第14話 トリガー
今回は、主人公目線です。
哲治は、荷車を物置に運び込み、昨日と同じように私服に着替える。
スパイクは履いたままだ。
草野球で、使うつもりだったタオルを首に掛け、園芸用の滑り止め付手袋をはめ、ノコギリと、今度はゴルフクラブではなく金属バットを持って出ていく。
荷車の荷物は、人質たちに任せ、扉を閉める。
西南に川がある可能性を聞いた。
太陽の位置からざっくり計算し、方向を決める。
ダッシュで塀まで行き、ハードルのように飛び越える。
鬱蒼とした森が、眼前に広がる。
バットを右手後ろ、手のすぐ届く場所に置き、しゃがんで木をノコギリで切っていく。
簡単に伐採できるので、次から次へ、切り倒していく。
森の奥から、昨日と同じように音が聞こえてくる。
今回は、土を蹴る音ではなく、ガサガサと葉を揺らすような音だ。
ノコギリを左手に持ち替え、バットを右手で掴んで立ち上がる。
森の中では、バットが振れないと判断し、木々の切れ目まで後退する。
音の原因が出てきた。
猿だ。体長15センチほど黒い毛と茶色い毛が混ざり合ったような色合い。
昔、動物園で見た手乗り猿、マーモセットって言ったかな。似ている気がする。
でも、動物園で見た猿は可愛かった。
こいつは牙を剝き出しにして走ってくる。
しかも、後から後から出てくる。
10匹以上は居そうだ。
まだ、後から出てくるかもしれない。
やるか、逃げるか判断に迷った。
それがいけなかった。
一匹が飛び上がる。
とっさに、バットを右手一本で振るが、思い描いた軌道と違う軌道を描き、バットは空を切る。
俺の腰付近まで飛び上がり、左腿に掴まってきた。
バットのグリップで、叩き落そうとしたが、一気に左肩まで登っていく。
他の猿たちも近づいてきている。
視線をずらした瞬間、左手首に激痛が走る。
視線を戻すと、飛びついてきた猿が、左手首に牙を立てていた。
反射的に、左腕を振るう。
その勢いで猿は飛んで行った。
武器を落とさせようとしたのか。
首ではなく、手首で良かったと冷静に思える自分が居た。
右手一本でバットを左右に振り、猿たちを威嚇する。
左手首を確認すると、二つの小さな穴が開き、血が見える。
頭の中が、また黒い靄に支配される。
ノコギリを止まっている猿たちに向かい投げ、バットを両手で握り、振り回して何匹かを撲殺していく。
走る速さは、哲治の方が遥かに速い。
追いついた猿をスパイクで踏んでいく。
2匹の猿が森へ逃げていった。
森に静寂が戻る。
哲治の頭も、徐々にクリアになっていく。
首に巻いたタオルを、左手首に巻き付ける。
傷は浅く、二つの小さな穴が開いただけで、血はそれほど出ていない。
やっぱり“自分の血”がトリガーか。
いや待て、“攻撃されたこと”がトリガーかもしれない。
或るいわ、両方か。
ひとつ気が付いたことがある。
昨日、キングボアというイノシシに止めを刺した時、嫌悪感が強くあった。
“狂暴化”した場合、後悔も嫌悪感も湧かない。
達成感があるわけでもない。
感情が“無”なのだ。
ただ破壊する、殺戮する、使命感があるだけだ。
息を吐き、ノコギリを拾う。
魔物を倒したら、そのままにせず、“魔石だけでも回収しろ”と、今日、ライナーに言われていた。
そのままにすると、他の魔物が、その魔石を食らい変異化する恐れがあると言っていた。
変異化の意味は分からないが、魔石の回収だけは教えてもらった。
腹の中心、胃の上辺りにあるらしい。
ナイフがないので、ノコギリで胴を切っていく。
さすがにこれは、辛い。
胃の奥から込み上げてくるものを堪え、涙を流しながら作業を続ける。
見えている限りで、11体の切断を終え、11個の豆粒のような魔石を、上着のパーカーのポケットに突っ込む。
切り倒した木を塀の向こう側へ運んでいく。
運び終えたら、無理やり纏めて、持ってきたPPテープで縛る。
鋏を忘れたので、これもノコギリで切断する。
背負うように持ち、物置へと歩いていく。
歩みが進まないのは、背中の荷物が原因ではないのだろう。
物置に戻ると、王女様の髪の毛が少ししっとりしていた。
聞くと、湯浴みをしたらしい。
まだ、寒いし、水も冷たいし苦行じゃないかと思ったら、温める魔法陣をルヴァンが描いて、お湯を作ったとのこと。
何それ、レンジ魔法?沸かす魔法瓶(陣)?
聞いたら、魔素を摩擦させてその熱で…理科?物理?化学?…俺が熱出るわ。
明かりの魔法陣も描けるって⁉
えっ、俺が頼んだ便利道具、要らんじゃん。
でも、作動させ続けるには、魔石(電池)が必要なんだって。
猿の魔石11個渡したら、相当持つって喜んでくれた。
魔法って、科学を凌駕するんじゃね。
スマホでマウント取ってた自分が恥ずいわ!
もっと、この世界の常識を教えてもらおう。
気を取り直して、シャベルで物置の入口の前に溝を掘っていく。
持ってきた木を、植樹のように植えていく。
物置から寒冷紗を取り出し、木の隙間を隠すように木の幹に巻く。
これで、扉を開けても中は見えないだろう。
作業の出来に満足していると、いつの間にか、すぐ近くに馬車がやってきていた。
頼んだ道具類を持ってきてくれたようだ。
自分の方から、空の荷車を持って近づいていき、引き渡しを行った。
今日戦った⁉猿のことを、兵士たちに聞くと“イービルモンキー”という魔物ではないかと教えてくれた。
いつも、10~20匹の集団で襲い掛かってくるそうで、知能も高く、連携してくる厄介な相手とのこと。
食えるのか聞いたら、食う人はいないらしい。
毛皮は売れるので処理します。と、言われたが、事情を説明し謝った。
兵士たちは「とんでもない」と言い、魔石の回収をしたことを褒めてくれた。
少しだけ救われた。
魔道具と食器を積んだ荷車を、物置に運び込む。
ルヴァンとクルーガに明かりの魔道具を操作してもらい、壁際の床へ並べてもらう。
明かりの魔法陣も、この短時間で何枚か羊皮紙に書いたという。
それに、猿の魔石を乗せると、何と、光り出した!魔法スゲェ!
ルヴァンの“どや顔”にムカついたので、デコピンしてやろうかと思ったが、首が物理的に飛んじゃうといけないので、自嘲しました。
王女は、「私も魔道具の操作ができますのよ」と言って、明かりの魔道具を3つ点けたら「魔力が…」と言って、寝てしまった。
子供か⁉はしゃいでコテッて寝るのか。あんまり、マーリンに迷惑かけるなよ。
サイズは違うが、話し相手が居る。
それだけで、心が落ち着く。
小人たちが灯し、並べた明かりは、小さいが、とても暖かく、優しい明りだった。




