ドリームエンパイアの真実
「はあ…あんたのせいでスゴく疲れたわ。」
「ごめんなさい…。」
クールビューティーな孫一だが、今はラフな部屋着に着替えてビンの中にいる優真を溜息混じりで睨みつける。
「それにしてもそのチーターは?」
『ガウ…。』
話は変わって優真は孫一の膝の上で寛ぐ手乗りチーターのような生き物のことを訊ねる。
「この子は夢魔界に生息する『バク』と言う原生生物よ。」
「夢魔界の…バク?」
チーターのような生き物の正体は夢魔界に生息する原生生物だと言う。
「悪夢を食べる伝説の生き物の獏って知ってる?この子達も夢魔と同じくイマナジーや、その塊である夢を糧にしてるから私達はそう呼称しているのよ。」
イマナジーや夢を食べるため、悪夢を食べてくれる伝説の生き物『獏』に準えて、孫一達は夢魔界の夢魔以外の生き物達を『バク』と呼称している。
「そのバクにも色々な姿があるんだけど、私のはチーター型で名前は『ビリー』よ。」
『ガウ!』
「よろしくね。でも、何でそのバクを飼っているんですか?」
チーターのビリーのことは夢魔界のバクだと言うのは分かったが、孫一は何故そのバクを飼育下しているのか分からなかった。
「それは明日説明するわ。今日はさすがに疲れたわ。」
その説明は翌日行うとして今日は眠ることにし、孫一は部屋の灯りを消して床に就く。
「ぐすっ…ううっ…。」
「ん…?」
しかし眠っていると啜り泣くような声が聞こえてきて目を開ける孫一。声は優真の入ったビンの中から聞こえてくる。
「うわっ!?まさかこんなに強いなんて…!?」
「あははっ!何よ、頑張ってそれ!?」
その頃、伊達政宗のような格好をした女子生徒は優真を襲ったライミィに追い詰められていた。
『うふふっ…。』
「このデーモンスター…こんなに強いなんて…。」
特に堕天使のようなモンスターは不敵な笑みを浮かべながらボロボロになったリーナ達を見ていた。
「あんた達さぁ…ひょっとしてインキュバスの子を横取りしたあいつの仲間?」
「教える訳…ないだろ!」
伊達政宗のような生徒は刀を振り回すがライミィは臆せず刃を指先だけで受け止め、小枝のように容易くへし折る。
「あんた達のイマナジーじゃそのデーモンスターのイマナジーには勝てないわよ?そろそろ夜明けね…あんた達をボロボロにしておけばあいつも必然と出てくるわね。じゃあねぇ〜。」
手をパタパタと振りながらライミィは堕天使のようなモンスターと共に闇夜へ消えていき、その途端に空が明るくなり夜明けとなっていく。
「ん…もう朝なのね。」
仲間達がそんなことになってるとは知らず、スマホのアラームで起きる孫一。
「ったく、あんたの夜泣きであんま眠れなかったわよ。」
「え…僕、泣いてましたか?」
「あんた以外誰が泣くのよ。覗くんじゃないわよ。」
そう言うと孫一は優真のビンに再びタオルを被せて制服に着替えるのだった。
「…あんたは何か食べる?」
「…牛乳だけで良いです。」
「あんた…本当に牛乳しか飲まない気?それだからそんなナヨナヨした身体になんのよ。」
とは言いつつも牛乳を冷蔵庫から取り出して、ビンから出した優真に渡すのだった。
「はあ…美味しい…。」
「小動物みたいね…飲んだらビンに戻して学校に連れて行くからね。」
牛乳を飲んで満足そうにしている優真を見て孫一は率直な感想をボソリと呟くもビンを片手に学校に行くと告げる。
「でも僕がいないことは…。」
「それはあたしの仲間達が何とかするわ。」
優真だって生徒で寮生なのに、孫一と行動を共にしててはいきなり寮から消えたことになってしまう。しかし孫一達はそのことも考慮しており、何かしらの手を尽くしてくれると言う。
「でも…僕は孫一先輩達の敵でもあるんですよね?何でそこまでしてくれるんですか?」
まだ信じられないが優真はインキュバスで、平たく言えば孫一達の敵なのにそこまで気を回してくれるなんてどう言うことなのかと訊ねる。
「まあ…そうなるわよね。でも今回は事情が事情だからね…それよりも今は昨日のことが気掛かりだわ。」
