第18話 ライナーたちの苦難
哲治が、川を見つけた二日前。
ライナーは、日の出前に砦を出る準備をしていたが、気になることを思い出した。
テツジの左手に、包帯のようなものが巻かれていたことだ。
ケガをしているのではないか。そんな気がした。
キングボアに続き、イービルモンキーを10匹以上倒したと聞いた。
かなり厄介な魔物を倒している。
この二種類の魔物は、軍部だけで戦えば、必ず死傷者が出る。
テツジも、ケガをしていてもおかしくない。
そう思い、治癒魔術師を2、3人連れていくことを決めた。
早速、治癒魔術師の宿舎に向かい、扉を強く叩く。
寝ぼけ眼で、一人の治癒魔術師が出てきた。
事情を話し、協力を要請すると、明らかに不満そうな顔を見せる。
すぐに、意味深な笑みを浮かべ、一人の治癒魔術師を呼んだ。
「エルフ魔術師のシータです。彼女は優秀なので、ひとりで十分でしょう」
出迎えた治癒魔術師が言う。
ライナーは、彼女が優秀なことは知っている。
それに、異世界人であるが故、治癒魔術師の中で浮いていることも知っている。
今回の異世界人は、自分たちのコントロールが効かない。
さらに、一中隊を一瞬で全滅させた巨人だ。
好んで行きたがるのは、自分くらいだろうと、自嘲気味に笑う。
それを見て、治癒魔術師は不気味に思ったのか、そそくさと、シータの背を押し、ライナーに押し付けた。
一応、野営の準備をしてもらい、ケガ治療の魔法陣を、用意するよう命令を出す。
彼女を馬車に乗せ、日の出とともに出発をする。
銀色の建物に近づいていくと、昨日まで無かった、黒い壁が見える。
丁度、建物の出入口の前だ。
自分たちが留まるため、目隠しを作ったのだろう。
やはり、侮れない。
テツジは何か作業をしていたが、近付くと、いつものように椅子に座り待っていた。
テツジに野営場所を確認すると、案の定、目隠しの前を指さした。
しかも、建物に近付かないよう脅し付きだ。
続けて、治癒魔術師を連れてきたことを話すと、テツジの顔から喜びが見て取れた。
すぐに真顔に戻したが、ライナーは見逃さなかった。
テツジは、ケガをしていると言って、包帯のようなものが巻かれた部分ではなく、手首を見せてきた。
確かに、小さな穴が開き、血が薄っすらと見える。
予測が外れたか。
馬車に向き直り、エルフの治癒魔術師を呼ぶ。
テトテトと、…走ってくる。
相変わらず、攻撃性と体力はないようだ。
テツジのケガに、治癒魔法を施すよう命令すると、素直に近付いていく。
自我が、消えかけているのか、恐怖心もないように見える。
テツジは、驚いていた。
初めて治癒魔法を受けた新兵と、同じような顔だ。普通の若者の顔だ。
テツジが、他のキズの治療も頼んできた。
やはり、包帯のようなものを剝ぎ取ると、親指の付け根に大きなキズがあった。
人質にも、治癒は必要か尋ねると、
「彼女も常駐してくれるのですか?」
と、珍しく敬語で聞いてきた。
可笑しくて、笑いを堪えるのが大変だった。
テツジも、普通の若者なのかもしれない。
その日、テツジは、建物に入ったきり、出てこなかった。
エルフのシータは、そのまま常駐させるつもりでいたので、馬車を個室に提供した。
無表情で、羊皮紙に治癒の魔法陣を描いている。
翌日、テツジが魔物のことを聞いてきた。
5人であれこれレクチャーをする。
実際に戦った魔物は、それほど居ないが、魔物との戦いは、兵士の武勇伝だ。
色んなところで、様々な情報が入る。ただし。尾ひれ付きだが。
昼飯を食った後、いよいよ魔物領へ向かう。
自分たちは騎乗で向かうが、歩いているテツジに置いて行かれないようにするのが、精一杯だった。
