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第11話:偽りの診断

 診療院の朝は、意外と静かだった。


 わたしがいつものように帳簿に目を落としていると、門の外で馬の嘶きが上がった。覗き込むと、武官に守られた駕籠から降りてきたのは、灰色の衣に身を包んだ中年の女だった。薄化粧の顔に笑みを浮かべているが、どこか芝居がかっていた。


「診療院は……こちらで間違いありませんか?」


 どこか上ずった声。身分は高そうに見えないが、雰囲気に“演技”の匂いがした。


「ええ、ようこそお越しくださいました」


 わたしは一礼して応じた。


「わたくし、天禄堂の医官・連璃れん・りと申します。主命を受け、ある病の調査に参りました」


 その名を聞いた瞬間、背後で帳簿を見ていた翠苑が目を細めた。だがすぐに表情を崩す。


「天禄堂といえば、王宮付きの……。随分と遠くからようこそ」


「いえ、病は選びませんから」


 柔らかく微笑んだ連璃は、懐から一枚の文を取り出す。


 その筆跡には――「偽証の疑いある診断、再調査す」とある。


 目指すは、“月黄熱”と診断された少年の件だった。


 ──数日前、診療院に持ち込まれた村の少年。高熱と発疹を訴え、鈴音が「月黄熱」と診断。薬で快方に向かったはずだった。


 しかし、宮中で噂が広まり、「月黄熱はそもそもこの地域には存在しない病では?」との疑念が浮上。結果、天禄堂の医官が送り込まれたというわけだ。


「その少年は今も、診療院の離れで寝ています。診ていただきますか?」


「はい、ぜひ」



 少年の部屋は静かだった。すでに熱は引いており、発疹も枯れている。


「どう診られましたか?」


 連璃はじっと少年を見つめた後、舌を出させ、脈を取り、目を覗き込む。長い沈黙のあと、微笑む。


「――確かに、これは月黄熱の症状に酷似しています。しかしながら……この子に出た発疹は、やや“形が違う”。」


「形?」


「はい。月黄熱の発疹は、中央が赤く、周縁が薄れる“花模様”です。ですがこの子の発疹は、中央が白く、周りが赤い“輪模様”。つまり、違う病の可能性もある」


 翠苑が口を開いた。


「それは、“瘴斑熱しょうはんねつ”という病ですね」


「ご存じでしたか?」


 連璃は意外そうな顔をした。


「瘴斑熱は、都から来た隊商が持ち込む風土病です。この地には稀です。まさかお詳しいとは……」


 そのとき、わたしは気付いた。


 ――なぜ彼女は、診断書も無しに“再調査”を命じられたのか。


 なぜ“偽証の可能性”とまで言われたのか。


「翠苑さま、診療帳をご覧になりますか?」


 わたしが差し出したのは、少年の受診記録だった。そこには、薬草の調合、経過、熱の数値、脈の変動までも克明に記されている。


 翠苑は一通り目を通し、ふっと息を吐いた。


「これだけ記録が整っているなら、偽証などありえぬ話ですね。むしろ……」


 わたしが静かに続ける。


「――この“調査”自体が、どこかからの“作為”の可能性がありませんか?」


 連璃の顔色がわずかに変わった。


 沈黙のあと、彼女は柔らかく笑った。


「まさか、そんな」


 だが、その笑みはどこか脆い仮面のようだった。



 その日の夕方、連璃は都へと戻っていった。


 見送りの帰り道、翠苑がぽつりと言った。


「瘴斑熱と月黄熱……確かに似ている。しかし、“それを口実に”再調査を入れるには、あまりに筋が通っていない」


「では、狙いは……」


「――診療院の信用だろう」


 翠苑は呟く。


「この地の医術が都の知識よりも優れていると知られてしまえば、困る人々がいる。例えば……“宮廷医局”」


 わたしの喉元に、冷たい何かが降りてきた。


「つまり、“見せしめ”ですか?」


「そうだ。連璃という女は、おそらく“口封じ”ではなく、“予告”に来た」


「予告……?」


「そう。次は“もっと大きな策”が来るぞ、というな」



 その晩、離れの屋根裏に、小さな人影が身を潜めていた。


 手にしていたのは、薬包ではなく――薄く仕込まれた毒粉だった。


「……次こそ、仕留めてみせますよ、ユウさま」


 少年のふりをしていた“刺客”は、ひとり呟いたのだった。

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