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1年B組、感情が読める渡部さん  作者: 月岡 結
『NO』と言えない宮田さんは、多分アイドルに向いてない
3/3

前編

あの日、あの時見た光景を、今でもずっと忘れない。

光の溢れるステージを駆け回る、キラキラした可愛い女の子たち。

『夢』って言葉を世界中、誰にでも分かるように描くとしたら。

きっと神様はこんな絵を描くんだろうなと、そう思った。


私もいつか、あんな風に……。


小さい頃に抱いたそんな思いを胸に、希望いっぱいで入所したはずのアイドル事務所には、今日も怒号が飛び交っていた。


「おぃぃいいい!お前!どういうことだよ!!彼氏はいないって先週聞いたところなんだが!!!!!なんでまた男とのデート写真が拡散されてるんだよ!!」


どんどんと机を叩くサングラスのスキンヘッドは、この事務所の社長。そして、その社長に怒鳴られているのは、この事務所がプロデュースする唯一のアイドルグループであり、何を隠そう私が所属するグループ「ミンナガアイドル」のリーダー、『たっちゅん』こと辰巳さんだった。


「だから、前撮られた男はもうブロックしたんだって。嘘はついてないでしょ。

ほら、顔も全然違う」


そう言って、彼女は誇らしげに先週SNSにさらされたデート写真のスクショを見せる。


「あー、そっかそっか、偉いね、ちゃんと別れて……


っつて!なるか!!!問題は『男と一緒にいる』ってことなんだよ!むしろ男をとっかえひっかえってますます炎上してるんだよ!!」


そう言って社長は、また顔は真っ赤にして机をドンドンと叩くが、そんなこと気にしてないように辰巳さんはケタケタと笑うだけだった。


なんでこうなっちゃったんだろう。


道を歩いてた時に、スーツを着たシュッとした女の人に


「アイドル、興味ありませんか?」


と声をかけられたときは、もう本当に人生が薔薇色どころの話じゃなかった。


この私が、あの『アイドル』に?


今までずっと秘めていた夢を、自分には無理だと諦めていた夢を。見つけ出して肯定されたみたいで、すごく嬉しかった。


最初は反対していた両親も、ずっと説得し続けたら、「そこまで固い意志があるなら」と認めてくれた。


あとは、レッスンを頑張って、キラキラしたステージに立って……。


そんな思いを抱いて入った事務所だったのに、待ち受けていたのはそんな輝かしい世界じゃなかった。


「あ、シホじゃん、おはよう~」


社長がまだ怒りのままに怒鳴り散らす中、飽きたように目線を泳がせた辰巳さんと目が合ってしまった。


まずい。


逃げようとしたが、もう遅い。辰巳さんはフラフラとこちらに寄って来ると、ギューッと私のことをマスコットのように抱きしめ、首に手を回したまま社長の方を向いた。


「ねぇ、シホの加入だってグループの私たちに何も言わずに決めたんだから。

シャチョーが私たちのプライベートに口出しする権利なくない?」


そう言って私を抱きしめる手にぎゅっと力を入れた辰巳さんは、私よりずっとスタイルがいいのにヒールを履くので、顔に柔らかい感触がずっと伝わる。正直気まずいどころの話ではなかった。


「それは、その……」


社長が、何も言い返せずに口もごる。


もともと、ミンナガアイドルは4人組のガールズグループだった。

大人っぽくて、歌が上手く、どこか掴みどころのないキャラクターが人気のリーダー辰巳さんを筆頭に、それぞれが個性を持った4人。

SNSでの所謂『バズ』をきっかけに注目度がどんどん急上昇してきたグループで、今年が勝負の年だと言われていた。


そんなところに、メンバーにさえ知らされずに加入した私『宮田ミヤタ 志保シホ』。


最初は、どんな人間なのかと、多くの人間の興味を引き付けたが、これが「アイドル経験がないどころか、人前に出るのが苦手なただのアイドルオタク」だとバレるのには、それ程時間はかからなかった。ついたあだ名は『ヘタクソ』歌やダンスだけではない。話すことも立ち振る舞いも、全部「下手くそ」だからつけられたニックネームだ。


「とにかく、この彼氏とも別れろよ、それで二度と彼氏をつくるな!!」


そう言ってバーンと机を叩いた後、私たちを押しのけて部屋から出て行った社長に、辰巳さんは「はーい」と、愉快そうな笑顔を向けるだけだった。


「ふふふ、つるてん、今日もご機嫌ななめだねぇ」


辰巳さんが、腕の中にある私の頭をポンポンとなでながら、顔を上げさせて、こちらに笑顔をのぞかせる。


「ふふふ」


と包容力のある笑顔を向けられると、同じ人間なのか分からずとドキッとしてしまうが、先ほどの社長を思い出して冷静さを取り戻した。


「あ、あの、流石に『つるてん』は……」


メンバーが社長の陰口をいう時に使うニックネームを口にした瞬間、後ろのドアがバンッと開いた。


!!!!


