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第5話 魔石の換金

「ところで、サヤさん。ボスの魔石を手に入れてますよね? ぜひ見せてください!」


 明るい声で促すアカリに、サヤは「ああ、そうだった」と小さくつぶやいてポーチに手を伸ばした。

 中から取り出したのは、深紅に輝く大ぶりの魔石。

 それがカウンターの上に置かれると、照明の光を受けて、宝石のような輝きを放つ。


「この輝き……! これはきっと、かなりの密度を誇る魔石ですよ! すごい……さっそく鑑定機にかけてみますね!」

「ええ、お願いします」


 アカリは慣れた手つきで、カウンターに備え付けられた鑑定機に魔石をセットする。数秒後、機械が低く電子音を鳴らし、モニターに数値を弾き出した。


「結果が出ましたね。――うわっ! 鑑定額、2000万円ですよ、2000万円! これだけの大物は久しぶりです!」

「に、2000万円……!? あの敵……そんなヤバい奴だったのね……」


 唇から、驚きと呆然が入り混じった声が漏れた。

 と、その隣から、やけに呑気な声が割って入ってくる。


「おい、サヤ。その2000万円というのは、ゼクタでいうといくらくらいだ?」

「……何よ、そのゼクタって?」

「ゼクタは、ラノベールの通貨の単位だ」


 まるで常識のように語るブレイドに、サヤは呆れた様子で返す。


「は? そんな聞いたこともない通貨、換算できるわけないでしょ!」

「ちなみに、下級の回復ポーションが100ゼクタ、炎の魔法のスクロールが500ゼクタくらいだが?」

「いや、そんなこと言われても、こっちには回復ポーションも魔法のスクロールも存在しないのよ! ……アカリさんが聞かれたらややこしいことになるから、とりあえず黙ってて」


 ブレイドは「ふむ」と短く唸り、口を閉じた。

 そんなとき、カウンターの向こうからアカリが再び声をかけてくる。


「それで、サヤさん、どうします? このまま換金しますか?」


 サヤは魔石の真紅の輝きを一瞥し、躊躇いなくうなずいた。


「ええ、お願いします」

「わかりました。では、お金はいつものようにスマホ内の電子マネーに加算しておきますね」

「はい、それでお願いします」


 ピッ、と軽やかな電子音が鳴り、カウンターの鑑定機とサヤのスマホが同期する。

 スマホの画面に表示された金額は、まぎれもなく2000万円。その非現実的な数字に、サヤは小さく息を吐き、満足げにうなずいた。

 ようやくひと段落――そんな表情でスマホをしまい、サヤは隣のブレイドへと向き直る。


「ブレイド、それじゃあ、行くわよ」

「行くって、どこにだ?」

「ホテルよ、ホテル。今晩泊まるところが必要でしょ?」

「ふむ……ホテルというのは、宿屋のようなものか。……よし、わかった。俺は床で寝るから、サヤはベッドを使うといい」


 あまりにも自然な口調で言われ、サヤは一瞬、思考が止まった。

 そして次の瞬間、顔を真っ赤にして声を荒げる。


「ちょっと! アカリさんの前で変なこと言わないで! どうして当然のように私と同じ部屋に泊まるつもりでいるのよ!? 別々の部屋を取るに決まってるでしょ!」

「いや、俺は同じ部屋で構わないぞ」


 ブレイドは悪びれる様子もなく、真顔のままさらりと返す。その無自覚な発言に、サヤは思わず頭を抱えた。


「私が構うのよ!」


 その叫びがギルドのロビーに響き渡る。

 一瞬、場の空気がぴたりと凍りつき、周囲のハンター達が一斉に二人の方へと顔を向けた。サヤは視線の熱を感じながらも、ブレイドを睨みつけるしかなかった。

 だが、さらに追い打ちがやってくる。


「しかし、宿屋の部屋数は限られているだろ? 関係を持った者同士が同じ部屋を使うのは、冒険者としてのマナーだろ?」


 ブレイドはどこまでも真剣に、それが常識だとでも言うような口ぶりだった。

 しかし、「関係を持った」――その一言が場に落ちた瞬間、ハンター達の間に小さなどよめきが走り、視線の質が一気に変わった。

 サヤは凍りついたようにその場に立ち尽くし、頬がみるみるうちに熱を帯びていく。唇がわななきながらも、なんとか声を絞り出す。


「か、関係って……いつ、私とあなたが関係を持ったっていうのよ……!」

「…………? 俺の後見人なんだろ? それはつまり、関係者ということじゃないか」


 どうやら、本人は至って真面目に、「後見人」という意味で「関係者」という言葉を使ったらしい。

 悪気がないことはわかる。

 それでも、その一言がもたらした誤解の威力はあまりにも大きすぎる。

 何より、二人に向けられる周囲の視線が、確実に「そういう目」に変わっていた。


「もう、余計なことは一言も言わないで! いいから、私についてきなさい!」


 羞恥と苛立ちを押し殺し、サヤはくるりと背を向ける。そして、その場から逃げるように、足早にギルドのロビーを後にした。

 ブレイドはそんな彼女の背中を眺めながら、ふと口角をわずかに上げる。


「ふむ……この世界の女は、気性が荒いらしいな」

「聞こえているわよ!」


 飛んできた怒声に、ブレイドは肩をすくめると、ゆっくりと彼女のあとを追いかけていった。

 そのやりとりを見届けていたアカリは、カウンターの向こうでぽかんと口を開けていたが――やがてふっと肩の力を抜き、柔らかく微笑む。


「なんだか、いいコンビじゃないですか」


 誰に言うとでもなく、独り言のようにつぶやくと、彼女は手元の魔石をそっと保管棚へと移した。


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