第20話 報告
雨の中、王都西門に続く街道を、二騎の馬が、切り裂くように駆けてきた。
王都への入場を待つ人々が、騒めいている。
そこを、縫うように駆けていく。
「第一師団、第43中隊、シュメル中隊長です。王都へ緊急のご報告があり」
騎乗の一人が、門番へ語り掛ける。
門番は、第一師団の紋章を、シュメルの鎧で確認すると、敬礼をして、道を譲る。
王都内で、馬を駆けさせるのは御法度だが、シュメルたちは、かまわず大声を上げ、馬を駆ける。
何事かと、王都民たちは騒めいている。
王城に程近い、第一師団の詰所へ駆け込み、シュメルは、
「第43中隊、中隊長シュメル。師団長に火急の報告有り。師団長はおいでか?」
と、入るなり叫ぶ。
詰所内が、騒めき出す。
見知った顔の中隊長が近付いてきて、
「どうした?シュメル中隊長、師団長は登城しているぞ。あれ、お前、確か召喚の儀の護衛任務じゃなかったか?何かあったのか?」
と、半笑いで言ってきた。
「師団長に、緊急の重大な報告有り。誰か、城へ…取次頼む…」
そう言うと、シュメルは、話しかけた中隊長に寄り掛かり、意識を失った。
気が付くと、ベッドで寝ていた。
ガバッと跳ね起き、周囲を確認すると、詰所の仮眠室だと分かった。
すぐに部屋を出て、兵士たちの元へ向かう。
先ほどの中隊長を見付け、話しかける
「すまない。私はどれくらい寝ていた?」
「ああ、2時間くらいか」
「それで、師団長は?」
「使いは出した。…お前、何があった?」
中隊長は聞いてくるが、話して良いか判断がつかない。
シュメルは、
「すまない。まずは、師団長に報告してからだ」
と言って、頭を深く下げた。
その後、2時間ほど経過しただろうか。
外は、薄暗くなっていた。
皆の冷たい視線を受け、椅子に座ってじっと待っている。
ただ、待つ。
この時間は、シュメルにとって、永遠にも感じられた。
心が、頭が狂いそうになるのを、報告内容を反芻し、不備がないかを確認することで、抑えていた。
それから、どれだけ時が経ったか、分からなくなった頃、乱暴に扉が開く。
第一師団長が、戻られた。
「シュメル中隊長」
低く、不機嫌な声。
「何だ“火急の報告”とは?貴様は、召喚の儀の護衛任務だろう。なぜ、こんなに早く戻って来ている」
詰所の空気が凍る。
「第八に虐められたか?任務を邪魔されたのか?私は忙しいんだ。貴様の泣き言に付き合っている暇はないぞ」
「師団長、個室で報告を聞いていただけないでしょうか?」
疲れ切ったシュメルは、感情が、なにも湧いてこなかった。
「泣き言を聞かれたくないのか?ここで報告せよ!」
怒鳴るように、師団長が言い放つ。
シュメルは、覚悟を決め
「報告いたします。召喚の儀は失敗。巨大な建物と共に、30メートル級の大巨人が、召喚されました」
詰所内が、再び騒めき出す。
「リリアーナ王女殿下並びに、最上位魔術師カリス殿が、巨人に拉致され、生死不明。召喚の館に居た、魔術師及び、第43中隊は、私と部下2名以外、多数死傷、残りは生死不明です。召喚の館も、破壊された模様。第八の砦には、報告済み。部下1名を、砦に残してあります」
一気に、報告をする。
師団長は、見る見る顔が赤くなり
「馬鹿者!リリアーナ王女が拉致されて、警護責任者のお前は、逃げたのか?」
「はっ。報告を優先させました。処分は甘んじて受ける所存です」
師団長は、周囲を見回しながら、怒気を含んだ声で言う
「全員に告ぐ。今の話は、聞かなかったことにしろ。いいな、口外厳禁だ!」
その後、今度は師団長の顔が、青くなっていく