しかしながら孫一ははぐらかすように言いながら学校へ行く準備を進めるのだった。
「皆、昨日はどうだ…った…。」
「え?」
昨日と同様に理科実験室へと入るも孫一は台詞が続かず絶句していく。優真も何事かと鞄の中で青ざめる孫一を見上げる。
「済まない…敵は思ったよりも強かった…。」
「ごめんね、ボロボロにされちゃった…。」
仲間達はボロボロで包帯や絆創膏をしており、どれほど激しい戦いをしたか一目瞭然だった。
「リーナ、綾子、澪先輩まで…。」
「ごめんなさいね…でもあなたが無事だったのは不幸中の幸いだったわ。優真くんは?」
「ここに…。」
「あ…!」
孫一の仲間達の弱々しい声だけが聞こえるため何が起きてるかは分からなかったが、鞄から出された優真は昨日と比べると傷だらけになった澪達を見て言葉を失う。
「もしかして…昨日の夢魔と戦ったんですか?」
「ごめんね、負けちゃった。」
舌を出しながらお茶目に謝るリーナだが、優真はショックで言葉を失ったままだった。
「僕のせいでこんな…。」
「誰もあんたのせいなんて思わないわよ。悪いのはあの悪夢魔のせいなんだから。」
責任を感じてビンの中でションボリしてしまう優真。昨日は彼を目の敵にはしたものの、夜泣きしていたのを見てしまったため孫一も何とか慰めようとする。
「そんなに落ち込まないでください。今日の放課後には私達が何をしているか教えてあげますから…今は授業に出ましょうね。」
澪も優真を慰めると同時に後の話は放課後にすることにする。それと同時に予鈴が鳴りその場は解散となった。
「孫一、あんた昨日中学一年の生徒を追いかけ回してパンチラしたって本当ぅ?」
「薫、うるさいわよ。」
孫一は教室で友達の女子生徒から昨日の失態をからかわれていた。
「ぐすっ…ぐすっ…。」
(…また泣いてる…。)
鞄の中で優真は泣いており、孫一もそれに気付いて心配していた。
「ん?誰か泣いてる?」
「き…気の所為よ!」
ところが優真の啜り泣く声が薫にも聞こえてしまい、孫一は心配したことを少し後悔しながら誤魔化すのだった。
「ちょっとあんたってそんな泣き虫だったの?」
「そんな…こと…言っても…皆が僕のせいで…。」
「…ったく、あんたって面倒くさいわね…。」
放課後になって泣いていた優真を問い詰めるも、責任を感じているのを見てそれ以上は言えなくなる孫一。
「それでは私達が何をしているか話しますね。そうすれば少しは気分が晴れるはずですよ。」
「はい…。」
「ゲームのチュートリアルだと思って気楽に聞いててくださいね。」
再び理科実験室に集まった澪が泣いていた優真を慰めようと自分達が何をしているのか話し始めるのだった。
「えっと…僕を襲ったのは人間界とは別の世界…夢魔界から来た夢魔で…それで人間の精神エネルギーであるイマナジーを糧にしている…。」
「そうですよ。では夢魔がどうやって人間界に来ているか分かりますか?」
「いいえ。」
取り敢えずおさらいとして夢魔界と夢魔のこと、そしてイマナジーのことを話す優真に、澪は夢魔達がどうやって人間界に来るのか質問してくるも答えられない。
「まず始めに夢魔界はイマナジー…人間の想像力や夢と言った精神的なエネルギーで成り立っています。それは優真くんはもちろんここにいる皆の願望や夢によって常に変化していくんですよ。」
「それって空想の世界…皆が望んだり、夢を見る度に夢魔界は変化すると言うことですか?」
「ええ、それで合っていますよ。そのため交わることのないこの二つの世界は付かず離れずで表裏一体の関係なんですよ。」
夢魔界は人間界と交わることはないが人間のイマナジー…想像力や夢によって夢魔界は成り立ち、その上で様々な形へと変化していくのだと説明を受ける。
「そんな二つの世界はある時だけ交わり、互いに干渉することが出来るんですよ。」
「ある時だけ…?」
「ええ、夢で成り立っていると言うことは?」
その関連性を踏まえて澪は人間界と夢魔界はある時だけ二つの世界が繋がると話す。