今の言葉、聞かれただろうか!そう思って勢いよく振り返ると、立っていたのは『つるてん』こと社長ではなく、マネージャーであり、私をスカウトしてくれた人でもある藤富トウトミさんだった。


「あ、トミーさん、おつかれ~」


そう言ってフラフラと私の元を離れた辰巳さんは、トウトミさんの肩のあたりにぎゅっと抱き着いた。


「もー、また彼氏できたんだって?社長激おこだったよ?」


そう言って回された手をポンポンと叩くトウトミさんは、「もー」と言う割にはそこまで怒ってる感じはしなかった。


「彼氏じゃないもん、『彼氏じゃなくていいから』って言うからみんなで遊びに行ったのに、なんでか2人きりにされて、それでフッたら逆上されて、当てつけにまた拡散だよ~。嫌になる」


そう言ってため息をつくタツミさんは、拗ねたように背伸びをして、トウトミさんの肩に顎を乗せた。


「うーん、なんでここまで男運ないのかしらね、あんたらは」


そう言って困ったように眉を下げるトウトミさんの目線の先には、私がいた。

私の『男運がない』というのは、恋愛の事ではない。


「プライベートのたっちゅん、害オタのシホ。だもんね」


そう言って笑うタツミさんに、私は笑い返すことができなかった。


――


「ねぇ、シホちゃんのニックネーム『ヘタクソ』で良いでしょ」


ケラケラと笑いながらそう問いかけるのは、デビューからずっとこのグループを応援している、所謂TOトップオタの村田さん。

加入から2週間程が経過し、3回程ステージに立った私に待ち構えていたお仕事は『特典会』と言って、普段応援してくれている人とお話をして、一緒にチェキをとるという内容だった。


「え、ええっと」


そう言ってひきつる私に助け船を出したのは、特典会で私の『剥がし』を担当してくれていたトウトミさんだ。


「村田さん、流石にそれはシホがかわいそうですよ。優しい村田さんなら、もっと他に良いアイディアあるでしょ」


そう言ってこちらをちらりと一瞥するトウトミさんに、私はなんて答えればいいのからなかった。


「いや、でもせっかく考えてくれたし……」


思った言葉をそのまま言うと、一瞬二人の間の空気が止まったあと、「ぶはっ」と噴き出した村田さんの声だけが響いた。


「え、マジかよ。じゃあ、ヘタクソね、ヘタクソ。あぁ、来てよかったわ。今日」


そう言って村田さんは大笑いしながら、上機嫌でチェキを受け取って帰って行った。


「シホ、あんたって子は……」


そう言って「はぁ」とため息をつくトウトミさんに声をかけようとしたところで、また次のお客さんがやって来た。


「シホちゃん、かわいいねぇ~。幸せにするから結婚してよ」


「えっ?あ、うーん、えっと、ははは……」


何も上手い言葉を返すことができない。


そんな私に、トウトミさんは


「じゃあ、撮りますよ~」


とただチェキのフラッシュを焚くだけだった。



――


「『ヘタクソ』なんてニックネームつけられちゃってさ、村田さんがSNSで宣伝しまくるから定着しちゃうし。シホはこんなにかわいくて頑張ってるのにねぇ」


そう言いながら抱き着き、ツンツンとほっぺたをつつくタツミさんの腕を、トウトミさんはグイッとまとめる遠心力なのか何なのかぐるッと回して腕の中から脱出した。


「あれは、止められなかった私にも責任があるわ。

シホの努力は認めるんだけど、どうにか練習中の実力が本番でも出せないかしら」


そう言って頬に手をあてるトウトミさんは、はあ、とため息をつくと、パン手を鳴らした。


「まぁ、良いわ。今度近くの公園で対バンがあるでしょ。相手が大御所だからちょっと苦しいとは思うけど。頑張ってね」


そう言うと、ブーブーとなっているスマホを取り出して「はい、トウトミです」と外に出て行った。


「はぁ、対バンか。やんなっちゃうな。また相手のオタクから『帰れビッチ』とか言われるのかな」


そう言って「しょぼぼん」と眉を下げて指をツンツンと合わせるタツミさんに苦笑いを返すしかできなかった。

そんなことを言っていたって、この人はどうせ圧倒的な実力で黙らせて、アンチでさえも魅了してステージを終わらせてしまうのだ。


「ねぇ、嫌になっちゃったからさ、シホ」


そう言ってニッコリと笑ったタツミさんは、なぜか「絶対に逃がさない」と言わんばかりにぎゅっと力を込めて私の二の腕を握った。


「ちょっと一緒に遊んで帰ろうよ」


えぇ。タツミさんの「遊ぶ」は、私の想像する公園でブランコに乗るとか、ファミレスでドリンクバー混ぜるみたいな『遊ぶ』とは違うので、正直怖くてたまらなかった。


「えぇぇ……」


「ねぇ、嫌?嫌なら断ってね」


そう言って、かがんで繰り出される上目遣いに、うッと言葉に詰まってしまった。


「い、行きます……」


目をぎゅっとつぶって、少し腰が引けながらだが出した声だったが、辰巳さんは


「ほんと?嬉しい、ありがとう!」


と言うと、掴んでいた二の腕を離して自分の腕に絡ませ、ぎゅっと出口の方に身体を向けた。


「よし、じゃあ、行くぞー!」


はぁ、一体どこに連れて行かれるのだろうか。

怖くて仕方がないし、正直家に帰って来週の対バンの練習をしたかった。

誰か、助けてくれぇ。

そんな心の叫びも、ただ上機嫌に繰り出されるタツミさんの鼻歌に虚しくかき消されるだけだった。


「あ、ねぇ、シホ。見てみて。すっごい綺麗」


そう言って、エレベーターを待つタツミさんが指さした先には、真っ赤な夕焼けがひろがっていた。


「あぁ、本当ですね。綺麗……」


16年の人生を通じて、何度も見ていた空のはずなのに。

今日の夕焼けは、なぜだかいつもよりもずっと赤く、零れた血のようだと思った。



「ミンナガアイドル」のリーダー『辰巳タツミ 日芽香ヒメカ』と見る最後の景色になるとは、この時は微塵も思っていなかったのだ。

夜明けとマンドリン、4章のスピンオフです。

ハヤテ達がギター・マンドリン部の存在すら知らない、1年前のお話です。

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