蜂のように舞い、弾丸のように刺す
「澪先輩達の話だとここで対峙したって話だけど…。」
孫一は変身した後に澪達が戦った悪夢魔を追って例の路地裏に来ていた。
「ん…。」
「どうしたの?」
ビンの中に入った優真はこの路地裏に来た途端に孫一が感じ取れない物を察知したのかモジモジしていた。
「何だろう…変な気持ちになる…。」
夢魔ではある優真も何かしらの反応を示している辺り、ここにいたことは間違いないようだ。
「悪夢魔のイマナジーがまだ残っているのかしら。ここで暫く張り込んでみようかしら。」
戻って来るかどうかは分からないが、今はこれと言った手掛かりはこの場所以外はないため張り込むことにする。
「張り込むって…まさか徹夜するんですか?」
「そうよ。何で…って、そうね。あたし達のこと全然知らないから分からないのも当然よね。」
張り込みで徹夜すること事態を躊躇わないのにも訳がある。優真はそのことを知らないため孫一は何故なのか説明することにする。
「変身している時はドリームエンパイアのアバターをコンバートしている状態なの。いつも通りに見えるけど、実際は眠っているのと同じ状態なのよこれ。」
孫一のカウボーイの姿はドリームエンパイアにアクセスした状態で、その身体は眠っている時と同じであると言う。
「夢遊病みたいな物ですか?」
「その方が分かりやすいわね。ただ『アバスタム』か『デーモンスター』かって話ね。」
寝たまま身体が動いてしまう病気の一つ夢遊病を優真に想像させ、孫一も同意したと同時にあることを付け加えた。
「『アバスタム』って言うのは私や仲間達がエクソシステムで変身した姿…『デーモンスター』は悪夢魔に取り憑かれたプレイヤーが夜の間に変身する姿のことよ。」
どちらも人間が変身した姿ではあるが軸がシステムか悪夢魔かの違いがあった。
「夜の間だけ…?」
「人間は基本的に夜の間に夢を見るでしょ。それに夜は本能が強まる時間帯でもあるの。食欲や睡眠欲と言った物がね。」
明るい内に眠る人はいるが、基本的に人間は夜になると就寝する。更に夜の時間帯は夜食を欲しがったり、それこそ眠りたくなる欲求に支配されるはずだ。
「夢は欲望の延長線…逆に言えば欲望や欲求は夢に繋がる…とにかく夜の時間帯はデーモンスターにはもちろん悪夢魔が活発的になる時間帯なのよ。」
「だからこんなに遅い時間から…でもそれなら明るい内に探せば良いんじゃないですか?」
わざわざ身体が眠った状態で戦わなくとも、活動が鈍くなる明るい時間帯に探せば効率的ではないかと考える。
「そうなんだけど…あいつらは隠れるのが得意なのよ。誰にどう取り憑いているか分からないから探しようがないのよ。」
しかし悪夢魔達だってその弱点に気が付かない訳が無い。だからこそ取り憑いた相手に隠れ潜んでいるのだ。
「おまけに眷属を増やしているのならことさら探すのは難しいわ。」
「眷属…?」
「悪夢魔によっては複数の人間を支配下に置くってことよ。もしも眷属がいるのなら危なくなったらそいつに鞍替えすることもあるのよ。」
相手によっては操る人間は一人や二人ではないらしく、場合によっては複数の相手をしなければならないようだ。
「あの…ここで待ってて本当に現れるんですか?」
「現れるわよ。あんたを狙ってんだから当然でしょ?それにインキュバスとしてのイマナジーも意図せず出ている訳だからあいつらだって嗅ぎ付けるわよ。」
「つまり僕が餌ってことですね…。」
確信がある訳でもないのにここで待ってて本当に現れるかどうか不明だった。しかし優真が狙われているのなら必ずここに現れてもおかしくないはずだ。
「そうよ、インキュバスく〜ん?」
「現れたわね…!」
背後の頭上から猫なで声が聞こえてきて孫一はニヒルな笑みを浮かべながら銃口を向ける。
「あたしが用があるのはそこのインキュバスくんだけよ。しかも逃げられないようにビンに入れてくれるなんて親切じゃないの。」
「ならあんたも一緒にビンに詰めてやるわよ。大人しくしなさい。」