「ある時だけ…もしかして眠っている時に夢を見ている時ですか?」
「ピンポーン、正解ですよ。」
夢や願望で夢魔界が成り立つのならば、眠っている間に見る夢によって互いの世界は干渉し合うと言う。
「過去に夢を見た人が夢魔界と干渉し夢魔達と接触した記録があるんですよ。そこから『夢の悪魔』…夢魔やサキュバスやインキュバスとして呼ばれているんですよ。」
更には夢魔と接触した過去があったことから、今までサキュバスやインキュバスの伝説が語り継がれていたのだ。
「ただ夢とはとても曖昧な物です。自分の好きな夢を見れれば良いんですが、人によっては悪夢や思い通りの夢になるとは限りません…言ってみれば綱渡りの状態なため干渉出来るのは稀なんですよ。」
「え?でも澪先輩の話だと夢魔は…。」
「そう、昔と比べると夢魔の行き交いは頻繁になっています。」
夢を自分の好きなように見たり、夢を鮮明に覚えていたりすることなんてまず出来ない。そのため夢魔界との干渉もかなり曖昧な物になるが、ここ最近は夢魔の行き交いが頻繁になっているのだ。
「何でそんなことに…。」
「それもこれも夢をハッキリ見れることが原因なんですよ?」
「夢…まさか…。」
それもこれも夢をハッキリ見れるようになったからだと告げてくるが、偶然か必然かそんなことが出来るのはたった一つしか思い付かない。
「まさか『ドリームエンパイア』のせいで夢魔界との干渉を強くしたんですか…?」
「ええ、それも夢魔が以前よりも行き交いが多くなる程にです。」
夢の中でプレイするゲーム、『ドリームエンパイア』こそが夢魔界との干渉を強くしていたことに衝撃を受ける優真。
「始まりは夢の研究をしていたとある研究者がある実験をしたことでした。それは夢の中でゲームをプレイすると言うインタフェースの構築でした。」
ドリームエンパイアの基盤は夢の研究をしていた者の技術が使われていた。これによって人々は自分の夢の中で自由にプレイ出来るようになったのだ。
「しかしその研究の根底は自分の夢の中でプレイするのではなく、自身の精神を夢魔界に送ることだったんです。」
「そ…そんなことして大丈夫なんですか!?」
自分の精神を違う世界に転送すると言うことは幽体離脱に近く、そんなことをして人的被害はないのかと心配になる。
「それはまず問題ないです。夢魔界は夢の世界…つまり人間が夢を見ているのと同じで、単純に夢への没入感が通常より強くなることで、人体には基本的には悪影響はあまりないんですよ。」
平たく言えば夢魔界は夢の世界と同じなため、精神を送ったとしてもそれは夢への没入感が強くなるのと同じで危険性はあまりない。
「あまりないって…。」
「勘が良いですね。実はここからが問題なんですよ。確かに見ること事態は良いのですが、人によっては夢を見続けたいと思う人も出てくるんですよ。」
あまりないと言うことは基本的にはないが、百パーセント大丈夫と言う訳では無いことを指していた。人によっては没入するあまり目覚めることも忘れ眠り続ける人だっている。
「でも確か周辺機器のスレームギアにはインターロックがあって、規定以上の睡眠を取ったり命の危険を感じると自動で目を覚まさせるようになってるんじゃ…。」
無論、運営側もそんな危険なことがないように安全対策をしてある。そのため今まで安全性と信頼をずっと保っていたのだ。
「それは普通にプレイしていた場合になります…もしもドリームエンパイアをプレイ中に夢魔に遭遇したら?」
「夢魔…まさか…。」
眠り続ける事案があるような口振りに合わせて、夢魔との接触があった場合を話すため優真は何が言いたいのか次第に分かってくる。
「夢魔達はドリームエンパイアを介して、プレイしてる人々に取り憑き、その人の夢や願望を暴走させて眠り続けさせるんですよ。」
「…!」
自分を襲ったこともだが夢魔達はゲームを介して人に取り憑き、そのまま眠らせ続ける事案を起こすと知り優真は息を呑む。
