第12話 魔物との初遭遇
主人公目線です。
馬群が東へ走って行くのを確認すると、哲治は荷車を両手で持ち上げ、物置へ運ぶ。
木箱をクルーガに開けてもらうと、小さなパンが大量に入っていた。
彼らから見たら普通のサイズだろう。
子供の頃、好きだったタマゴボーロを思い出す。
他の荷車には、樽に水が入っており、小さな寸胴にはスープが入っていた。
指で摘まみながら、荷を下ろしていく。
空になった荷車を見て、ベッドとして使えそうだと提案すると、マーリンに
「姫様を馬車の荷台で寝かせるなんて…」
と、怒られてしまった。
昨日床で寝てたよね…。
食事は好きにしていいと、言った後、ユニフォームを脱ぎ、私服に着替える。
ノコギリと、護身用の4番アイアンを持って、外に出る。靴はスパイクのままだ。
西へ歩いていく、10分もしないうちに昨日の塀まで来た。
塀を跨いで超え、森の方へ向かう。
木々が、鬱蒼と生えている。
自分の背丈を超える木も多く見える。
手前の木の根元近くに、ノコギリを当て、押し引く。
やはり、簡単に切断できた。
二本切ったところで、一息つくと、奥の方からドドドと、何かが走ってくる音が聞こえる。
哲治は数歩下がり、4番アイアンのグリップを両手で持ち、テークバックの構えを取る。
木を薙ぎ倒す勢いで、それは出てきた。
体高20センチほどのイノシシだ。
ウリボウ?いや、成獣だろう。
こちらの世界では、人の倍ほどのデカさだ。
哲治を見て、一瞬、躊躇したようにも見えたが、そのまま走ってくる。
スローカーブより遅い。
タイミングを合わせスイング。
見事に捉えた。
バキッと、大きな音がした。
シャフトが折れたー。
ヤバイと思ったが、目の前にイノシシはいない。
打った方を見ると、20メートルくらい先の、木の根元に、それは倒れていた。
警戒しながら、近づくと、イノシシは動かない。
シャフトが折れた4番アイアンで突っつくが、動きはない。
気絶しているだけかもしれないので、止めを刺さなければ危険だ。
短い逡巡のあと、折れたクラブで心臓辺りを刺す。
筆舌に尽くし難い、感覚が手に伝わる。
あれだけ多くの人を殺したが、直接ではなかった。
自分の手で殺生したこの感覚は、きっと慣れないだろう。
…慣れてはいけないだろう。
魔物を駆逐すると、言ったことを後悔した。
しかし、元の世界に帰るには、ルヴァンの魔法陣が必要だ。
それに、この世界に来た時、多くのローブを着た魔術師がいた。
ルヴァン一人では、俺を帰すことが出来ないはずだ。
この国の協力が必要なのだ。
“飴と鞭”。脅しだけでは駄目だ。
割り切るしかない。
殺したイノシシの後ろ足を持ち上げ、持って帰ることにした。
切った二本の木を、左脇に抱え、塀の方へ向かう。
塀を乗り越え、木とイノシシを下ろした後、放り出したノコギリと、折れた4番アイアンをヘッドとともに回収する。
物置に戻る。
扉を開け、皆に見えるようにイノシシを掲げ、聞く
「なあ。これって食べられるのか?」
女性陣は黄色い声ではない「キャー」を叫び、男性陣は唖然としていた。
クルーガが、怯えながら近づいてきて教えてくれた
「それは、キングボアですね。食べられると思いますが、解体の仕方が分かりません」
解体…。難問だ。
魚を捌いたこともない俺には無理だ。
包丁もないし。ナイフもない。
「解体用ナイフがないから無理だな…」
解体できますけど、道具がないから残念…感を出してみる。
「また、軍部が来るであろう。その者たちに頼めば良い。できれば魔石は欲しいがな」
ルヴァンが言う。
魔石?畜魔石かな?
分からないことは聞いてみよう
「魔石って、どういうこと?」
「ああ。魔物の体内には魔力が固まって出来た石がある。それが、魔道具の作動に必要なのだ。それに、わしらが描く魔法陣のインクにも含まれているぞ」
畜魔石とは違うのか…魔石が電池で、畜魔石がリチウムイオン電池みたいなものか。
「じゃあ、鎧来た人たちが来たら渡そう」
そう言って、哲治はイノシシを地面に置く。
ついでに食事のことを聞くと、マーリンが、意を決した顔で言ってくる
「あの、食器とカトラリーがありません。スープが飲めません」
迂闊だった~。
容器に関しては、ペットボトルのキャップが大活躍だが、一つしかない。
王女が口を付けたものを他の人が使うわけにはいかないか~。
王女をキッと睨むと、王女は察したのか慌てて
「私は気にしないと申し上げましたわ。皆様が…」
「気にしないって言ってるんだから、気にせず使えよ。水分は取らないと死ぬぞ」
そう言うと、マーリンが
「水は大丈夫です。その…一人ひと樽で分けました」
おう、“樽キープ”…大人だね。
「食器とカトレアは用意してもらうよう言っておく」
「カトラリー…です」
そうだね。
この状況で花貰っても困るよね。
スプーン、フォークって言おうね。
哲治も、何樽か貰って水分補給をする。
余った水は、クーラーボックスへ入れる。
少し腹が減ったので、今晩と明日の朝のパンを、それぞれキープしてもらい、残りを食べた。
「毒は、入ってないようだな」
哲治が、つぶやくと、ルヴァンが反応する
「毒?テツジ殿に毒は効かんよ。今回の魔法陣に、毒に対する抗体を付与してある。前回の異世界人が、魔物領の毒にやられたらしいからな」
毒、効かないの⁉
でも、それも今回初の魔法でしょ!
初の“多人数”ってやったら、巨人の俺が召喚されたって言ったよね⁉
説得力無いわ~。
クーラーボックスに貯めた水で、おしぼりを洗い、脚立に掛けて干す。
明日の朝も活躍していただきます。
クーラーボックスの水は、さすがに外へ捨てました。
水が、もう少し欲しい。
その後、哲治は物置から鉈を取り出し、持ってきた木の枝を落としていく。
親父が、キャンプを趣味にしていなかったことが、悔やまれる。
戻ったら、キャンプをお勧めしよう。
キャンプ道具があったら、異世界無双してたね…多分。
ランタン、テント、寝袋、BBQセット、食器もあったはずだ。
枝を落とし終わったころ、東から向かってくる集団が見えた。
太陽もだいぶ傾いてきているが、思ったよりも早い対応だ。
ベッドと湯浴み一式を貰い、キングボアの解体を頼む。
皆、一様に驚いていたが、なぜか納得顔に変わる。
兵士たちは手慣れた手付きで、解体していく。
魔石は貰ったが、火がないので肉も焼けないし、皮も必要ないので(布団や敷物にできないか聞いたら、処理しないと匂うらしい)、全部持って帰ってもらう。
また、日が暮れる。
異世界の夜は長い。
明かりが欲しいが、スマホも安易に使えない。
月明かりの微かな明かりの中で、哲治は真剣に思った。
ランタン、焚火台…親父、ソロキャンプ趣味にしとけよ。




