第15話 静かな怒り、そして悩み
異世界生活4日目。
床で寝ていた体が痛い。
人質たちはベッドでスヤスヤ。あれ~立場逆じゃね。
女性陣は、奥の棚の下にベッドを置き、ブルーシートで目隠しを指示され、完全個室の出来上がり。あれ~。
6㎝ほどの小さな樽から、ちまちまとバケツに移しておいた水で、顔を洗う。
樽3個分くらいの水で、うがいをした後、タマゴボーロパンをボリボリ食べる。
…
“大仕事”終わりのおしぼりを洗って、脚立に干すと、朝の仕事は終わりだ。
食事は一日一回でいいみたいだ。やっぱり魔法スゲェ!
でもな、「国民にこの魔法掛けたら食糧難なくなるね」って、言ったら、召喚魔法陣にしか効果が無いこと、危険だから王国民には掛けられないと、ルヴァンに言われた。
デコピン我慢したね~。
俺は心が広いね~。
…ムカつく。
食糧が余り気味だから、ライナーが来たら減らすように言わないといけない。
昨夜は、この世界の常識的なことを色々聞いた。
ただし、魔法オタク2名と、箱入り王女と、その侍女。察してください。
召喚魔法の歴史や、魔法のあれこれ、王城の豪華さや、箱入りの御転婆伝説。
すみません。魔物のことや、この国のことや地理。一般の人の生活など役に立つ情報を誰かください。
気を取り直して、瓦礫の片付けを行っていく。
昨日よりも、更に早い時間に、ライナーたちがやって来た。
今日は馬車5台だ。
何か頼んでたっけと、考えていると、ライナーが近くに来て言う
「テツジ殿。自分たちの野営一式を持ってきた。どこで野営すればよろしいか?」
ああ。解体要員ね。
哲治は、昨日作成した目隠し(木を立てて寒冷紗で巻いただけのもの)の前を指さし、
「あの辺で。ちなみに建物には近づくなよ」
威圧を込め(自己申告)言う。
「了解した。本日は治癒魔術師も同行している。ケガや体調が悪い人は居ないか?」
ライナーはあっさりと承諾した。
更に、治癒魔術師連れてきた。
仕事できるね。
喜びを隠しつつ
「治癒魔術師?どんなもんかね。丁度、俺がケガをしている」
そう言って、左手首を見せる。
血はすでに止まって、赤い穴が二つ開いているだけだ。
ライナーは怪訝な顔をしたが、すぐに馬車の方へ振り返り、治癒魔術師を呼んだ。
灰色のローブを着た小柄な(小人の中でも)人が、テトテトと歩いて…走ってきた。
あっ、転んだ。
起き上がり、またテトテトと歩い…走ってきた。
ローブのフードを被っているので、顔は見えない。
灰色のローブは、クルーガと同じ上級魔術師の証。
昨日聞いた。
上級治癒魔術師がライナーの横へ着くと、肩で息をしている。
歩いた…走ったの2m、あなたたち基準だと30mくらいですよ。
ライナーが、治癒魔術師へ指示を出したようだ。
哲治は、治癒魔術師が見えるように、手首を下へ持っていく。
フードを外し、ローブのポケットから紐のようなものを取り出す。
長い髪を纏めだした。そして懐に手を入れ、中から、丸めた紙を取り出す。
哲治を見上げた顔は、美しい少女と言える風貌だった。
耳が大きく上が尖っていた。
哲治が見惚れていると、紙を広げ、何か唱える。
紙が淡く光り出すと、その紙を傷口に押し付けた。
光が収まり、紙を放す。
傷口を見て、彼女は“どや顔”をした。…最後残念。
手首の傷口を見ると、何もなかったようにきれいになっていた。驚いた…。
固まっていると、ライナーが声を掛ける
「どうですか?彼女は優秀な治癒魔術師ですよ」
頷くしかできない。
“魔法スゲェ”なんて陳腐な言葉になった。
「…他の、キズも良いか?」
驚きで喉が渇いたのか、しゃがれた声が出る。
彼女は、ライナーの方を見る。ライナーは頷いて
「治療しろ」
と短く言った。
彼女は、また懐に手を入れ、巻いた紙を取り出す。
慌てて、テーピングを外し、ピピンに槍で突かれたキズを見せる。
同じように、紙が淡く光るとキズに押し付ける。
光が消え、紙を外すと、“どや顔”を見せた。
消えていた。