「大人しく引き下がるのは…あんたの方よ!」
暫く睨み合いを続けていたが、先に手を出したのはイマナジーで作り出した三又槍を握ったライミィからだった。
「優真!あんた絶対に外に出るんじゃないわよ!」
槍を構えて急降下して来たライミィの攻撃をステップして躱した孫一はイマナジーの弾丸を連射する。
「はっ!そんな豆鉄砲で撃ち落とせると思った訳?昨日の奴らよりも雑魚じゃないの!?」
「その雑魚にあんたはヤラれんのよ!」
弾丸を躱したライミィは再び三又槍を構えて急降下するも切っ先はアスファルトを抉るだけで、孫一はジャンプし悪態をつきながら再び連射する。
「スゴい…こんなことが実際に起こるなんて…まるでドリームエンパイアの一場面みたい…。」
バトルのプレイ映像はドリームエンパイアの紹介映像で観たことがあるが、あれはあくまでもゲームの中での出来事だ。それが現実の世界で起こるなんて優真でなくとも圧倒されるだろう。
「そこよ!」
そうこうしてる間に孫一の弾丸が三又槍を明後日の方へと弾き飛ばす。
「どう?これでどっちが雑魚か分かったんじゃないかしら?」
「やるじゃない…と言いたい所だけどあいつらがあたし一人にヤラれたと思ってんの?」
銃を向けながら近付いて来るもライミィは余裕の態度を崩さずにいた。
「がはっ!?」
背後の上空から風の刃たるカマイタチが飛んできて孫一とアスファルトを抉る。
『ほほほほ!』
上空には巨大な扇子を手に高笑いする堕天使のようなモンスターがいたのだ。
「デーモンスター…!?こんなに強力なのがいたなんて…!?」
「あれがデーモンスター…!?」
孫一から聞かされてはいたがあれこそが悪夢魔に取り憑かれた人間の末路たるデーモンスターのようだ。
「やりなさいルシファー!あいつらみたいにズタボロにすんのよ!」
『ほほほ…仰せのままに!』
堕天使の黒い翼と扇を扇ぐと突風が起きて孫一を木の葉のように吹き飛ばす。
「ううっ…気持ち悪…!?」
ただ吹き飛ばされるだけなら良かったが、孫一を襲う風は次第に竜巻のようになり彼女を掻き回す。
自分で回転するならまだしも、それ以外の力によって強制的に回転させられるのは拷問に等しく孫一は気持ち悪くなってくる。
「さぁ〜て、優真く〜ん?早く出てこないとこの子は永遠に回り続けちゃうわよ〜?」
竜巻に呑み込まれて目が回ってしまっては撃つどころかではないため、ライミィは孫一を人質にして優真を誘い出そうとする。
「あ…あんた…絶対に出るんじゃ…うえっ…。」
「ま…孫一先輩…。」
何とか竜巻から出ようとするが、常人なら既に意識を手放してもおかしくない状態であり竜巻に振り回されるがままだった。
「あら、出てこないわね。あんたもあんたで中々しぶといわね〜。じゃあ、もっと風速を上げちゃおうかしら?」
『うふふ…そぉ〜れ!!』
出てこないならもっと苦しめてやろうとライミィはルシファーに更に風を起こさせる。その風速は竜巻に呑み込まれた孫一の姿が霞んで見えるほどだった。
「あがが…!?」
「孫一先輩…!?」
霞んで見えるほどに掻き回されているが、顔色が青く目も心なしか渦巻き状になっているようだった。優真との出会い方は最悪だったがこのまま拷問されて苦しむ姿は見たくなかった。
「や…止めて!?僕はここだよ!?」
「ふふっ…見〜つけた♪」
見るに耐えられなくなった優真はカバンの中からビンを転がしながら外に出てくる。
「バ…バカ…逃げなさい…!?」
「お願いだから…もう孫一先輩は助けて…!?」
拷問されながらも孫一は優真の身を案じており、優真は目に涙を溜めながら懇願する。
「ん〜?どうしようかっな〜?」
人差し指を顎に当て、考えるような仕草をするライミィは暫くして思い付いたようにクルリと振り返る。
「ダ〜メ♡こいつらは二度と邪魔しないようにしないとね♪」
ライミィは正しく悪魔の意地悪そうな表情をしながら、このまま孫一を拷問することにしたようだ。
「そ…そんな…。」