防壁に着いて、馬を繋ぎ、防壁の階段へ向かおうとした時、テツジに突然掴まれ、大きなカバンに押し込まれた。
5人が詰め込まれると、突然の浮遊感。
生きた心地がしなかった。
テツジへの恐怖心より、現状の恐怖が勝り、全員で罵詈雑言を吐いた。
昼飯も吐きそうだった…。
テツジが、切り株を大きな鍬で、取り除いていく。
あまりの力に、何度目かの驚愕を覚える。
テツジが、不意に呼びつける。
走って行くと、“アーリータイガー”の無残な姿があった。
「これ、俊敏で凶悪なアーリータイガーですよ。罠とかで動きを封じないと…、これを一撃かよ」
思わず零れ出た。驚くのは、もうやめたい。
その後も、ビックボアやブラウンベアを一撃で倒してしまう。
テツジの大きさなら、納得はできるが、納得できない。
自分たちは、本当に単なる解体要員だった。
テツジが急に戻ってくる。
イービルモンキーが、現れたという。
テツジの戦闘を始めて目の前で見た。
驚愕の度を越している。
イービルモンキーの動きを、予見していたかのように、構えから体を半身にさせ、黒い巨大なメイスのような棒を振りぬいた。
イービルモンキーは、矢が射られるような速度、いや、それ以上の速度で、他のイービルモンキーを巻き込んで飛んでいく。
更に、30メートル先に居たイービルモンキーに一瞬で近付き、メイスを振り下ろす。
イービルモンキーは、森の木を超え、消えてしまった。
あまりにも衝撃だった。
野営地に戻った後で、焚火を囲み5人で語り合った。
砦に伝令を走らせたいが、一人でも欠ければ、テツジに不信感を与えるかもしれない。
明日、食糧を運んでくる兵士に書状を渡すよう、シータに命令をした。
書状には『絶対に敵対しないこと』を明記し、第八師団長から、王国へ報告してもらわねばならない。
さらに翌日。
テツジは、今日中に川へ辿り着きたいと言っていた。
川が、どれくらい先にあるのか分からないので、不安が心を過ぎる。
嫌な胸騒ぎがする。
今日のテツジは、鬼気迫る勢いで、木を伐採していく。
昨日と違い、伐採した木も、無造作に放り投げていく。
射線に入らないように、テツジの真後ろを走る。
途中途中、岩や石礫を森に向かい投げつける。
決まって、魔物の悲鳴のような鳴き声が聞こえる。
一応、確認へ行く“ふり”をする。
水の流れる音が微かに聞こえると、テツジのペースが上がった。
地獄だ。
近衛のピピンとかいった貴族を思い出す。
鎧脱ぎたい。
ピピンの気持ちが分かった気がする。
木々の隙間から川が見えた。
と思った瞬間、テツジは立ち上がり、いきなり目の前の木を蹴り倒した。
川が、はっきりと見えた。
急いで、テツジの元へ向かい文句を言うが、息が切れて上手く喋れない。
笑顔を見せられた後、しゃがんで何かを指さす。
「これ、何?」
無邪気な子供が言うような口調で、指さされた場所には、潰れたサイクロプスが居た。
二度見してしまった。
蹴り一発で、あの悪夢のサイクロプスを潰した。
そう思っていると、森からもう一体のサイクロプスが現れた。
槍を構え。後ずさる。
「つがいか⁉」
誰かが叫んだ。
その後、テツジはしゃがんだ姿勢のまま、河原の石を大量に掴み、サイクロプスへ投げつける。
投げた石が見えなかった。
気が付けば、サイクロプスの体が穴だらけになり、前のめりに倒れていった。
テツジに、魔石回収を頼まれたが、頭が理解するのに少し時間を要した。
生きていないことは明らかだが、心と頭の整理をするため、サイクロプスの亡骸へゆっくりと近づく。
他の4人も同じ思いだろう。
テツジが、「定番のゴブリン倒した~」と叫んでいた。
喜ぶ顔を見て、ライナーは、
“ゴブリン”ではなく“サイクロプス”だと伝えるべきか、悩みが増えてしまった。




