第22話 ゴンドウの企み
ブレイドの姿が消えた瞬間、サヤの心に激しい動揺が走った。だがそれも、数秒と経たず理性で押し込め、冷静さを取り戻す。
(……大丈夫、心配する必要はないわ。脱出用転送装置なら、ただ地上に戻されただけ。ブレイドは無事よ……落ち着け、私)
だが、その安堵はあまりにも早すぎた。
「……惜しいな。今のは脱出用転送装置じゃない。移動用転送装置だ」
「え……?」
何か嫌な予感がして、サヤの声が震える。
ゴンドウは嗜虐的な笑みを深め、まるで種明かしを楽しむかのように言葉を続けた。
「見た目は似ているが、用途が違う。今のは、同じダンジョン内で、事前に設置したマーキングポイントに、一瞬で転送できるという便利なアイテムだ」
「まさか……」
「そう、そのまさかだ。今頃、あのブレイドって男は、俺達が用意しておいた『特等席』にいるってわけだ」
ゾクリと、サヤの背筋を冷たい感覚が走り抜ける。
(地上へ戻すだけなら、脱出用転送装置で十分……それを使わなかったのは、もっととんでもない場所へブレイドを飛ばしたってこと――!)
サヤの思考が駆け巡り、答えにたどり着いた瞬間、ゴンドウが楽しげに告げる。
「このダンジョンの探索中に発見した、トラップの奥にあるモンスター部屋――今頃、奴はそこに送られているってわけだ。そこには、危険度Aのモンスターが数体、危険度B以下に至っては数十体もいる閉鎖された空間だ。そんなところに、スタンバインドで動けない状態のままで放り込まれたらどうなると思う?」
ゴンドウの目がぎらつくように光った。
「今頃、とんでもねえ恐怖と絶望の中で震えているか……あるいは、もうすでにモンスターどもに殺されっちまってるかもなぁ。ふはははははっ! ああ、見たかったぜ、あいつの顔を! もがき苦しむ、その瞬間をよォ!」
ゴンドウは喉を震わせ、ひどく楽しげに高笑いを響かせた。その狂気じみた声は、冷えたダンジョンの空気に妙に馴染んで聞こえる。
「どうだ、サヤ。仲間が死ぬってのは、どんな気分だ? 二度とこんな目に遭いたくないのなら、この俺に屈服して――ん?」
絶望するサヤの顔を見ようと、彼女に目を向けたところで、ゴンドウの声が止まった。
サヤの顔は、絶望に歪むでも、悲しみに暮れるでも、怒りに震えるでもなかった。むしろ、どこかほっとしたような表情を浮かべていた。
「……絶望のあまり、おかしくなったか?」
眉をひそめるゴンドウに、サヤは小さく鼻で笑う。
「……違うわよ、ばーか。どんなとんでもない場所に飛ばされたのかと思ったら――危険度A以下のモンスターが数十体? はぁ……心配して損したわ」
呆れたような口調で、サヤはため息を吐いた。
たとえば溶岩の中や、酸の海、あるいは底なしの奈落――そんな場所だったなら本気で焦っただろう。けれど、ブレイドが数十体程度のモンスターにやられる姿など、どうしても想像できなかった。たとえスタンバインドで一時的に動けないとしても。
「……強がりってわけか。どうせ可能性がある限りは信じるってことなんだろうが……チッ、おもしろくねぇ」
ゴンドウは舌打ちし、楽しみにしていた芝居が途中で打ち切られたかのように不満を露にする。
そのとき、ゲート方向の通路から、空気のざわめきと足音の群れが、こちらに迫ってきた。
「……ようやく来やがったか」
ゴンドウは片手を軽く上げて笑う。
突入の連絡を入れていたのだろう。外に待機させていた十人のハンター達が、ゲートを通ってこの場へ向かってきていた。
ゴンドウは、待ち伏せに使っていた四人のハンターに視線を向けて命じる。
「俺はあいつらとボス討伐に向かう。お前らは、サヤを縛って動けないようにしておけ。ここで可愛がってやりたいとこだが……お楽しみは勝負が終わるまで取っておかねえとな」
四人が軽くうなずくのを確認し、ゴンドウはゆっくりと歩き出す――が、サヤの横を通りかかった瞬間、ふと足を止めた。そして、ねっとりとした視線を彼女に落とす。
「這いつくばる女ってのは、やっぱりいいもんだな」
その声音は、視線と同様、ひどく不快なものだった。
サヤは痺れる身体に鞭を打つように、必死に腕を持ち上げ、抗議の意志を込めて振り下ろす。しかし――その手はむなしく空を切った。痺れのせいで距離感が掴めていないのか、ゴンドウの身体にはまったく届いていない。
「はははっ! いいねぇ、無駄な抵抗ってやつは! 勝った後がますます楽しみになってきたぜ!」
ゴンドウは惨めなサヤの姿を見下ろしながら、ゲラゲラと下品に笑い声を響かせた。
ほどなくして、十人のハンター達がこの場にたどり着く。ゴンドウは満足げにうなずくと、もはやサヤに視線を投げることなく、右の通路へと歩き出した。その背中を、十人のハンター達が無言で追っていく。