「大丈夫よ、そんなビンの中に閉じ込めた奴のことなんて忘れれば良いわ。さあ、ルシファー!」
『はい!おほほほ!』
ただでさえ容赦のない風を送っていたのに、扇も翼も見えなくなるほどに扇ぎ、孫一を更に風で掻き回すルシファー。
「ん…ぎ…ぎ…!?」
もうほとんど風に煽られている姿は見えなくなっており、孫一ももういつ意識を手放してもおかしくなかった。
「あははは!そのまま無様に中身をぶち撒けて失禁するまで回ると良いわよ!本当、あんたって雑魚過ぎて面白いわねぇ〜!?」
そんな孫一の姿が滑稽で堪らずライミィはお腹を抱えて笑うのだった。
「やめ…止めてよ…。」
止めて欲しいのに止めてくれないライミィに対して優真は叶わぬと思いながらも懇願し続けていた。
「さて、あなたはもう私の物よ…誰にも渡さないんだから…!」
そんなのを聞いたか聞かなかったか、ライミィはビンの中にいる優真を手に入れようと飢えた獣のような目付きで手を伸ばす。
「…!止めてえええぇぇぇ!!」
ビンの中で優真は拷問を止めて孫一を助けたいと強く願い、お腹の青いハートのマークが脈打つ度に淡く点滅しイマナジーが血潮のように駆け巡る。
『ホロウグラム・アライズ!』
「ああああっ!!」
イマナジーが全身を駆け巡ると優真の服がに黄色地に黒い縞模様のウエスタンルックのシャツにブーツへと変わっていく。更には頭から牛のような角、腰からは黒く靭やかで先端がハート型となった尻尾が生えてくる。
「こ…このイマナジーは何なのぉ…♡ヘソの奥がキュンキュン疼くような感覚がぁ…♡」
異変が起きた優真のイマナジーにライミィも夢魔でありながら逆に魅了されてしまう。
「…ライミィって言ったよね?僕は…今までの僕じゃないぞ!」
そしてカウボーイハットと蜂の翅のようなスカーフ、リボルバーチャンバーのようなガントレットが換装されると、優真は前髪をバッサリ切り落とし長いまつ毛と大きな二重のある目を露わにさせる。
「まさかイマナジーの実体化?それもこんなに複雑な状態で?それに疼きと火照りが止まらない…これがインキュバスの力なの!?」
思いも寄らない事態に強気だったためライミィも戸惑っており、動揺を見せていた。
「こ…この力は…絶対に欲しい!あたしの物よ!?」
三又槍を握り締めたライミィは優真に向かって急降下して強襲してくる。
「はあっ!やあっ!」
いつもはナヨナヨした雰囲気が印象的な優真だが、そんなことを払拭するかのように三又槍を殴って圧し折り、粉砕してしまう。
「今度は僕からだ!」
「おっと、少しはやるじゃない!」
反撃しようと殴り掛かるがライミィは背中のコウモリのような翼で上空へと飛び上がって躱す。
「見たところ翼はまだないようね。驚いたけど反抗的な子は嫌いじゃないわ。でも少し眠って貰うわよ!」
再びイマナジーで三又槍を作り出したかと思えば、今度は柄の部分を伸ばして切っ先を優真に向かって飛ばす。
「ふん!」
「は?嘘でしょ…止めるなんて…。」
しかし優真は切っ先を圧し折らずに真正面から受け止めてしまう。
「おりゃああ!」
受け止めた後に掴み直した優真は一本背負いで槍ごとライミィを地面に叩きつけるのだった。
「いたた…なんてパワーなの…。」
「ここだ!」
叩きつけられたダメージで飛び上がれないライミィに追い打ちを掛けるべく優真は走り出す。
「直情的ね、当たる訳ないじゃないの!」
しかしそうなる前にライミィは空へと飛び上がり避けるのだった。
「あ〜も〜、少し汚れたじゃない。お仕置きが必要かしらねぇ〜?」
ライミィは今度はイマナジーでデスサイズを作り出しバトントワリングのように振り回して構える。
「お仕置きされるのは…君の方だ!」
拳を突き出すと腕のリボルバーチャンバーからイマナジーの弾丸が発射される。
「そんなの弾いてあ」
孫一の時と同じように弾丸を弾こうとするが甲高い金属音と共にデスサイズの刃が欠けてしまう。
「は…?どう言うことよ…?これあたしの最高パワーのイマナジーよ?」
