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第4話:毒見役は二度殺される

「それで、貴女の診た“毒死体”とは、この男のことか?」


ユウは、木箱の中で晒された男の顔を見下ろした。


乾いた空気のなかに、かすかな腐臭が混じる。だが、腐りかけた内臓の臭いではなかった。薬草だ。しかも、刺激の強い種だ。


「はい、この者で間違いありません」


静かに返したのは、王宮の薬官・秋月しゅうげつである。几帳面な風貌に反して、目の奥は獣のような光を秘めていた。


「遺体の口腔、食道、胃に至るまで、毒の反応が一切なかったと?」


「ええ。無毒でした。ですが……死因は、やはり“中毒死”と見なすべき症状でした」


「だが、毒は見つからない」


ユウは小声で呟くと、遺体の腹部に視線を落とした。


「お腹を割いても、なにも出なかった?」


「はい、肝臓も腎臓も綺麗なまま」


「では、その綺麗な肝臓を見せてくれ」


秋月は少し眉を顰めたが、すぐに頷いた。


「──なぜこんなにも肝臓が、硬くなってる?」


ユウは解剖刀で慎重に肝臓の断面をなぞった。まるで、内側が結晶化しているように、ざらついた抵抗があった。


「これは……変性?」


秋月が目を凝らす。


「いいえ、違います。これは“脱水”に近い硬化です。だとすれば──」


ユウは、死体の両腕を取って、指の関節をひとつずつ折り返した。皮膚はひび割れ、やや紫色を帯びている。


「この者、死の直前まで『大量の水分を失っていた』可能性がある」


「脱水……ですか。けれど、現場の報告では、失禁も嘔吐もありませんでしたよ」


「むしろ──その“なかった”が引っかかる」


ユウの声は低くなった。


「秋月殿。毒の摂取は、口からとは限りませんよ」


「……まさか、皮膚吸収ですか? あるいは……」


「違う。むしろ“環境”だ」


「環境?」


ユウは遺体の背中側をめくり、脊髄のあたりを検分する。


「この者が死んだ部屋……異様に、乾燥していませんでしたか?」


秋月の表情が強張った。


「──まさにその通りです。石膏の壁で閉じられ、窓は開け放たれていたのに、空気がまるで乾燥室のようで……」


「やっぱりね」


ユウは唇を引き結んだ。


「“毒”は、空気中にあった。正確には、『水分を吸収する毒』だったのです」


「水分を……?」


ユウは指で空中に文字を描くように、ゆっくり語った。


「この毒の本質は、“吸湿性”。つまり、対象の体内から水分を抜き取り、脱水させて死に至らしめる。毒物自体は、水分と反応すると瞬時に分解する。だから、体内には検出されない。──毒物は存在しないのではなく、『消えた』のです」


「……そんな理屈が」


「あるんです。辺境では、“乾き毒”と呼ばれていました。吸湿性の鉱物粉末に、特定の毒草を混ぜて活性化するもの。常温で放置すれば、徐々に空気中の水分を奪い……密閉された空間なら、あっという間に、人間の体すら干物にしてしまう」


秋月は絶句していた。


「……では、毒見役が死んだのは、毒が混入していたからではなく──」


「“毒が部屋に撒かれていた”からです。しかも、この毒見役が呼吸することで、それは加速度的に体内へ取り込まれていった。口から入らなくても、鼻から、目から、そして皮膚から……」


ユウは立ち上がり、遠くの帳の向こうを見やった。


「犯人は、“誰かが毒を盛った”と思わせたかった。でも実際には、毒は“部屋そのもの”に仕込まれていた。つまり──これは、《毒殺》ではなく、《環境殺》です」


「環境殺……そんな手口……!」


「そう。誰も口に入れたものを疑っているうちは、永遠にたどり着けない。……けど、まだ妙な点がある」


「妙な?」


「この毒……非常に高価なものだ。辺境では貴族相手の処刑や見せしめに使われた。つまり、“身分の高い者”しか、入手できない」


「まさか──」


「王宮の誰かが、この毒を持ち込み、使った可能性がある。そして、なぜ“毒見役”が殺されたのか……それ自体が、この事件の“始まり”なのかもしれない」


静かに言い切ると、ユウは医師の目に戻って言った。


「この死は、まだ“序章”だ。──本命は、別にいる」


秋月が僅かに息を呑んだとき、外から急報の声が響いた。


「──至急! 王宮第二の料理番が、毒により倒れました!」

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