隣りの魔法学園 ハロウィン
今年もやって来た。お祭り。学生たちが働く日。わたしではなく町の為に働く日。
今年は夏を上手に詰め込んで貰ったから、あれらも大したものになっている。
わたしは、命令する。
――世の束縛を捨て去れ。
枷を断ち、鎖を砕け。
ただ心の赴くままに歩め。
風は汝を導き、月は汝を照らす。
束縛なき自由の道こそ、真の破滅なり。
あれらが動き出した。わたしは続ける
「世のしがらみを断ち切れ」
あれらが答える
(我ら応えん、枷を砕かん)
「鎖を引きちぎれ」
(我ら応えん、自由を求めん)
「心の赴くままに歩め。道は闇が示す」
(我ら応えん、風の導きを信ぜん)
「月は照らし、大地は抱き、星々は隠れん」
(我ら応えん、破滅はここに在り)
「束縛なき自由こそ、真の闇なり」
(我ら応えん、いま解き放たれん)
飛び立って行った。これからあれらは日が沈む度に、町をうろつく。
思い出を綺麗だと思えるやつらは、嫌いだ。
ハロウィンの夜。
それは町にとってはお祭り、子どもたちにとってはお菓子の夜。けれど、僕ら学園生にとっては、心臓が縮むほど恐ろしい試験の日だ。なにせ、怪異が本当に町に出るのだから。
というか、ハロウィンの怪異って単なるお祭りだと思っていたけど、この町は具現化しているのだ。
そして、それなりに被害が出る。そこで魔法学園が生徒たちに依頼を出して、怪異を鎮めるのだ。消滅は無理でも追い払うようにと。
「依頼書、確認した?」
同級生のマリーナが、黒いマントを翻して僕に近づいてきた。彼女は真面目で、この日に備えて杖を磨き上げている。
先にすでに光を宿している。準備万端だ。
「一応……だけどさ」僕は肩に下げた小さな袋をぎゅっと握った。「退治対象、かぼちゃ頭のランタン鬼二匹、飛び回るおばけ猫、あと……」
「あと?」
「町の広場で“巨大な影”が目撃されたって」
マリーナの顔が一瞬こわばる。だがすぐに溜息をついて、「どうせ子どもたちが作った噂よ」と自分を落ち着かせる。
僕らの任務は、学園から出された公式依頼だ。町を守るためでもあるけれど、本当のところは――毎年恒例の「実地試験」みたいなもの。怪異はこの日、結界の緩みに紛れて現れると学園は言っているから多分、本当。
あぁ、ハロウィンってお菓子貰える日じゃないのか?
鐘の音が鳴った瞬間、通りがざわめきに包まれた。子どもたちが「トリック・オア・トリート!」と叫びながら駆け回るのと同時に、横丁から「にゃあああ!」という妙に甲高い声がした。
「あれよ!」マリーナが指差す。
黒く透けた猫の影が、ひょいっとランタンに飛び乗り、しっぽを三本に分けてゆらゆら揺らしていた。
そしてその猫はよくみるとドレスと着ている。生意気な猫だ。
「おばけ猫!」
僕は慌てて呪文を唱えた。「ふpkmpp!」――光の網を広げたつもりが、勢い余って自分の足に絡まり、見事に転倒。
「痛い!」
おばけ猫は僕を見下ろして「にゃはは」と笑うように鳴き、町の屋根の上へ飛び去ってしまった。
マリーナは呆れ顔で僕を引き起こす。
「もう、足元くらい確認して!」
「わざとじゃないってば!」
「わざとやれるなら、たいしたもんよ」
広場に着くと、ちょうど学園生たちが戦っているところだった。
「おりゃああ!」と叫んで火球を投げるリック。
「ストップ、燃やすなって!」と慌てて水を飛ばすサミュエル。
そこにいたのは、頭がかぼちゃのランタン鬼。二匹は「トリック!」と叫んで爆竹のように火花を散らし、人々を驚かせている。
「僕たちも加勢しよう!」
僕は勇気を振り絞り、呪文を放った。「ぶおねwbp」――水しぶきが飛び出した……が逆に出て来て自分の頭に直撃。
冷たい雫が滴る僕を見て、ランタン鬼たちはドレスをひらひらさせながら、腹を抱えて笑い転げた。
「きゃっきゃっ!」
「やかましい!」マリーナが苛立ち、風の刃を放つ。
すると、かぼちゃ頭がひゅんと回転して避けた。そして僕のほうへ飛んできて、僕の頭にすっぽりはまった。
「ずぼっ」って
「ぎゃあああ!」
暗闇。息苦しい。中からぼんやりオレンジの光が漏れている。僕の視界はすべてかぼちゃ色に染まった。
あせって杖で自分の頭を叩く。三度目にかぼちゃが外れて、自分の頭を「ごん!」
「ふ、ふざけるなああ!」と怒鳴るが、かぼちゃは屋台の上へ飛び移って踊り出した。ドレスが翻って腹ただしい。
夜が深まるにつれて、町には次々と怪異が現れた。
ほんとの怪異だ。こわいやつ。
お菓子の袋を引きずって歩くゴーレムみたいなチョコ怪人。
ごみとまちがえそうなコウモリ。ふよふよ飛んでいる。
そして、空にふわふわ浮かぶおばけ提灯。
「退治っていうか……ただのカーニバルじゃない?」僕が漏らすと、マリーナは真顔で首を振った。
「油断すると、本当に被害が出るのよ。去年は飴玉泥棒がパン屋を半壊させたでしょ。お店の人が捻挫と火傷だった」
「あぁあれか」
去年、僕は飴玉の直撃をくらって目を回したのだ。
その矢先、チョコ怪人が近づいてきた。
「チョコちょうだい! くれなきゃぺたぺたする!」
腐って溶けかけた死体のようだ。
そいつが歩いたあとはべったりとチョコが張り付いている。
あんなのに抱き着かれたら、絶対に気絶する。
僕らは慌てて氷結魔法を放ち、なんとか固めて動きを止めた。
すると子どもたちが群がって「チョコだー!」と言いながら死体をかじり始めた。
怪人は恐怖の叫びを上げながら、食べられてしまった。
怖かった!