三又槍の時よりもイマナジーを強く込めて作り出したのに、ぽっと出の優真の攻撃によってあっさりと刃が欠けてしまったことに訳が分からず呆然とする。
「言ったはずだよ。お仕置きされるのは君だって!スティンガーカノン!」
リボルバーチャンバーが再び火を吹き、弾丸が毒針のように飛んでいきライミィのデスサイズを粉砕するのだった。
「ちょ、嘘でしょ!?あの子のイマナジーがこんなに強いなんて…!?ルシファー!」
『ははっ!』
流石にこれには驚いたのか堪らずルシファーに助けを求める。
『ライミィ様から離れなさい!』
扇と翼を扇いで突風を巻き起こし優真を孫一の時のように拷問に掛けようとする。
「ふん!」
『何処に攻撃をしてるのかしら!』
優真はルシファーの起こした風を感じ取ると、地面を殴って爆破する。空振りもいいところだとルシファーも嘲笑いながら突風を巻き起こす。
「…!」
『え…何で飛ばないのよ!?』
孫一も風に煽られたと言うのに優真は飛ばずにその場に膝をつく形で踏みとどまっていた。
「スゴいねイマナジーって。僕のイメージした通りに性質が変化するんだね。」
よく見ると地面に接地しているガントレットは接着剤のようなイマナジーによってくっついていた。これのお陰で飛ばされなかったようだ。
「イマナジーの性質の変化をあっさりと…あたしだってそう簡単に出来るものでもないのに!?」
イマナジーを変質させるなんてそんなのアリかとライミィは嫉妬心すら覚えていた。
「今度はこっちからだ!ハニースプラッシュ!!」
リボルバーチャンバーから弾丸をフルバーストするかのように放つが、放たれた弾丸は氷のように溶けて液体状になりルシファーに付着する。
『な…何ですのこれは…!?ベタベタして身動きが…!?』
付着した液体は蜂蜜のようにベタベタとした粘性を含んでおり、ルシファーは扇を扇ぐどころか自慢の黒い翼すら動かせなくなる。
「まさかルシファーまで…ま…まあ、でもさすがにここまでは来れないでしょ…?」
倒されてはいないがルシファーまで無力化され焦り始めたライミィだが、空中戦は出来ないだろうと空を舞い続けた。
「弾丸がイマナジーで出来ていて、それで僕自身の力で変質するなら…!」
翅のようなスカーフがピンと伸ばされたと思えば素早く羽ばたき始める。
「まさか…!?」
夢魔の翼がないから大丈夫だと思っていたライミィだが、その目論見に暗雲が立ち込めて来て次第に顔色が悪くなる。
「わあっ…!やっぱり飛べた…!!」
「ちょっとそんなのアリ!?」
「嘘でしょ…あの子、変身しただけでもあれなのに、空まで飛べることも出来たの…?」
拷問から立ち直った孫一も優真が変身しただけでなく、虫の翅に変化させたスカーフで空を飛んでいるのを見て驚いていた。
「ヤバい!?」
「逃さないぞ!」
明らかに優真は夢魔の力を覚醒させており、しかも実力は自分より上だと確信したライミィは飛んで逃げようとし、優真も翅を羽ばたかせながら追いかける。
「ぐっ…実体化させて間もないのに、空を自由自在に飛べるなんて…!?」
変身した上に空まで飛んだかと思えば、その速度は自身のスピードすらも上回り、優真を振り払うことは出来なかった。
「捕まえた!」
「ひゃっ!?そんなとこ…掴まないでぇ…!?」
徐々に距離を詰めた優真はライミィの尻尾を力強く掴んだ。よほど敏感なのか身体がビクリとなりライミィの羽ばたく力が弱まっていく。
「ハニースプラッシュ!」
「あっ!?」
至近距離から弾丸を放ち、ルシファーの時のように蜂蜜のようにしてライミィに浴びせる。
「何よこれ〜…!?ベタベタするじゃない…。」
「嘘でしょ…優真がここまで…。」
一部始終を見ていた孫一も、優真が初変身を果たしてライミィを捕獲の一歩手前まで追い詰めたことに呆気に取られていた。
「……。」
「どうしたの?早く捕獲しなさい!悔しいけど、今回はあんたの活躍で助かった訳だしね。」
動けなくさせたライミィを見つめる優真に孫一はそのまま捕獲するように促す。
「あの…どうやってですか?」