「澪先輩や孫一先輩が…何で夢魔と戦っているのかは分かりました…先輩達はその夢魔達からたくさんの人を守るために…。」
「そうよ。だから私達は夢を暴走させる悪い夢魔…『悪夢魔』を追っているのよ。」
最初は訳が分からなかったが夢魔達はゲームを介して人に取り憑き、そのまま眠らせ続けると言う恐ろしいことをしており、エクソシスターはそんな悪い夢魔達と対峙するために組織されたのだと理解した。
「このことは運営側は知っているんですか?」
「教えて信じると思う?」
こんなことになっているのなら即刻ドリームエンパイアを配信停止かサービス終了にさせるかだが、こんな話を誰が信用するとは思えない。
「何で夢魔は人間に取り憑く必要が…?」
「掻い摘んで話すとそうしないと夢魔はこの世界には来れないの。何せイメージや夢の世界と言った次元が異なる世界から来てるから、人間の世界の次元に肉体が馴染めないため実体化させることが出来ないのよ。」
人間に取り憑くのはイマナジーで構成された世界から来ているため、いきなり人間界に来てもその肉体を実体化させられないのだ。例えば食べ物が欲しいとイメージしてもその場に食べ物が現れたりしないのと同じだ。
「だから夢魔達は手っ取り早くゲームをしている人に取り憑き、実体化するまでその人の中で潜伏するんですよ。」
夢魔達がゲームを介するのも実体化が不可能なため、暫くの間はプレイしている人間を仮住まいとするためだった。
「じゃあ僕を襲った子も…。」
「夢魔には成長段階があって、イマナジーを摂取すればするほどアライズすることが出来るんだけど、あいつもそうなるわね…。」
これまでの話からしてライミィもまたそのような過程を踏んであそこまで成長し、晴れて人間界にて実体化したのだろう。
「じゃあ…僕はこれからどうしたら…。」
「あんたを守ることに変わりはないわ。」
「そう言えば昨日のあれは…。」
やはり守られる立場は変わらないのかと愕然とする優真だが、孫一のカウボーイのような格好を思い出して訊ねてみる。
「もうすぐ日没になって夢魔が来る頃ね…良いわ、見せてあげる。」
「あ、スレームギアは…。」
孫一は首にスレームギアを装着するが、先程の説明もあり危険ではと思うが…。
「大丈夫よ。このスレームギアに『バク』のビリーが入ったビン…ドリウムボトルをセットすれば余分なイマナジーによるバックファイヤーを防いでくれるわ。」
寮で見せてくれたチーター型のバク、ビリーの入ったビンをスレームギアに嵌め込む。するとピッチリしたインナーが制服の下に着込まれるのだった。
「次にこれよ。『ミサンガントレット』って言うんだけどこいつに…。」
「あぶ〜。」
『ドリウムボトル・エンチャント!』
孫一は右手首と手の甲を覆うようなガントレットを嵌めると、おしゃぶりを咥えた赤ちゃん夢魔の入ったドリウムボトルを嵌める。
「え…それって…。」
「大丈夫よ。この子はまだ赤ちゃんの夢魔だから乗っ取られることはないわ。私達エクソシスターは夢魔の持つ力とイマナジーを利用して戦っているの。そうしないと夢魔にダメージを与えられないのよ。」
エクソシスターでは夢魔の力とイマナジーで戦うのが唯一無二の対抗手段なのだ。
「これで後は…アバスタム・オンライン!」
『エクソシステム・イグニッション!』
掛け声と共に孫一の前にドリームキャッチャーが現れ、それを潜るとテンガロンハットに二丁拳銃とカウボーイを彷彿とさせる姿へと変身する。
「これが私達エクソシスターの力よ。夢魔のイマナジーを利用して自分のパーソナリティを具現化して変身するのよ。」
「…!カッコいい…!」
「そう…?やっぱり男の子ね…。」
やっぱり男の子の感性はあるのか、変身プロセスを見て惚れ惚れするような視線を孫一に送る。
「とにかくそのライミィとか言う夢魔は私が捕まえるわ。あんたはあたしが守るから…。」
「は…はい…。」
エクソシスターと悪夢魔、そして夢のゲーム『ドリームエンパイア』の驚くべき真実まで知った優真は再び孫一に守られることになるのだが。彼は何処か不満そうだった。