とりあえず、ここで夜が明けた。
二日目は事態を重く見た学園が卒業生にも声をかけたと聞いた。
町の広場は、笑い声と悲鳴が入り乱れていた。
頭上にどす黒い影が広がった瞬間、人々は息を呑み、一斉に空を仰ぐ。
「出た……巨大な影!」
マリーナが青ざめて呟く。
見上げれば、それは怪物のような姿だった。けれど目を凝らすと、ただの布――劇場から逃げ出した大道具のカーテンが、魔力を帯びて膨れあがり、空を覆っていたのだ。
「わはは、こわがれー!」と布が喋り、建物を包み込むように舞い、灯された火を片っ端から叩き消していく。
「どうする?」僕はマリーナに問う。
彼女が杖を構えたその時――
「任せなさい!」
澄んだ声と共に飛んできたのは、学園の先輩アクエリだった。
いつもの木馬にまたがっている。
水色のローブの裾を翻し、杖を掲げる姿は迷いなく凛としている。
「ただの布でも、魔力を帯びれば立派な怪異よ。ならば、水で鎮めてあげるまで」
布は嘲笑うように広がり、アクエリ先輩を覆い隠そうとした。
だが彼女は一歩も退かず、杖を高々と掲げて呪文を唱える。
「集え、水よ――」
空気中の水分が凝縮し、無数の水球が現れた。
それは雨粒のように細かく散り、やがて布の表面をびしょ濡れにしていく。
「やめろー!」布が怒鳴った。水を吸って重たくなった布は、もはや自由に舞うことができない。
しかし、濡れた布は逆に僕らへ覆いかぶさろうと落ちてくる。
「うわっ……!」
その時、僕は気づいた。
「アクエリ先輩、あそこだ! 水で染みきらず、乾いてる部分がある!」
アクエリが一瞬こちらを見て、口元に笑みを浮かべる。
「いい目をしてるわ、後輩くん」
彼女は杖を振り上げ、残された乾いた部分に水の槍を撃ち込んだ。
鋭い水流が一点を突き破り、勢いよく穴が広がる。
「これで――おしまい!」
布はばさりと裂け、大地に叩きつけられた。
もう動かない。ただの劇場のカーテンへと戻ったそれは、恥ずかしそうに丸まっていた。
人々はどよめき、やがて拍手と歓声が広がる。
「すごい!水で倒した!」
「やっぱり学園の魔法士だ!」
僕はただ圧倒され、喉が渇いたように声も出せなかった。
――これが、先輩アクエリの実力。
怪異たちが次々と鎮まり、町に再び提灯の明かりが灯ったころ。
僕らはぐったり座り込みながら、笑い合った。
「どじばっかりだったけど、なんとかやり遂げたわね」マリーナが言う。
「僕、半分以上は足手まといだったけど」
「……まあ、来年はもっとマシになるんじゃない?」
彼女がくすっと笑う。
広場の真ん中では、凄くかっこいいおじさまがお菓子を配っている。
子どもたちは大喜びで受け取っていた。
今年の怪異はいつもより、強かったしドレスが見えた。
僕がそう言うとマリーナは
「なに言ってるの?猫がドレス?かぼちゃ頭でドレス?ありえないでしょ」と馬鹿にして来た。
だけど、見えたんだよな‥‥‥
月が雲間から顔を出す。
恒例の夜はこうして終わった。
僕らもあのおじさまからお菓子を貰ったが、素晴らしく美味しかった。
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