乾いた血が少しこびり付いていたが、穴はなくなっていた。
ライナーが、「戻れ」と言うと、またテトテトと馬車へ向かっていく。
「人質の4人は大丈夫ですか?」
ライナーの言葉で我に返り。
「彼女も常駐してくれるのですか?」
と、質問を質問で返してしまった。しかも敬語で。
「ご希望とあれば」
ゴホン。一つ咳払いをし、
「4人には、聞いておく。もし治療がしてほしい人が居たら、よろしく頼む」
ライナーが、ニヤリと笑った気がした。
その後、ライナーたちは馬車2台を残し、野営の準備をしていた。
その間に物置に戻り、治癒魔術師のことを話す。
誰も治癒を必要な人は居なかった。
ルヴァンに、その治癒魔術師のことを聞くと
「耳が長かったのか。そいつはエルフという人種だ。16年前に召喚された異世界人だ」
「16年前?いや、16~7歳にしか見えなかったぞ。赤ん坊を召喚したのか?」
少し、怒気を含んでしまった。
「いや、見た目が変わっていないだけだ。エルフという人種がどういうものか知らんが、本人たちが語った内容では、寿命が長いらしい。その分、成長速度が遅いようだ。ただ、今現在で生きているエルフは、彼女一人だ。あとは、魔物にやられたものと、…確か“魔力暴走”と言っていたな。体内の魔力が暴れて、粉微塵で死んだのもおった」
哲治は、言葉が出ない。
彼女は異世界でひとりぼっちだったのだ。…同じだ。
「何とかしようとか思うな。彼女の首は見たか?首に隷属の首輪が嵌まっているはずだ。自我はあるかもしれないが、今は傀儡の人形だ。無理に首輪を外せば…狂うか、死ぬ」
哲治は、ルヴァンを睨みつける。
しかし、ルヴァンも単なる国の駒だ。
ふと気になり、王女の方を見ると、怒りとも悲しみとも取れる顔で泣いていた。
彼女が生まれた年に召喚された被害者だ。
自分が、王女として生きた時間を、傀儡として、生きたエルフの女性。
誰が悪いのか、何が悪いのか、誰を助け、誰を糾弾すれば良いのか。
哲治は悩んだ。
異世界召喚と言う拉致を平気で繰り返す、この歪んだ王国を、この世界を壊すために巨人となって呼ばれたのかもしれない。
しかし、平和な世界で育った、何の能力もない単なる若年サラリーマンが、何が出来ると言うのか。
あのエルフの女性も、この世界の人間も他人だ。
しかも、サイズすら違う。
平和な世界へ戻ることを優先して何が悪い。
言い聞かせても、胸の奥の熱いものが、『本当に良いのか?』と語りかける。
まだ、決めるのは早い。
ルヴァンが、返還魔法陣を完成させるのに3~5年かかると言っていた。
それに、魔物領で、畜魔石をあと一つ見つけなければいけない。
ピピンが、王国の国王に条件の話を持って行っているはずだ。
早馬で、7日かかると言っていた。
天候や条件によっては、もっと時間がかかるだろう。
返事が来るまでに、下手すると一か月はかかるかもしれない。
王国の出方も予想がつかない。
リリアーナやルヴァンに聞いても、分からないだろう。
逆に、固定観念を植え付けてしまう可能性もある。
何にせよ、王国の出方待ちだな。
今日は、気が進まない。
魔物領の開拓と、川探しは明日からやろう。
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エルフの治癒魔術師が、紙に書いた魔法陣に何か唱えていたのを見て、クルーガを捕まえた時、掴んだ手に両手を付けて、ブツブツ言っていたのを思い出した。
クルーガに聞くと、最初はとぼけていたが、トイレ撤去と言うと、話し出した。
「あれは、唾で自分の手のひらに“催眠魔法”の魔法陣を描いて、『かかれ~』って呟いていました」
唾でね~。
あんな短時間で、催眠の魔法陣描けるのって聞いたら
「描けません。パニックになっていました」
と、告白した。
ただ俺の手に、唾つけただけかよ。
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