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第14話:蛇の毒と、告解の夜

辺境の地に、春が訪れようとしていた。


まだ雪解けの気配は浅く、草花も顔を出していないが、冷たい風の中に、どこか湿り気を含んだ柔らかさが混じる。ユウは診療院の裏手で乾燥中の薬草を点検しながら、風のにおいに鼻をすんと鳴らした。


「そろそろ蛇が這い出してくる頃合いだな……」


ぼそりと呟いたその言葉が、後の惨劇を予言していたことに、ユウ自身もこの時は気づいていなかった。



その日の夕刻、辺境の狩人集落から、急報が届いた。


「蛇に噛まれたんだ。子供が、森で……!」


運ばれてきたのは、十歳にも満たぬ少年だった。唇は紫に染まり、意識は朦朧。左足の脛には明確な二つの牙痕。すでに腫れ上がり、肌は斑に変色していた。


リンはすぐさま手当の準備に取りかかる。ユウはその傷をじっと見つめながら、ある疑念に眉をひそめた。


──噛み痕が深すぎる。


野生の蛇にしては異様に大きく、毒のまわりも早い。すでに心拍に影響が出ている。この土地でよく見られる「カマツカ蛇」ではありえない。


「リン、蛇の牙痕に、何か細工がされている可能性がある。毒の流入が不自然すぎる」


「まさか、人為的な毒……ですか?」


「おそらくな。つまり、これは事故じゃない」


その言葉に、診療院の空気が一変する。



少年の名はアキ。狩人頭であるグレンの息子だった。


グレンは険しい顔で語った。


「アキは、村の子たちと一緒に狩りのまねごとをして森に入った。けど他の子は口を閉ざしてる。まるで何かを隠してるみたいに……」


ユウは首を傾げた。


「その『森』というのは?」


「西の禁林……かつて毒蛇が棲みついていたとされる、いわくつきの場所だ」


そこに子どもが入った──しかも、一人だけが噛まれた。


おかしい。あまりに都合が良すぎる。


「グレン、子どもたちの話を私に聞かせてほしい。恐らく、真実はその中にある」



呼び出されたのは、三人の子どもたち。


だが、彼らはまるで示し合わせたかのように、口を揃える。


「アキくんが勝手に奥へ行って、蛇に噛まれた」


「見つけたときには、倒れてた」


「怖くて、逃げたんだ」


しかしユウは気づいていた。三人の話の“温度”が微妙に違うことに。


「ふうん……ならばこれは偶然の事故だ。そうか。よかった」


ユウは柔らかく頷いて見せる。


だがその夜、診療院の台所裏で、少年のひとりが泣きながら土壌を洗い流していた。手には血の染みた包帯。そして、蛇の牙と思しき白い欠片──。


「やっぱり、見つけたか」


闇の中から現れたユウの声に、少年は驚いて振り返る。


「それは、牙じゃない。お前たちは、毒を塗った“模造牙”を作ったな」


「……ちが……アキが、いつも僕らを見下して……!」


子どもの声は震えていた。けれどそこには、確かな悪意と嫉妬があった。


「“本当に蛇に噛まれたように見せかければ”、誰も疑わないって思った」


──だが、そうはいかなかった。


ユウは子どもたちの一人が使った小刀の刃先に、微量の毒草エキスが塗布されていた痕跡を発見していた。さらに、模造牙には細工が施され、噛みつくことで皮膚を破り毒を注ぐ仕組みだった。


「君たちの“知恵”は、褒められるものじゃない。ただ、ここで終わらせてはいけない」


ユウは優しく、けれど決然と続けた。


「明日、君たち全員、アキに謝りに行こう。そして、その後の判断は、父親たちに委ねる。……いいね?」



翌朝、意識を取り戻したアキに、三人の少年は泣きながら謝罪した。


グレンは静かに頷き、こう言った。


「子どもは、間違う。だが、それを隠し続けるのは、大人の罪だ」


そして、模造牙は村の“禁の箱”に封印されることとなった。



その夜。診療院の焚き火にあたりながら、リンがぽつりと呟いた。


「人の心に潜む毒は、蛇よりも深く、冷たいのですね」


ユウは茶をすする手を止め、かすかに微笑んだ。


「だから、俺たちは診るんだ。毒も、傷も、心の奥も」


闇の向こうから、風が新たな春の気配を運んできた。

2話更新が終わったので、一度完結済みにしておきます。

明日以降執筆が終わり次第、執筆が終わり次第、再開します。

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