「あ…そうね…。」
ところが捕獲の仕方は知らない優真は孫一に訊ね、彼女も言い忘れていたことを思い出し、何とか青い顔をしながらも立ち上がる。
「ちっ…そんなことさせない!グール!」
『はい!ライミィ様!!』
ここで捕まってなるかとライミィは煙に包まれた人型のデーモンスターを仕向けてくる。
『今の内に…!』
「ありがとうね!」
優真の前に立ち塞がって視界を遮る間にライミィはイマナジーで炎を出し、自身とルシファーを拘束している蜂蜜を蒸発させる。
「あ、待て!?」
「次はこうはいかないわよ!首を洗って待ってなさいよね!?」
さすがにこれ以上は戦っていられないと判断したライミィとルシファーは煙や霧のような物を伴って消滅するのだった。
「今のは…?」
「夢の中に逃げたわね。夢魔とデーモンスターはドリームエンパイア…つまり人の夢の中を自由に行き来が出来るの。こうなると探すのは面倒よ。」
さすがは夢の悪魔と言うだけあってか、夢と現実世界の行き来はお家芸と言うことだろう。
『ライミィ様ぁ…!』
「今はこいつを何とかするわよ。」
残されたのはグールと呼ばれるデーモンスターだけで、一緒に連れて行かない辺り捨て駒にされたようだ。
『ギャア!?痛い〜!?』
「あれ、そんなに攻撃してないのに…?」
このままにして置く訳にはいかないため優真は殴って応戦するが、グールはあっさりとダウンし痛みに悶えていた。
「グールって言うデーモンスターは夢魔に取り憑かれ、暴走した夢のイマナジーに呑み込まれて時間がそう経過していない…いわゆる雑魚敵みたいな物よ。」
どうやらグールはデーモンスターの中でも取り分け弱いらしく、先程孫一が言っていた眷属とはこのグールのことを言うようだ。
「だったら今相手にしなくても良かったんじゃ…。」
こんなにあっさり勝てるなら雑魚に構わずライミィ達を追った方が良いのではと指摘するが、孫一は何処か浮かない顔をしていた。
「そうも言ってられないのよ。確かに今は弱くてもグールになった人間は、元からあった夢や願望を本能的に実現させようとするの。」
あまり強くないとは言え、悪い芽を早めに摘む必要があるのは確かで、放って置くと本能のままに何をするか分からないからだ。
「本能的に実現させるって…。」
「例えばダイエット中に夢魔に取り憑かれてグールとなったとするでしょ。その人が最も望むこと…『お腹いっぱいカロリーを気にせず食べたい』って望めばどうなると思う?」
「…その望みのままに…夢のままに暴飲暴食をするようになる?」
本能的と言うのは分からなかったが、もしも心の内強い願望を秘めているのなら、それらは夢や欲望となって表れてくる。夢魔に取り憑かれれば抑圧や理性が失われ、結果的に夢を叶えようと暴走するのだ。
「幸福感を始めとする感情や心の起伏も精神的エネルギー…イマナジーになるわ。イマナジーをより多く得てグールはルシファーみたいなデーモンスターに進化するのよ。言わばあれは暴走した夢の権化ね。」
澪からも説明されたがイマナジーは精神由来のエネルギーであり、感情や心によって大きく左右される。そのため夢を叶えることでより強大なデーモンスターへと昇格出来るのだと言う。
「じゃあ見かけたら積極的に倒すしかないってことですか?」
「そうなるわね。まあ、グールくらいならバクの力でも充分よ。次は捕獲の仕方を教えるわね。」
面倒ではあるが敵を完全撃破しない限りは安心出来ないのだが、何もそれだけではないと孫一は教え損ねた捕獲の方法を教える。
「私の使っているこの銃はね。変身した際に特定のアイテムにアバスタムを重ねている状態なの。」
「アバスタム?」
「ドリームエンパイアの武器を重ねていると考えれば良いわ。と言うかぶっちゃけこのエクソシステムは自身のカスタマイズしたアバターと元の肉体を重ねていると考えて良いわ。」
聞き慣れない単語だが、要はエクソシステムとはゲームのキャラや武器などを現実世界の肉体と道具とで重ねていることだと教えてくれる。