「リリアーナ王女が拉致か…シュメル…報告を優先…いや、逃げ出したと…第一師団に、泥を塗りやがって…第八も知っているのか…どうする。どう、立ち回る。…そうだ、おい、お前」
ブツブツと、独り言のようにつぶやいた後、シュメルの部下を指さす。
「お前が、シュメルに言われ、報告に来た。そういうことだ。第八の砦も“シュメルの命で”が、“シュメルが来た”と勘違いした。そういうことだ」
一人で話し、頷く師団長。
「おい、召喚の儀は何日前だ?」
師団長が、聞いてくる。
「6日前です。」
シュメルが答える。
師団長は訝しい顔をし、
「戻るのが、早すぎないか?」
「馬を乗り換え、昼夜通して、走ってまいりました」
シュメルは、師団長の目を見て答える。
「街で、馬を乗り換えたのか?そうすると、鎧を覚えているやつが、いるかもしれんな」
師団長は、顎に手をやり斜め上に視線を巡らす。
「よし、お前、円滑に馬が借りられるよう、シュメルに鎧を託された。それを着て、報告に来た。今日は日が悪い…報告に来たのは、明日だ」
部下に視線を向け言った後、周囲に目線を移し言った。
「皆、そういうことだ」
「後は、シュメル。貴様、どこの門を通った?西か?」
「はい。西門で、名乗りました」
「おい、ロータス。西門に行って、『シュメルは今日、門を通っていない』と厳命しろ」
師団長は、他の中隊長に向かい、指示を出す。
「第一師団は、優秀な者が集い、誉ある師団だ。王都を護り、秩序を重んじる。少しの汚点もあってはならない。第一師団が第一師団であるよう、皆働け!」
師団長の声が、詰所に響く。
ロータスと呼ばれた中隊長は、部下を数人引き連れ、西門へ向かった。
シュメルは、絶望感を感じたが、報告が“上に上がればそれでいい”と、自分に言い聞かせた。
鎧を脱ぎ、それを部下へ渡す。
「頼むぞ」
一言が、精一杯だった。
■■■
魔術省大臣ヴァレル・ワイトは、大臣室で報告を待っていた。
外は、すでに闇の中にあった。
どうしても気になり、ルヴァンが連れて行った魔術師の中に、数名の協力者を潜り込ませていた。
また、召喚の館の外から、監視する人員を用意していた。
召喚の儀が終われば、遅くとも昼には異世界人が外へ出てくる。
そこから、馬車に乗せ、近くの砦へ連れていく予定だ。
内部の協力者は、ルヴァンと共に戻るだろう。
外での監視役は、人数や、容姿を確認し、報告してくれる手はずだ。
今日か、明日にでも、密書が届くであろう。
噂をすれば…ではないが、その時、大臣室の扉がノックされる。
「入れ」
ヴァレルが言うと、扉が静かに開き、灰色のローブを着た男が入ってくる。
「これを」
男は、片手で収まる程度の箱を、大事そうに両手でヴァレルに手渡すと、一礼して部屋を出ていった。
男から渡された箱を見る。
この箱は、密書が入った箱だ。
魔法で施錠がしてあり、一度箱を閉じると、ヴァレルが持っている魔法陣がなければ、開けることが出来ない仕組みになっている。
ヴァレルは、引き出しを開け、古びた文鎮を出す。
その文鎮は、仕掛けが施されており、真ん中で割れるようになっていた。
中に空洞があり、そこから、丸めた紙を取り出す。
紙を広げ、箱を上に乗せ、魔力を注ぐ。
カチッと音が鳴り、箱の施錠が外れた。
ヴァレルは、中に入っていた紙を見る。
読み進めると、自分でも分かるくらいに、顔色が変わっていく。
「外れてほしかった不安が、的中してしまったか…」
引き出しから、もう一枚の魔法陣を取り出し、その上に密書を乗せる。
魔力を込めると、魔法陣から火が上がり、密書と魔法陣を焼き尽くす。
その炎が、灰に変わる様子を見ながら、ヴァレルは呟く
「…使い方を間違えれば、すべて、灰になる」




