。情報をもたらした第八師団の2人は、砦に帰した。近衛兵は、地下の個室に居る。…いいな」
国王が、宰相に合図を送ると、宰相が、扉の鍵を開け、扉を開く。
退室を促され、立ち上がると、声がかかる
「魔術卿。裏でコソコソするのは、今日迄だ」
血の気が引き、足元が覚束なくなる。
どうやって大臣室に戻ったか、思い出せない。
教会の鐘が鳴る。
三大臣の終焉の始まりの、幕が上がる合図のように。




