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第20話:影に潜む毒

霧深い朝。診療院の周囲は灰色の世界に包まれ、遠くの山並みさえもぼんやりと霞んでいる。ユウは薬草棚から薬剤を取り出そうとして、その視線の先にある古びた書物に目を留めた。


「影の毒――か。」


それは、過去に一度だけ記された伝承の一節。影に潜む毒は、直接体に触れずとも、存在を感じた瞬間に体調を崩すという奇妙なものだった。今は幻だと考えていたが、数日前から診療院を訪れる患者たちの症状が妙にそれに似ていることに気づいていた。


「症状はみな異なるが、共通して体のだるさ、呼吸困難、そして謎の発疹がある……」


その日、診療院の扉が激しく叩かれた。


「ユウ様! 例の患者がまた倒れました。あの影の症状です!」


患者は村の若い鍛冶師だった。朝から仕事をしていたはずが、急に意識を失い、顔面には赤い斑点が浮かんでいる。


ユウはすぐに鍛冶師の手に触れ、冷たい汗を感じ取った。視診をすると、皮膚の一部にまるで小さな虫刺されのような跡が無数にある。


「この症状……確かに伝承の影の毒に似ている。だが、現実的な原因を探さねば」


ユウは患者の作業場を訪れる。暗く湿った空気の中、鍛冶師の使う工具が散らばっていた。特に気になったのは、彼が作業の際に着用していた革手袋の縫い目が不自然にほつれていることだった。


「このほつれ……何かが付着しているようだ」


試薬をつけると手袋の一部が変色した。化学反応で確認できたのは「植物由来の微細な毒素」だった。


「どうやら、この手袋に毒が付着している……だが、直接手に触れなければ被害は出ないはず」


しかし、患者は手袋の上からの接触で症状が出ている。


「この毒は揮発性があり、繊維を通しても気化して浸透する可能性がある。だが、なぜわざわざこんな遠回しな方法で……」


診療院に戻り、ユウは患者の家族や近隣の人々に聞き込みを開始。すると、ある話が浮かび上がった。患者が最近、隣村の商人と揉めていたというのだ。理由は鍛冶師が作った刃物の品質についてのトラブル。


「つまり……恨みを買っている?」


ユウは証拠を探すべく、隣村の商人の店を訪ねた。扉を開けると、店主は表情を曇らせた。


「まさか、私が……そんなことを」


しかし、ユウはカウンターの下に不自然な布切れを見つけた。


「これは……鍛冶師の手袋の繊維と一致する」


「しまった……」店主は小声で漏らした。


「どうしてそんなことを?」


店主は重いため息とともに語った。


「鍛冶師が商売を妨害し、客を奪っていた。直接手を下せば疑われるから、毒を使って病気にしてしまおうと……」


だが、彼はこの毒が繊維を通して影響を与えることまでは知らなかった。手袋の綻びを狙って微量の毒を付着させただけだったのだ。


ユウは穏やかに言った。


「怨みを晴らすことは許されない。しかし、知らずに人を傷つけることもまた悲劇だ」


証拠と共に店主の供述を取り、事件は解決した。患者は治療を受けて快方に向かい、再び鉄を打つ日々を取り戻した。


ユウは診療院の窓から外を見つめた。


「影に潜む毒は、見えない形で心にも潜り込む。怒りや恨みの影を振り払うことも、医師の務めなのだろう」


冬の空がわずかに晴れ、遠くの山がくっきりと姿を現していた。

一度完結済みにしておきます。

明日以降執筆が終わり次第、再開します。

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