「話を戻すけど、捕獲に使うのはこのスポイトロールを使うのよ。」
孫一の二丁拳銃からイマナジーが取り払われると、元の形は理科の実験などで見かけるスポイトに似ていたのだが、そのサイズは虫取り網と同じであった。
「これにドリームキャッチーと、バクの入ったネムリウムをセットするの。」
スポイトの先端にはドリームキャッチーをゴムの部分にはバクの『ビリー』が入ったネムリウムをセットする。
「ビリー、オヤツの時間よ。」
『ガウ!』
すると先端のドリームキャッチーにグールの煙のような物が吸われて、液体を溜めておく部分に溜まっていき、ビリーはその煙のような物を飲んでいく。
「グールの身体を覆っているのはイマナジーよ。夢魔によって暴走させられた夢…悪夢って言えばいいかしら、ビリーは今はそれを食べているのよ。」
バクは悪夢を食べてくれる空想の生き物だと教えてくれたが、こうやって現実的に悪夢を食べるところを見るのは初めてだった。
「正直、この数日間色々ありましたけど…ようやく実感を持てましたよ。夢魔界も夢魔も僕がインキュバスだと言うことも…。」
いや、現実的どころかこんな何もかもが夢物語のようなことが実際に起こるなんて想像もしていなかった。しかし事実上、全ては現実であり優真は自身がインキュバスであると言うことを認めざるを得ないほどだった。
「…何もあんたは…。」
巻き込まれたとかならまだしも、ましてや自分が人間ではなくインキュバスだったと知れば自分だってショックを受けていたはずだ。そのためどもりながらも何とか励まそうとする。
「…!こんなにスゴく楽しいことがあるなんて!」
「え?」
落ち込んでいるかと思ったら、優真はこの状況を楽しいと言い出し孫一に素っ頓狂な声を出させる。
「あんた何言ってんの…この前は…。」
「確かに人間じゃないことには落ち込んだよ…でも今まで起こったことが全て現実なら認めざるを得ないよ。まあ、それはそれでショックだったけど…。」
何を言い出すのかと思ったら当の本人もショックを受けていた訳ではなかった。
「けど、そうなんだって受け入れたら何かこう…スッとしたような気分なんだ。」
最初こそは落ち込んだものの認めたことで優真本人も吹っ切れたようだ。
「何がなんだか分からなかったけど、スゴく清々しくて気持ち良かった!孫一先輩、インキュバスである僕ですけど…先輩達の役に立ちますか?」
よく見えるようになった大きな瞳には一切の迷いがなく、優真は孫一にエクソシスターとして役に立てないかと見つめてくる。
「…エクソシスターは元々その夢魔達を更生させるためにこんなことしてんのよ。始めからそのつもりよ。」
「…!ありがとうございます!」
エクソシスターの根本的な存在を述べる孫一だが、遠回しにメンバーとした認めてくれたため、優真も嬉しくなって涙目になりながらお礼を言う。
「にしてもあんた…その姿はどうやって。」
「孫一先輩を助けたい一心で…スケッチブックに描いたヒーローのことを強く願っていたらいつの間にかこんな格好に…まあ、角や尻尾はありませんでしたけど…。」
優真に取ってはこの姿こそがヒーローのイメージであり、孫一を助けたい思いと彼のイマナジーがスケッチブックやイメージの中のヒーローを実体化させたようだ。
「けど、あたしみたいな銃やカウボーイをモチーフにするなんて意外だわ。」
「そうですか?カウボーイはカッコいいですしヒーローとしてはスゴく良いと思いますよ!それに…。」
「それに…?」
自分のアバスタムを見てインスパイアされたのかと聞いてみるも、それは単なる偶然だが…。
「このヒーローのスケッチは元々腕の部分は未完成だったんですけど、孫一先輩のお陰でこのヒーローは生まれたんですよ!ありがとうございます!」
「…!変なことにお礼を言わないでよね…!」
今の姿があるのは孫一のお陰だと、よく見えるようになった笑顔でお礼を言う優真だが、孫一は照れくさくなり赤くなった顔を見られないようにそっぽ向いていた。